traffic 過去への道
午後4時を過ぎたころ、アパートのドアをノックする音がした。
俺は、ドアを開けた。
そこには、今朝の女の子が立っていた。
「先ほどは、大変助かりました。ほんとうに焦っていたので!!」
といって、コンビニ袋と白い封筒を差し出した。
「気使わなくていいの、俺なんかバイクに燃料計付いてないからたまにリザーブで走っててガス欠するんで常備しているだけだし」
「でも、ほんとに助かったんです。バイト遅れると、手取りが減るんで困るんです。」
「あっ 間に合ったんだ。よかったね」
「はい ぎりぎりでしたけど間に合いました、ありがとうこざいます。」
外の雨は、もうやんでいたけれども少し肌寒かった。独り暮らしの男の部屋に上げるのも、何だし、そのまま玄関口で対応した。
俺は、小さな水筒を女の子に、差し出し。
女の子は ???という顔で
「何ですか」
「コンソメスープ、熱々の」
「私にですか」
「そう、結構疲れてるみたいだし、あっこれ俺のオリジナル。インスタントじやないから、飲みやすいと思うよ」
俺は、女の子の疲れた顔が気になっていた。交通誘導員の仕事は結構きつい8時間勤務の、1時間休みで、特に女にきつい仕事だ。しかし、結構金になるし日払いでもらえるので、短期でやるにはもってこいだ。ただし、2級以上の資格がないと給料は結構安い。
「飲みなよ、結構いけるから」
女の子は、少し遠慮したが、俺があんまり進めるものだから、直のみ水筒に口をつけて少し飲んだ
「えええ、おいしい なんで!」
と大げさに女の子は驚いていた。
「鶏肉でだしから取ってるから、おいしいよ オニオンたっぷり 疲労回復にはもってこい、硫化アリルが疲労回復ビタミンB1の吸収を促進するからね」
女の子は、今度はおいしそうに飲んだ。
俺は、なんでかこの子のことが気になっていた。
前の仕事で部隊の飯を作っていたから、自然と飯は作れた。朝の出来事の後少し、仮眠を取って、昼過ぎからスープを作っていた。
「お金はいらないよ、ほんの1リッターだし、これもらったら 崎村さんだったけ、赤字だよ」
といって、白の封筒は返した。
「え、でも ほんとに助かったんです。気持ちです」
「これで十分」
コンビニの袋の中のドーナッツとコーヒーのカップを見せた。
「じゃ スープのお礼に」
「これ 売りもんじゃないし、営業許可取ってないし いいよ、今日の頑張り賃と、この前の風邪を引かずにすんだお礼」
「ごちそうさまでした、生き返りました。元気・元気」
と言って、ガッツポーズをした。
「じゃ 帰ります。」
と女の子は、背を向けた。
「ちょっと待って」
と俺は、女の子を呼び止めた。
「何か」
「スクーター見せて、たぶん2stのオイルが入っていない、このままじゃピストンが焼き付く」
スク-ターのエンジンから金属音がしてから、2stのオイルを入れていないと俺は確信していた。
女の子について、スクーターのとこまで行くと、給油口の横にあるオイル給油口にオイルを流し込んだ。
「エンジンかけて」
女の子は不思議そうにセルボタンを押した。
エンジンが滑らかに回りマフラーから薄い白煙が出た。
「あっ エンジンの音が違う」
「だろ あのまま走っているとエンジンはお釈迦だよ、もう5万km以上走っているしね」
「バイク詳しいですね」
「すきだからね、あ、それと空気圧低いから、入れとくね」
といって、足ふみの空気入れで、規定値まで注入した。
「乗ってみて」
と俺は女の子を促した。
女の子は、スク-ターに腰かけてハンドルを切って
「わあ 軽い。ぜんぜん違う」
と感嘆の声をあげた。
感激している女の子を見て、俺は何をしているのだろうと不思議な感覚を覚えた。そして理解した、随分と昔に感じた感覚だった。
「スクーターの調子が悪くなったら、また来ていいですか」
「いいよ、今シフトが夜だから、朝の9時には帰ってる」
「ほんとに?」
「インデアン 嘘つかない」
とおどけて見せた(結構いや化石のギャグだ)。
女の子は、やっと安心した笑顔を見せた。その笑顔には以前感じた違和感はなかった。
スクーターのテールランブが、曲がり角に消えるまで俺は見送っていた。
たばこをくわえると、火をつけた。
記憶の中で、チリっと音がした。忘れていた、虚脱感が襲ってきた。
俺は心の中で "くっそ"と舌打ちをした。
忘れたつもりだった過去が、捨ててきた過去が、記憶の底から浮かび上がってきた。
人と親しくなると、この過去は浮かび上がってきて、俺に現実の残酷さを知らしめる。お前だけが楽に生きれると思うなとなじる。
いままで会話していた女の子の会話ですら、過去の自分から否定されるような気がした。
心の奥底から "もっと苦しめ" "人の人生をめちゃくちゃにしておいて、のうのうと生きているのか"という声が聞こえる。
俺は吸いかけのたばこを地面に叩きつけて、靴で踏みにじった。
「許してはもらえないか」
とひとりごとをいい、夕焼けがせまった雨上がりの空に向かってつぶやいた。