決着
バイクのタンデムシートの幸は、しっかりと俺の腰に手を回して、しがみついていた。飛ばせば5分で、幸の住む市営住宅につく。
ギアをニュトラルに入れて、サイドスタンドを下した。
まだ、幸は震えていた。
「大丈夫、弟と妹を連れて外に出ていろ、すぐに話はつく」
幸はこくりとうなづいた。
幸が先頭を歩き、1階のブザーを押した。
ドアが開かれ、中から小学生の中学年くらいの男の子が出てきた。
「お姉ちゃん」
と言って飛びついてきた、後から女の子も"幸お姉ちゃん"といって飛び出してきた。
「お姉ちゃん、どこいってんだよ。心配したんだ」
「ごめんね、ごめんね」
と幸はいって、二人の頭をなでていた。
すると、玄関に四十代の女性が姿を見せた。幸のを姿を見ると顔を伏せた。
奥から
「幸が帰ったのか、しょのないやろうだ」
と野太い男の声が響いた。
一瞬、カッとなったが、幸が俺の手を握り首を振った。
俺は、しゃがみこんで、
「お姉ちゃんとお外で遊んできな」
といって、幸にお金を渡して玄関の外にだした。
「どちらさまですか」
と女が訊いた。
「幸の友人です」
女の表情から、ある程度の事情は分かっているようにみえた。
「話をさせてもらっていいですか」
女はうなづいた。
俺は靴を脱ぐと、茶の間のドアを開けた。
濁った眼の、ジャージ姿の男が寝っ転がっていた。
「誰だ、お前」
挑戦的な声だ。ご丁寧に、はだけた胸からは絵がのぞいている。
俺は背中のリュックを壁際に置いた。
「幸さんのお父さんですか」
男は怪訝そうに俺を見て
「お前こそなんだ、幸の男か、お前わかってんだろうな俺の娘にを手を出してタダで済むと思ってんのか」
お決まりのセリフを吐きやがった。俺は内心嫌気がさした。
「長々と話がしたくないんで、用件だけ言います。幸さんと一緒に住むことにしましたので、ご報告に来ました」
「なんだと」
と言って、男は起き上がり俺に近づてい来た。俺より背は高かった。俺の胸ぐらをつかむと
「度胸あんな、どこのどいつだ」
俺は、されるままになっていた。俺の後ろでは母親がオロオロとしていた。
「冷静に話しましょう、幸と一緒に暮らしたいと言ってるんです」
「なめた口をたたくな」
といって、殴り飛ばされた。俺は後ろにのけぞって倒れた。
倒れたところを足蹴にされた。結構こたえた。それでもしばらくは、されるままになっていた。
「お前、幸とやったのかもやったんなら責任取ってもらおうか」
「どういう責任ですか」
俺は、鼻血をぼたぼたと落としながら言った
「わかっているだろう、誠意だよ 誠意」
こいつらの上等手段だ、絶対に金とはいわない。恐喝になるからだ、俺はそろそろいいなと思ってリュックに手をかけた。リュックのフロントポケットからスマホをだした。
「俺、たぶんあばらも何本かヒビか折れているし,いままでの暴行の現場全部取らして貰いましたよ」
「てめえ 卑怯なことしやがって ぶっ殺してやる」
男は、台所から包丁を持ち出した。
「あんた やめなよ」
と女が恐る恐る声をかけた。
「渡せ、その携帯」
といって、男は包丁をちらつかせた。
「刺せるもんなら、刺せよ」
俺は吠えた。
男は,わけのわからない声をあげて、俺に突進してきた。俺は男を横に交わして足を払い、男は包丁を落としてあおむけに倒れこんだその上に馬乗りになって、両ひざで男の肩を抑え込んだ。
この体制で、抵抗はできない。
俺は、横に落ちていた包丁を拾うと男の首筋にあてた。
男が叫んだ
俺は、男の口を手でふさいだ。
男はじたばたとして、目を開いて驚愕の表情を浮かべている。
「人間、頸動脈を切られると1分くらいで死ぬぞ、救急車を呼んでも間に合わんぞ」
と俺は、脅しを入れて包丁を振りかざし耳の横の畳の上に突き立てた。
「落ち着いて、話をしようや」
男は、うなづいた。
俺は落ちていた,スマホの録画アプリを起動させると、男に座るように促した。ちゃぶ台の上に、俺は紙を出した。
男はブルブルと震えていた。よほど怖かったのだろう。俺は前の仕事は、これが専門だ。殺すのではなく、無力化することが大切なのだ。そのための最小限の犠牲だけだ。
「あんた、これ以上やったら、これを警察に渡す」
男は、紙を見て青ざめた。病院の診断書だ。強姦の時の診断書は普通の診断書と違う。さらに俺は、写真も投げた。幸には悪かったが彼女が眠っている間に撮ったものだ。
「未成年に対する、それは相当きついぞ、5年以上は食らうぞ、それと俺に対する暴行についても、加算するぞ」
男は、おとなしくなった。むろん俺も訴えるつもりはない。裁判になってつらい思いをするのは、幸や弟妹たちだ。
そばで、震えている女にも
「あんたもわかっていたはずだ、幸がどんなことをされていたのか、実の母親ならば、あんたも同罪だ」
俺は、痛む胸を抑えながら。
「幸を自由にしてくれ、あんたたちの事情もわかる」
俺は、リュックから封筒を出した。
「これで、あんたの顔もたつと思う」
男の目の色が変わった。
「この書類に署名捺印してくれ」
書類は、幸と俺の交際を認めるということと、婚姻に対する承諾、幸には今後一切近づかないことを承諾させる書類だった。
男は、すぐに署名した。母親は署名した後に
「よろしくお願いします」
といって、泣きながら頭をさげた。
男は、封筒の中身が気になってしかたないらしい。
「手切れ金だ、今後一切 幸にはかかわるな、今度は容赦なくいくぞ、それから変な真似したら、その写真と診断書、俺に対する暴行で告訴するからな。もう一ついっておく、幸の弟妹に手を出しても同じことをするぞ」
男は、さっきの俺の行動を思い出したのか、押し黙った。
正直、俺は奴の頸動脈を切断しようとしていた。
幸の抑止がなければやっていたと思う。10年前にもやらかしていたし、悔いはないのだ。
俺は、奴の家の玄関を出た。
幸は、外で待っていてくれた。俺は無理に笑おうとしたけれども、殴れた傷と胸のあばらの傷が痛くて笑えなかった。
幸は俺の顔を見ると走ってきた。
「岡崎さん、どうしたんですか、その傷は」
「終わったよ、もう自由だ。幸の好きにしていい」
「どうして、どうして こんなになるまでして、こんな私に」
幸は泣きながら怒っていた。
いつの間にか、弟や妹が幸のそばに来ていた。
「幸」
後ろで、声がした。振り返ると幸の母親だった。
「ごめんね、私が守れなかった。許して」
「お母さん・・・」
幸は、母親に抱き着いた。
俺は、母親はまともだったんだなと思って、さっきの暴言を少し悔いた。
「幸、元気で、落ち着いたら連絡して」
といって、バックを幸に渡した。
「連絡も何も、俺らのアパート この町の下ですから、弟君、妹ちゃんもいつでもお姉ちゃんと会えるぞ」
と俺はいった。
「こんなにけがをさせて、ごめんなさい」
と幸は、俺の顔のこびりついた血を拭きながらいった。
「ははは、これじゃバイクは乗れねえな」
といって、幸の手をとった。
「帰ろうか」
幸は、大きくうなづいた。