突然の別れ
「岡崎さん、今日の夕飯は何にしますか」
幸は、まだ俺のことを"岡崎さん"と呼ぶ。呼びなれた呼び方がいいのだそうだ。別に"旦那様"とか呼ばれたいわけではない。
「今日は、ちゃんぽんを作ろうか」
「岡崎さんが作ります?」
「もちろん、本場だから」
と言って、材料を買い物かごに入れていった。正直、気丈に振る舞ってはいるが幸の悪阻は結構辛そうだった。
食べれそうなものを作っていは、いたが、ご飯ものはどうもダメみたいで、麺類がついつい、多くなってしまている。
あの病院へ行った。あの女医から連れてこいと言われていたし、子供のことも心配だった。
受付で、幸の保険証を出して、いぜんの事情を少し話して、あの女医へ連絡を取ってもらった。長く待つのかなと思っていたが、すぐに2人一緒に診察室へ呼ばれた。
「まさか、結婚したの」
開口一番、女医はカルテの訂正された名前を見ていった。
「いろいろとありまして、そういうことです。」
女医は、俺を顔を見て
「まるで、犯罪者ね、ひと回り近い子と結婚するなんて、あなた、幸さんよく考えたの」
と言い、幸に話を向けた。
「はい、よく考えました。」
と明るく幸は答えた。
女医は、あきらめたのか
「はい、診察をしますから、旦那さんは、外に出てください」
と旦那のところを強調した。
俺は、外に出た。
小一時間して、幸が出てきた。
「岡崎さん、川田先生が話があるって呼んでます。」
俺は、そう来るだろうと思っていたので、診察室に入っていった。
川田と言われた女医は、俺に何か聞きたそうだった。
「お腹の子供は順調よ、どうするの」
明らかに、そちらの話を聞いてきた。
「どうもしませんよ、順調ならいいじゃないですか」
「なにをとぼけたことを言っているの、22週を超えると処置することはできないわよ」
「中絶はさせませんよ」
俺は、低い声で言った。
「あなたの子供ではないのでしょう、ましてや、おそらくはレイプした相手の子供の可能性もあるわ」
「ここからは、プライバシーの問題です。ここで止めましょう、この話は、俺はこの問題も全部ひっくるめて、幸と結婚しました。それだけでいいんです。幸が生むのなら、喜んで俺は父親になります。」
「まだ、17歳なのよ、あの子の人生に責任が取れるの」
「取りますよ、だから結婚しました。」
川田医師は、やれやれといった風な態度で俺を見ていた。
「先生、俺はここの病院の血液科に通院してるんでね、意味わかりますよねATL」
川田医師は、ぎょっとして俺を見た。
「成人T細胞白血病(Adult T-cell Leukemia)」
「さすが、専門用語がスラスラだよね、先生なら俺がどんな状況かわかってくれると思う。俺の病状は慢性型だから、状況確認だけですんでるけど、いつどうなるかなんてわからない。ましては、この病気は、レトロウイルスだから、平行感染があり得るということだよね。だったら、俺は幸との子供は持てない。」
「そう・・・」
川田医師は、すべてを理解したようだった。
「大丈夫、幸には指一本触れちゃいない、このことは幸にも話している。だから、幸の中いる子供は、中絶しない。生んでほしいと幸には行っている」
「ATLの発症は、いつからなの」
「2年前に、健康診断で分かった。フラワー細胞があったらしいよ。それにね、俺の出身は、五島市だから」
産婦人科の医師らしく、ATLの知識は持っていた。現在では妊娠30週までにATLの抗体検査をするようになっている。
「もちろん、ATLの抗体検査はするわ」
「お願いします」
話は終わったと思って、椅子から立ち上がろうとした俺に
「怖くはないの」
と川田医師は尋ねた
「怖くないといえば嘘になります。幸は、今まで想像以上の悪夢を見てきたんだろうと思います、だったら、一人くらい助けてくれる人がいてもいいじゃないですか。たまたま、それが俺だったということだけですよ」
「変なことを聞いて、ごめんなさい。"妊娠届出書"を出しますので、母子連手帳の交付を受けてください。それと、子供順調です。おめでとうございます」
「ありがとうこざいます」
診察室から出ると、幸が心配そうに寄ってきた。
「川田先生、何だったの」
「おめでとうだって、それから母子手帳もらいに行かなきゃね」
「うん、あそれから、これが赤ちゃんだって」
といって、数枚の紙を見せてくれた、白黒の影みたいなのが映っていた。エコ写真というやつで、黒い点が赤ちゃんらしい。
印象としては、よくわからない。でも、命って不思議なものだ。こんな小さな点が、やがて人間として成長していくのだから。
バスに乗って、役場まで母子手帳の申請に行った。
役場前のバス停で降りて、すぐ横の役場の入ろう短い横断歩道の信号が青になり渡ろうとしたときに、甲高い車のエンジン音が後ろからして、俺は前方へ飛ばされた。一瞬何が起きたか理解できなかった。俺は3メーターほど先の植え込みに転がっていた。幸の姿を探した。
前方の街灯の支柱に黒い軽自動車が突っ込んでいた。後輪が煙を上げて空回りをしていた。そして、その車の下には、幸がいた。
俺は、わずか数メートルを走った。
車のところまで行くと、割れてヒビの入ったフロントグラスの車の中で、奇声あげて、ハンドルをたたいている男がいた。
俺は、肘鉄で運転席の窓をたたき割り、中の男を引きずり出した。
血走った目と、口元から唾液を流しながら、奇声を発して俺につかみかかった。俺は、そいつま眉間にこぶしをたたき込み、すぐさま車の下になっている幸を助け出した。頭から出血と心肺が停止していた。こんな時に、冷静になれる俺がいた。昔の仕事で染みついたものだ。すぐさま、救急車を呼びその返しで、警察を呼んだ。奇声を発していた男は、まだ倒れていた。
直ぐに、救急車は来た。
心肺停止状態だということ車両事故で、車の下敷きのまま引きずられたことを説明し、自分の妻だと告げた。
警察、すぐに来た。倒れている男を確保し、俺に説明を求めたが、俺は救急車で付き添うということで、その場を離れた。
救急車の中では、蘇生が試みられていた。俺は幸の手を握りしめて、生きてくれと叫んでいた。
とうとう、書いてしまったと気がします。ここからは、新しい展開になります。




