バーディ
「あのう、それは僕が代わりに。想像ですが、多分、こういいたかったのじゃないかと」
狭山がコホンと小さく咳ばらいをして応えた。
森川、山辺は号泣して話もできない状況で、とても助かった。
「知ってる方も多いと思いますが、穂波の西口広場で恒例の夏祭りが今度の土曜日の夜に開かれます。いつもは盆踊りと夜店が主なんですが、今年は市の歴史を知ってもらおうという企画があるんです。私は直接関与してないんで詳細は知らないんですが、なんでも駅ビルの壁に、みんなからよく見えるところに大きなパネルを貼るらしいんですよ」
「わかったよ、狭山さん、あなたのいいたいことが。あ、やっと酔いが醒めてきたようですよ」
小野寺君は、やっと目が覚めた。
「その中に例の有名な写真も貼られることになっており、その準備のための場所があの線路脇だったと。大きく引き伸ばされてパネルにされたその写真が丁度電車の方を向いて置いてあった。だから私が見たのはその写真なのではないでしょうか、でしょう? こういいたいんでしょう?」
「はあ、私が考えたのはそういう筋書きですが」
「当り。多分、それだね」
小野寺君の軽さも大岩に負けない。
須賀バレリーナはみんなの視線が一斉に自分に注がれるや、急にもじもじして、
「本屋さんがそういうのなら、なんだか自信がなくなっちゃたわ。早く家に帰ってお風呂に入らなくちゃ。こんなに話がもつれるとは思わなかったわ。どうか明日こそは足がもつれませんように」
それじゃあ、やはり運行ミスか、と他のみんなも、ちょっと首をかしげてはいたが、そういうことならそうかもしれないなあ、ということになった。
残るは大岩氏の原っぱだけなんだが、首をひねりながらしみじみとした調子でこういった。
「それじゃ俺だけかい? そうかあ・・・じゃあ幻覚というやつだなあ」
期待にそぐわぬ軽さ。タイムスリップから幻覚までの驚異的な切り替えの早さは、オーガスタでもやっていけそうだ。
「俺が子供の頃は本当に原っぱだった。もう三十年ほどにもなるかね。親父がゴルフ気違いでね、毎日毎日、原っぱでの練習につき合わされたものだよ。玉拾いさ。バーディっていう名前の犬と一緒にね。今日のように暑い日なんかは草いきれっていうのかい、もう汗だくでさ。蒸れて死んでしまいそうだったよ。でも、俺は面白かったよ。落ちたボールのそばに行ってみたらバッタがその上に止まっていたり、バーディがわんわん吠えて、ちっとも戻って来ないので行ってみたら、大きな青大将が卵と間違えたのか飲み込んでしまってたことなんかもあってさ。バーディは俺が高校に入った年に死んだ。親父も十年ほど前に死んでしまった。俺は、先週、仙台でつまらん失敗をしてね、来季のシード権が危なくなってしまったんだ。こいつはもう一度初心に帰らなくちゃなあ、と思って窓の外をながめていたからね。玉拾いが楽しかった昔の原っぱの頃のことを思い出しながらさ。あ、そういえば、バーディによく似た犬が白いボールのようなものをくわえて走ってたものなあ。そうだ、あれはバーディだったんだ。どうして気がつかなかったんだろう。おおい、バーディ、俺だよ、俺だってば」
大岩は立ち上がって勢いよく扉をあけた。みんな身を縮め、目を固くつぶり、あるいは細目にしていた。
「あ、犬だ。白い犬だ。こっちに向かって走ってくるぞ」
大岩の声に重なるようになにかの声が聞こえた。犬の鳴き声のようでもあり、女の子の悲鳴のようでもあった。これでおしまい。
扉を開けたら何が有った?
原っぱと真っ白いもやが見えた。皆も見たらしい。わっとバレリーナの声がした。だけどそれは一瞬のことだった。
山辺、森川の事件はどういうわけかマスコミには一向に登場しなかった。
祭りのパネルのことは、私は行かなかったが、娘たちが行ってきたから聞いてみたら、広場にすごくでかいのが貼ってあったと。娘は二人とも小学校の時に見たことのあるコエオケホームの写真だといってた。
会議室の部屋はあとからわかったことだが、あそこは元は隣りの銀行の金庫室で、この不景気でそんなに広いスペースは要らないということになり、中仕切のところから半分を鉄道会社が買い取ったそうだ。了
むむむというところで、納得できない読者もあるかと思います。ぜひとも解決のヒントを与えてください。