ファーストキス
部屋は、きれいに掃除されていた。たぶん、幸の母親によるものだろう。
幸との生活を始めるために買ったものもそのままだった。
この部屋に帰ることが、最初は怖かった。
今は、落ち着いている。ここには、幸の面影があった。
机の上の結婚写真の、はにかんだ幸がいた。
据え置きのクローゼットの中には、幸の服が、主を待つようにかかっていた。
俺は、その一つを取って、抱きしめてみた。微かな、洗剤のにおいがした。
俺は、ライダースーツに着替えて、エンジニアブーツを履いて、外に出た。
bariusのカバーを取ると、すこしフロンフォークのブーツに錆がきていたし、ブレーキのローターは錆だらけだった。
キイを差し込んで、回すとニュートラルのランプが光った。
セルは回るが、なかなかエンジンはかからない。
燃料コックをプリ―にして、しばらくしてからセルを回したがバッテリーが弱弱しくなりセルも回らなくなった。アパートから、スターターを出してきて、シートを外し、バッテリーに繋げた。何回かセルを回す内にエンジンがかかった。しばらくチョークを軽く引いて、回転が落ち着くのを待った。
クラッチレバーを軽く何度かりぎり返して、シートにまたがり、スタンドを跳ね上げた。
ギアをローに入れて、そろそろと走り出した。
懐かして、バイク屋までだましだまし持って行った。
バイク屋のオヤジは、そこにいた。
俺のバイクの音を聞くと,ギョッとした顔をしたが、すぐにバイクの横に来て、
「ああーこんなにローターに錆吹かせて、フォークにもえくぼがあるじゃねえか。もう仕方ねえな」
といって、俺のバイクの整備を頼んでもいないのに始めた。
フロントタイヤを外して。ローターの研磨をはじめ、ブレーキ―のキャリパーの動作確認をしていた。
「大変だったな」
と親父が、ぽつりといった。
意味は分かっていた。そうとう新聞ざたになっていたし、狭い街だ。
「もう、廃止車の部品漁りはやめるよ、直す相手もいない」
「ありきたりしか言えないが、気を落とすなよ」
「ああ、そのつもりで、こいつを持ってきたんだ。限界まで回せるようにと整備してくれ、それと長距離を走るんで、オイル類、全部交換しておいて」
「どっかに行くんか」
「嫁連れて、里帰り」
「そっか、分かった。そんじゃお前も手伝え、工賃負けてやる」
俺は、オヤジと一緒にバイクの整備をした。
3時間ほどで、整備は終わった。
バッテリ―は、いい中古があったので、乗せ換えた。
一発始動で、4発のエンジンは軽やかに回っていた。
「オヤジ、世話になった」
「調子が悪くなったら、いつでももってこい。特別料金で、整備してやる」
「うん、嫁も喜んでいる」
といって、結婚写真をオヤジに見せた。
「おめえ、この子は幸ちゃんだろ」
「オヤジ、幸のこと知ってんのか」
と俺は驚いてしまった。
「この子の乗ってたスクーター、ここで買ったんだよ、10回払いでな、免許もここで教えたんだ、縁とは不思議なもんだな。お前が変わったのも納得ができる。ほんとにいい子だった。あのバカ義父じやなければな」
「それでわかったよ、あの年式でよく走っていたのが,オヤジがいじったんだな。」
「エンジンは乗せ換えといたからな」
「幸はいい子だったろ、俺の嫁ははさ」
「ああ、お前にはもったいないくらいのな」
といったオヤジの目じりが濡れていた。
俺は、修理代を払おうとすると、部品だけ取りやがった。俺は、オヤジにその倍の札を出して店からさっそうと逃げ出した。
サイドミラーで確認すると、後ろでオヤシが怒鳴っているしぐさが見えた。
俺は、バイクのスロットを開けた。2速で14,000まで引っ張り。3速で20,000オーバーまて゜あげて、80KW/Hの巡行速度で、5速にして10,000をキープした。
JRの駅の手前から、左に入り山道をせわしくハンドルと体重移動で一気に、幸と出会った展望台まで上がった。
出会ったベンチに座り、隣に写真を立てかけてた。
ここで出会った。
タバコに火をつけようとして、思い出した。
"ここ、禁煙ですよ"
という声を。苦笑してタバコをパッケージに戻した。
それから、またバイクに乗り、移動弁当販売の車を見つけて、カレーを食べたりした。
俺は、思いつくままに幸と一緒にいった場所を巡礼をするように廻った。
不思議とつらい思い出ではなく、楽しいことばかりを思い出した。
あの病院の前にバイクを止めたとき、見知った顔が俺を見ていた。あの女医だ。
俺は、ぺこりと頭を下げた。何か言いたそう近づいてきたが、俺はそそくさにバイクを出した。
辛い思いをさせるのは、嫌だった。きっと、あの人は自分を責めると思った。診察をした日に幸が死んだから、何かしら責任を感じていると思った。
"もしもあの時、こうしていれば"
というフレーズは結果論の中で自己を弁護しているすぎないと思う。
起きてしまったことにとらわれて、未来を否定してはならないと思う。
幸のことを思い出してから、俺はそう考えた。
最後に、幸の家族の所に行った。
市営住宅の中庭で、抱き合ってる幸の妹と弟がいた。
尋常じゃない状態に、俺はすぐに駆け寄った。
俺に気づいた、妹が
「お母さんが、死んじゃう」
と泣いて、すがってきた。只ならぬ表情に、おれはすぐに幸の母親の住む部屋のドアを叩いたが、鍵がかかっていた。一階なので、表に回るとカーテンがされて、様子が見えなかった。
俺は、バルコニーに上がると、鉄板の入っいるエンジニアブーツで、窓を蹴って割り、中に入ると、母親の上に馬乗りになっている、幸の義父を見た。
幸の母親は、ぐったりとしていた。
俺は、男の背中に蹴りを入れて、幸の母親を抱き起した。顔中痣だらけで、口元からは血が出ていた、歯が折れているのだろう。
男が、俺に向かって突進してきた。
俺は、男に鳩尾に向かって蹴りをいれた。男は後ろに吹っ飛んで悶絶した。
俺は、自分のベルトを引き抜くと、男の両手を後ろでに締め上げて、その辺にあったタオルで両足を縛り
ベルトに通して、エビぞりに締め上げた。
男が、騒ぎ出したので鳩尾にもう一発けりを入れたら、ゲーと吐いて静かになった。
スマートフォンを取り出して、110番通報と119番通報をした。
幸の母親、意識朦朧としていた。
窓から、妹と弟が入ってきて母親に縋り付いていた。
警察より、救急車がきた。警察も数秒後に到着。
救急隊員が、幸の母親の処置をしている現状と、縛られて転がされている男から、警察は、俺に事情の説明を求めた。
俺はさっきまでの状況を説明した。
男は、俺を見て怯えていた。
母親は、意識を取り戻していたが怪我ひどいので、救急車に乗せられて病院へと、俺と妹弟は、事情聴取で警察へと連れていかれた。男は、縛りを解かれると、現行犯で逮捕されて、手錠かけられ連行されていった。
警察署で、俺の身分照会をされて、あの事故の関係者だとわかると、警察の物腰が軟らくなった。
「元自衛官ですか、手早い処置でしたね」
と刑事が、俺の男に対する対応に尊敬の念を込めた言い方した。
「いえ、そこまでは」
と俺は言葉を濁した。
「奴は、どうなるんですか」
「DVということですが第3者の通報ということで暴行容疑て、逮捕しました。子供たちからの聞き取りで、ここ最近は日常的に行われていたことを確認しています。近所から聞き込みとも一致します。」
「DVですか、じゃ奴はしばらくしたら、出できますね。」
「さあ、どうでしょう」
「後ほど、証拠をもって奴に対して、強姦と暴行で告訴します。」
「どういうことですか」
俺は、過去において義理の娘の幸を日常的に強姦していたことと、俺に対する暴行で告訴することをつたえた、またその為の証拠の診断書等もあることを告げた。
刑事は,とんでもないことなったことを頭を抱えたが、俺はやる気だった。
これ以上、幸の家族が不幸になるのを見たくなかった。幸も望んではいない。
併科はされないが、強姦だけでも数年は収監されるはずだ。幸の夫であるおれには、配偶者としての権利がある。
「近日中に、弁護士を通して、正式に告訴します。」
「わかりました。それと、先ほど治療が終わって母親がこちらに来ています。怪我されていますので,明日以降にお話しを聞きたいと思います。」
「分かりました、それでは妹弟と義母は連れて帰ります」
といって、俺は取調室を出た、ほどなくして母親と妹弟が、俺の前に現れた。
俺は、タクシーを呼んで、近くの遅くまで空いている大型ショッピング―センターにより、数十個の菓子折りを買い込み、市営住宅に戻り、近所に菓子折りを配りお騒がせしたことを幸の夫としてわびた。
これには、訳がある。警察は証拠固めで聞き込みをするので、近所の住民の心証を良くしておこうと思ったからだ。実際、近所の人は事情を察してくれているようでトラブルはなかった。
今夜は、幸の家族は俺のアパートに泊めることにして,身の回りの物を纏めて俺のアパートへと帰った。
怪我をした母親を寝かせると、母親は俺に手を合わせて感謝をした。
俺は、幸のことですまない気持ちで一杯だったので、母親に泣いて謝った。
母親は、ホッとして疲れたのか、痛み止めが訊いたのか眠りについた。
「お兄さん、本当にありがとう」
と妹が泣きながら言った。俺は妹と弟を抱きしめた。
「ごめんな、俺が早く来て入ればこんなことはさせなかったのに」
というと、二人とも大声で泣き出した。
俺も、"ごめんな、ごめんな"と何度も謝った。
そして、二人とも泣き疲れて俺の膝の上で眠ってしまった。
エアコンを安眠モードして、二人を布団に寝かせた。
その後で、俺はノートブックを開くと、弁護士事務所を検索して幾つかのあたりをつけておいた。
俺は徹底的に、奴をつぶそうと思った。幸の家族をこれ以上苦しめられるのが,我慢できなかった。
「幸、許してくれるよな」
と俺は、強姦で告訴することを写真の幸に報告していた。妹弟を母親を守るためだ。
俺は、強い決意で対峙すると決心した。
幸を失ってしまったけれども、俺にはまだ守るものがあった。その意義だけで今は十分だ。
幸との思い出を思い出す中で、最初は苦痛に襲われて今うのかと恐れていたが、そんなことはなかった。幸との思い出の追加体験は、俺が如何に幸を思っていたか再認識させてくれた。幸とであったことで、
俺は救われていたのかもしれない。みじめな人生だと思っていたものが、幸に出会って俺は自分間生きる意味を知っていたのだ。
過ごした時間の長さだけで、測れないものもあるということだ。
短すぎる幸と過ごした時間が、今はとても愛おしかった。
俺は、幸の写真に口づけをした。
これが、幸とのファーストキスだと思った。
本当の幸とは、できなかったけれども。
俺には、これで十分だった。
幸 本当に愛していたよ。
そして、俺を愛してくれてありがとう。
なんか、くさいことを書いてしまいました。でも本心ですから仕方ないです。
まだ,続きます。ぜひ 最後までお付き合いください。




