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ハナのカオリ  作者: NES
6/6

ハナのカオリ (6)

「曙川さん、山嵜さん」

 曙川先輩の後ろ、第二体育倉庫の入り口に誰かが立った。白衣を着た、女の人。ええっと、美作先生、だったかな。続けて、何人かの生徒が顔をのぞかせた。

 ああ、ルカ。ごめん、心配かけちゃったね。大丈夫、曙川先輩は。

 いい人、だった。

 他の人は、二年生かな。手足が細くて、ぽっきり折れちゃいそうな女の子。髪、長くて綺麗だな。あれ? 左掌が、光ってる。

 ハナの方を見て、その人は優しく微笑んだ。曙川先輩に似ている。そして、多分同じ力。「大丈夫、私も味方だよ」頭の中で声が響いた。びっくりして何も考えられない。

「山嵜、大丈夫か?」

 だから、急に目の前に朝倉先輩の顔が出てきて心臓が止まるかと思った。あ、朝倉先輩、どうしてここに? って、そうか、曙川先輩がいるんですもんね。当たり前か。

 ほら、ハナより曙川先輩の方を、彼女のことを心配してあげてください。ハナに色々と聞かれて、きっと参っていると思うんです。話したくないこともあったのに。曙川先輩は、全部話してくれたんです。

 何もごまかさずに、本当のことだけを。

「歩けないか?」

 返事をしないので、朝倉先輩はハナが放心状態にあると思ったらしい。実際それに近くはあったんだけど。

 でも、いくらなんでもその後はやりすぎだ。

「山嵜、ごめんな」

 一言そう断って。

 朝倉先輩は、ひょいってハナの体を持ち上げた。う、うわ。うわわわわ。

 お姫様抱っこ。ちょ、朝倉先輩? 彼女さんの前ですよ? 今、ハナは曙川先輩と、朝倉先輩の話をしていて。

 二人が、とても素敵な関係だって。

 ハナなんか、入る隙間が無いんじゃないかって。

 そう思ったところなんですよ? それなのに。

 あばばばってなって、慌てて曙川先輩の方を見ると。

 曙川先輩は、怒るでも呆れるでもなく。

 やれやれって顔で、ハナのすぐ横に立った。

「フユの時もこんな感じだったの?」

「仕方ないだろ、歩けないみたいなんだから」

 一つ息を吐いて、曙川先輩は。

 そっと、ハナの頭を撫でた。すごく優しくて。

 すごく暖かい笑顔で。ハナは、思わず見とれてしまった。

「遠慮しないで。今は、ハルに甘えていいから」

 そうか。

 こんなことくらいで、二人の仲は壊れないんだ。

 信頼し合っているんだ。

 朝倉先輩は、曙川先輩が大丈夫だって一目で判ったんだ。次に、ハナの方がショックを受けているって判断して。保健室に運ぶために、こうやって抱き上げてくれた。

 二人とも、それが当然のことだって思っている。

 当たり前のように、ハナを助けてくれて。

 当たり前のように、解り合っているんだ。

 朝倉先輩。

 その証拠に、朝倉先輩は、曙川先輩の方を見ている。

 今、腕の中にいるのはハナなのに。朝倉先輩は、ハナの方を見ていない。ハナのことなんて、なんとも。なんにも。

 ・・・くやしい。

「朝倉先輩」

 手を伸ばして、ハナは朝倉先輩の顔に触れた。届く。ちゃんとそこにいる。先輩、ハナは、ここにいますよ。

「先輩、私、朝倉先輩のこと、好きです。好きなんです」

 言った。

 言っちゃった。

 ハナの言葉、届きましたか、先輩?

 朝倉先輩は。まずは驚いて。その次に、照れて赤くなって。

 最後に、悲しそうな顔をした。

「山嵜、ごめん。俺は、曙川の、ヒナのことが、好きなんだ」

 はい。わかっています。

 真実の魔眼に、嘘は通じません。朝倉先輩の気持ち、ちゃんとわかりました。

「知っています。でも、私、そんな朝倉先輩のことが、好きなんです」

 私の好きな朝倉先輩なら、そう応えると思っていました。大切な人を、雨の中探して歩いて。背負って、運ぶような人。

 ハナも、そうやって愛されてみたいけど。

 朝倉先輩が好きなのは、どうしようもないくらい曙川先輩。

 そして。

 そんな朝倉先輩を、ハナはやっぱりどうしようもないくらい好きなんだ。

 嘘やごまかし。

 ハナは、それが大っ嫌い。そう、たとえ、自分自身のことであっても。

 ハナは嘘をつかない。ハナは、朝倉先輩のことが好き。この気持ちは、本当のことなんだ。




 幼稚園の、年長組の時。

 ハナは、園長先生が世話をしている花壇が大好きだった。色とりどりの綺麗なお花。園長先生ともよくお話しした。お花の話をしている時の園長先生は、とても楽しそうだった。

 ある日、ハナは誰かから嘘をつかれた。相手のことなんて全然覚えていない。そんなことより、嘘の内容の方が問題だった。

 母の日の贈り物に、園長先生が花壇から一つ花を持って行って良いって。

 ハナは嬉しかった。花壇のお花はきらきらしていて、大好きだった。お母さんに、園長先生のお花をあげるって、とっても素敵なことだと思った。

 だから、一番大きくて、一番綺麗なお花を、ハナは取ったんだ。

 誰が言った嘘かなんて、覚えていなかった。

 ハナは、大好きな園長先生にいっぱい怒られた。

 ハナは、大好きなお母さんにいっぱい怒られた。

 嘘をついた誰かは、結局最後まで判らなかった。

 ハナが花壇のお花が欲しいから、嘘をついたんだろうって言われた。

 嘘つきは、ハナじゃないのに。

 ハナは、嘘なんかついてないのに。

「ハナはそんな子じゃないよ」

 お兄ちゃんだけが、ハナのことを信じてくれた。お母さんにも抗議してくれた。お兄ちゃんは、いつでもハナの味方だった。

 ハナは、嘘が大嫌いになった。

 嘘をつくような人は、信用できない。

 誰かを騙して、傷つけて。その後、知らん顔しているような奴は、許せなかった。

 お兄ちゃんが、図書館で大きなご本を借りてきた。読めない字がたくさん書いてある。その中に、嘘を見破るおまじないが書いてあった。

 真実の魔眼。ハナはお兄ちゃんと二人で、本に書いてある儀式をおこなった。手に入れるのが難しい材料がいっぱいあったけど、頑張って揃えた。

 二人の秘密基地で、ハナは儀式を完成させて。

 真実の魔眼を、手に入れた。



「ふーん、その本のタイトルって、覚えてる?」

 一通り話を聞き終えてから、因幡先輩が尋ねてきた。そう言われても、かなり昔の話だしなぁ。なんだったっけ?

「確か、ゲーティアとかなんとか」

 お兄ちゃんがそんなようなことを言っていた。その名前を聞くと、因幡先輩はばったりとテーブルの上に突っ伏した。

「マジモンじゃないですかー、やだー」

「本物の魔術書ってこと?」

 因幡先輩の様子を見て、曙川先輩が不安そうな表情を浮かべた。

「そうだねー。たまたまハナちゃんのところに行き当たったんだろうね」

 三人がいるのは、学校の図書室だ。他に生徒の姿は全然ない。この学校の図書室は蔵書数が少ないので、あまり人気にんきが無いとは聞いていたけど。これじゃあ貸切状態だ。

「でも、当時ハナちゃんのお兄さんも小学生くらいでしょう? そんな本読めるの?」

「本物っていうのはね、知識で読むものじゃないんだよ。求められたから現れて、与えていったんだ」

 因幡先輩の言うことは、ハナにはよく判った。お兄ちゃんが持ってきたあの本は、確かに何が書いてあるのかは全然理解できなかった。しかし、真実の魔眼に関するところと、その儀式の方法だけは何故か読み取ることができた。書いてある文字が、明らかに日本語では無かったというのに、だ。

 因幡先輩が言うには、ハナには魔術的素養があるらしい。その素養が魔術書を呼び寄せ、真実の魔眼を身に着けさせたのだとか。

「鶏と卵みたいなものだよ。才能が先か、能力が先か。それは大した問題じゃないんだ」

「ええー、大した問題だと思うけど。その魔術書って、今はどこにあるの?」

 真実の魔眼を手に入れた後、何度図書館を探してもその本は見つけられなかった。やはり、本の方からハナを訪ねてきたのだろう。奇妙な話だとは思うが、事実として、ハナの右目には真実の魔眼が残されている。

 曙川先輩は腕組みしてうーんと考え込んだ。

「ナシュト、その魔術書ってどうにかできないの?」

「自然の摂理のようなものだ。人の意思でどうにかできるたぐいではない」

 呼びかけに応じて、曙川先輩の横に半裸の男性が現れた。ナシュトという名前の、神様なのだそうだ。曙川先輩はこの神様との半同棲生活を強要されていて、それが銀の鍵が嫌いな理由の一つであるらしい。

 朝倉先輩という素敵な彼氏がいて、イケメンまではべらせて。一体何の文句があるんだか。贅沢極まりない。どっちかくれればいいのに。あ、ハナは朝倉先輩の方がいいなぁ。


 第二体育倉庫のすったもんだの後、ハナは保健室に運ばれて、曙川先輩は美作先生にこってりと絞られた。学校で最も有名なカップルというのも、楽ではないようだ。朝倉先輩が曙川先輩をかばおうとして、一緒になって叱られていた。ははは、似た者同士め。

 状況だけ見れば、先輩が人気ひとけのない場所に後輩を呼び出してタイマン勝負、とも受け取れる。何人かの生徒から報告を受けて、美作先生が駆け付けたということだった。その生徒というのが、ルカと、因幡先輩。実は因幡先輩は、最初から美作先生に幕引きをさせるつもりだったみたい。この先輩、見た目はほにゃほにゃとしているのに、曙川先輩なんかよりもよっぽど抜け目がなくて油断がならない。

 色々と誤解は解けて、ハナは曙川先輩と和解した。曙川先輩がどういう人かは、よく判ったつもりだ。この人は真面目で、真っ直ぐ。嘘をついたり、ズルしたりとかとは無縁な人。その気になれば、朝倉先輩なんて簡単に骨抜きにできるだろうにね。

 ハンドボール部のマネージャーは続けることにした。当たり前でしょう。ハナはいい加減なのは嫌いだ。入部のきっかけは確かに朝倉先輩だけど、入るからにはそれなりの覚悟はしてきている。曙川先輩も余計な心配というものだ。大体そんなことしたら、朝倉先輩に迷惑をかけるでしょうが。ハナだってそのくらいは考えてます。

 ただし、朝倉先輩へのアタックも続けます。告白しちゃったし、ハナの気持ちは解ってもらえてるんだから。ハナは自分にも嘘はつかない。朝倉先輩のこと、好きなのはどうしようもないでしょ。曙川先輩には、しっかりとライバル宣言しておいた。

 曙川先輩は、複雑そうな顔でハナのことを認めてくれた。

「ハルも、まだ高校生だからね。色々恋愛とか、そういうことをする自由もあっていいと思うんだ」

 そんなことを言って強がってはいたけど、真実の魔眼はごまかせない。やっぱり不安はあるみたいだった。

 ま、ハナもズルをするつもりは無い。騙し討ちは無しです。ちゃんと朝倉先輩に好きって言ってもらうまで、一線は越えませんよ。ふふふ、それも曙川先輩に聞いて判っちゃったもんね。婚約者とかびっくりさせておいて、なぁーんだ、キス止まりなんじゃん。イマドキそんなの、大したことナイナイ。ハナにもワンチャンありそうな感じ?

 とは言ってもね。勝ち目なんて万に一つもあるのかないのか。ハナは、曙川先輩のことが好きな朝倉先輩も好きなんだよな。あの二人を見ていると、うらやましいって思うのと同時に、幸せになってほしいとも思ってしまう。困ったもんだ。


 そして、この図書室での集まり。因幡先輩は、ハナの真実の魔眼に興味があるということだった。

「ハナちゃんはちょっと力が強すぎるからさ、近くにいさせてもらいたいんだよね」

 強い力は、何かと誤解を招くことになる。今回のハナと、曙川先輩のように。そうならないためにも、なるべく近くにいて、お互いのことを理解しておきたい。

 というのは建前で、要は監視したいってことだよね。

「良いですよ。私も曙川先輩が朝倉先輩にズルしないか、見張ってたいですし」

 相互に監視。そういうことだ。誰かが間違えたなら、他の誰かが指摘してやればいい。ハナたちの力は、一歩間違えれば不特定多数の他人を不幸にしてしまう可能性がある。

 大丈夫、解るよ。ハナ自身、この真実の魔眼で嫌な思いをしたこと、無いわけじゃないから。

 曙川先輩や、因幡先輩みたいな人の存在は、実は結構頼りになったりするのかも。ふふ、良かった。高校生活、楽しいことがありそう。

「よし、じゃあハナちゃんも我々の仲間ということで」

 因幡先輩が嬉しそうに宣言して。

 曙川先輩がため息をついた。

「仲間って、これ、何の集まりなんです?」

 ハナの質問に、因幡先輩は悪戯っぽく、にやり、と笑ってみせた。


「大いなる世界の善意の会。略して『おせっかい』だよ」


 それはそれは。ハナも、とんだおせっかいを焼かれたものだ。

 おせっかいのついでに、先輩方。

 山嵜ハナのこと、これからも、よろしくお願いいたします。



読了、ありがとうございました。


物語は「ハルを夢視ル銀の鍵」シリーズ「心のユキサキ」に続きます。

よろしければそちらも引き続きお楽しみください。

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