結婚までのふたり
私、進藤奈歩の大学時代からの友人である桜川謙斗は、いつも真面目だが、さらに真面目さが3割増しの態度で私を待っていた。
「進藤、突然呼び出してすまない。お前に頼みがあるんだ」
「今日は暇だったからいいよ。でも借金と連帯保証人はお断りだよ」
「そんなことを俺が頼むわけないだろう」
「冗談よ。頼みって何?」
「俺と結婚しないか?」
・・・・桜川って確か警察官だっけ。学生時代から真面目で冗談が似合わなかったけど、社会人になって、さらに冗談が似合わない男になっていた。
「・・・・桜川さあ、無理して冗談言わなくてもいいんだよ?」
「俺は真剣だ」
私の返事が不快だったらしく、彼は眉をひそめる。端正な顔立ちは大学の頃からいっそう大人びている。
1年生の頃、授業で同じグループになったのがきっかけで、何事にもマイペースな私と真面目できっちりした桜川は、なぜか意気投合して友人になった。でも私と桜川は2人でいても色気のある展開なんてなったこともない。
「あのさ、普通プロポーズというのは女性として好きな相手にするものでは」
「進藤。とりあえず理由を聞いてもらえないだろうか」
「わかった。理由を聞いてあげるよ」
私が姿勢を正すと、桜川はありがとうと言って口を開いた。
「ここ最近、両親の知人から見合い話が持ち込まれるようになったんだ。それはありがたい話なんだけど、相手が軒並み専業主婦志向の人ばかりでさ」
「いいじゃないの。家に帰れば美味しい食事、適温かつきれいな部屋、たたまれた洗濯物、素敵な奥さんが待っててくれてるんでしょ?いいなー、私も嫁がほしいよ」
「でも、それは俺の求めている人じゃない」
私は思わず桜川をまじまじと見つめてしまった。てっきり従順で三歩下がってついてくタイプが好きかと思ってたのに。確か、歴代の彼女(といっても私が知っているのは大学時代からだけど)たちって皆そういうタイプだったよね。
「そんなにまじまじと俺を見るなよ・・・話を戻すぞ。俺が結婚相手に求めているのは」
「うん、求めているのは?」
「経済的に自立していて一人が平気な人だ。俺は勤務が不規則で、毎日決まった時間に帰ることはできないし、休みだってきちんと予定通りにとれるかはなはだ怪しい。
見合いで出会う確率が低そうだから、俺は考えてみたんだ・・・そしたら進藤、おまえしかいなかったんだよ」
確かに私が経営している絵本カフェは順調で、今のところ食べていけている。そして一人で行動するのも好きだ。
「私、絵本の買い付けに海外に行くこともあるから長期で家を空けるわよ。それに家事全般テキトーだし。だから桜川の歴代彼女たちのような、マメさを求められると困るんだけど」
「家事は家にいるほうがやればいい。それに俺が一番求めているものを進藤は持っている」
「私、何か持ってたっけ?」
「安らぎ。俺は進藤がそばにいるときが心身ともに一番安らぐんだ。それに大学時代の約束があるだろ?」
そこで桜川が私を見て微笑んだ。
「・・・!!あれは冗談だったでしょうが」
声が大きくならないように気をつけていたけど、まさかそれを持ち出してくるとは。
「確かにあの時は冗談だった。でも、お前の周囲だって、今はうるさいんじゃないのか?」
「・・・確かに最近は母親のもの言いたげな視線が」
「俺たち気が合うし、仲良くやれると思うが」
それは認める。私も桜川と話していると気持ちが穏やかになる。
でもさ。それだけで結婚していいのか、桜川?
大学時代の約束・・・それは「互いが29歳になっても独身だったら結婚しよう」というものだった。