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New Year

 新しい年がを迎えることができた。

でも、たぶん来年は迎えられないだろうと覚悟していた。

抗がん剤治療は、効き目がなかったらしく終了を宣言された。

リンパ球への浸潤もあるらしく、くすぶり型から急性への転換だ。


発熱と呼吸困難から、HTLV-I関連間質性肺炎と診断された、白血球血は、4万をこえてらしく、高カルシウム血症で、運動障害と意識障害も出てきた。一日のほとんど眠っていることが多くなった。

緩和ケアとなり、痛みと呼吸困難から、モルヒネを打たれることもあった。痛みはコントロールできると医師は言った。酸素吸入をしながら、ボーとしていることが多くなった。

 それでも、病室には、毎日誰かしらがきていた。俺は、薄れている意識の中で、そう認識した。

俺の両親は辛そうに俺を見舞っていた。美紗と雄大は、俺の病状を知らされてなく、無邪気に、"早く、よくなって"と言ってくれている。幸の母、優しく接してくれるが、時々後ろ姿が泣いているように見えた、いや泣いていたのかもしれない。以前、"悲しいもの同士が惹かれあう"といった言葉どおりだ。

幸が今、ここにいたらもっとひどいことを俺はしたのかもしれないと思った。

中村は、婚約者と一緒に見舞ってくれた。中村が好きそうな、スタイルのいい娘だった。

小林は、真樹と子供たちと一緒来てくれた。真樹の子供は、特に上の娘は、真樹に似ていた。


真樹は、仕事の合間にもよく、俺の病室を見舞ってくれた。

一度こんなことをいったら、はぐらかされた。


「あんまり、見舞いに来ると病院で噂になるぞ」


「・・・・・ いいじゃないそんなこと」


と小さくつぶやいた。緩和ケアになり、腕の患者認識用リストバンドの色が、黄色から白に代わってから真樹は、俺を見る目が患者ではなくなったように思えた。

悲しそうな目で、俺を良く見つめていた。あまり話さなくなり、短時間で病室を出ていった。

夢なのかどうか、わからないが、意識が混濁しているときに、頬に冷たい感触がして、目をあけると真樹が頬を撫ぜてくれていた。そんな、夢なのか現実なのかわからないこともあった。

 俺は、夜が一番怖かった。一日中寝ているようなものなので、夜には眠れないことがあった。睡眠薬を貰おうと、ナースコールを押した。

しばらくして、ナーズやってきた。真樹だった。


「どうしたんですか」


「眠れなくて、睡眠薬でももらえないかな」


真樹は、俺の横に座ると


「どうして、先輩なんですか。どうして、私は、こんな先輩の姿を見なくちゃいけないんですか、仕事だからですか、残酷です。耐えられそうにもありません。」


といって、真樹は泣き出した。


「3月から産休なんだろう、妊婦が泣いてたらお腹の赤ちゃんによくないよ」


「私は、何もできない。ただ見ていることしかできない。あの時だってそうだった。先輩の人生めちゃくちゃにして、五島(ここ)に居られなくして、私だけ幸せなっいる。おかしいでしょう。」


 俺は、泣きじゃく真樹の頭に手をのせて


「ナースが、患者に感情移入したらやってけないぜ、真樹はもう小林の嫁さんで、お母さんだから、しっかりしろよ。」


真樹はなにもいわなった。


「あんまり遅いと、心配されるから、薬をお願いします」


と俺は言って真樹を促した。

真樹が、薬を持ってきてくれて、それを飲むとぼんやりと意識が薄れてきた。


「最後まで、先輩のこと見てていいですか」


「うん、見ててほしい。でも、真樹の先輩としてね」


俺は、それだけ言うと眠り落ちていった。ひんやりとした指の感触が俺の頬を撫ぜているのを感じた。


それから、真樹は普通に、ナースと患者という立ち位置、俺に接してくれるようになった。


見舞客の中で、一番厄介だったのが、玲奈だった。


俺の状況をみれば、どんな人間でも理解する。玲奈も理解してくれたが、することもないのか、毎日、俺の病室に来ていたらしい。

俺自身、意識混濁の時もあったし、記憶が飛んでいるときもあったらだ。

 

割と意識がしっかりとしているときに


「お前さ、これからどうすんの」


と、俺の横に座って俺を見つめている玲奈に訊ねた。


「しばらくは、貯金があるから、それでやっていける」


「その後は、どうする」


「語学ができるから、それを生かした仕事を探してみる」


「子供は、どうする」


「生んで育てる、私一人でも、意地でも育てて見せる」


「俺は、応援できないな」


と俺は、ぽつりとつぶやいた。玲奈もその意味は分かっていたらしく。急にシュンとなった。


「勝手に、人のこと助けておいて、最後まで責任取ってよ・・・」


と小さな声でいった。


「だから、言ったろう。"吊り橋効果"だって」


「そうじゃない、どうしてあなたが、死んじゃうのよ」


「お前さ、普通ストレートにそんなこと言うか」


とおれは息苦しい中で、笑った。


でも、玲奈は真剣顔で


「今は、あの時に死ななくてよかったと思う。あの時死んでいたら、この子もいなかった。幸さんのこと、幸さんのお母さんに聞いた。どうして、あなたが私を助けてくれたのか、なんとなく理由も分かった気がした。それでもね、それでもね、生きていて欲しいって思う。私は、あなたが好き。」


と言ってくれた。ずっと独りで考えてきて、五島(ここ)まで来たんだ。突き放すことは出来なかった。


「残念だけれども、俺は既婚者だ」


といって、左手の指輪を見せた。


「知っているわ、でも、好きでいさせてほしい。恋愛でなくても大好きな人のそばに入れたら元気になれる。それだけで、この先も生まれてくる子供と歩いていけると思う」


と玲奈は、目を潤ませながら言った。


「いいよ、好きにしたら。玲奈の人生だ、でもさ、そんなに長くは一緒に居てやれないからな」


と俺は、玲奈の長い髪を撫ぜながらいった。それ以来、ほとんど毎日俺の病室に来ていた。そんな玲奈だったが、美紗とも雄大とも、あまつさえ、俺の両親とも仲良くなっていった。まっあれだけスタイルが良くて世間一般でいう、美人ならそうだろうなと思った。ほんと、美人は得だ。

だたし、本人にその自覚がないところが、玲奈の最大の魅力だ。

俺の玲奈に対する気持ちは、恋愛感情ではなく、一緒に戦った戦友に対する信頼みたいな気持ちに近かった実際そのような事態もあったし。


病気にも、緩衝時期がある。1月の下旬にはやや体調も持ち直し、外泊ができるようにもなった。たぶん最後の外泊だろう。

俺は、幸の墓参りにいった。もう独りでは、あるくこともままならなかった。

中村背負って、墓まで連れてってくれた。

俺は、墓の前で手を合わせた。

実家に帰ると、みんながいた。優しい人たちだ、だが両親以外血のつながりはない人たちだ。

和やかに時間を過ごした。

すこし、酒ものんだ。

自室に戻ると、ノートブックを開いて、いくつかのやり残したことをした。


ベッドに横になると、玲奈がそっと部屋に入ってきた。ご丁寧に枕持参だ。


「怖い夢でも見たの」


「うん」


「あなたがいなくなる夢」


「子供じゃあるまいし、自分の布団で寝なさい」


「いやだ、一緒に寝たい」


と声のトーンを落として、いった。俺はあきらめて


「いいよ」


といった。玲奈はおずおずと俺の横に添い寝した。


「手つないでいい」


「いいよ」


というか、もう手握ってるし。安心したのかしばらくすると眠ってしまった。

俺は、玲奈の寝顔を見ながら


「元気な、こども生んでくれよ」


とつぶやいた。生まれてくる子供を見ることはできない分かっていた。


あっという間に、外泊期間は過ぎて病院へ戻った。

2月に入ると、俺は感染症にかかりカンジダ菌で、舌が真っ白になり食事も取れなくなった。再び肺炎を併発して、意識が混濁する日が続いた。

人は、死ぬときに脳内麻薬のエンドルフィンが通常の100倍以上も生成されるらしい。


抗生物質のおかけで,すこし持ち直した。


「中村、頼みがある。」


と俺は中村に電話をした。


「最後のお願いだ、俺をあの海に連れていってくれ」


と頼んだ。中村はなにも言わず、病室から俺を連れ出してくれた。途中、真樹に見つかったがなにも言わずに手を振ってくれた。


"いづことか音にのみ聞く、みみらくの島隠れにし人をたづねむ"


と俺はつぶやいた。


「中村、ありがとうな、最後にここを見たかった。昨日の夜に夢の中なのなどうかわからなかったが、幸にあった。生まれたばかりの子供抱いてた。」


「そうか、よかったな」


「ああ、たばこが吸いてな」


「病人のくせして」


といって、中村はいって、俺にたばこをくわえさせると火をつけた。


「ありがとう」


と俺はいった。

ゆっくりと、視界にもやがかかり呼吸が荒くなっていった。

中村が俺の名前を叫んでいるのが、遠くに聞こえた。


波の音と風の音だけは変わることなく、千年以上も昔と同じように、ここにあった。





最後です、長い間お付き合いくださってありがとうこざいます。書きたいことは書きました。後はみなさんがどう思うかだけですね。

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