表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 伊藤むねお
15/19

助役の秘密

「皆さん、こういう考えは出来ませんかね。穂波駅はそもそも無いのだと、まだ出来てないのだと。我々が何かの錯覚を起こしているんだとね。どうです、筋がとおるでしょう」

「本屋さん。あなた大事なことを忘れているんだか、知らないんだか。あのね、桂川駅の方が穂波駅よりずっと後で出来たんですよ」

「あ、そうか」

 小野寺道は一回戦敗退だった。

「あのう」

 おずおずという、いやな予感をふりまきながら野崎夫人がいった。

「死んじゃったんじゃないでしょうか」

 ・・・・・・

「は? 誰がです、誰が死んだんです」

「ここにいる全員ですわ。さっきどなたかいってましたでしょう。桂川の鉄橋で脱線してあそこから電車ごと下の川に落ちてって。ほら、みなさん、先頭の車両に乗っていた方ばかりでしょう。一番死に易いところだわ。体が車両と一緒にアコーディオンみたいに縮んでしまって。そう考えると辻妻が合いませんか」

「合うもんか。おまえ、それは全然おかしいよ。なぜかというとだね、助役さんだよ。助役さんは乗ってなかったんだから」

 夫の指摘に夫人は顔を赤らめて口を閉じてしまった。すると、

「それ待って! 私、奥さんの意見には賛成はできないけど、ちょっとあることに気がついたんです」

 戸山先輩バレリーナが鋭い声で叫んだ。彼女はさきほどからじっと助役の顔を見てたんだが、ぴんと片手を上げこういいだした。

「助役さん。あなた、電車に乗ってたでしょう。私たちと同じあの電車に。ちょっとその帽子を脱いでみせてちょうだい。頭のてっぺんがきれいに円く禿げていたら、私があの電車でみかけた人だわ」

 なんだって? という驚きの声が一斉に湧きあがった。そんな筈はないだろう。穂波駅から苦情が来たといった人が同じ電車に乗っていたわけがないじゃないか、とね。

「すみません、皆さん。戸山さんのおっしゃるとおりなんです」

 またまた、あっさりとシャッポを脱いだ。

 じゃあ、あんた、お芝居だったのかと、当然ながら非難囂々だ。

 助役はどこからか、水色のタオルのようなものを取り出して首筋を拭いながらこういった。

「研修明けということもありまして今日は遅番でした。私は一木に住んでおりまして、勤務は河瀬駅だったので来る時は自宅からいつもこの制服を来てくるんです。この方が楽ですからね。帽子だけは被らずに脇の下に挟んでいるんですが。実は、私も穂波駅を見てないんです。他のことにすっかり気をとられていたものですから。電車が止まると河瀬だった。すぐ帽子をかぶってホームに降りると運転士が血相変えて私に来たのです。”穂波駅がなかった”と。なんて馬鹿なことをいうんだ。どうせ見過ごしだろうと運転士を叱りました。だって、他に考えようがないじゃないですか。・・・穂波から苦情が来たのは嘘でした」

「あれれれ、ひどい人だなあ。それじゃ、あるじゃないですか。今、家内がいった説が。これで否定出来なくなったわけですからね。あんたがおかしな嘘を言わなければ、私の方が先に気がついていたんですがねえ」

「ええ、ええ、全く・・・なんなんですか、あんた達は。死んだ? 私ら全員がアコーディオンですって? 止めて下さいよ。少なくとも私の心臓はまだ止まっていませんよ。ほら、ちゃんと脈がありますよ。一、二、三、四、五、、、、、、」

 本気になってそういうことをする人間がいるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ