友との別れ、堪えた涙
ユフィは角を曲がり、シェルターの方向へ向かった。曲がりきったその先で、生徒や教師が誘導されていた。その中に、1人のしょんぼりした少女を見つけた。
「いた・・・ルシル!!」
「・・・エミナっ!!」
ルシルの表情が明るくなった。そういえば、ルシルにはエミナと名乗っていたのだった。ルシルが嬉しそうにこちらにかけてこようとした瞬間、それを衛兵が阻止した。
「どこにいくつもりですか?」
「や、あの・・・っ!」
「大丈夫。ルシルを離して。その子は私に用があるの」
「・・・ユフィ様!」
「え・・・?」
ユフィは衛兵に駆け寄って、ルシルを阻止する事をやめさせた。しかし、衛兵の一言に驚いたのはルシルだった。衛兵がルシルの阻止をやめた瞬間、ルシルが駆け寄ってきた。
「よかった、エミナ無事だったんだね!」
「うん。ルシルも無事でよかったよ」
思った以上に元気そうなルシルを見てホッとした。しかし、その表情は曇っていた。
「あの、さ・・・エミナ?」
「・・・・・・ごめんね、ルシル。今まで、ずっとあなたのことを騙していたの・・・」
「え・・・?」
「私の名前は、エミナじゃない」
その瞬間、ルシルが大きな衝撃を受けた表情になった。それでも、ユフィは構わず言った。
「私は・・・天空塔、オルメス第一賢者、ユフィ・アローネ。私の名前はユフィなの」
「ユフィ・・・?あの2年前に、天空塔から姿を消しちゃったって言う・・・あの、オルメス最強賢者の?」
そんな風に思っていてくれたことに対し、嬉しい気持ちの半面、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめんね、ルシル。あなたのことを、ずっと騙していて・・・」
「う、ううん!そんなの気にしないよ!全然!」
「・・・ありがとう」
ルシルに微笑むと、ルシルはもっと寂しそうな表情をした。
「ねぇ、エミナ・・・じゃない、ユフィ?」
「・・・ルシル、よく聞いてね」
ユフィはルシルの言葉を多少遮った。ルシルの不安げな瞳がこちらを捉えても、正面から見つめられない。その不安を、消してあげることはできないから。
「ルシル・・・私は、天空塔へ帰らなきゃいけない。姫様からの命令なの。それだけじゃないけど」
「な・・・っ!?」
「だから、ルシルとはここでお別れなの。2年間しか一緒じゃなかったけど、あの・・・すごい、楽しかったよ・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
ルシルはユフィの両手を掴んだ。
「待ってよ!そんな・・・そんな姫様の命令って絶対なの!?」
「・・・そうだよ。絶対だ」
その言葉に、ルシルは絶句していた。
「姫様の命令には逆らえない・・・いや、逆らわないの。たとえどんなに理不尽でも、私たちは姫様を裏切るわけには行かない。どんな命令でも絶対に従うの」
「何で・・・なんで、そんなっ!」
「姫様がいるから、今の私たち一般市民は生きていけるんだよ?」
その言葉に、ルシルははっとした。同時に、とても寂しそうな表情をした。
「・・・姫様たちが私たちを助けてくれる。どんなにつらいときでも、それを怠ったことは無い。だったら、それに私たちが答えなきゃいけない。私たちは、それを重々承知している。だから、逆らわないの」
「・・・・・・わかっている」
「・・・ごめんね、ルシル」
「ううん・・・。ユフィ、が悪いわけじゃないの、わかっているから・・・」
そう言ってルシルはそっとユフィの手を離した。そんなルシルの手を、反対にユフィが掴んだ。ちょっと驚いた表情をしたルシルに、精一杯、今できる笑顔を浮かべた。
「私は、小さいころから天空塔にいて・・・ここへ来て、初めてできた女友達は、ルシルなの」
「え・・・?」
「あの時、ホントに不安だった・・・。でも、ルシルが話しかけてくれたから、私やっとここに馴染めたの。全部全部あなたのおかげなの。本当にありがとう、ルシル」
心のそこからの礼だった。本当に、勝手にオルメスを辞め、天空塔を後にし、後も先もわからない生活を始めようとしていたユフィ。不安な毎日から、救ってくれたのはルシルだったから。
「あなたに出会えて、本当に良かったよ・・・。今までありがと、ルシル」
「ユフィ・・・」
「絶対、忘れないから・・・。大好きだよ、ルシル」
ユフィはにっこりと微笑んだ。これが、今できる最大のことだから。天空塔に帰れば、もうここへ来ることも無いかもしれない。ここで会えるのが、もう最後かもしれないから。
そんな終わりに、涙だけは見せられない。せめて、笑っていたかった。するとその意図を察してくれたのか、はたまた本当にルシルがそうしたかったのか・・・。わからないけれど、ルシルもにっこりと微笑んだ。
「うん・・・私も、大好きだよ!」
ルシルの笑顔が、嬉しくて申し訳ない。ユフィはそっとルシルから手を離す。
「ユフィ様、そろそろお時間なのですが・・・」
「問題ないわ。行ける」
ユフィはそっとルシルに背を向けた。これ以上、あの瞳を見つめてはならない。ユフィはそのまま歩き出す。
「・・・がんばってね・・・あなたはいつまでも、私の友達のエミナだよ!!」
その言葉に立ち止まりそうになるのを必死に堪えたユフィは絶対に、振り返ることはなかった。
正門の前で、大勢の衛兵と共にたつ2人を見つけた。
「準備はできたのか?」
「・・・うん」
「じゃあ、行くぞ」
ウィオールとユイルの後に続いてユフィは歩き出す。そしてその瞬間――――。
「がんばってね!エミナ!!」
「え・・・?」
驚いて振り返った途端、驚きの光景が目に入った。
目の前に広がるのは大きな校舎。その窓という窓を埋め尽くす人。全員、顔見知り―――。
「がんばってね、エミナ!」
「応援しているよ!!」
「行ってらっしゃい!!」
そんな光景と声が響いてくる。沸き起こっているのは歓声だった。
「す、すげぇ・・・」
後ろのほうからウィオールが感嘆の声を漏らした。これには、ユフィも声が出なかった。こんなこと、何で・・・。
「ユフィは人気者だね?」
「え・・・?」
そうだ。この歓声は、すべてユフィにかけられているものだ。この歓声1つ1つは、ユフィを応援するものだった。けれど、みんなエミナと呼ぶ。じゃあ名前は知らないことになるが―――。
「何で・・・こんなことになっているわけ?」
何でかがわからないのだ。もしかしたら、ということはあるのだが、確信はない。
「ユフィのこと、心配してくれてるんだろうね?答えてあげないの?」
「え・・・?」
ユイルの言葉にはっとした。校舎を見つめるとみんなが笑顔でこちらを見ていた。そこで、はっとした。校舎の真ん中あたりの窓。そこに、いた―――。
「・・・・・・ルシル」
「元気でね!・・・エミナッ!」
笑顔で手を振るルシルを見つけた。・・・そっか。
「全く・・・やっぱいいわ。敵わない」
「なんか言ったか?ユフィ」
「・・・ううん。なんでもない!!」
ユフィは笑顔でそういうと、校舎へ向かって大きく手を振った。
「じゃあね、みんな!!」
ユフィの声が届いたのか校舎からまた大きな歓声が響き渡る。ユフィは手を振るのをやめた。でも、歓声が止むことはなかった。
「・・・行こう、ウィル、ユイル」
「・・・あぁ」
「そうだね」
3人は校舎に背を向けた。
天空塔衛兵団、組織名オルメス。
天なる名を誇る者、第一賢者ユフィ・オルメス・アローネ。
―――もう一度、その地位へ戻るため、もう振り返りはしない。