指輪くん、物語る。
一
こんにちは、僕は指輪です。
僕の住所は、月詠の左薬指、結婚指輪と同居してる。
僕が月詠の左薬指にやってきたのは、もう20年くらい前。
当時は彼氏だった月詠の夫の照日に選びだされて月詠の元に来たんだ。
ああ、自己紹介をしないとね。
僕は、18金のボディに ムーンストーンの頭をしている。
まあ、いわゆるファッションリングで、
その当時でいうと彼氏から彼女に贈る指輪としては、普通かな。
女の子が自分用に買ったり、彼氏におねだりして買ってもらったりするリング。
金ピカの偽物ではないし、せがまれた彼氏にとって決心が必要になるほど高価でもないリングなんだ。
デザインも至って普通。モード系な女の子にはなかなか手にとられない感じと思うよ。
それでも、僕は世界一とまでは公言しないけど、十分に美しいと思っているけどね?
照日は、始め月詠のイメージからシルバーの奴にしたかったのだけど、
ちょっと甲高い声の店員に「錆びる錆びる」と激しく口撃を受け、
最後はリモコンで操作されているように従順に 僕が選ばれたってわけなんだ。。
シルバーの奴より、5,000円くらい高かったので、店員は、照日をカモとしていたね、絶対。
んー、本音を言うと、僕がダントツ一番!!!で選ばれたかったんだけど。
まあ、照日が何店かのジュエリーショップを見て廻って、
シルバーの奴と2つに絞った最終選考で選ばれているわけだから、
満更でもないんじゃない?僕って??
ふふ、僕は運命をなんでも肯定的にとらえすぎかもしれないね。
僕が月詠と初めて対面した時、月詠は少し驚いた顔をした。
黒髪の色白、まつ毛の長い黒目がちな瞳を持つ、地味だけど引き込まれる月詠の その驚いた顔を僕は一目で好きになった。
できれば長く一緒にいたいと思った。
月詠と照日のアゲル、アゲナイの会話の時は、きっともっとドラマティックな光景があったのだろうけど、僕、包装紙の中だからわからない。
月詠が大切そうに優しく僕を手にとってゆっくりと指にはめるまで、照日は、
ああ、シルバーにすれば、やっぱり月詠ちゃんにはシルバーの方が、、、って
ぶつぶつぶつぶつ言ったんだ。
金色に上品に光って、ミステリアスなムーンストン・・・・
結構イカすと思うのだけどな、僕。 。。照日の言葉、少し傷つくな。
でも、月詠が少し誇らしげに指にはめた僕をグッと押し出して照日に見せた時に、
スゲー、恥ずかしそうにしてたんだ。。照日。
僕、照日っていいやつなんじゃないかなと思ったよ。
何思ってたんだろう。。僕を選んでよかったと思っていてくれればうれしいんだけど。
僕は、月詠の薬指にはぶかぶかで、居心地が悪くちょっと困った。
照日は、月詠の指のサイズとかソいうところ適当にしちゃうんだ。惜しいよな。
その日のうちに支払いに持っていきたい強欲な店員に、「僕と同じデザインのサイズの小さい奴と後日交換してもいい」ことを言われていた照日は、慌てて月詠に交換を進めたのだけど、
月詠は薬指にいる僕が月詠の左手を美しく魅せていると感じたのと、照日が選んだ僕を特別だと思ったのとで、そのまま左中指に住むことになったんだ。月詠は、本当は左薬指に恋人からの指輪をつけていたかったにちがいないのだけど結婚するまでは、僕を左中指に住まわせてくれていた。
当時の照日といえば、僕から見て、まったくもって優柔不断でケツの青い生粋のジャパニーズ・モンゴロイドでさえない奴。店頭のショーケースの中で照日と目が合った時、
「え、やだよ、コイツの所有物になるの?なんだかモッサイよ、こいつ。」
って思ったんだ。
僕の照日に対する見る目が変わったのは指輪を渡した後、月詠に言った言葉なんだ。
「月詠ちゃんと付き合ってからもう3年になる。俺、今までずっと月詠ちゃんに指輪あげたかったのだけど、学生だったし。。
俺ずっと、親の金で食わしてもらっていたから、ずっと買うことをためらっていたんだ。
月詠ちゃんへの指輪だけはどうしてもどうしても自分の金で買いたかった。
この指輪、社会人になって初めてのボーナスで買ったんだ。
ボーナス出た日に直帰でデパートに寄って買ったんだ。
こういうの月詠ちゃんにあげたかった。
付き合った頃から考えるとずいぶん遅くなったけど、いまさらだけど、貰ってほしい。」
照日、外国人みたいだろ?? イカす言葉だろ?コイツ、グッときめてきたんだ。
僕、照日のそんな思いで選ばれて、その思いで僕なんだってことがちょっと誇らしくなった。。。
照日の告白時の月詠の顔は見えなかった。きっと真っ赤になって泣き笑いのような顔になっていたんじゃないかな?
あれから20年。 照日に選ばれた月詠の指輪は、これまで僕一人なんだよ。
照日が新しく買おうとすると月詠が止めるんだ。
僕の事、月詠は気に入ってくれているのだと思っているのだけどどうなんだろう?
うぬぼれてしまってもいいのかな?
二
僕は指輪です。今日は月詠と僕とのことを書くね。
僕は月詠の事いまだに好きです。。。じゃなかったら、20年も薬指に住んでいるわけないよね。
実はこれまでに何度か、月詠に置き忘れられたり、見失われそうになったりしたのだけど、僕 頑張って月詠の指に戻ってきた。
月詠は、いつものんきに不思議がってるけど、
偶然なんかじゃない!!
奇跡なんて起きるわけない!!!
僕は、必死に努力してきているだ。
―――月詠は、はっきり言って頭がよくない。
僕のことを風呂に入ったり、料理したり、手を洗うときに僕を中指から外すんだ。そして、外している間は忘れないように時々ジッと見て僕を確認している。。。
頭洗うときもシャンプーまみれで、目を開けて僕を見つめるんだ。。
食べ物を切るときも、僕を見ている。。。忘れないように。
そんだけ忘れないように努力しているのにさ、濡れた手や体をタオルで拭いていると 僕の事すっかり忘れてしまうんだ。
バカだろう??
旅行先で忘れられた時は、僕は必死で月詠のカバンに潜り込んだんだ。アイツの友達たちの力を借りてね。月詠の友達には、結構切れ者が多いんだ。置き忘れそうだなと思ったら少し強めに光ってやると、友達は必ず気づいてくれて「もう月詠は、あいかわらずねえ」ってため息をつきながら知らんふりで月詠のカバンに僕をしまってくれるんだ。月詠は友人の間でどうも「ダメな奴」認定されているようで、彼女に近い友人ほどなんとなくお守りしている。
もう、10年くらい僕の置き忘れが続いて、忘れるたびに月詠的にそれなりに必死に探していたものだから、月詠も懲りてしまって とうとう何をするにも僕を外さないことにした。友人の非難もあったんじゃない?
僕をつけっぱなしにして毎日を過ごすようになったある日、眼鏡なんて掛けないのに何を思ったのか、眼鏡用超音波洗浄機を買ってきたんだ。
えっ?と思っていたら
僕を食器用洗剤液に入れて洗浄機へ、ドボン!!!
ギリギリと超音波で洗われて、白いモクモクした煙を出しながら 僕の頭は、一気にきれいになったんだ。。こびりついた皮脂や汚れが吹き飛んで 透明感が出たんだよ。
20年たった今でも月詠のこの習慣は続いている。
でもさあ、月詠さあ、しょっちゅう 洗浄機に入れるのやめてくれないかな??
僕、こう見えて繊細なのだから、そのうち頭とれるよ。。
月詠と20年ずっと一緒だから傷だらけなんだよ。僕。。誇らしいねえ!
さらにさ、月詠はいい歳して、月光浴~♪って言いながら、僕の住んでいる左の拳を月に向けるんだ。
昔あった クイーンのジャケットのまんまだよ。 あれは右手だけど。。
月光を浴びると、僕は ほんの少しだけ青白くなる。。。
月詠は 黒目がちな瞳で そんな僕を見つめて ふふ、きれいになったね って笑うんだ。
僕の頭は、ムーンストーン。だけど僕はパワーストーンじゃない。僕にはそんな力がない。
月詠を幸せにできるパワーはない。
月詠が僕に見返りを求めているのかどうかは わからない。
だから、月光浴は 月詠に愛されてるって一番思える瞬間なのだけど、 僕はとても不安になる。月詠が僕に構えば構うほど僕は戸惑ってしまう。。
僕に力がないとわかっても、
月詠は僕に微笑んでくれるのだろうか?
いつまで左薬指に住んでいられるのか?
もっと歳をとっても 僕は月詠に寄り添っていられるのだろうか?
三
僕は指輪です。今日は月詠が、僕について人に語ったことを書くね。10年以上前のはなしなんだけどね。
まあ、僕はモノだからよほど高価か、奇抜かでなければ人の話題になることはない。
それなりの存在感はあるって信じて肩肘はっているんだけどね。
月詠は 友人の結婚式にも よせばいいのに 僕をつれて行くんだ。僕普段使いのファッションリングなんだぜ。月詠は本当にアタマが弱く想像力がない
同席した既婚友人、知人たちの指には、それはそれはもの凄い指輪が 住んでいる。婚約でもらう指輪だね。中には未婚の友人でもお母さんから借りたっていう、指よりもでかいキラキラな石を伴ってくる。
僕は 自分の事ナカナカかっこいい!!と思って疑わないけど
彼らは やっぱり凄い。貫禄がある。オーラをまとう。結婚式にふさわしい。
彼らは、普段、大切にしまわれているので、ハレの日に ここぞとばかりのベスト・コンディションで 挑むんだ。だから意気込みだってハンパないよね。
超音波眼鏡洗浄機で洗われて ピカピカになったハズの 僕は 気後れして臆病になる。
月詠も、僕の上に右手をそっと重ねるんだ。
友人たちの目に留まらないように?。。。。。
隠すの?? 。。。。。僕は、少し傷つく。
でも、気づく人はやっぱりいて シゲシゲと眺めたり、軽く目をそらせたりする。
ああ、僕ってこの場にふさわしくない。。月詠、僕を外してくれないかな?といつも思っていた。
ある日、そんなハレの日に、おせっかいなのか、少し意地が悪いのか、毎日会う知人の中に戸惑いと好奇な目をして月詠に聞いてきたヤツがいた。
「今日は結婚式だよ。どうしたの?その指輪??いつもつけているのだよね???
婚約指輪はどうしたの?
あら?もらってなかったのだっけ?」
そう、月詠は照日からの指輪は僕のみなんだ。結婚指輪は2人で決めて買ったし、婚約指輪は頑として断り続けた。
でも、世間はそうは見ない。照日の甲斐性の無さを気の毒がったり、自分と比較して優越したり。月詠が幸せかどうかを好奇的に心配したり。
月詠は相変わらずフワフワと
「大事な人の結婚式だから、私が 一番気に入っているのをつけてきたよ。。えへへへへ。」
と答えた。
友人間だけでなく、職場や社会でも「ダメ認定」されているだけあって、月詠のその返答は知人に大いにウケた。彼女は大いに気を良くして月詠の常識の無さに優越を覚え、その後、披露宴が終わるまで結婚式とはどういうものかとコンコン、コンコンと月詠に説教を行った。世の常識とそれを行うにはどれほど月詠の思考がかけ離れているのかを、宇宙規模の話に膨らみかけたころ月詠は 苦笑いしながら、知人に言った。
「須佐さん、勉強になったよ。いつも心配してくれてありがとうね。
確かに、結婚式に、普段使いのものを身につけるなんて いい大人としてちょっと外れた行為だったね。でも、私、須佐さんの言うとおりにできないんだ。ごめんね。
この指輪は 照日の一生懸命な思いで 選ばれたものなの。
私にとっては とてもとても とくべつ なものなの。
実はコレ、本当は、お祝い事の時だけ身につけても いい代物だけど 気に入ってしまって普段から使っちゃてるの。
ケ枯れなんて、溜まらないように、 しょっちゅう 眼鏡洗浄機で洗ってるの。
だ い じ ょ う ぶ !!! 結婚式といえども失礼に中らないよ。
変に 誤解をさせて心配させてごめんね。 誤解うまないように、いつも知り合いから隠すのだけど えへへ♪ 今回見つかっちゃたね。」
僕は、左の薬指で言葉に詰まった。
僕、全然、特別な時用のデザインなんかじゃない。ごく普通の指輪で、ありふれているんだ。
でも、僕が一番だ と断言するから、月詠の前だけは、世界一のたからもので いようと思うんだ。。
四
僕は指輪です。僕の物語はこれで最終。最後なので、最近思っていることを書くね。
月詠はこの20年、新しい指輪を買おう という 照日に、いつも言うんだ。
「照日が、新しい指輪買ってくれても、もうはめる指が残ってないよ。」
男のロマン わかってないんだ、月詠。。照日は、自分の稼いだ金でちびた鉛筆のような月詠の女っぷりを少しでも上げたいんだぞ。
そのだらしない、半分ズっているジャージで、おしりをポリポリ掻きながら、
「「がおぅ、おはよう、」
って言われると
「これが俺の選んだ嫁なのか。。。」
って照日は現実を目の当たりにして切なくなってるんだぞ。。
。。。。でも、僕は月詠のそんな言葉を いつも心地よく聞いているんだ。
――照日が、新しい指輪買ってくれても、もうはめる指が残ってないよ。
これって、僕はずっと月詠の左薬指にいてもいいってことだよね?
僕は20代の月詠に、似合う様に 選ばれたデザイン。
20代の指をキラキラと美しく演出できるんだ。それが、これまで 僕の自慢だったんだ。
もう40代になった 月詠には 僕はデザイン的にあわなくなってきている。。
月詠も、気づいていて デパートのアクセサリー・コーナーを真剣に覗いていることもある。
「まだ、大丈夫。」
見終わったあと、ため息交じりにつぶやくんだ。。
僕は 想像して 怖くなる。
70代、80代の、すっかり おばあちゃんになった 月詠の左薬指に住んでいる僕。
僕の自慢なキラキラの体が、月詠の欠点を強調し、残酷に照らし出すんだ。。
僕は、一緒にいる人と 共に老いることが出来ない。永遠にずっとこのままなんだ。 少しかなしいね。。
でもねーーー
ある日、僕を外して、新しい指輪を きっと嬉しそうにはめる 月詠を想像すると 芯の方から体が震えてくる。
その時は、もうそう遠くない未来だと思うけど、
新しい指輪に替えた月詠のこと、似合うね。って思えないし、祝福なんてできない。
だ っ て、僕 が 月 詠 の 一 番 な の だ か ら。
そして、
アクセサリー入れに 大切にしまわれて、
洗浄機でしょっちゅう洗われず、どこかにぶつけて新しいキズを負うこともない、忘れないように監視されない、
平穏な毎日を 一人でたんたんと過ごしていくことを考えると
寂しくてつらくて 泣きたくなるんだ。
月詠に毎日気にしてもらえないと思うと、せつなくて。。
頭のムーンストーンも、白く濁ってしまうに違いない。。。。。
ピカピカの体も すぐにくすんでしまうに違いない。。。。。。。。。
月詠に 墓場まで一緒に連れて行ってくれなんて 望んでいない。
そんなに長くなんて 先に 僕が壊れてしまうかもしれない。
でも、もう少し、もう少しの間、僕は幸せに月詠の左薬指に 住んでいたいんだ。。
これって 僕のワガママなのかな??
終わり
ブログに連載していましたが、空想を加えて小説の形にしました