止まったのが失敗
そのときだった。
「考えられる答えがありますよ」
ずっと黙っていた守山氏が、カサっといった。
本当に困りきってみんなは枯葉にぶら下がる覚悟で次の言葉を待った。
彼は相変わらず正面の一点に視線の焦点を結んだきりだったのだが、私は、おや、と思った。何かが違っていた。顔色が違う。赤みがさしている。死んでいた何かが息を吹き返して脈を打ち始めたのか。 彼は右手を筒のように握ってその先を口に当てあの空咳を鳴らした。くんくん、というように最初”く”のところに力の入る音だが,今はもっと大きくなっている。これはものをいうときの彼の癖らしいのだが、その癖も生き返ったのか。
「我々は、全く逆の間違い方をしているんだ、と思いますよ」
え・・・・
「つまりですね、止まらなかったではなく止まりすぎたのです」
え?
「あれは急行だったのです。急行が間違って桂川に止まったのです。急行は桂川ではとまりません。鳥井先生はだから桂川から乗ったのです。とまったら、準急か各駅かですから穂波と河瀬でおりるひとは乗りますよ」
部屋の中は凍てついたようになった。
「駅のホームアナウンス? 有ったでしょうね。けど、どうなんでしょう。どうもここにおられる方々は、失礼ながら私も含めて皆さんそれが耳に入らないような事情といいますか性癖といいますか、それがある方ばかりのように思えるんです。人は、それぞれそと見には決してわからない屈託を心に抱えているものですよ。それになにしろこの暑さ、いち早く車内の冷房を期待したのじゃないですか。運転士もしかりだったのでしょう。勿論、彼の立場では、決してあってはならないことだったのですが」
くんくん。
「彼は桂川駅をスタートして暫くしてから、はっと気がつきました。止まってしまったことにです。その失敗に気が付いた時はもう河瀬駅の少し手前でした。彼は動転してしまい、一刻も早く誰かにそれを告げなければと思い、又、駅に止まってしまいました。そして駆けつけてきた助役さんに、”止めてしまってすみません”と謝るつもりだったのです。ところが、助役さんから、全く思ってもみなかったことで叱られてしまいました。”なぜ止まらなかった”と。わかりますか、その時の彼の驚きと混乱が・・・くんくん」
おお。いい方向に向かっている。
「もう、なにがなんだかわからなくなってしまい、我々が聞いたようなおかしな言い訳をしてしまいました。無線電話ですか? くんくん。人間というやつは一度動転してしまいますとね、まったく奇妙な行動をとるものなんですよ。そりゃもう、哀しいというか滑稽というか、どうしようもないものなんです。くんくん」
「いい線いってますなあ、守山さん。そと見にはわからない心中の屈託。わかりますよ、わかりますとも。それじゃ、須賀さんと小野寺さんの見た糞尿ホームの謎もお願いしたいですね」
佐々木が脈をみていた手を引っ込めてそういった。
すると、ここで初めて守山氏が助役の方を見た。
私も初めて正面からその顔を見たのだが、やはり、さっきまでの人とはちがう大変貌だ。