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希望のそらへ

幸の母親が、目を覚まして起き上がろうとするのを、俺は止めた。

妹と弟は、まだすやすやと眠っている。

時計は、朝の6時を過ぎていた。

子供たちは、夏休みの真っ最中。起こす時間じゃない。


俺は、冷蔵からミネラルウォータ―の水をコップについで、義母に差し出した。


「お義母さん、すみませんでした。」


俺は、両手をついて義母に謝った。


「あなたは、何も悪くないのよ、むしろ地獄のような場所から救い出してくれた恩人よ、幸のとっては」


「いえ、俺はすべて忘れて逃げたしたんです。昔も今も変わりません」


俺は、どうしようもなかった。何も言っても嘘になりそうな気がした。


義母は暴行の跡が痛々しく、青あざがあちこちに出来ていた。前歯は折れていた。

まだ、40前なのに、とても老けているように見えた。

どこなく、幸と似ていた。栗毛色の髪は、母親ゆずりのものだった。


「あの時、俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったです。おまけに幸のことすら忘れて、のほほんとしていなんて、自分が許せません。お義母さんが、一番つらい時に、そばに居ませんでした

本当に、許してください」


こんなことで、許してもらえるとは思わないが、最愛の娘を奪われて、信じた義理の息子は記憶を失っている。こんな、馬鹿げた話があるものか。憎まれても、文句は言えない。


「記憶は、戻ったんですか」


「まだ、ぼやけているところは、有りますが、幸のことは思い出しました。」


「そうですか、幸も喜びます。」


といって、幸のウエデイグドレスの写真を見た。


「幸せそう」


と母親はいった。


「幸せにしてくれました、幸は、こんな俺を本当に」


最近は、涙腺が緩むのが早い。おれは、泣き出していた。幸のことを思い出したから、今まで泣いていない分を泣いているようだ。


「いいんですよ、あなたと暮らし始めてから幸は、いつも幸せそうにしていましたよ。料理を作ってあなたを待って、一緒に食べて、何気ない会話を交わす。あの子が望んでいたものが、そこにはあったんですよ。それを、あなたは最後の最後に幸に与えてくれた。決して幸せだったとはいえない幸の人生に、あなたは、人を好きになることのすばらしさを教えてくれたんです。だから、あなたに感謝こそすれ、憎む気持ちはありません。」


もともと、義母は聡明な人なのだ。最初の幸の父親は、昔気質の人で、義理に生きる人だった。若かった母親は、それにあこがれて、幸を生んだのだ。

しかし、それも長くは続かず、流されるままに生きてきてしまった。

引き返せないところまできてしまっていたのだ。

見たくないものは、見えないとおなじこと。幸のことも見たくなかったのだろう。


「お義母さん、まだ俺のこと、義理の息子として見てくれていますか」


義母は、うなづいた。


「おれは、義父(あいつ)が許せません。だから、今回は徹底にやります。だから、奴とはわかれてください。お義母さんと妹弟は、おれが守ります。」


「いけない、あなたまで罪を重ねては」


以前の俺の行動を見て、殺しかねないと思ったのだろう。俺は、そんなことをするつもりはなかった。


「いいえ、法の裁きを受けてもらいます。しばらくは外に出れないようにします。」


「それでも、あなたに迷惑がかかります。」


「さっき、息子と思ってくれているといいましたよね。だったら息子が母親のためにすることに、迷惑なんてことはありません。任せてもらえませんか」


義母は、何も言わなかった。自分の人生を振り返っているのだろうか、俯いて考えこんでいた。

俺は、あえて答えを急がなかった。


しばらくすると、妹と弟が起きだしてきた。


「おなかすいたろ、何が食べたい」


と俺がきくと、


「おにぎりがいい」


と弟がいいだした。


俺は、台所に立つとせっせとおにぎりを握りだした。妹がそばに来て、一緒に手伝いをしてくれた。

幸とは、あまり似ていないがしっかりとした子だと思った。

義母はまだ、そんなに食べれないと思ったので、野菜スープを作った。

みんなで、ご飯を食べた。


台所で、後片付けをしていると、妹の美紗が


「お姉ちゃんのこと、大好きだった?」


「大好きだよ、今も、これからも」


「よかった、あの後お兄さんに会えなかったから、心配したんだ。なんども携帯に電話したのにつながらなくて。」


「ごめんな、お兄さん、怪我と病気で長いこと入院していたんだ、それで連絡取れなくてね」


実際は携帯は取り上げられていた。つい最近もらったのだが、以前の番号ではなく新しい携帯の番号だった。


「岡崎さん」


と後ろから、声がした。


「決心しました。私はこの子たちを守りたいんです。」


母親が、俺の後ろに立っていた。


「わかりました、後はぜんぶまかせてください。」


「美紗ちゃん、雄大、お兄ちゃんと一緒に暮らすか」


美紗も雄大も大きくうなづいた。


俺は、すぐに昨日調べていた弁護士事務所を訪ねて、俺の案件を受任するかどうか尋ねた。

案件が案件だけに、さすがにかぐに引き受ける弁護士はいなかった。

映画やテレビのように、正義のヒーローというわけにはいかないのだ。相手が反社会的勢力だとしりごみをするものなのだ。

最初から、期待はしていないので何軒かのあと、小さな事務所を尋ねた。

ホームページなんぞは持っていない事務所だ。裁判所の近くにある雑居ビルの三階にある事務所だった。

中に入ると、若い眼鏡をかけた事務員が応対に出た。

すぐに弁護士と面談になった。

六十は過ぎているようにみえたが、眼光は鋭かった。

一通り、案件を話したが反応は鈍かった。

まだダメかと思った。


「相手が、その手の人間ならならじゃだれもその案件引きうけんじゃろ」


「わかってるなら、話聞かないでいいでしょう」


「弁護士だって人間だ、人の恨みを買うのは恐ろしいということよ」


「わかってますよ、じゃ相談料は5,000円ですか」


「いらんよ、引き受ける」


俺は、驚いた。確かにうざい案件なのだ。

弁護士は、自分がかつて検事だったといった。

その手の人間には、慣れている。恫喝されても、それでも曲がったことがきらいなんだそうだ。

俺はその弁護士に、幸の義父による性的暴行の告訴と俺絵の暴行の告訴、それから義母の離婚申し立ての代理人を依頼した。


この弁護士は、早かった。その次の朝には、告訴状を携えて俺と一緒に所轄の警察に乗り込んだ。

弁護士いわく、告訴状をだされると捜査をしなければならなので、通常は被害届けをださせて調書をとって終わりになるそうだ。

先般の義母への暴行もあるので奴の拘留期間も伸びそうだ。

義母の離婚の案件は、弁護士がやつと面会して、俺が告訴したことを話し、応じれば告訴の件には検討するといって、速攻で離婚届を貰ってきた。

それで、幸の分の告訴は取り下げた。だが俺に対する暴行と母親の分には、立件されて書類送検されるだろが親族への暴行のため執行猶予が付く可能性があるとも言っていた。幸の件は、死んでまで幸を貶めたくはなかったから取り下げることにした。


弁護士には過分の料金を支払った。さすが、元検事だ。


「まっひとりぐらい、こういう弁護士がいてもいいだろう」


と大笑いしていた。料金に満足したのか、なにに満足したのかはしらないが、とにかく、あっという間に片付いてしまった。


弁護士から助言で、今住んでいるところから離れることを言われた。理由は、奴が保釈される要件として定まった住所があることが要件なのだそうだ。住所不定の場合は20日程度の拘留期間が延長されて保釈される場合があるとのことだった。俺はすぐさま、おれの両親に連絡をとり、一時的に五島に避難させるをお願いした。

両親は、すぐに自分が所有している、貸家の空いているところを住めるように手配してくれた。

中村に電話して、DV支援により、移転先住所等の秘匿をお願いして、住民票の異動に対して便宜をお願いした。


弁護士が、最悪の場合奴が出所してきた場合、保護命令をだして(1)被害者への接近禁止命令、(2)被害者への電話等禁止命令、(3)被害者の同居の子への接近禁止命令、(4)被害者の親族等への接近禁止命令、などで、6か月は逃げ切ることができることを約束してくれた。

その準備で、警察署に行き"保護命令"に必要な書類の作成をした。


市営アパート荷物は、俺が業者と一緒に一時貸倉庫に、全部保管して引き払った。

いよいよ、五島へと次の日に出発する日


「美紗、雄大、これから行くところはお兄ちゃんの生まれたところだ。海がきれいな静かなところだよ」


「お兄ちゃんも来るんだよね」


「もちろん、後で来るからね」


「絶対だよ」


雄大は、おれに小指を突き出して、約束させた。

子供たちが寝静まった後、俺は義母とこれからのことについて話をした。


「慌ただしく、ことを運んでしまってすみませんでした」


と俺は、義母に頭を下げた。


「もっと、はやく決断していればこんなことには、ならなかったのに、ご迷惑ばかりをおかけいたしました。」


義母も俺に頭をさげた。


「お義母さんに渡すものがあります。」


俺は、3冊の通帳を義母の前に差し出した。


「これは」


「幸が、お義母さんや妹弟のために残してくれたものです、当面の生活と妹弟の学資などは心配しなくていいと思います。」


「これは、あなたのものです。これ以上の好意は受けられません。」


俺は、話すべきか迷ったが、自分の病気のことを話した。


義母は信じられないような顔をしていたが


「どうして、幸があなたに惹かれたのか分かったわ、悲しいもの同士惹かれあうのね」


とさめざめと泣いてくれた。そして、俺のことを自分の子供のように抱きしめてくれた。ものごころついてから、母親から抱きしめてもらったことなどなかったから心地よかった。

ああ、母親ってのはこんなに温かいものだと感じた。


次の日、レンタカーを借りて、福岡空港まで送った。福江空港行きの搭乗口までおくり、


「向こうについたら、父が迎えに来ていますのでそのまま、貸家まで行ってください、生活に必要なものは、揃えてあります、それから、美紗と雄大の学校の手続きは、母が手続きに同行しますので心配なく。」


とぃうと、美紗と雄大の頭に手をのせて髪をクシャクシャにして"またな"といった。


美紗と雄大は、笑顔を見せてくれた。


ゲートをくぐって、3人が見えなくなるまで見送った。


しばらくして、双発のレシプロ機が、離陸していくのが見えた。


希望のそらに向かってほしいと俺は願った。



主人公は、もう一人の女性と出会うことになります。人の死とはなんなのでしょうか。

なぜ、人だけが明確な理由で死にいたることができるのでしょうか。

死とは甘美なものなのでしようか。


その辺を書いてみたいと思います。


いつも遅い時間に読んでいただいてありがとうございます。


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