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桜川夫のつぶやき

 妻になった奈歩は昔から恋愛ごとには疎くて、彼女目当てに近寄ってきた男を華麗にスルーするのはザラで、玉砕した男はなぜか俺を飲みに誘って愚痴っていった。

「桜川~、進藤って鈍いのか?」

「・・・どうして俺に聞くんだ」

「だって進藤と一番仲いいじゃないか。もしかしてつきあってるのか?」

「取ってる講義が同じのが多いだけだ。第一、俺は彼女がいる」

「そうなのか?!」

「そうだ。進藤とはいい友達だ」

 進藤は、かけがえのない友人だ。男女間の友情は成立するのか?という質問に「成立する」と言い切れるほどに。

 そのはずだったのに、俺は彼女にプロポーズをして夫婦になった。でも、プロポーズの仕方を誤ったせいで俺はいまだに彼女に踏み込めない。



 今日も「いってらっしゃいのキス」をしそこねて、俺は少しだけため息をついた。

 彼女にどうやって切り出そうかと顔を見つめていたら、逆に「顔にご飯粒でもついてる?」と聞かれてしまい、キスをしたいと言える雰囲気じゃなくなり俺はそそくさと家を出た。

 今日から3日間、俺は大臣の警護をするために海外だ。彼女を一人にしてしまう。

「桜川の奥さんは寂しがったりしないのか?新婚だろ?」

「いや、彼女も働いてるから」

 出張が決まったときに既婚者の同僚に若干からかい気味に聞かれたが、俺は“一人暮らし状態”を楽しむ気満載の奈歩が好きだ。

 以前は、つきあってきた彼女たちから頼られることが嬉しかった。ところが社会人として自分がまだまだなのを知るにつけ、俺はマイペースでしっかり者の奈歩が好きなんだと気がついた。

 大学で見ないなと思ったら「桜川、久しぶり~。ちょっと短気留学行ってきた」とあっさり言ったり、「桜川は剣道やってるから時代劇も好きかと思ってさ」とよく分からない理屈で時代劇映画祭につきあわされたり。

 奈歩には驚かされることが多いけど、それが楽しい。

 将来のためにといろいろ資格を取るなど、地道に努力していたことも知っている。

 現在は、ときおりカフェに出すスイーツの試食を頼まれる。甘いものが苦手な俺にはちょっと辛いものがあるが、奈歩に頼まれると弱い。

 なんで、ちゃんと気持ちを伝えてプロポーズしなかったんだ、俺。結婚してから片思いって・・・情けない。

「桜川、なにか警護で心配な面があるのか?」

 一緒に警護にあたる同僚から聞かれて、はっとした。

「いや、大丈夫だ。頭のなかでスケジュールを確認していただけだから」

「今回は分刻みだからな」

 同僚は納得したように頷いた。

「そろそろ出発前のミーティングを始める」

 上司の声に俺は頭を切り替える。

 警護をしているときは当たり前だが一瞬でも気が抜けない。警護対象者が国や組織を代表して一生懸命仕事をしているのだから、俺たちも任務を全力で果たす。



 無事に国際会議を終えて帰国の途に着く。

「今回もありがとう。ところで桜川君、結婚したんだってね。遅ればせながら、おめでとう」

「ありがとうございます」

 大臣からの思わぬ質問に表面は簡潔に返事をする。この人は、自分の警護をするSPのことまで調べているのかと内心驚く。

 大臣はそれ以上の返答は期待していなかったようで、その後はタブレットで資料を読み始めた。

 何度か警護したことがあるこの大臣は、俺たちともすっかり顔なじみだ。いつもにこやかだが、その中身は切れ味鋭い刀で時に政局をざわつかせるようなことも言ったり、視察なども積極的に行う人だから、SPの要請が一番多い人だ。

 国民からの人気もあるし、一番総理の椅子に近いと言われているが、彼が総理になったら警護する人間は大変だろうなと俺は密かに同情している。

 大臣を車に乗せて自宅まで送り届ければ任務は終わる。

 簡単に書類の整理をして家に帰れば、カフェにいるはずの奈歩が出迎えてくれて驚く。



 聞けば、俺が帰ってくるから臨時休業にしたのだと言い、笑う彼女。

 思わず彼女をまじまじと見つめると、「ん?」という顔をして俺を見つめる。

 今ならキス、できるだろうか・・・頼むから、逃げないでくれよ?

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