ハナのカオリ (2)
ちゃぷん、ちゃぷん。
優しい水の音がする。ああ、これはあれだ。いつもの託宣だ。ちょっと懐かしい。フユが来た時以来だから、ええっと、三ヶ月ぶりくらい?
ゆっくりと目を開ける。乳白色の世界。間違いない。これは、ナシュトが視せている夢。
「あ、ヒナ起きた?」
うえっ?
のんびりとした声が聞こえて、ヒナは一気に覚醒した。夢の中でも覚醒って言って良いのかな。いやまあ、それどころじゃない。
慌てて横を見ると、フユがニコニコと微笑んでいた。
「や、おはよう。って言うのもなんかヘンだね」
ひらひらと掌を振ってくる。真っ直ぐで、綺麗な長い黒髪。透き通るくらい白くて、ほっそりとした身体。まつ毛が長くて、見ているとこっちまでほやん、とした気分になってくる優しい垂れ目。
フユはヒナの隣に、ちょこんと腰かけていた。身にまとっているのは、白い、ゆったりとした上着、なんて言ったっけ、カラシリスだ。ヒナも同じ格好をしている。はぁ。
「ごめんね、フユ。ナシュトの趣味につき合わせちゃって」
「ううん、これはこれで楽しい。面白いよ」
フユは無邪気にそう言った。まあ、フユならそうだろうね。ヒナは、相変わらずこのノリにはついていけそうにない。
周囲は、濃い霧に包まれている。視界二メートルって感じ。辺りに何があるのかは全く判らない。
はっきりしているのは、ここが湖の上だということ。波の無い、穏やかな水面。ヒナとフユは、そこに浮かんだ木っ端みたいなボートに乗っている。しんと静まり返った静寂の中で、時折船が揺れて小さな水音を立てる。ちゃぷん、ちゃぷん。
ヒナの中にいる、というか、一体化している神様、ナシュトの託宣だ。
ナシュトはヒナに対して何か大きな運命の転機が訪れる時、託宣という形で事前に忠告を出してくれる。ただそのやり方が、演出過剰というか、気取っているというか。
ヒナのセンスとは、いまいちマッチしないのだ。
古代エジプトの神様だっていうから、その頃はこういうのがバカウケだったんだろうな。そう考えていると、船の舳先の上にナシュトが姿を現した。はいはい。判ってますから。
浅黒い肌の、筋肉質の長身。豹の毛皮の腰巻一丁。そこからフライングニードロップでも落とされそうだ。ヒナには、昔お父さんにビデオで観せられたナントカマスクっていうプロレスラーにしか思えない。銀色の長髪に、真っ赤な瞳。彫りの深い、彫刻のような美形。ヒナ、ナシュトのせいでイケメンに耐性というか、不信感を抱くようになっちゃったよ。責任取ってほしい。
「ヒナ、フユ、銀の鍵を持つ者たちよ」
そこからかよ。面倒だなぁ。そういう手続きはそろそろ省略していこう?
ヒナとフユの左掌には、銀の鍵が埋め込まれている。ヒナはこれを中学生の時、お父さんの海外土産として受け取って、なんだか判らないうちに中途半端な契約を結んでしまった。
神々の住まう幻夢郷カダス。願いを持つ者をそこに導く、究極の魔術具、銀の鍵。
ヒナは、銀の鍵を使ってかなえたい願いなんて何も無かった。フユの方も、理由は違えど鍵に願うことなど何も無かった。この欠陥魔術具は、自分が否定されることに慣れていないらしい。ゆとりめ。お陰様で、ヒナもフユも鍵の力と融合し、よく判らない条件で鍵と一つに結びつけられてしまった。
人の心を覗き見て、記憶を操作し、都合の良いように操る力。
パッと聞けばそれはとても便利で、魅力的に思えるかもしれない。でも、実際にはこの力はただひたすらに気持ち悪いだけだし、使っても不愉快な気持ちになるだけだ。少なくとも、ヒナはそうだった。それに、ヒナには好きな人がいる。ヒナはその人、ハルの気持ちを、そんなズルで手に入れたいだなんて思わないし。そんな力を使っているだなんて、思われたくもない。
フユの方は、またちょっと違った事情がある。ただ、基本的な考え方はヒナと一緒だ。世界を自分の都合の良いように作り替えることは、フユにはちっとも面白くない。フユはむしろ、世界の多様性とか、思い通りにならないところを楽しんでいる。そんなだから、二人は今こうやって仲良くしていられる。うん、良かった。ヒナは、フユとは友達としてやっていける自信がある。世界は平和。平和が一番。
「近々、大きな運命の転機が訪れる」
ああ、ナシュトまだ話してたんだっけ。ごめん、完全に忘れてた。
ナシュトはヒナの銀の鍵に憑いている、神官にして守護神だ。鍵の持ち主を正しくカダスへと導くのが使命だということだが。ヒナが願いなんか無いと言ったせいで、現在は小間使いみたいな立場に甘んじている。いや、これでもだいぶ打ち解けたんだよ?
フユの方には、女の姿をしたカマンタっていう神様がいる。あっちは物腰柔らかで、もっと話が通じるんだよな。いいなぁ、ヒナもそっちの方が良かったな。ナシュトには悪いかもだけど、未だにそう思うよ。こればっかりは、どうしようもない。
「そもそも銀の鍵が二つ並び立つことは異常なことだ」
らしいですね。まあ、この力を持つ人って、大体が自分の欲望に一直線な方でしょうし。それがもう一人いるとなれば、邪魔になる前に排除しようと動くのが定石かな。ヒナとフユは、そういう意味では完全にイレギュラーなのだそうだ。
「正直に言えば、我らにもこの先何が起きるのか、因果律を読むことが出来ぬのだ」
出たよ。
なんだ、フユの時と同じだ。結局、何が起きるのか判らないという、全くもって何の役にも立たない託宣だ。そんなことを聞かせるためにわざわざ呼び出すとか。そんなんだから神様は身勝手だって話になるんだ。
「それ、もう託宣する意味ないよね」
口に出して、がっつりとツッコんでやる。しかし、ナシュトはしれっと涼しい顔をしていた。
「何かが起きることは確かなのだ。その気構えは必要だろう」
くっそ、ああ言えばこう言う。あのね、銀の鍵と一体化してからこっち、何も起きない日の方が珍しいとすら思えるよ。高校に入って、ハルとお付き合いを始めて。ヒナ的にはようやく穏やかな毎日がやってきた感じだ。
そんなところに、何が起きるか判らないって。野球かよ。ふざけんな。
「まったく、朝のテレビ占いよりも役に立たないよ」
「えー、あれも役に立たないよ?私、昨日ラッキーカラーが水色だっていうからハンカチ水色にしたのに、そのハンカチ失くしちゃったんだよ?」
フユ、君は良い子だね。ヒナは是非フユにはそのままでいてほしいよ。
さて、ナシュト君。
フユの発言でいい感じに空気もグダグダになったし。これ、もうお開きにして良いかね?
四時間目終了のチャイムが鳴った。はぁ、終わった。世界史ってどうも苦手だ。ヒナは理系か文系かって聞かれれば、間違いなく文系なんだけど、だからと言って別に文系教科が得意ってわけでもない。
世界史は覚えることが多すぎる。面倒くさい。あと、名前にカタカナが多すぎ。逆に、日本史は漢字が難しすぎ。どうにかしてほしい。
曙川ヒナ、十六歳。高校二年生。来年には受験生とか信じられない。
四月になって、ヒナは普通に高校二年生になった。特段の事情も無く、高校生で留年っていうのは、少々恥ずかしいよね。それだけは何としても回避したかったので、そこはセーフ。守りたい、ヒナの進級。
春の身体計測の結果、身長は去年から二センチの増加。ええっ、それしか増えてないの?ハルは十センチ以上伸びてたよ?うう、差が付くなぁ。ヒナはせめて百六十センチは欲しい。あと三センチ、頑張ってプリーズ。
体重は微増。それでヘコんだけど、まあ、他のところが増えてた。ははは、体重分ってわけじゃないか。ハルは大きい方が好きかな。男の子は基本大きい方が好きって言うよね。最近は好みが細分化しているからなぁ。
制服の着こなしも、だいぶ慣れてきた気がする。スカートは自然に短く。胸元のスカーフはほんのちょびっと緩めて、前かがみになった時にちらりと鎖骨の端っこが見えるように。ブラウスはふんわりも良いんだけど、制服ファッションはむしろ締めるところをしっかりとした方がカッコカワイクなる。
うん、一年生の時とは違って、服に着られてる感は少なくなった。何処からどう見ても、ヒナは立派な女子高生だ。
折角だし、髪型も変えようかと思っていたところ、それはハルに明確に反対されてしまった。今のふわっとした肩までのウェーブが、ハルは一番好きなんだって。えへへ、そう言われちゃったら、変えたくないかな。そうだね、昔、小学校まではずっとこうだったもんね。ハルにとっては、今のこの髪型がヒナっていう印象が強いんだろうな。
朝倉ハル、十六歳。高校二年生。ヒナの幼馴染。ヒナの初恋の人で、素敵な彼氏様。
そしてついこの間、ホワイトデーの日に。ヒナはハルにプロポーズされて。
二人の関係は、なんと婚約者になりました。うっひゃー。
二人は高校生だし、ハルは十六歳だから、結婚できる年齢ではない。だから、まずは約束だけ。でも嬉しい。ヒナは、ずっとハルのことが好きだったから。
二人で同じ高校に入って、告白されて。ハルと彼氏彼女の関係になって、去年のヒナは舞い上がっていた。それが今度はプロポーズだ。ヒナの人生、幸せゲージ上昇一直線じゃないですか。やだー。
高校に入ってすぐ、入学式でクラス発表を見て。ハルと同じクラスなのを知った時は、嬉しかったなぁ。八クラスもあるから、離れちゃうとどうしても接点が減るからね。一年間一緒にいられるって、そう考えるととても貴重なことだった。
さて、二年生になるとクラス替えがある。二年生から三年生への進級時には、クラス替えは無い。なので、これが二人が高校にいる間、一回こっきりのクラス替えってことになる。
仕方ないよね。クラス替えだって、大事な学校生活のイベントだ。避けて通ることはできない。
一年生の間だけでも、クラスメイトになれたのは奇跡みたいなものだった。林間学校とか、修学旅行とか。学校の楽しい行事は、むしろ二年生からが本番だ。ハルと同じクラスになれるなら、そっちの方が幸せは大きい。
うん、とっても幸せになれそう。
「ヒナ、昼飯にしよう」
ヒナの席の横に、ハルが立った。
その手には、ヒナが今朝作ったお弁当の包みがある。
「うん、お腹空いちゃった」
えへへ。
ハル、高校生活、あと二年。
同じクラスだね。ヒナ、とっても嬉しい。とっても幸せ。
ヒナは、ハルのことが大好き。
始業式の日、最初にクラス編成の発表を見て。
ヒナは、まずはナシュトとフユ、それからカマンタを疑った。だって、八クラスだよ?ハルと同じクラスになれる確率って、完全ランダムでも相当低いはずじゃない?こういうことを操作出る力を持っているということは、即ち疑いを持たれるということだ。確かにハルと同じクラスになれたのは嬉しいけど、ヒナはハルとの関係にズルはしたくありません。しかも、ちゃっかりフユまで同じクラスだ。これでは作為を感じるなという方が無理な注文だろう。
フユに訊いてみたら、なんだかニヤニヤしながら「大丈夫、関係ないよ」ときたもんだ。フユは、ヒナほどには人の心を読むことに抵抗が無い。多分気になって誰かの中を覗いて、答えを知ったのだろう。ぐぬぅ、ずるっこめ。
まあしかし、そういうことなら幸運だと思って甘んじていれば良いのか。教室で名前順で振られた出席番号順に座ると、ハルとは隣同士になる。曙川と朝倉だからね。並んで席に着いたら、それだけで教室内がちょっとざわついた。はいはい、色々あったもんね。不本意ながら、ヒナとハルは学校の中では恐らく断トツに有名なカップルだ。
「こうなるともう、学校公認って気すらしてくるよね」
因幡フユ。名前順でヒナの次だから、すぐ後ろの席。これ、本当に誰かが故意にやったんじゃないよな?疑心暗鬼も良いところだ。
フユは、去年の一月に転校してきた、もう一人の銀の鍵の所有者だ。複雑な事情があって、フユには家族が誰もいない。支援団体からの様々な援助を受けて、学校の近くのマンションに一人で暮らしている。フユは銀の鍵を持つがゆえに、目に見えない世界にも通じている。そこ経由でヒナのことを知って、ヒナに会うために、わざわざこの学校にやってきたのだ。
現在では、御覧の通り元気いっぱいだ。好奇心旺盛で、人懐っこくて、良く笑う。そんな性格なので、男女問わずに、すっかりみんなから愛されている。問題があるとすれば、体力にやや難があって、体育の授業が見学がちになるところくらいかな。
ヒナにとっては、他人に言えない銀の鍵絡みの相談事ができる、唯一無二の親友だ。
「おーっす、二年七組の諸君、私が担任の美作カオリだ」
元気な声で入ってきたのは、白衣を着た若い女性の教師だった。ヒナは、初めて見た気がする。二十代半ばから後半くらい?くしゃっとした癖のある長い髪。不敵というか、何か企んでいるみたいな怪しい笑顔。美人だけど、近寄りがたいオーラが全開で噴出している。そしてなにより、白衣の下のわがままボディ。ちょ、こんな先生いたんだ。
カオリ先生は数学担当。数学で白衣はイカスだろう、と教壇の横でポーズを決めてみせた。一部の生徒が、引きつったみたいな笑い声を漏らす。後で一年の頃に教わったことのあるクラスメイトに聞いた話によると、中々インパクトのある先生であった、ということだ。うん、そうだね、インパクト。よく判るよ。
出席を取って、その際に一言ずつ簡単な自己紹介をする。連絡事項の伝達があって、その日のホームルームはこれでおしまい、という段階になって。
「あー、朝倉ハルと曙川ヒナは、このまま数学科準備室まで来るように」
いきなり呼び出しを受けた。カオリ先生は澄ました顔でさっさと教室から出ていってしまった。あー、やっぱタダでは済まないんだろうなぁ。そう思ってフユの方を見ると、楽しそうににこにこと笑っていた。
「大丈夫だって」
ホントかなぁ。
ハルと連れ立って、職員室の更に先にある数学科準備室に向かった。カオリ先生は、ヒナたちを待っているつもりなど全く無かったらしい。廊下にはもう影も形も見えない。きびきびと動いてたし、歩くの早そうだよなぁ。
「なんかすごい先生だったね」
「一年間、あの先生が担任なのか」
「多分二年間だよ。美人だったし、ハルは嬉しいんじゃないの?」
「俺、教師は男の方が良いな。偏見じゃないけど、女の先生はちょっと苦手だ」
「へぇ、知らなかった」
「小学校の時、アバちゃん先生いたじゃん。俺、あの人が苦手でさぁ」
「あー、アバちゃんは贔屓というか、お気に入りを作る人だったよねぇ」
だらだらとそんな話をしながら、数学科準備室の前にやってきた。こんな部屋あったんだね。すぐ横の部屋には、国語科準備室って書かれた札が出されている。何をやる部屋なんだろう?ハルの顔を見ると、ハルはぶるぶると首を横に振った。
ノックしてみると、「どうぞー」と返事があった。スライド式のドアを開けて中に入る。室内にはカオリ先生だけがいた。書類を収納するキャビネットと、ほとんど何も載っていないスチール机が四つ。他には目立ったものは何もない。狭くてホコリ臭くて、殺風景な部屋だ。その空間で、カオリ先生は椅子に座って脚を組んで、コーヒーを啜っていた。
「遅い。なんでさっさとついて来ないのよ」
いや、割とすぐに追いかけたつもりだったんですけどね。まあ、見失っちゃったし、ゆっくりでいいかな、とは思ってました。
とりあえず「すいません」と、二人でぺこんと頭を下げると。
カオリ先生は愉快そうに笑い声を上げた。
「いやいや、君らとは是非一度お話ししてみたくてさ」
楽にして、と言って、カオリ先生はキャスター付きの椅子を二つ転がしてきた。ハルと並んで座る。その様子を、カオリ先生は何処か眩しそうに眺めていた。
「気になってると思うし、今回のクラス編成について、二人には説明しておこうかなって」
ということは、やはり意図的というか、何らかの理由はあるってことか。そりゃそうだよね。これだけ話題になって注目までされている問題児カップルを、考えも無しに同じクラスにブッ込んだりはしないよね。
ヒナが不安そうな顔をしたのに気が付いたのか、カオリ先生はにこって微笑んでくれた。あれ?なんだか印象が違うというか。
「私はね、二人のファンなのよ」
ゆったりと背もたれに体重を預けて。カオリ先生は、優しい声で話し始めた。
クラス替えは、そもそも二年生以降の学習効率を考えて行われている。大雑把にいえば、生徒の学力レベルを三段階くらいに分けて、それぞれのレベル内でまとまるように配置し直すのだ。
ああ、そういえばサユリがそんなことを言っていた気がする。出来る子と出来ない子でクラスを分けちゃうって。
一組は特進クラス。大学進学を前提に、成績上位者中心でまとめられる。その下に少し出来る子のクラス。更にその下に普通の子のクラス。そしてその更に下に、という感じ。
で、聞くまでも無くヒナとハルは最下位クラスです。ははは、すいませんね。
ただのランキング表にしてそのままクラスに当てはめようとすると、男女比もそうだし、色々と問題が出てくる。なので、まずは全体を数クラス分のグループに分割し、その中から各クラスに割り当てていく作業を行う。これがクラス分けの大まかな流れだ。どっちにしても、ヒナとハルは最下位グループですが、何か?
担任教師たちによるクラス編成会議によって、最終的なクラスのメンバーは決定される。カオリ先生も二年生のみそっ子クラスの一つを受け持つということで、その会議に参加していた。みそっ子は余計だろう。失礼しちゃう。
「最初はね、やっぱり君たち二人は別なクラスにするべきって意見が優勢だったんだ」
幼馴染で、付き合ってて。変な噂が立って、生活指導にも呼び出されてて。学園祭ではやらかしてて。ヒナとハルは、学校の風紀を乱す、諸悪の根源みたいな言われようだった。うん、否定はしない。っていうかできない。スイマセン。
でも、言い逃れじゃないけど、一応学校では自粛してるんですよ?完璧かどうかは置いといて、学校の中では極力いちゃいちゃしないように気を付けてはいる。手だってほとんど繋いでない。どちらかというと、周りで騒いでいる声の方が大きい感じだ。
「私には、君たちがそんなに風紀を乱しているようには見えなくてね。むしろ微笑ましいな、って」
今時、幼馴染で恋人同士なんて。それも、べったりという感じではなく、真剣で真摯な交際をしているように見受けられる。いつ何処で何を見られていたのかは判らないが、少なくともカオリ先生には、ヒナとハルの関係は健全なものに思えたらしい。ああ良かった。学園祭前夜とか、その辺りのことは未来永劫お口にチャックしておこう。
「別なクラスなんかにしたら、逆に問題行動が増えるんじゃないかって、そう意見したのよ」
一年生の時は「同じクラスにいる」ということで、二人は自分の中にある衝動をなんとか抑えることができていた。しかし、もしクラスが分かれてしまったとしたら。会えないという反動から、二人の感情は熱く燃え上がって、いよいよ何をしでかすか判らない。って、えー、学校の中でそんな。どーぶつじゃないんだから。あはは。
「それに、どうせ問題を起こすなら、同じクラスに入れていっぺんに監視できた方が楽でしょ?」
その物言いにはちょっと解せないところがない訳じゃないけれど。
そこまで言うのなら、問題発生時には担任が責任を取る、という形で。
晴れて、ヒナとハルはカオリ先生が担当する二年七組に揃って入ることになったのだ。
「あと、因幡さんは去年度からの継続。曙川さんに、一番の友達になっていてあげてほしいの」
ああ、その話か。
フユが転校して来た時、ヒナは生活指導室に呼び出された。今度は何だと思っていたら、ヒナにフユの友達になって欲しいということだった。特殊な生育環境にあったフユは、スクールカウンセラーのお世話になっている。そのカウンセラーが、フユに友達になれそうな相手の名前を訊いたのだ。
もともとフユはヒナに会うためにここにやって来たわけで、そこでヒナの名前が挙がるのは当然のことではあったのだが。フユの回答を受けて、ヒナは、学校側からフユの友達になって欲しいと依頼されていた。
「そんなこと言われなくても、フユは友達ですよ」
ヒナの言葉を聞いて、カオリ先生は満足そうにうなずいた。
「うん、そう言ってもらえると嬉しい。曙川さんを信じて良かったと思える」
それから、チラリ、とハルの方に目を向けた。
ハルはずっと黙って話を聞いていた。男女間で問題となる行動を起こしてしまうのは、最終的には男の方だ。ヒナが何を言っていたとしても、ハルの方が我慢の限界に達して青春をスパークさせちゃったりしたら、そこでアウトだもんね。
カオリ先生の視線を受けて、ハルはヒナの顔を見てきた。ヒナはにっこりと笑ってみせる。まあ、ハルはハルのしたいようにしてくれていいよ。ヒナはハルにお任せって、いつも言ってるからね。今のこういう関係だって、ハルが望むからこうしている。ヒナは、いつでもオッケーですよ?
ハルはうつむいて、はぁー、っと長く息を吐いた。ほら、頑張って、ハル。
「先生たちは、その、風紀の乱れっていうのを心配しているんですよね?」
「そうだね。有体に言っちゃえば、妊娠騒ぎだね」
カオリ先生、ぶっちゃけるなぁ。
でも、要はそういうことだ。学校にだって体面はある。生徒がそんなことになった、となれば大騒ぎだろう。学生を預かる学校の信用とか、学校全体の雰囲気とか。今後、嫌でも「あそこの学校は、そういうところだ」というイメージが付いて回ることになる。学校の外からもそうだし、中からも同様だ。
一組そういう男女ができてしまったなら、二組目はより低いハードルでそれを越えてしまう。一度タガが外れてしまえば、後はなし崩し的だ。学校の風紀は大きく乱れるだろう。だから根も葉もない噂の段階で、ヒナは生活指導室に呼び出されて「注意された」という事実を作らされたのだ。うわぁ、なんだかなぁ。
「俺は」
ハルが顔を上げた。真面目なハル。ふふ、かっこいい。ヒナの自慢の旦那様。
「俺は、ヒナのことが好きです。真剣です。だから、ヒナを悲しませたり、苦しませたりするようなことはしません」
カオリ先生の眼が、きゅって細くなった。
「ヒナは学校が好きみたいだし、友達もいる。ヒナが学校に居られなくなるような、そんなことは絶対にしません。約束します」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ハルはじっとカオリ先生の目を見て。
カオリ先生はハルを値踏みするように見つめ返して。
ヒナは、ハルの言葉を胸の中で何度も反芻していた。
ハルは素敵だな。いつもヒナのことを考えて、大事にしてくれる。言うだけじゃなくて、しっかりと態度と行動で示してくれる。
だから、ヒナはハルのことを信じられる。全部預けて、大好きだよって素直に想うことができる。ハルの気持ち、ヒナはとっても嬉しい。すごく幸せ。
「やー、いいなぁ、青春。うらやましいなぁ」
カオリ先生はそう言って、大きくのけ反った。うお、おっぱい山脈。ハルも思わず顔を赤らめてる。む、やっぱり大きい方が良いのか。そうなのか。
「もういいよ、お前ら結婚しちまえよ」
半分は冗談だったんだとは思うけど。
「はい、卒業したら結婚します」
ヒナとハル、二人から同時に、明るく元気に宣言されて。
カオリ先生は、派手な音を立てて椅子から転げ落ちた。




