27歳のクリスマス 22日の物語
27歳のクリスマス ―――12月22日(月)―――
―――結衣、明日、いつもの店でな―――
朝イチで送られてきたこんなメッセージに、私はいったい、なんて返せばいいのだろう。
予感がなかったって言ったら、嘘になる。デートの回数も、電話やメールの回数も、ここ1年くらい、目に見えて減っていたけど、私はずっとそれに気づかないふりをし続けた・・・昨日のあの瞬間まで。
当然、彼へのクリスマスプレゼントなんて買ってないし、明日のディナーなんて、いける気がしない。というかその前に、今日は月曜日なのに、会社にすらいける気がしなかったんだから。
「山口、ぼーっとしてんじゃねーぞ!」
頭をたたかれて、はじめて気づくなんて、私は朝礼中の高校生か。
「すみません」
「クリスマスデートで頭いっぱいか?」
「あ、いえ・・・」
ある意味そうだ。でも、それはもう、泣きたくなるくらい、できればその日が来ないようにと祈りたくなるくらい、でも、もうどうしようもない。
「心配すんな。25日は早めにあがらせてやるから」
「あ、いえ、そんな・・・」
そんな予定無いんで・・・。
「じゃあ24日か?」
禁煙表示を無視して、会議が終わって二人しかいない会議室で煙草に火をつけた先輩のいたずらっぽい微笑みさえ、私を泣かせるには十分だった。
「・・・山口?泣いてんのか?」
煙草をくわえたままの先輩が驚いて私を見た。こんな歳になっても、涙が抑えられない時があるなんて、私は情けなすぎて、さらに泣きそうだった。
「・・・大丈夫です」
「そうはみえねーな」
「・・・お先に、失礼します」
もう、顔を上げられなかった。唯一の良かったことは、今日の仕事はこの会議で最後だったことだ。私はデスクに資料を放り投げるようにおいて、逃げるようにコートを羽織って会社を後にした。膝掛け代わりに使って椅子の背にかけておいたマフラーを忘れたけど、そんなことはもうどうでもよくて、一刻も早く家に帰りたくて、ひとりになりたくて、それなのに・・・。
「お疲れさん」
声をかけないでほしいときに、どうしてこうも声をかけてくるのだろう。
家の最寄の駅の改札を抜けて階段を降りようとした時、後ろから腕を掴まれた。
「・・・待ち伏せ?」
「うん」
待ち伏せしていたことを潔く認めるなんて・・・なんて変わっていないのだろう、この人は。
「何か用?」
いつもの私なら、睨みつけているけど、今日はどうしても、顔を上げられなかった。
「せっかくの再会だし、ご飯でも、どう?」
「今日は、無理」
「じゃあ、明日」
「それも無理」
「じゃあ、明後日」
「無理」
「じゃあ・・・」
「無理!とにかく無理なの!彰とごはんなんて、この先一生行く気ないから!」
完全なる八つ当たりだ。今の彼氏に浮気をされてて、それを目撃した日にたまたま再会した元カレに八つ当たりして、私ってなんて最低なんだろう。
「・・・ごめん」
なのに、謝ったのは私じゃなくて彰だったなんて・・・。
謝罪の言葉とともに掴まれていた腕が離されて、はっと顔を上げると、別れを突きつけた日と同じくらい悲壮な顔をした彰が目を伏せて大きな手を、握りしめていた。
「・・・ごめん、ただ、償いたくて・・・」
償う?何を?
「彰・・・今日も、明日も、無理なの。でも、時間ができたら、連絡するから・・・だから、今日は、帰るね」
目を伏せたまま、彼はゆっくりと頷いた。あの日と同じように。何の反論もしなかった。ただ黙って私の言葉を受け入れた。
「風邪、引くよ」
俯いたままの彰が、自分のしていたマフラーをそっと私の肩にかけた。
「じゃあ、また」
さっき私が出てきたばかりの改札に向かうその後姿に、今度は私が頷く番だった。
もしかしたら、今の彼氏と付き合ったことじゃなくて、もっとずっと前に、私は間違った決断をしていたんじゃない?