ハナのカオリ (5)
休み時間のチャイムが鳴った。はぁ、授業なんて全然頭に入ってこない。普段からちんぷんかんぷんな数学が、もう完璧に意味不明。しかもこんな日に限って当てられるし。堂々と「解りません」って言ったら怒られちゃったよ。正直者は馬鹿を見るね。
朝は、いつものようにハルと二人で登校した。去年からずっと続いている習慣で、まだみんながいない早い時間に通学路の途中のコンビニで待ち合わせる。目立たず、二人きりでいる時間を作る一工夫。ヒナとハルの、蜂蜜タイムだ。
だったんだけどさ。
やられたよ。一年生女子の一部が、それを嗅ぎつけたらしい。物陰からこそこそと覗き見されているのがすぐに判った。なんだろうね、あれ。明らかにバレてるのに、どういうつもりなんだか。
「困ったやつらだな」
ハルもご機嫌斜めだった。昨日の今日だもんね。ハルは、ヒナにちょっと甘えさせてくれるつもりだったみたい。優しい彼氏だなぁ。うん、その気持ちだけで十分。ハルといちゃいちゃするのは、後のお楽しみにとっておこう。
学校に着いてからも、なんか色々。噂っていうのはあっという間に広まるものだ。ヒナがハナちゃんと直接やり合ったって、教室でも持ちきりだった。
「やー、こうなっちゃうとどうしようもないよね」
フユもお手上げ、という様子だった。ユマにも気の毒そうな顔されちゃったよ。まぁ、二年生はヒナとハルのことを良く知ってるからね。そこまで酷い誤解というのは無さそうかな。
問題は一年生。ヒナがハナちゃんを泣かせたって、まあ客観的に見ればそうなのかもしれないけどさぁ。そこに尾ひれがついてどんどん酷いことになっていく。勘弁してほしい。
ハナちゃん、人気があるんだね。一年生はみんなハナちゃんの味方だった。良い子なんだと思う。ハナちゃんのことを応援しているっていう女子が、今朝は四組やって来た。いつもなら面倒臭いし、適当に追い返しちゃうところなんだけど。
でも、今日は違う。ヒナは、やってきた一年生全員からきちんと話を聞いて、丁寧に説明した。ヒナとハルは、幼馴染だけど、ちゃんとお互いに好き合って交際している。ハナちゃんがハルのことを好きなのは、それはハナちゃんの自由だし、ヒナはそれを邪魔したりはしない。傷付けるつもりもない。同じ人を好き同士、解り合えれば良いと思っている。
ハナちゃんに対抗するには、これしかない。銀の鍵を使わずに、素直に胸の内を明かす。それを広めていく。ヒナはこの力を使わないって、態度で示す。ハナちゃんの真実の魔眼なら、こちらの意図を判ってくれるはずだ。
ヒナは、ハナちゃんの敵じゃない。
「時間かかりそうだけど、しょうがないよね」
消極的ながら、フユも賛成してくれた。うん、ヒナはできる限り喧嘩なんてしたくないんだよ。特に、この力を使ってやり合うのは、気乗りしない。しかも相手がそれなりの力を持っているとなると、加減が難しくなる。ヒナの方には、人間の都合をあまり考えてくれないダメ神様もついているからね。下手に暴走なんかされちゃったら大変だ。
ということで、長期戦の構えでいるつもりだった。
結果はすぐにやって来た。というより、その日の中休み。二時間目終了と同時だから、早いというかフライングだ。
二年七組の教室に、ハナちゃんが訪ねてきた。
「あ、曙川ヒナさんはいますか?」
がっちがちに緊張している。うん、ただでさえ二年生の教室に来るのは勇気がいるよね。その上、ハナちゃんは現在完全にアウェーの状態だ。ここに辿り着いただけでも見上げた根性だと思う。偉い。
「ヒナー、泥棒猫が来たよー」
取り次いだクラスメイトの性格がまた悪かった。ハナちゃんは、ぴやって顔して真っ赤になった。あ、誰かと思ったらユマじゃん。ちょっと可哀想でしょ。後輩には親切に、ね。
ハルが立ち上がったけど、ヒナはそれを手で制した。まあまあ。ハナちゃんはヒナに話があるんだから。お話しさせてよ。大丈夫だからさ。
「あ、曙川先輩」
「こんにちは、山嵜さん。昨日はごめんね」
「い、いえ。こちらこそすいませんでした」
最初は目線を外していたハナちゃんだったが。
キッと顔を上げると、もう右眼は真紅に輝いていた。そうか、もう始まっているんだ。判った。ヒナは、ハナちゃんに全部開くよ。ヒナの中、ハナちゃんに見せてあげる。
「ハナちゃんと色々お話したいと思ってるんだけど、どうしようか」
「わ、私も曙川先輩にお話があります。今日のお昼休み、お時間いただけますでしょうか?」
「いいよ、わかった」
ヒナはにっこりと笑って、快く了承した。
「場所はどうしようか? 多分、お互いに聞かれたくない話があるよね?」
「ええっと、そうですね。誰も来ないトコロとかあれば良いんですけど」
あー、そういえば心当たりがあるなぁ。第二体育倉庫。去年、ちょっとした出来事があって、そこで一悶着あったっけ。まさかこんなことで役に立つとは思わなかったよ。
「第二体育倉庫で良いかな。場所、判る?」
ハナちゃんにそっと耳打ちすると、ハナちゃんはこっくりとうなずいた。うん、じゃあ、続きはそこで。
「あ、でも」
席に戻ろうとしたヒナの後ろで、ハナちゃんが大きな声を出した。なんだろうと思って振り向くと。
ハナちゃんは、悔しさと恥ずかしさで、どうにかなってしまいそうなくらい顔をゆがませて。
「ご、ご飯食べてからが良いので、昼休み始まって十五分後で良いですか?」
そうだね、お腹すくもんね。
「うん。そうしてくれると私も助かる」
やっぱり、悪い子じゃないんだよな。むしろとっても可愛い。解り合えさえすれば、ヒナはハナちゃんのこと、好きになれそうな気がするのにな。
お昼休みになるのと同時に、ハナはお弁当をかき込んだ。ルカが「消化に悪いよ」って言ってきたけど、仕方が無い。十五分後には、戦いが始まるんだ。これは最後の晩餐かもしれない。「晩餐は晩御飯だよ」じゃあヒルサン?
なんでもいいの。もっしゃもっしゃとからあげをかみ砕く。あ、今日のやつちょっと美味しい。お母さん漬けダレ替えた?
じゃなくって。あー、もう、どうしてシリアスになりきれないかなぁ。
理由は判ってる。曙川先輩が、想像以上に優しいからだ。銀の鍵を使って、みんなの心をいじっている大悪党のはずなのに。さっきハナと向き合った曙川先輩は、嫌味なところなんて何も無かった。ハナのこと、バカにしている様子も無かった。
ハナ、なんだかこんがらがって来ちゃったよ。
今日は朝から、何人かから「曙川先輩とお話ししてみなよ」って言われた。きっと曙川先輩が銀の鍵で操っているんだ。そう思って真実の魔眼を使ったけど、そんなことは全然無かった。真実の魔眼は騙せない。ハナの心も、誤魔化すことはできない。曙川先輩は、本当にその人たちと普通に話をしただけだ。朝倉先輩のことが好きで、お付き合いしてて。ハナとも、解り合いたいって。
そう、なのかな。
それとも、ハナにも判らない、すごくズルい手段を使っているのかな。
判らないことを考えても仕方ない。それはこれから、直接曙川先輩に訊けば良い。真実の魔眼があれば、少なくとも曙川先輩の目論見ぐらいは知れるだろう。
その後、ハナが無事かどうかは別問題だけどね。
第二体育倉庫、ちょっと探しちゃったけど、場所は判った。なるほど、ここなら人目にはつかない。五分前に辿り着いて、先に中で待つ。罠とか仕掛けられていたら嫌だからね。今日は最初から、真実の魔眼全開だ。こんなことは久し振り、ううん、初めてかもしれない。
曙川ヒナ先輩。
あなたは、何者なんですか。その銀の鍵で、何を企んでいるんですか。
朝倉先輩のこと、好きだって。
ハナだって、朝倉先輩のこと、好きなんです。大好きなんです。幼馴染に比べれば、一緒にいた時間は確かに少ないかもしれない。それでも。
ハナの気持ちだって、嘘じゃないもん。好きなのは、本当だもん。ハナは、朝倉先輩のことが好き。
負けない。
ハナは、負けない。
絶対に、負けないんだ。
どんな嘘だって見逃さない。
どんな小さなごまかしだって見落とさない。
ハナは、人の心を読む魔性の女、曙川先輩なんかに、負けはしないんだ。
約一年ぶりの第二体育倉庫の中は、相変わらずホコリとカビの臭いが充満していた。大きな台車の上に、折り畳まれたパイプ椅子が大量に収納されている。入学式の時に並べられていたものだ。そういえば結局これを出すのは男子の仕事だった。だから、こんなことがなければ、もう二度とこの場所に足を踏み入れることなんて無かったんだろうな。
暗闇の中に、真紅の輝き。ハナちゃん、やっぱり先に来ていた。警戒するよね。罠なんかないよ。ヒナは学校の中でそんな物騒なことをしようなんて思わないよ。考えすぎ。
「お待たせ、山嵜さん」
「いえ、私が勝手に早く来ただけですので」
ハナちゃんの声は堅い。緊張している。うーん、もうちょっと砕けた感じになってほしいんだけどな。
「えーっと、あんまり固くならないで。私は、山嵜さんとお話ししたいだけだから」
ヒナの言葉を聞いて、ハナちゃんの表情が少し崩れた。うん、嘘は言ってないもんね。じゃあ、正直ベースで始めようか。
「ハナちゃんの力、真実の魔眼でしょう? その力の前で、嘘なんて意味がないって判ってるから」
「やっぱり、判るんですね」
「うん。あんまり嬉しくないんだけどね」
あははって笑う。ハナちゃんがまた動揺する。多分、ハナちゃんの中では、ヒナは大悪党なんだと思う。色んな人を、自分の意のままに操って、好き勝手な人生を送るズルい女。銀の鍵なんて、そう思われても仕方がない。
「曙川先輩。じゃあ、私のこと、信じさせてください」
「うん、いいよ。なんでも聞いて」
真実の魔眼が、ヒナに向けられる。正念場だ。ヒナ、覚悟はできた?
ハナちゃんに、何一つ包み隠すことなく、自分のことを話せる?
しっかりね。
「じゃあ、聞かせてください。曙川先輩のこと」
苦しいことや、悲しいこともある。
でも。
ハナちゃんに誤解されたままでいるのは、きっともっとつらいから。
「朝倉先輩に、その力を使ったことはありますか?」
いきなり核心か。ヒナの胸に、氷の刃が突き刺さる。
思い出すのも嫌だけど。でも。
「あるよ。一度だけ」
ハナちゃんが息を飲んだ。本当のことだからね。ヒナは今、ハナちゃんに全部開いている。嘘も、ごまかしも無しだ。
「中学の時よ。その頃は、私はまだハルとお付き合いはしていなかったの」
中学に入って。銀の鍵を手に入れて。
ヒナは、その力に振り回されていた。
人の心の中は、悪意ばかりで埋め尽くされていた。他人を出し抜くこと、傷つけること、汚すこと。表面上ではいい人や、親切な顔を浮かべていたとしても。その中身はどろどろで、自分に都合のいいことばかり妄想していた。
人の心が読めるなんて、気持ち悪い。心が操れるなんて、気色が悪い。ヒナは、銀の鍵が大っ嫌いだった。大好きなハルに、そんな力があるなんて思われたくもなかった。こんな力なんかに頼らずに、どうしても、自分の力だけでハルの気持ちを手に入れたかった。それなのに。
ヒナは、我慢できなかった。誰もがみんな、自分勝手な想いを持っている。優しい顔をして、その裏では相手のことを好き放題でぼろぼろに貶めて喜んでいる。
ハルは、昔からヒナのことを大切にしてくれる。中学に入って少し疎遠になってしまってはいるけれど。ハルは、ヒナを気にかけてくれている。そんなハルの、ヒナへの想いは。
・・・その想いは、本当はどういうものなんだろう?
ヒナは、ハルのことが好き。
ハルになら、何をされてもいい。ヒナは、ハルのこと、好きだもん。ハルはヒナに何を望んでいるの? どうしたい? 好きにしたい? 汚したい?
そんな、捨て鉢な気持ちで。
「私は、一度だけ、ハルの心を覗いたことがあるわ」
その結果は。
「朝倉先輩は、曙川先輩のことを、どう思っていたんですか?」
「聞きたい?」
ハナちゃんはしばらく押し黙って。
赤い光が、少しの間だけ消えて。
「ごめんなさい。聞かせてほしいです」
もう一度、真実の魔眼が向けられた。
「わかった。いいよ」
その結果は。
「とても、みじめだった」
ハルの中で、ヒナは。
笑っていた。
幸せそうに笑って、ハルと並んで、手をつないでいた。
ハルがヒナに望んでいたのは、そんな優しい未来だった。ただ一緒にいて、傍にいて、笑っていてほしいって。
後悔した。悔しかった。ハルのことを信じられなかった自分が、とてつもなく愚かに感じられた。
「私の、たった一度の過ち」
ハルには、銀の鍵の力を使ったことが無い。
ヒナは、胸を張ってそう言うことが、できなくなってしまった。しかも、ハルの気持ちは、真っ直ぐにヒナの方を向いていたのに。こんなに大切に思っていてくれたのに。
二人の関係を汚してしまったのは、他でもない、ヒナ自身だった。
「私はもう、ハルに銀の鍵の力は使わない。ううん、他の誰にも、できる限りこの力は使いたくないの」
便利に使ってしまうことが、無いとは言わない。
でも。
ヒナに告白して、交際を始めてくれたハル。高校に入って、色々なことを話して、友達になってくれた人たち。
そんな、ヒナにとって大切な人の中を覗こうだなんて思わないし。
自分の意のままに操ろうだなんて、思わない。
「私はこの力、銀の鍵を、ちょっと前までは、さっさと捨てたいって思ってたんだ」
鍵を手に入れた当初、ヒナはどうにかして、この汚い世界を変えたいと思った。銀の鍵があれば、できるんじゃないかと考えた。しかし、ヒナひとりの力、中学生ひとりの頭で思いつくことには、限界があった。
銀の鍵の力は直接的だ。誰かの心を、その意思に反して書き換えることになる。それは結局、書き換えたヒナのエゴを押し付ける以上のことにはならなかった。ヒナが無理矢理みんなを操って作り出した世界というのは、詰まる所は、ヒナの自分勝手な妄想の体現にしかならないのだ。
ヒナは、一度は全てを諦めた。銀の鍵なんて、こんな気持ちの悪い力なんて。もうどうにかして捨ててしまおうと思っていた。
だが、後にヒナはナシュトに、そして、魔法使いを名乗る世界の善意を信じる者に、こう教えられた。
銀の鍵は純然たる力。その向きは、使う者の意思でいかようにも変えられる。
この力は、ただ自分の我が儘を押し通すだけではない。他人を、自分ではない誰かを正しく助けるためにも使うことができる。
今はまだ、それを学んでいる最中だ。うまく使えているとは言い難い。それでも。
「私は信じてる。銀の鍵だって、人を救う力になれるって」
真っ赤な光が、暗闇の中に浮かんでいる。真実の魔眼に、ヒナの言葉はどう映っただろう。ヒナは、ちゃんと自分の心を開けていただろうか。
ヒナの想いは、ハナちゃんに通じただろうか。
また少しの沈黙の後で。
「じゃあ、今度は朝倉先輩のことを聞かせてください」
ハナちゃんの声は、ちょっとだけ柔らかくなっていた。
ヒナのこと、少しは信じてくれたのかな。ありがとう。
「うん、何が聞きたい?」
「朝倉先輩と、曙川先輩の出会い、ですかね?」
うーん、それは難しい。
「えーっとね、正直に言って、ハルと初めて会った時って、覚えてないんだ」
ヒナとハルはかなり古い幼馴染だ。幼稚園の年少組の頃から一緒にいる。最初っていつのことなのか、見当もつかないし、記憶してもいない。気が付いたらハルはいたし、ヒナと遊んだり、かばってくれたり、泣いているところに駆けつけてくれたりしていた。多分、その当時の話はヒナよりもハルの方が詳しいんじゃないかな。この前死ぬほど恥ずかしい思い出話をされて、全力で否定したばっかりだ。ヒナ、そんな昔にハルと結婚なんて言ってないよ、多分。
「じゃあ、いつから朝倉先輩のこと、好きだったんですか? それも覚えていないんですか?」
「ああ、それならはっきりしてるよ」
忘れない。忘れるわけがない。
ヒナとハルが小学校三年生の時。その日は学校の展覧会で、朝から雨が降っていた。
ヒナには弟のシュウが産まれたばかりだった。お父さんは当時から海外出張で留守がちだし。お母さんはシュウの世話ばっかりで、展覧会にも来てくれなかった。甘えん坊のヒナは、自分の居場所が無くなってしまったって思って。
自転車で独りきり、雨の中、家出した。
誰もいない河川敷で、ヒナは急な土手から転げ落ちて。けがをして、動けなくなった。他に人気は全くなくて。ヒナは大声で泣き叫んだんだけど、大人は誰も助けに来てくれなかった。
もう駄目だって。ヒナは、一人ぼっちなんだって思った時に。
「ハルが、助けに来てくれたんだ」
ハルにも、弟がいる。カイって名前。弟に親が取られちゃうかもしれない気持ちっていうのを、ハルは察してくれていたみたい。雨の中、胸騒ぎがしてヒナを探しに来てくれていた。そして、実際にヒナのことを見つけて、助けてくれた。
動けないヒナを、ハルはおんぶして運んでくれた。土手を上って、ハルの家まで運んでくれた。
その時だよ。
ハルの背中の暖かさと。自分の心臓の鼓動。
それが一つになって、ヒナは、ハルに恋をした。好きになった。
ハルになら、ヒナは何もかもを預けられるって思った。ハルは、ヒナのことを見捨てない。ヒナのことをいつだって、探してくれるし、見つけてくれる。そして、わかってくれる。
それから、ずっと。ヒナは、ハルのことが好き。
大事なことだから、何度でも言うよ。ヒナは、ハルのことが好き。大好きなんだ。
「ハルの方は、もうちょっと前から私のことが好きだったみたいなんだけどね」
ヒナも、嫌いではなかった。ただ、友だちとしての好きというか。一緒にいて心地よい相手、という程度の認識だった。
「でも、お互いに強く異性として意識したのは、あの雨の日なんだ。私は確かにそうだし、ハルからもそうだって聞いてる」
ハルのお母さんに、車に乗せられて病院に行くまでの間。ヒナは、ずっとハルの手を握っていた。ハルのことを、離したくなかった。ヒナは、ハルに全てを任せようって思っていた。
ハルは、雨の中でヒナを見つけて、背中に負ぶった時から。一生、ヒナのことを背負っていこうと決めたらしい。ヒナを泣かせない、大事にしたいって。自分の手で、ヒナを守っていきたいって。
二人の想いは、あの日、あの時に産まれた。
「これが、ハルとヒナだよ」
他にも、色々あるといえば色々ある。
でも、二人のなれ初めと言われれば、この話だ。
ずっと好きで。好き同士で。中学の時は、お互いに変に意識して疎遠になっちゃってた時期もあったけど。
高校に入って、女の子になったヒナを、誰かに取られたくないって気持ちから、ハルが告白して。
初めてのキスをして。
ハチャメチャな学園祭で学校イチ有名なカップルになって。
バレンタインに、気持ちを確かめ合って。
これからも、ずっと一緒にいようねって。
結婚の約束までした。
これが。
「私とハル。嘘偽りのない、二人の歴史なんだ」
ハナの力。真実の魔眼。
この力の前では、全ての嘘は暴かれる。ハナに嘘をつくことはできない。どんな小さなごまかしも、ハナには通用しない。
ハナは、嘘が大嫌いだ。だから、お兄ちゃんとこの力を手に入れた。もう騙されたくないって思ったから。
そうしたら、世の中は嘘ばっかりだった。世界は嘘でできている。本当のことなんて、数えるくらいしかない。ハナは、世界に絶望した。お兄ちゃんだけが、ハナに嘘をつかない。ハナのこと、大事な妹だよって言ってくれる。
嘘にも種類がある。それくらい、ハナにも判る。優しい嘘、傷つけないための嘘。でも、それが嘘だって知れてしまうのは、ちょっと残酷。みんな、沢山の嘘に囲まれて生きている。
だから、ハナは真実の魔眼を封印した。使わないように努力した。嘘をつくのは、仕方がないんだ。みんなそうして生きている。自分をごまかすために、小さな嘘をつき続けている。
ハナがこの力を使うのは、ハナを騙そうとする相手に対してだけ。ズルをして、悪いことをしようとしている人。ハナは、そういう嘘が嫌い。大嫌い。
曙川ヒナ先輩。
人の心を読み、人の心を操る、銀の鍵を持つ人。
その力で、ハナの好きな朝倉先輩を彼氏にして。学校の人気者になって。我が物顔で君臨しているって。
そう思ってたのに。
「ズルいですよ、曙川先輩」
真実の魔眼の力は絶対だ。今まで、見抜けなかった嘘なんてない。つまり。
「銀の鍵なんて、そんな強い力を持っているのに」
ぽろぽろって、涙が出てきた。ハナは、なんで泣いているんだろう。ああ、そうか。
「いくらでも悪いことをして、ごまかすことができるのに」
ハナは、曙川ヒナ先輩に。
「どうして、嘘をつかないんですか!」
負けちゃったんだ。




