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Family’s paper plane.

作者: *SHUL*


『お留守番よろしく頼んだわよ。愛優アユ悠介ユウスケ


お母さんは、一言だけをあたしたちに言い残すと、白に反射している大きなドアを開けてハイヒールを鳴らせながら外に出た。

玄関のじゅうたんにお母さん座り、つまり背座。

隣にいる悠介は足を伸ばしたまま前に放った状態。

“これから何する?”

いつものように目で愛優に問いかけてくる悠介。

問われるほうも大変だった。

愛優は指をクワえてう゛―っとうなりこむ。

パッと思いついたのか、右手の掌に左手の拳をぶつけた。


「お絵かきをしよう!」

なるほど。4歳児らしい考え方だ…。

悠介も納得したのか、目の色を光らせた。

これは毎週金曜日に見られる光景。2卵生の双子である“愛優”と“悠介”を幼稚園まで迎えに行く母、夜神ヤガミ 真梨マリ

しかしそんな母は4歳児の子供を3階建ての大きな家に2人だけにし、必ずこの時間に家を出る。与えられるおもちゃもおやつも何もない。

テレビを見ても4歳児には分からない単語ばかりをニュースキャスターのお姉さんは真顔で連発する。遊び盛りの4歳児にはこの広い家は退屈でならない。


「お母さん、どこに行ってるんだろうねぇー……」

テレビの台の棚の下からお絵かき張を引っ張り出しながら悠介がつぶやく。


「何で愛優たち連れて行ってくれないんだろうねぇ」

愛優がクレヨンの箱を開けながら言う。

お母さんは2人を自分が行く場所に連れて行ってくれたことがない。

1回だけ母の後を追ってついていこうとも思ったけど警察の人に迷子とされて警察署へ連れて行かれたことがある。

だから、愛優と悠介は、母の行き場所を知らなかった――――。

真っ白な八つ切りの画用紙にあざやかな色のクレヨンで、チューリップ、太陽、うさぎさん、雲など、画用紙をメルヘンチィックに埋め尽くした。

そしてそれを床に広げる。

そんなこんなで母が出かけて1時間。

ため息が出るほどお絵かきに飽きてしまった。

外はまだまだ太陽が顔を出している。

日が沈むのもまだまだだった。


「悠介ー……愛優、お絵かき飽きちゃった」

愛優は両手を広げて体を伸ばす。


「うんー。ぼくもだよ。お絵かき疲れちゃった」

悠介も眉をハの字にしてつぶやく。


「次は悠介が考えてよぉ。他の遊びー」


「えー・・・」

悠介は首を回せるだけ回して辺りを見回した。


「あっ、そうだぁ!」

急に明るい顔をして、さっきの八つ切り画用紙と、どこからかハサミを持ってきて小さく切り始めた。

愛優は顔に疑問を浮かべながら悠介の行動を見ていた。

1分もしないうちにできたのは、不恰好な紙飛行機だった。


「うわっ!悠介それヘタクソー」

愛優は紙飛行機を指差しながら笑う。


「うっるさいなぁー。今日幼稚園で真二シンジが教えてくれたのー。とってもおもしろいんだぁー。ぼく飛ばすのうまいんだよぉー?」

目をキラキラさせながら悠介は愛優に説明する。


「ふぇー!?じゃー飛ばそぉーよぉー。でも、白って何か寂しいよぉ・・・??」

2分後、2人は紙飛行機を手に持ちながら階段を音を立てながらドタドタ上っていく。


「うっひゃぁー!3階って高いねぇー!!」

普段は立ち入りを禁止されている3階の個室。

でも母がいないと思ったらここから紙飛行機を飛ばしたかった。

悠介が窓を開けて身を乗り出す。


「ぎゃぁー!悠介あぶないよぉ!!」

愛優は思わず悠介の胴体を掴む。


「ぼくねぇっ―――――この“かみひこうき”飛ばしたいっ・・・」


「“かみひこうき”なんて…すぐ落ちちゃうよ」

愛優がふてくされたように言う。


「落ちない。落とさせないもん。だって、この手紙届けてもらうんだ―――――!!」

遠く空を見てキリッとした目で誓った。夢を見つけたように―――。


「・・・誰に?」

悠介はニッコリと笑顔で答えた。








「悠介ー!!起きろーっ!!」

ドタバタと足音を立てながら悠介の部屋まで上ってきた愛優。

すでに丸まっている状態の布団を愛優は力ずくで引き剥がそうとする。


「あと5分くらいいだろぉ〜??」

眠気たっぷりの悠介の声。

そう言って布団をまたかぶる。


「そう言っていつもはいつまで寝てるのよぉー!!?今日は特別でしょー??

起きなさぁい!!」

そう言ってカタツムリのように渦を巻いた布団を揺さぶる。

観念したのか、布団の端から悠介が顔をのぞかせた。

悠介は寝起きが悪い。だからいつも眉にしわを寄せる。

やっと手が出たと思ったらその手は目覚まし時計のほうへ伸びていった。

時計を見た途端、眠そうに顔をしかめていた悠介の顔がギョッと引きつった。


「バッ・・・!!お前嘘だろ?まだ今何時だと思ってるんだよ!?5時だぞ5時!?俺、早い時でもこんな時間寝てるだろ!?だいたいこんなに早く学校行って何するんだよ!?」

真顔で愛優は受け止めて、指で頬をつつきながら考え込んだ。


「ん〜・・・。準備??」

その途端に悠介は1つため息をついた。


「お前・・・うちは演劇だぞ?準備なんてもうとっくに終わってらぁ・・・」

呆れた顔を愛優に見せると布団を頭まで被った。


「別に早くたっていいじゃない〜!!今日をどれだけあたしが楽しみにしてたと思ってるの〜!!」

愛優は悠介の耳元で叫ぶ。

さすがにうるさいだろう、悠介はさっきと同じように眠そうな、機嫌の悪そうな表情で愛優に向き、言葉を投げた。


「学園祭だけで、お前はガキか!!行くなら1人で行って来い!!」

くわっという効果音が似合う威嚇を愛優に浴びせ、またもや布団を被った。


そう、今日は愛優と悠介が通う橘学園は文化祭の日だった。

見事なことにクラスが一緒の2人のクラスは演劇で『ヘン○ルと○レーテル』をやることになっていた。

しっかし役割がヘン○ルが悠介で、○グレーテルが愛優と、リアルな組み合わせになっていた。


「くそ・・・何で俺まで・・・」

“橘学園祭”と書いた看板が置いてある、橘学園の校門の前。

現在の時刻、午前6時半。


「愛優が朝っぱらから騒ぐせいで母さんたちに追い出されたじゃないか!!」

眠気がまだ覚めていないのか、少しご機嫌ななめの悠介。


「アッハハー!!家追い出されたのぉー??だっさぁー!!」

愛優は悠介を指差しながら腹を抑えて爆笑。


「お前もだろー!!」

というノリツッコミ。

まだ笑いがこらえられないのか、笑顔で腹を抑えてピクピクしている愛優。


「まだみんな当分こねぇぞぉー??何しとくんだよ?」


「プ・・・衣装でも着とけば?」

口を手で抑えてまたもや笑う愛優。

悠介のこめかみには血管がいくつか湧き出ていて顔は苦笑していた。


「似合う・・・けどな・・・♪プ・・・」

笑いをこらえて話すのは相当難しいらしい。

愛優の口を抑える手からは『プ』とかしか聞こえてこない。

悠介のこの顔は相当に嫌がっている。

何故なら分かるだろう。主人公は少年。

今時のようにジーパンを腰ではいてチャラチャラしている高校生のような姿ではないことは確かだと想像できるだろう。


「あり得ないだろ、俺が吊の半ズボン穿くなんてありえないだろ・・・。今の年考えてみろよ・・・」

絶望状態に追い詰めた悠介の顔が何とも言えない。


「やだなぁー。あたしだってスカートだよぉ??」

呑気に自分に指をさして笑う愛優。


「愛優はまだマシだろぉ・・・。ワンピースだし・・・」


「うん。良かったぁ。ちび○るこちゃんは勘弁だね」

真面目に受け止める愛優。

1−3の教室に入って例の衣装を探した。

悠介の吊りの半ズボンを見つけた愛優。


「・・・〜〜〜」

思わず口を抑える。


いろいろと整理をしていたら7時を回り、教室に人が次々入ってきた。


「あっれぇー!悠介くんいつも遅いのに今日は早いねぇ」

話してきたのは愛優の親友、江藤エトウ 春花ハルカだった。


「プププー!それがさぁ〜悠介が今日張り切っちゃってぇ〜」


「お前だろ!」

またもやノリツッコミで悠介は愛優の頭を小突く。


「アハハー。いいツッコミだわぁ。悠介くん。ホント双子って感じだねぇ、真二」

春花も声を抑えて笑う。


「あー・・・。でも、双子って容姿だけは似るもんだろ?いくら男女の双子でも、愛優と悠介、顔立ちも体系も似てないよなぁ」

幼稚園からの悠介たちの付き合いをしている日野ヒノ 真二シンジ。今じゃ黒ぶちのゴージャスなメガネをかけ、頭もスーパーゴージャスにも見える容姿だが、実際そうでもない。むしろさびている。そんな真二は手をあごにかけて考える顔をしていた。


「別に2卵生だから多少・・・かな?バラつきはあるんじゃないのかなぁ??気にしないほうがいいよっ。ない頭を使うな!」


「うるせぇ!俺の天才の勘は当たるんだ!!」

周りには自分は“優等生”として慕っている。

唯一真実を知っているのは本人と春花のみ。

だから小声で春花に言った。

それに比べて江藤 春花は優等生。

対照的な2人に共通点などあるんだろうか・・・。


「アッハッハッハッハ!!めっちゃ似合ってるぅ〜!!ブハハハハ!!」

腹を押さえ、笑いも遠慮なくする。

愛優の目の前で吊りの半ズボン姿の衣装で突っ立っていた悠介が小さくなっていくのが分かった。

口元がピクピクしている。怒ることをこらえているんだろう。

右手にはかすかに拳も作成中だ。


「ハイハイ黙ってねぇ。悠介くん可愛そうでしょう?」

『もごっ』という効果音とともに愛優の高らかな声もふさがれた。


「ありがとう・・・。春花ちゃん・・・」

優しく手をさしのべてくれたような春花にお礼を言う悠介。

すると春花は右手にカメラを持ってルンルン気分な笑顔で悠介に言った。


「ゆーすっけくん♪写真とっていいー??」


「え・・・?」

どうやらここには悠介の味方なんていないらしい。


「くっそぉー!!」


「アホ。ほらほら早く小道具の準備して♪」

悠介の頭を新聞紙で一発。そしてずるずると先の見えない目的地へと引きずられてく。

9時に文化祭が始まった。

11時近くになり、第1回公演が近づいてきた。

一般のお客様も他校の高校生もたくさん来ていた。


「あああ、愛優・・・」

ロボットのように動きが鈍くなっている悠介。

意外に上がり症??恥ずかしぃー!!

心の中で愛優は思い声を抑えて笑う。

さっきもそうすれば良かったのに・・・。


「お前・・・、上がり症じゃねぇのかよ・・・・??」

カタカタ震える悠介があたしに聞く。


「まっさかぁ〜!恥ずかしいね」


「悪かったな恥ずかしくて。どうして双子なのにいいところはお前が持っていくんだか・・・。俺かわいそぉ〜」

悠介は両肩をそれぞれ違う腕で押さえる。


「フッ、前世がいいんですよ」


「うっせーな。どーせ俺はコケシですよ」

何ともネガティブな悠介。

これじゃあ演劇の先も思いやられる・・・。

公演は全部で3回。

11時からと1時からと3時から。

3回も幼児のような恥ずかしい格好をするとは悠介も耐えられないだろう。


「真二・・・お前2回目と3回目代われよ」

そう言って真二の肩をポンとする悠介。


「は?ヤダし」

即答で答える真二。よほどだろう・・・。

大道具と小道具係はクスクスと悠介の姿を笑う。

それに内心ムッとしていた悠介だが、

ニコニコしてこちらを向いている衣装係の佐久間サクマさんの前ではキレられない。


「あっははははは!!」

でも一番内心ピキッときたのが愛優の笑い声。

またもや拳をつくってそのままこらえる姿がえらかった。




「大丈夫だよ、○レーテル!僕がパンを落としてきたから!家に帰ろう!」

迫真の演技。とても165cmの身長からの演技とは思えない。

見せ場は大道具係りの作ったお菓子の家ならずダンボールのお菓子に見立てた家。

2人はどこからともなくビスケットを出してお菓子の家を食べる演技をした。


「あたしの家を食べているのはどこのどいつだぁい〜??!」

魔女役の春花はどこかのピン芸人の口調をパクりながら2人の前に現れた。

これもまぁ役が似合ってますこと。


『2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ―――――。』

最後のアナウンスが終わると役の1人ずつが出てあいさつした。


『ヘン○ル、夜神 悠介。○レーテル、夜神 愛優。2人は双子でーす!』

アナウンスの言葉に観衆は一斉に口を開いた。




“えっ、双子・・・??”


“まぢでー??似てなぁい〜”


この言葉が愛優の耳をついた。

そして第1回目が終わったと盛り上がっている控え室に戻った。


「悠介・・・」

今にも泣きそうにしている愛優を見てギョッとする悠介。


「あたしたち・・・似てなきゃいけないのかなぁ〜??」


「えっ・・・ちょ、何言ってんだよ?!」


「双子でも似てないことってあるんだよねぇ〜・・・??」

悠介は両手をばたつかせて焦っている。


「当ったり前だろ!心配すんな!」

その言葉にやっと泣きを止めた愛優を見てホッとする悠介。

ホントに俺たち、似てないよな・・・。

悠介は愛優に気づかれないように顔をしかめた。



「店回ってきていいよぉ〜!」

3回目の公演がやっと終わった。

実行委員に許可をもらい俺たちは控え室を飛び出した。


「愛優っ!どこ行く??」

ガキではないと自分に言い聞かせるが思わずはしゃいでしまう悠介。


「そーだなぁ・・・お腹減っちゃったぁ・・・」

愛優がお腹をさすりながら答える。

そういえば昼食なんて食べる暇が全くなかった。

悠介はキョロキョロと辺りを見回してたこ焼き屋を発見した。


「愛優!たこ!たこ焼き食べよう!」

悠介の言葉に愛優は戸惑った。


「あたし・・・たこ嫌いだもん・・・」


「えっ?」

そうだっけ?と言うような疑問を顔に浮かべながら指をさしていた手を下ろした。


「あたしっ・・・回転焼きがいいなぁっ・・・」

今度は愛優からのリクエスト。


「俺・・・甘いの嫌いだし・・・」

今度は悠介が否定する。

顔を見合わせて戸惑う2人。

何故か双子のくせに好みが違う。


「じっ・・・じゃああたし回転焼き買って来るねぇ・・・」


「じゃあ俺はたこ焼き・・・」

お互い別の方向に逃げるようにしながら買いに行った。

たこやきの屋台の前で立ちすくむ悠介。


「俺たち・・・何でこんなに似てないんだろう・・・?」

回転焼きの屋台の前で立ち止まる愛優。


「あたしたち・・・何でこんなに違うんだろう・・・?」




“あー!カップルだぁ〜”


“違うよぉ、あれさっき演劇に出てた双子だよぉ”


“うっそ!全然似てないねー。何か他人みたい!”

距離という距離があいていなかった2人の肩の間に、50センチ程度の隙間ができた。

何となくぎこちなくなってしまった。

他人なはずがない。

小さい頃からずっと一緒。

ずっとお互いが分かっているし、楽しみも幸せも分けてきた。

“お母さん”と“お父さん”と一緒に暮らしている屋根の下で生活している。

正真正銘“家族”だよ。

2人は同時に思い、うつむいた。


「愛優、気にするなよ。2卵生だぜ?似てないところもあるに決まってるだろ?」


「う・・・うん」

浮かない笑顔で答える愛優。

悠介の不安は増した。

手の中で湯気を立てるたこ焼きを口に入れ、考えをそちらに集中させた。


長いようで短かった文化祭が幕を閉じようとした。

屋台は十分に回った。

心も十分に爽快した。

モヤが残っている様子はあったけれど。


後夜祭でキャンプファイヤーをした。

真っ赤に染まる炎が天に手を伸ばすかのようにゆらめく。

橘学園では恒例ともいえるダンスが始まった。

男女2人1組で悠介は春花と組んだ。

ダンスなんてしたことないけれど、体が自然に踊っていた。

見ると、愛優は真二と組んでいた。

さっきの不安なんて残ってもいないかのように笑っていた。

ホッと胸をなでおろした。

愛優の笑顔に癒された。

悠介は時々ヘンに思う。

愛優が1人の女の子と見えてしまうときがある。

愛優に感じるもの、“愛”。

それはあくまで“家族”の意味。

何でこんなことを思うのだろう?

悠介は頭をひねらせた。



「じゃー双子ちゃんよろしくねぇ〜♪」

真二のかん高い声が教室に響く。

みんな笑いながら手を振り教室を後にする。

悠介は拳を震えさせながら悔やんだ。


「くっそぉ〜!何で俺グー出したんだぁ!?主役のくせに後片付けとかありえねーだろー!!」


「まぁまぁ、悔やむのも分かるけど、頑張りなよ」

愛優がポンと悠介の肩をたたきなぐさめる。


「ちょっと、お前も・・・だろ?」

そういえばという顔で立ち止まる。


「片付けなんて明日でいいくせに・・・」

悠介はダンボールお菓子の家をカッターで崩しながらぶつくさ言う。


「だって明日からまた授業なんでしょ〜??週末に文化祭あれば良かったのに〜!」

とか言って愛優もぶつぶつ言葉に出す。


「何かさぁ〜このダンボールのお菓子の家危なっかしーよなぁ・・・練習から思ってたけど。飴に見立ててんのか知らねぇけどパチンコ玉何百個もセロハン巻いて屋根に敷き詰めてさぁ・・・。今にも落ちてきそーなんだよね」

上を見上げながら頭をかく悠介。


「えー?別にいいんじゃないのぉ??きれーだし」

悠介に背中を向けたまま衣装の整理をする愛優。


「あのさぁ、愛優」


「なーに?」


「俺たちのこと似てないって言ったやついっぱいいたけどさ、似てなくても・・・血はつながった“家族”だぜ?胸張って生きろや♪」


「うん・・・」

2人はお互い背中を向けて笑い合った。


「っく・・・全然壊れねぇなコレ・・・」

悠介はカッターでダンボールのお菓子の家を何度も力強く刺す。


ボオンッ!


鈍い音をたててダンボールがへこんだ。

それと同時に大きなダンボールの壁が悠介に襲った。


「うわぁぁぁ!」

その声に反応して振り返る愛優。


「えっ?」

カチンッ!!カチ・・・カチ・・・。

屋根のパチンコ球が床に激突する音を悠介は聞いた。

暗闇から出ようとして重いダンボールの壁を持ち上げた。

そういえば、愛優何も言ってくれないな。

いつもは人のことは平気で笑うやつでも、心配は人1倍してくれるやつだ。

そう悠介は思いながら立ち上がった。



「・・・愛優・・・??」


目の前に頭から血を流して倒れている愛優。

見るからに痛々しいその頭は鮮やかな赤の液体が溢れんばかりに出る。

しかめる表情からして意識はあるらしい。でも、手は震えるだけで動かなかった。

頭の中に目の前の場面が駆け回り何をすればいいのか分からない悠介。

無意識にポケットから愛優とおそろいの黄色い携帯を取り出して、自分の母親に電話を掛けた。



「助けて――――・・・!!」



すぐに救急車が来ると愛優は病院に運ばれた。

市内では大きい病院らしい。

そうだ・・・あの音は屋根のパチンコ玉のかたまりが愛優に当たったんだ・・・。

最悪だ・・・何で方向も距離も一致しているんだ?

俺のせいだ・・・俺のせいだ・・・!!

悠介は長パイプいすにどっかり座り、愛優の無事を祈るばかりだった。

考えれば悩むほど、頭の中が消しゴムで消されていくみたいに真っ白になる悠介だった。


「誰か・・・夜神 愛優さんの血液型の血が足りないんですけど輸血してくれる人は・・・!?」

マスクをした背の低い手術の助手がパタパタとこちらに走ってきた。

そうだ!俺だって力になってあげられる!

そう思って悠介は立ち上がった。


「座りなさい。悠介」

母、真梨の言葉に悠介の動きが止まった。


「は?ただの輸血だぜ?」

悠介は疑問に聞いた。


「座りなさい悠介」

母はもう1度言う。


「何言ってんだよ。輸血すれば愛優に協力するだけだよ!」


「座りなさい」

呪文のように繰り返す母。


「父さんっ・・・!」

悠介は父親のほうを見た。

黙って悠介から逃げるように目をそむけた。

母は立ち上がって手術の助手と何か話した。

何かを完了したかのように助手はうなずくと、どこかへ消えてしまった。

こちらに戻ってきた母を見て悠介は怒りというものが抑えきれなかった。


「何で俺の血を使ってくれないんだよ!?愛優と同じ血液型のO――――・・・」


「違う」

俺の怒りの言葉は一言によって遮られた。


「は?」


「愛優はO型なんかじゃない」

震える声で母は答える。


「愛優はAB型なのよ・・・」

口を手で覆い今にも消え入りそうな声でつぶやく母。


「ありえないだろ・・・」

悠介の口元が少し引きつる。


「父さんがA型!母さんもA型!そして俺はO型!AとAからはA型かO型しか生まれてこないだろ?!AB型なんかが生まれてくるはずがない!」

学力は意外と良い悠介。

双子で唯一の似ている点とすれば、1つは学力が入るものだった。


「悠介・・・父さんたちが何を言いたいか、分かるよな?」

父さんは母さんの震える肩を抑えて悠介に問いかける。

悠介は眉をハの字にして肩を震わせる。

全身にバイブが入ったかのように不安定な悠介の体は床に崩れた。




「愛優が、“他人”だったなんて――――――――――――――・・・」




全治1週間の軽い程度で済んだ愛優。

笑顔で家に帰ってきた愛優を悠介は、心の底から笑顔で見てやれなかった。

他人の復帰を祝うかのような視線で愛優を見る。

もちろん、愛優がこの家の人間でないことを話すのは両親から固く禁じられていた。

俺だって言いたくない。

ぎこちなくなってしまう。

今までの“家族”じゃなくなる・・・。

このままの生活にまた戻れると思ったが、悠介自身が怯えていた。


「悠介ちょっと・・・」

金曜日のあの時間に、母は悠介を呼び出した。


「母さん・・・この時間って」

悠介の言葉に反応も見せずついて来いというかのように靴を履き、外に出て、黙々と道を進む母。

そうか、金曜日のあれか・・・。

俺に行き先を教えてくれるのか?

そう思い黙って母の隣に付き、遅れないように歩く悠介。

着いた場所は、町外れにある小さな病院だった。


「母さん・・・検診行ってるの?」

その言葉にも反応を見せてくれなかった。

悠介はひとつため息をついて母の背中を追った。

1つの病室に入っていった。

病室の名前を見てみると1人の個室だった。

『松崎 リサ』

全く知らない人だった。

中に入ってみると白い部屋に1人の女の人が横たわっていた。

その表情は何とも言えず、かすかに微笑を浮かべながら寝息を立てているだけだった。


「この人、誰だか分かる?」

やっと口を開いた母。

悠介は首を横に振る。

すると母は“松崎”さんの肩に手をそっと置いて耳元でつぶやいた。


「・・・あたしよ、リサ―――――――」

そしてそっと手を離した。

すると“松崎”さんはそっと眩しそうに目を開いて首を母と悠介の方に向けた。


「あなたが・・・“ゆうすけ”くん?」

ふりしぼるように小さい声で悠介に問いかけた。

悠介は慌てて首を縦に1回振った。

すると“松崎”さんは目尻をキュッと絞らせて微笑んだ。


「あたしが誰だか、分かるかしら―――・・・?」

悠介の目をしっかりと捕らえて視線をはずさない。



「愛優の・・・・・・母さん?」



悠介の思わず出た言葉。

母さんがここに連れてきてくれた理由。

“松崎”さん。

知らない人。

悠介の情報からこれ以上の関係をつかむのは無理だった。

“松崎”さんは震える手を伸ばして悠介の手を掴んだ。


「ごめんねぇっ・・・“家族”じゃなくてぇ・・・」

目からこぼれた雫は頬を伝い、呼吸器に邪魔されながらも白いシーツの上ににじんだ。




母さんは、俺に話してくれた。


母さんと松崎さんは高校時代の親友で、偶然なことに結婚も同年で、子供の成長もほぼ同じだったという。

松崎さんの旦那さんは、ロンドンに実家があるということで、移住したらしい。

そこには松崎さんもいくはずだった。

しかし、母さんと一緒に子供の顔を見たいと言い日本に残った。

そろそろ2人の出産予定日の日に、母の陣痛が起こった。


「元気な男の子ですよ〜」

それが俺だった。

汗を大量に流し、笑顔を浮かべている母を一瞬の目標にして松崎さんは陣痛を待った。

だが、一向にくる気配が無かったらしい。

不安に思いつつも、松崎さんは医師に相談した。

『焦りすぎですよ。ゆっくりと、待ちましょう』

その言葉を背中に背負いつつ破裂しそうなほど膨らんだお腹をさすりながらパイプいすを立った。


「ッ―――――――!!」

陣痛とは違う痛みが松崎さんのお腹を駆けずり回った。

慌てて運び込まれ3時間後、元気な泣き声が聞こえてきた。


「まぁっ、元気な女の子ですよ〜」

それが愛優だった。

脱力した松崎さんが反応を示さない。


「松崎さん!?」

苦しむ息が途切れた。


「真梨・・・この子を・・お願い・・・・・・」


それから、意識は戻らなかった。




愛優と俺の出会いはそれからだったという。

松崎さんの旦那さんも時々こちらへ戻ってはくるのだが、戻ってくるといっても年に1・2回来るか来ないかだ。

あまりの仕事の忙しさに生まれたばかりの子供を世話するのは到底難しい。

しかも松崎さんのこともある。

それがすべて、俺の母親、夜神 真梨に託された。

『愛優』という名前は、子供が生まれる前から決めてきた名前だったらしい。

誰にでも“愛”される、“優”しい女の子に。

それに比べて『悠介』は別に何の由来も無いらしい・・・。

母さんが毎週ここに来ていた理由は松崎さんの世話をしていたからだった。

そして意識が奇跡的に回復したのは、8日前、愛優がけがをした日だったらしい。




「あたしねぇ・・・もうすぐ退院できるらしいのよぉ」

松崎さんがにっこりと微笑む。


「本当に?!まぁっ・・・リサと並んで歩けるのなんて何年ぶりかしらぁ・・・」


「愛優に・・・会いたい・・・」


「え・・・?」

ポツリとつぶやいた松崎さんの一言に悠介は肩をピクリとさせた。


「えっ、て・・・・愛優・・・知ってるんじゃないの??」

松崎さんは冷や汗を一筋流した。

バッと起き上がり、体ごと真梨のほうを向いた。


「・・・知らないの?」

真梨は震える肩を両手でクロスして押さえていた。


「・・・知らないわ」


「松崎さん・・・退院したら、そのあと・・・どうするつもりなんですか?」


松崎さんは天井を見上げた。


「行くわよ。ロンドンに」

そして首を正面に向いた。


「もちろん、愛優とね」


「!!」

悠介と真梨は一瞬で表情を変えた。


「ちょっと待ってリサ!16年間もこんな暮らしして、今更離れて暮らすなんて・・・」


「だって、愛優はあなたの“家族”じゃない。あたしの子よ・・・」


「でもっ・・・!」

迫ってくる真梨の前にすっと手を上げた。


「あたしが決めることでも、あなたたちが決めることでもない」


後  は  あ  の  子  が  決  め  る  こ  と  よ



「悠介遅い!あ、お母さんも!しょ〜がないなぁ〜」

すぐに笑顔で迎えてくれる愛優。

真梨と悠介は笑顔で返してやりたいものだが苦笑いでしか笑えなくなっている。

愛優が“家族”の一員としていなくなるかもしれない。

小さい頃は本当に双子だと思っていた。

しかし成長するごとに違いがハッキリと分かってくる。

顔の形、性格、体格、癖、口調・・・・血液型。

最悪の形で型が出来上がり、今もなお世界最強の破壊兵器として完成しようとしている。

愛優はどっちを選ぶだろう?

16年間暮らしてきた“偽者のお母さん”?

今から一緒にずっと暮らしていく、“本当のお母さん”?

俺が愛優の立場としても、悩んでしまうよ。

悠介は頭をむしゃくしゃさせながら自分の部屋のベッドへダイブした。

松崎さんが退院するのは遅くても、もう半月。

“家族”でいられる時間も、あと少し。

いつもにぎわっていた食卓。

テレビのリモコン争いの激しいリビング。

花畑を観察していた中庭。

それがすべて、木陰の隅のように暗く、むなしくなる。

無くしたくない。

そう思うけど、

後は愛優しだい。と、ベッドにより深く顔をうずめる悠介だった。



2週間がたった頃、3人は夜一緒にリビングでバラエティを見ながら笑っていた。

そろそろと、自然と悠介と真梨は目が合った。

テレビの中の笑い声が消えた。


「あっもう!お母さん何で消すの――」

愛優の声は真梨の表情を見たとたんに消えた。


「あのさっ、愛優・・・話があるんだけど・・・」

悠介がしどろもどろに愛優の顔を見ずに話し始めた。

その悠介の様子に愛優は、


「いやっ・・・・聞きたくない・・・」

え?とした顔で愛優の顔を見た。

愛優の泣きそうな表情に真梨も悠介も驚いた。


「おい・・・聞きたくないって・・・?」

震えている愛優の様子に真梨はピンときた。


「まさか・・・愛優母子手帳見たの!?」


「は?」

愛優は2人から後ずさりしながらゆっくりと縦に首を振った。

そして愛優のズボンのポケットから2つの母子手帳が落ちてきた。

愛優のと悠介のであった。


「悠介がO型、あたしがAB型。お母さんもお父さんもA型・・・」

震える手で愛優は母子手帳を2人の前に突き出した。


「あたしが・・・この家に生まれてくるわけ・・・無いじゃない・・・」

ひざの力が抜け、カクンと床に座り込んだ。


「どうする?愛優・・・」

最初に口を開いたのは悠介だった。


「お前が選んでいいんだぞ。偽者の母さんにするか。本物の母さんにするか。

 お前が決めろよ―――――――――」


「あ・・あたしに決められるわけ無いじゃない!悠介も考えてよ!」

悠介の拳がピクンと動いたがすぐに動かなくなった。


「後は、愛優しだいだよ――――――――」


悠介は愛優に悲しみの笑顔をつくると、すぐにその場から逃げるようにして家を出た。

外には星が広がっていた。

愛優がロンドンへ行ったとしても、同じ星が見られるのだろうか・・・?




次の日、昨日のことが無かったかのように愛優はいつも通りに過ごしていた。

ピンポーン

1つのチャイムが鳴って悠介がリビングのソファーから立ち上がろうとした。


「あ、悠介。あたしが出るよ」

そう言ってパタパタとスリッパを鳴らさせて玄関へ向かった。


「はい?」

そう言って愛優は玄関を開けた。


「こんにちは。松崎です。愛優ちゃんは―――――――?」





10分ほど時間が経っても愛優が戻ってこなかった。

悠介はおかしいなと思いつつもその場を動かなかった。

スリッパの音と共に愛優の姿が現れた。


「ちょっとしたセールスだったの。しつこくてやになっちゃうなぁ〜」

簡単に答えてその場から消えた。

その日、愛優の姿はほとんど無かった。

夕飯の時間にすら、姿が見えなかった。

自分の部屋だろうと思い悠介は愛優の部屋のドアをノックした。

返事が返ってこなかった。

中でカザゴソ物を動かす音がするだけだった。

鍵もかかっていたので悠介は諦めた。

夜の10時をまわっても、愛優の姿は見えない。

12時をまわった時、真梨はとうとう寝付くことにした。

悠介は愛優がリビングへ来るのを待つべくテレビの声を頼りに眠気をこらえていた。

何時間たっただろう・・・??

テレビの音が消えた。


「―――うすけ・・」

待っていた愛優の声が聞こえる。

体を起こそうにも言うことを聞かない。

目の前の影はゆっくりと俺のほうに近づいてきた。


「・・・ありがとう」


俺の耳にはハッキリとそう聞こえた。

ハッと気が付き顔を上げた。

いつの間に眠っていた。

キョロキョロ時計を探して時間を見ると午前3時前だった。

俺は急いで階段を駆け上がり愛優の部屋へ走るとドアが開いていた。

それと同じく、窓も開いていた。

窓のそばに机があって、その向かいにベッドがあった。

ベッドの横には本棚があって、それで・・・・・・・。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


俺のうめき声に母さんが脚を絡ませて走ってきた。


「悠介っ!?どうした・・・・・・」




愛優の部屋には大きな家具だけが残っていた。

いつもきれいに整頓されていた机が物抜け。

ぎゅうぎゅうにつまっていた本棚が空っぽ。

可愛いキャラクターのシーツのベッドが真っ白に変色していた。


愛優が・・・あ・・ゆ・・・・・。


初めて一緒にした1歳の誕生日

初めて一緒に作った紙飛行機。

初めて一緒に行ったお散歩。

初めて一緒に買ったクレヨン。

初めて一緒に書いた母さんの似顔絵。

初めて一緒に食べたお菓子。

初めて一緒に歩いた通学路。

初めて一緒にいて嬉しいと思えた人。


何もかもが一緒の初めてで、誰にも奪われることがないと思っていた。

生まれたときからずっと一緒で、死ぬ寸前まで一緒にいられたらと思っていた。

1番大切な存在の。

1番大切な人間を。

“お母さん”という存在に奪われてしまった。



「連れて行かないでくれぇ――――――――――――!!」


目から大量の液がこぼれて、抑えようと思っても止まらない。

愛優の机を拳に任せて振り下ろしていたら、振動で引き出しが飛び出てきた。

その中に、素朴なオーラで光っていた、1つの紙飛行機があった。


「これ・・・」


『紙飛行機に届けてもらうんだ――――!!』


『誰に?』

俺はその時笑って答えたな。


『俺の1番大切な人に――――――――――!!』


紙飛行機を手にとって広げてみると、白い紙とは裏腹に、カラフルな色ペンで丁寧に文字が書いてあった。



「『・・・・・・悠介さま・・・』」

悠介は震えながらカラフルな文字を目で追い続けた。



『さようならも言わずにごめんなさい。

 どうしても言ってしまうと悠介のそばから離れたくなくなります。

 いつこの手紙を開いた分からないけど、あたしがこの家を旅立った日、

 セールスが来たとか言ってたけど、本当はあたしの本当の“お母さん”に会いました。

 あたしが愛優だと分かった瞬間にギュッと抱きしめてくれました。

 とても暖かかったです。“家族”の匂いがしました。

 正直その日は笑っていたけれど、心の底でずっと迷っていました。

 16年間“家族”としてくらしてきた家庭を手放すことができませんでした。

 でも、“お母さん”はそれを一瞬で答えを出してくれました。

 後悔がいっぱいあるけど、新しい“家族”を築こうと。

 自分の部屋にこもって急いで荷造りをしました。

 悠介が部屋の前に来たとき、本当は顔を見たかったけど、こらえました。

 これ以上優しくされたら、絶対答えが逆転するかと思ったからです。

 それでもいい。と、悠介が思ってくれたらうれしいです。

 この紙飛行機を見て思い出しましたか?

 悠介は誰に紙飛行機を届けると言いいましたか?

それを、忘れないでください。

 さようなら。



 PS:あたしと悠介が本当の兄妹じゃないって分かったとき、少しホッとした。

    何でかって?

    

   

 悠介のこと、大好きだったから。



                           夜神 愛優

                                      』



最後の最後まで“夜神”を使う愛優は寂しかっただろう。

泣きながら書いたのだろうか?

オレンジ色の“愛優”がにじんでいた。

あぁ・・・俺が泣いているのか・・・・・・。







「機長―!!今日の資料です!」


「あーそこに置いててー」

いすに体を任せて体を後ろにそらして指示をする。


「夜神機長〜ちゃんと座ってないと・・・あぁ!!」


「うわぁ!!」

激しい音と共にいすと夜神機長がひっくり返った。


「だから言ったじゃないですかぁ〜・・・。あなた一応パイロットなんですから」


「へいへい・・・」

“夜神 悠介”という胸元のネームプレートを確認して横に倒れたいすを自分の尻を押さえながら元のように立てる。


「あ、ほらこれ落ちましたよ。紙飛行機!」

頭をかきながら手を出して要求する。


「っく、初恋の人からのお守りなんでしょう〜??

初恋忘れないと早く女の人見つけられませんよ〜??」

そう言って細目で夜神を見る。


「しっ・・・失礼だな!!さっさと退室しなさい!!」

夜神は手をばたつかせて追い返そうとする。


「今日でやっと長旅が終わったんですからしっかりしてくださいねぇ〜??」

そう言ってドアをバタンと閉めた。


「・・・っはぁ〜」

大きなため息をついて後ろに体を反らす。

ドンッ!!

またしても音と共に体に激痛が走った。


「いてて・・・俺今日ボケてるな・・・」

腰をおさえて中腰になった。

ちょうど机の上にある紙飛行機と同じ目線になった。


「あれから12年か・・・」

あれから俺は忘れることのないようにパイロットになった。

結構有名なんだけど、ボケのほうが有名かな・・・アハハ。

ギッ・・・。

後ろでドアの開く音がした。

さっきの人かな・・・??また俺からかいに来たのかよ。


「あれ?紙飛行機まだ持ってる――――――――――――」

やっぱりと思い、形相でいすごと振りかえろうとした。


「だぁからぁ!!別にいいだろ初恋の女からもらったもの持ってて・・・も・・・」



俺の膝元に1つの紙飛行機が飛んできた。

真っ白に光に反射していてまぶしかった。

そっと手にとって広げてみた。



「『ただいま―――――・・・』」



読むと同時にセリフが聞こえた。


おそるおそる顔を上げた。


背は俺より少し低め。


栗色のストレートの髪。


すらっとした脚に体。


淡い青色のワンピースが良く似合っている。



姿はこんなに変わってしまったが、俺にはすぐに誰だか分かった。




「愛優―――・・・」




整った表情を火照らせながら鼻の頭を掻くしぐさがそっくりだった。




「悠介らしぃねぇ。パイロットになるなんて」

部屋の中には入ってこようとせずその場でドアによりかかる愛優。


「ずっと忘れないでいてくれたんだ」

鼻をグシグシ言わせながら顔をいじくる。


「大切な人に届けてくれるんでしょ・・・??」

そう言って愛優は手に持っていたファイルの中から黄ばんだ小さな紙飛行機を出した。

チューリップや太陽などがクレヨンでカラフルに描かれていた。


「それ・・・」

ふと思い出したのは、初めて一緒に作った紙飛行機だった。

白のシンプルさに落書きした愛優の文字。

“あゆ” “ゆうすけ”

上手な字とはいえないが、書けたことの達成感が記されていた。


「これねぇ、あたしが12年前のあの日に中庭で見つけたんだ。

 見つけたっていうか、どこからか飛んできたんだ。あたしのところに。

 これ描いたの悠介でしょ?悠介が、4歳の悠介が、あたしに届けてくれたんでしょ?」

愛優が紙飛行機を広げて俺の前に突きつけた。

俺も、覚えている。

自慢げに、自己満足に描いた、“家族”の絵――――・・・。

俺が紙飛行機を作ってて、愛優がお絵かきをしている。

母さんは料理を作ってて、父さんは新聞を見ながらテレビを見ている。

みんな、笑っていた。

楽しくて、どこにでもいそうな普通の“家族”だった。


「あたしが“家族”を忘れないように、4歳の悠介が“これ”をあたしに飛ばしたんだよね。ね?悠介!!」


聞くたびに『ホント!?』って聞きたくなる。

でも今は―――――――――――――――・・・・・・。


「帰ろう!愛優。“家族”が待ってるよ。あの家に―――」


俺は手を伸ばして愛優の手を引いた。


愛優はそれを受け止め、笑うだけで手に力を込め、うなずいた。


「おかえり、愛優――――――――――」







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