駅舎と肥桶と牛車
次の発言者は大岩にバレリーナといわれた女性たちだった。
「須賀です。戸山先輩と一緒にあたしたちも一番前の車両に乗ってました。ゴルフのおじさんと同じね。ただ私は反対側を向いて立っていました。所沢の方です。駅は有りませんでした。電車のスピードも落ちませんでした。その代わりいつもは見ない物を見たわ」
「ほう、何でしょう」
「馬車、じゃなくて牛車だわ。それから、ほんの短いホームと小屋のような、なんというのかしら、駅舎?」
「じゃあ、駅が有ったじゃないですか、走ってると長いものも短くみえるんですよ」
「駅員さん、間違い。所沢側には駅舎はないの」
「あ、ああ、そうですねえ。あそこの駅の事務所は、ここと同じでブリッジの上で所沢側は駅ビルのモルタルの壁ですから。すると、あなたの、須賀さんのご覧になったのはどんな駅舎だったんですか」
「一瞬でしたので、はっきりとはいえないんですが、柱だけが目立つようなものだったような・・・」
「ああ、それは貨物専用の駅舎だな。私? 小野寺です。一番前の車両に乗ってました。河瀬で下りる予定でしたから私は不満はないんですが、ちょっと気になることが有ったもんで入れてもらいましたよ。へへへ、鳥井君、全然、俺に気がつかなかったようだね。これのせいだろう。見違えたろう?」
びっくりした。男は小野寺君だ。頭が黒々としていて、かつらとか殖毛とかだが、私が気がつかないから彼も声を掛けるのをためらっていたのか。
助役は知合いなのかというふうに私にも視線を向けた。
「田舎の方に行けば今でもあるんじゃないの。駅舎とはいわないのかもしれないが、貨物が雨や直射日光に当たらないように屋根があるだけのさ。でも牛車というのは面白い。お嬢さん。荷物は積んでましたか」
小野寺君はなんだか駅が無かった派みたいだ。でも、彼が話し始めるとだんだんに現実味を帯びてくるから面白い。
「ええ、積んでました。太い筒みたいな・・・そうだ、黒っぽい桶みたいなものよ。牛車の上にもその側の地面の上にも同じ様なものが有ったわ」
「お嬢さん。失礼ですが、お年を聞いていいですか? ああ、私は五十五です。ここの東口で古本屋をやっています」
「十九です。けど、これでももうキャリアは長いのよ。今日は足がもつれて転んでしまって先生や先輩に叱られちゃったけれど」
「おやおや、そうですか。それじゃその桶、初めて見たものでしょう」
「私、初めて見るものだったわ。やっぱり桶なの? 何を入れるものかしら」
「お嬢さん。糞尿ですよ。肥しです。つまり、あれは肥桶なんです」




