ハナのカオリ (4)
学校の屋内プールは格技棟の上にあって、大きな窓から校庭を見下ろすことができる。水泳部の活動中に、ここからハルの姿を眺めるのがヒナの楽しみの一つだ。
すぐ近くで、隣にいるハルの顔を見ているのも良いんだけど。でも、ヒナが近くにいると、ハルはどうしても意識してしまうみたいだから。たまには自然なハルっていうのがどんな感じなのかも知りたくなる。こうやって、自分がいない時のハルを観察するのは、なかなか興味深い体験だ。
部活中、真剣な顔でボールを追いかけているハルはやっぱりかっこいい。中学の時、バスケットボールをやっていたのを思い出す。あの頃は背も低かったし、モテるって印象は無かったのにな。
明るい色の髪の、ショートボブの女子がハルに声をかけている。山嵜ハナちゃん。ヒナと同じで、ハルのことが好きだとか。銀の鍵を使いそうになって、慌てて思いとどまる。ううん、良くない。こんな力に頼ろうとするのは、自分に自信が無いから。
ヒナは、ハルの婚約者になったんだよ? もっと自信を持とう。ハルのこと、信じよう。
「何、今更恋する乙女ゴッコ?」
水も滴るナイスバディ、サユリがヒナの横に並んだ。元一年二組で、今は二年一組の特進クラス。最近は水泳の方も故障が減って調子が良いみたいだし。文武両道、眉目秀麗と、才色兼備で欠点無しだ。
「結婚の約束までして、順風満帆って感じだったのにねぇ」
「いや、考え過ぎなんだとは思うんだよ。私もハルも、気持ちは変わってないんだから」
二年生になってからも、ハルは今まで通り、ヒナのことを大事にしてくれている。我が儘を言えば聞いてくれるし、甘えさせてくれる。いてほしい時にはちゃんといてくれる。これだけしてもらって、勝手に言い寄ってきているだけの女の子に嫉妬するとか。ヒナは自分でも贅沢だな、とは思う。
「一回ガツンと言ってやったら? 朝倉は私のものです、とか」
「えー、それ言ったら、なんか私すごい嫌な女みたいじゃん」
山嵜さんとは、まだ一度も直接お話ししたことは無い。顔を合わせて、何を言えば良いのか判らないからだ。
どうも、ハルの彼女です。
ハルのことが好きだって判ってる相手にこれって、なんか嫌味臭くないですかね? でもサユリの言うとおり、はっきりとさせておいた方が良いとは思っている。少なくとも、今はヒナがハルの彼女で、恋人で、婚約者なんだ。余計なちょっかいを出すなって、びしっと言い聞かせておくべきかもしれない。
でもなぁ。ハンドボール部、ようやく人数もそろって、まともな部活になって。口には出さないけど、実はハル、結構嬉しそうなんだよなぁ。こうやって眺めてても判る。気合が入ってる。バスケをやっているハルを思い出すのも、ハルの姿に当時みたいな真剣さを感じるからだ。
山嵜さんに変なことを言って、ハンドボール部のマネージャーを辞められちゃったりなんかしたら。せっかく増えた部員たちも、つられていなくなっちゃうかもしれない。そうしたら、ハルはがっかりするだろうな。ううう、そう考えると、やっぱり迂闊なことは言えないよなぁ。
「あの、曙川先輩」
水泳部の一年生女子数名が、ヒナに声をかけてきた。一人を矢面に立てて、何人かが後ろに隠れている。ああー、またか。このパターン、今週でもう三回目くらいだよ。
「曙川先輩って、ハンドボール部の朝倉先輩と付き合ってるって、本当ですか?」
「はい、本当です」
答えも毎回同じ。そして、その後の反応も同じだ。
ええー、本当だって。だから言ったじゃん。でもさぁ。え、待って。ひそひそひそひそ。
はぁ。面倒臭い。
「こら、あんたたち、先輩に向かって失礼でしょ!」
サユリが大きな声を出すと、一年生たちはその場で気を付けして固まった。ヒナにはこの威厳が無いんだよなぁ。うらやましい。
「余計なこと考える余裕があるなら、百メートル五本、今すぐ!」
どたばたと一年生たちが去って行く。その背中を見送って、サユリは一つ息を吐いた。
「どう転ぶか判らないけど、やっぱりはっきりさせておくべきだよ」
「うん、そうだね」
窓の外、ハルの方に視線を向ける。ハルは丁度山嵜さんと何かを話していたが。ふっと、ヒナと目が合った。
あ、っと思ったけど、校庭からこっちは良く見えないはずだ。そこにいなくても、ハルはヒナのことを意識してくれている。それが判ったから、十分だった。
部活が終わって、髪を乾かすともう夕暮れ時だ。ヒナは大会とかには出ないエンジョイ勢なので、本来遅くまで残っている必要は無い。とは言っても、一年生がいる手前だらだらとはしていられないんだよね。何しろ、健気で可愛いマネージャーさんと比べられちゃうから。やれやれ。
少し前なら真っ暗だったし、だいぶ陽が長くなった。ハルが待っててくれて、送って行くよって言ってくれたんだよな。懐かしいな。たかだか数週間前のことが、なんだか遠い昔のようだ。今となってはそんな日々が恋しいよ。ハル、今日も忙しいのかな。
サユリとか、水泳部の仲間とわいわいしゃべりながら昇降口までやってきた。他の部活の人も沢山いる。今は何処も新入生がいて、だいぶ賑やかだ。
ハルから何か連絡ないかなって、携帯を見たところで、周囲の空気がざわっと沸き立った。何だろうって顔を上げたら。
「おーい、ヒナ」
ハルの声。わ、久し振りに一緒に帰れる。どうする? コンビニ寄ってく? それとも少しお散歩しちゃおうか。
って、一瞬でいろんな思考が脳裏をよぎって。その後、一瞬で全部引っ込んだ。
ヒナの視界には、ハルの隣にもう一つの人影があって。顔面が凍りついちゃった。ざわめきの理由も理解した。うん、多分ヒナもこういう顔してるんだろうなー、っていう渋い表情。口が「げっ」の形に開いている。それが鏡みたいに目の前に存在していた。
ハルの隣には、噂のハンドボール部女子マネージャー、山嵜ハナちゃんがいらっしゃった。
えーっと、どうしたら良いんだろう。この距離で、直接顔を合わせるのは初めてで。心の準備なんて何にもできていない。
それにしても、随分至近距離で、寄り添うようにして立っているんだね。はぁ、なるほど。普段からこんな感じなら、そりゃ見てれば判るなんて言われるよ。あまりにもあからさまじゃないですか。隠す気ゼロ。っていうか、ハルももうちょっと離れなさいよ。デレデレしちゃって。ハルのバカ、エッチ、スケベ。
「山嵜、彼女が前にも言った曙川ヒナ」
ハナちゃんを振り切って、ハルが小走りにヒナの方に近付いてきた。耳に顔を寄せて、小さく一言「悪い」って何だよ。聞き返す間もなく、くるっと向き直ると。
ハルは、ヒナの肩をきゅって抱き寄せた。う、うわ。
「俺が付き合ってる、彼女だ」
周りから「ひゅー」とか声が上がった。ちょ、サユリまで一緒になって。うう、ハルのバカ。学校でこういうことしないって言ったでしょ。カオリ先生から呼び出し喰らったらどうするんだよ。
って、今はそれよりハナちゃんか。ハルは多分ハナちゃんに相当言い寄られて、困った末にヒナの姿を見つけたんだね。それでこんなことをしたんだろうけど。
これはちょっとやり過ぎじゃない?
ハナちゃんは、最初はぽかん、てこちらの様子を眺めていたんだけど。段々身体中から目に見えない湯気が立ち昇ってくるのが判った。うああ、怒ってる。ヒナ、悪くないよ? ハルが挑発するみたいなやり方するから。ほら、サユリがすごい喜んでる。眼鏡キラキラさせてる。他の生徒たちも、興味津々の眼差しだ。
「え、えーっと、初めまして。山嵜ハナ、さん? 曙川ヒナです」
とりあえず穏便に。挨拶だけはしておかないと。なんとかいつも通りの声を絞り出した。しかしハルに肩を抱かれた状態で、後は一体何を言えばいいんだ。
「その、ハンドボール部でハルがお世話になってます」
ふええ、これじゃあやっぱり嫌味だよ。それ以外はヒナのものだ、とかそんな感じしない? いや実際そうなんだけどさ。
「いえ、そんな。私はただ」
ハナちゃんは震える声でそれだけ言うと、そのままうつむいてしまった。まずい。ハルの顔を見ると、ハルも困ったという表情。もー、後先考えて行動してよ。ヒナだってフォローしきれないよ、これ。
「私は、朝倉先輩のこと」
拳を握りしめて。ハナちゃんは顔を上げた。強い。ヒナはどきっとした。この子は、すごく強い。
目の前で、ハルがヒナのところに行ってしまって。二人の仲を見せつけられて。
それでも、ハナちゃんは挫けていない。強い気持ちを、想いを持ち続けている。
すごいな。正直、ちょっと感心した。このくらい真っ直ぐで、強い気持ちなら。ヒナも、負けないよって、正面から向き合ってあげたくなる。いいじゃん。そう来なくちゃ。
「ハルのこと、好きなの?」
ハナちゃんの眉が、ぴくって動いた。ギャラリーが、おおって声を上げる。ハルが、何言ってんだお前って顔をする。
ヒナはね、ハルのことが好きなの。誰より何よりも、ハルのことが好きなの。その気持ちは、誰にも負けてないって思ってる。
ハナちゃんがどのくらいハルのことを好きなのか。聞かせてもらおうじゃない。ヒナは負けないよ。
ヒナは、ハルのことが好き。
その時。
ハナちゃんの右眼が、ぎらり、と赤く輝いた。
「あ」
何だ、今の。そう考える間もなく、ハナちゃんの目がヒナを射すくめた。これ、普通じゃない。慌てて左掌に意識を集中する。銀の鍵。どんな力だって、この鍵には逆らえないはず。
ハナちゃんの心を覗こうとして、ヒナは初めての感覚に襲われた。ノイズ? ハナちゃんの中は、ぐちゃぐちゃだ。画も、音も、感覚も。全てが不確かで、ちゃんとした形を持っていない。これってひょっとして。
「曙川先輩、先輩は、そんな力を持っているんですね」
ぞっとするような、冷たい声。ハナちゃんの右眼は、赤い光を湛えたままだ。他の誰にも、その光は見えていない。ヒナだけが、ハナちゃんの異常な力に気が付いている。
「山嵜さん、それ、何なの?」
「そんな力で、朝倉先輩の心を縛ってるんですね」
ヒナの心臓が、大きく撥ねた。
「山嵜さん、待って!」
止めようとしたが、遅かった。ハナちゃんは後ろも見ずに走り出していた。追いかけようとして。
ヒナは、その場に座り込んでしまった。
ハナちゃんには、見えるんだ。銀の鍵が。
判るんだ。これが、どういうものなのか。
この力で、ヒナがハルをいいように操っているって。
・・・そう、思ったんだ。
身体が震えて。ヒナは何も考えられなくなった。遠くで、ハルの声が聞こえる。ハル、助けて、ハル。
ヒナは、ハルのこと好きだよ。銀の鍵なんて、いらない。心なんて読みたくない。
ハルのこと、普通に好きでいたい。好かれたい。ヒナは、自分の力だけでハルと結ばれたんだ。
ねえ、そうだよね? ハル。
ハル。
部屋のベッドに寝転がって、天井を見上げる。頭の中がまだ整理できていない。考えをまとめようとしても、うまくいかなかった。もう少し時間が必要なのか。
「真実の魔眼だ」
ナシュトはハナちゃんの右眼をそう呼んだ。
「隠された真実を見抜き、仮初の嘘を暴く。使い主の心を暗号によって秘匿する。強い力だ」
ハナちゃんが何故その力を持っているのかは判らない。しかし、事実ヒナはハナちゃんに銀の鍵のことを知られたし、心を読もうとして失敗した。
「時間をかけて暗号を解けば心は読める。だが、あの魔眼相手はだいぶ手こずるだろう」
念のため、フユにも電話でハナちゃんについて話をした。フユもかなり驚いた様子だった。
「真実の魔眼か。また厄介だね」
過去に色々な修羅場をくぐってきたことのあるフユでも、初めての相手だということだ。銀の鍵を防ぐほどの力。そう簡単に手に入るものでは無いし。出くわすことも稀らしい。
「学校の後輩だし、喧嘩するわけにもいかないよね。対応はゆっくり考えようよ」
「でも」
「ヒナ、今は休みな。声が震えてる。落ち着いてから、ね」
フユに言われて、ヒナはまだ自分が震えていることに気が付いた。
恐れていたことが、現実になってしまった。銀の鍵のことを、誰かに知られて。
ハルの気持ちを、それで手に入れたと。そう思われてしまった。
帰り道で、ハルはずっとヒナのことを心配してくれていた。ハナちゃんと会わせてしまったこと、ハナちゃんの前でヒナの肩を抱いてしまったこと。それが原因であると考えたのだろう。ハルは何度も「ごめん」と謝ってきた。
ハルのせいではない。突き詰めれば、全てはヒナのせいだ。銀の鍵。この気持ちの悪い力を手に入れてしまったせい。
気にしないで、と言いながらも。ヒナは、ハルの顔を見ることができなかった。胸を張って、ハルの心を覗いたことが無いって、言い切れれば良いのに。正々堂々と、何の力にも頼らずにハルと結ばれたって断言できれば良いのに。
「考えすぎだよ。ヒナはちゃんと自分の力で朝倉君の気持ちを手に入れたんだ」
フユはそう言って元気付けてくれた。フユも、同じ銀の鍵を持つ者だ。誰かを好きになった時、同じ悩みを持つかもしれない。誰かを操っていないと、自分に都合の良い未来を作り出していないと。自信を持って言えないかもしれない。
「ハナちゃんと、しっかりと話をしてごらんよ。彼女は真実を見れるんでしょう? なら、きっと通じるよ」
山嵜ハナちゃん。ハナちゃんも、ハルのことが好き。彼女なりに真面目で、一生懸命に好きなんだと思う。ヒナは、ハナちゃんの気持ち、悪くないって思うんだ。
最近のハル、カッコいいもんね。ハルに憧れてハンドボール部へ。いいなぁ。ヒナも水泳部に入るの、少し早まったかもしれない。うー、じゃがいも1号がヘンなこと言わなければ良かったんだ。
だから、なおさら許せなかったんだと思う。ヒナが、こんな力を持っているということを。そりゃあ、疑うよね。銀の鍵を持つ者なんて、本来なら欲望の塊でしかないんだから。
そうだね、一度ちゃんと話をしてみたいかな。ヒナのこと、ハルのこと、ハナちゃんのこと。友達になるのは難しくても、ライバルにはなれるかな。ヒナ、ここまでは無双だったからね、ははは。
はぁ。
フユとの通話を切ったら、すぐにハルから着信があった。おおっと、ヒナ、大人気だ。
「ん、ハル? なになに?」
なるべく明るい声で。ハルにはいっぱい気を使わせちゃった。ごめんね。
「ヒナ、今日のことだけどさ」
ハルは沈んだ調子。もう、元気付けるならちょっとは楽しそうにしてよ。
「やっぱり俺が悪かった。もっと早く、山嵜には説明しておくべきだった」
「そうかなぁ」
うーん、ヒナはそうは思わないかな。
「ハナちゃんは、そのくらいじゃ諦めなかったよ。あの子は、きっと真剣にハルのことが好きなんだ」
「いや、そうなのか?」
ふふ。
「そうだよ、きっと」
ハル、モテるなぁ。自慢の彼氏だ。
「そうだとしても、俺には、ヒナだけだから」
わ。わわ。
ちょっと。
「ありがとう、ハル。大好きだよ」
「俺も、ヒナのことが好きだ。俺はヒナのことが好きだ。それだけ、ちゃんと伝えたかった」
いつでもそう。
ハルは、ヒナがこうしてほしいって思うことを、ちゃんと形にしてくれる。態度や、言葉に表してくれる。だから、大好き。ヒナは、ハルのことが好き。
「ハルは偉いなぁ」
「なんだよそれ。偉くなんかないよ。今日だってヒナを悲しませて」
「偉い偉い。それを自分で認められるのは、偉いよ」
本当に、ハルは偉い。モテるのも納得。
「だから、ハナちゃんに冷たくしないであげて。お願い」
少しだけ、沈黙があった。ハルはしばらく無言で悩んで、それから。
「わかった。ヒナがそう言うなら」
「うん、よろしくね」
これでいい。
ハナちゃん、ヒナは正々堂々と勝負するよ。負けるつもりなんてないし、周回でリードしている感じだけど。
ズルは無し。ハナちゃんの想いが、ハルに届くかどうか。
それは、ハナちゃん次第だ。
電気を消した部屋の中。ベッドの上で、毛布の中に潜り込む。ううう、なんなんだ。今日は本当になんなんだ。
曙川ヒナ先輩。実際に会うまでは、幼馴染なんてどうせ腐れ縁なだけでしょ、って甘く見てた。
そしたら、あのオリエンテーションの日に見たふんわりした子だった。青春って、そういうことか。くあー、やられた。チクショウ、滅茶苦茶可愛いじゃん。
なんかほわっとしててさ。触ったらフニってしてそうで、髪まで柔らかそうでさ。それでいておデブって感じでもないし。そりゃ朝倉先輩じゃなくても、きゅってしたくなるよ。目とかくりっとしてて、優しそうで。でも何処か強い芯がありそうで。
うん、何か秘密めいてて。
・・・隠し事、してそうな。
曙川先輩の左掌には、銀色の光が見えた。興奮してくると、ハナは魔眼を抑えきれなくなる。それで見えてしまった。曙川先輩の、秘密。強い力、銀の鍵。人の心を、読んで、操る。なんだ、それ。
いやいや、反則でしょう。曙川先輩は色んな人に愛されてて、朝倉先輩とも付き合っていて。学校中に知られてるくらいアツアツのカップルでって。それって、全部銀の鍵を使ってそうなってるってこと?
とんでもない話だ。嘘つき。ズルして、学校のアイドルにでもなったつもりなのか。許せない。
なにより、朝倉先輩。朝倉先輩は、ハナが何を言っても曙川先輩の名前を出して逃げる。ハナ、一生懸命なのに。
練習の時、いつも朝倉先輩のこと応援しているよ?
休憩の時、一番最初に朝倉先輩にタオル持って行くよ?
スポーツドリンクも、レモンの砂糖漬けも、みんな朝倉先輩のためだよ?
ハナ、頑張ってる。頑張って、朝倉先輩のために色んなことをしている。
朝倉先輩のこと、好きだもん。朝倉先輩は、優しくて、かっこよくて。部活のみんなのことを考えてくれて。宮下先輩なんてどうしようもないのに、朝倉先輩はいつだって真面目で。
ハナのことも、ちゃんと考えてくれる。「いつもありがとう」って言ってくれるの、朝倉先輩だけだもん。
ハナは、朝倉先輩のことが好き。幼馴染なんかに、銀の鍵でズルしている曙川ヒナなんかに、負けない。
真実の魔眼。ハナは嘘が大嫌いなんだ。この力は、ハナに本当のことを教えてくれる。お兄ちゃんが、ハナのために見つけてくれた力。近くにいなくても、この力があれば、ハナはお兄ちゃんと一緒。負けるもんかって、思えてくる。
多分、曙川先輩は学校中を味方に付けている。銀の鍵で、みんなの心を操っている。なんて悪いヤツだ。
そうか、だからみんな「朝倉先輩は無理だよ」とか言ってきたんだ。銀の鍵で操られて、ハナの邪魔をしてたんだ。
朝倉先輩も、きっと曙川先輩の力のせいで、無理矢理彼氏にさせられて。ううう、可哀相な朝倉先輩。あんな女にいいようにされているなんて。朝倉先輩みたいないい人を、よくも。
・・・でも曙川先輩って、普通に可愛いよな。
いやいや、待て待て。それが罠なんだ。あんな可愛い系の女子高生のフリして、中身は狡猾な悪魔なんだ。心を弄ぶ魔女なんだ。そうじゃなきゃ、おかしいでしょ。そうなの。そうなんだ。
人の心を操るって、考えてみればすごい力だ。ハナには効かないみたいだけど、ヘタすれば周りがみんな敵ってことになりかねない。影響力半端ないよね。
頼れるのは自分自身。この、真実の魔眼だけだ。お兄ちゃん、ハナはやるよ。怖くてずっと避けてきたけど、今はこの力だけが頼りだ。ハナに勇気をください。
ハナは、学校を意のままに操る巨悪、曙川ヒナを倒します。
「ハナー、ご飯だよー」
お母さんの声がした。緊張感の欠片も無い。
「うー、まだ後で良いー」
もう、どうしてお母さんはいつもいつもタイミングが悪いんだ。ハナは明日から始まる大いなる戦いのために、気合を入れてる真っ最中だったのに。
「今日は生姜焼きだよー」
生姜焼き。
口の中によだれがたまってくる。あったかい生姜ダレに、甘い豚肉と脂。それが真っ白いご飯の上に乗っかって。
「い、今行くー」
慌てて毛布を跳ねのけて、部屋から飛び出していく。
チクショウ、曙川ヒナめ。
生姜焼きには勝てなかったよ。




