幼なじみ
「さて、落ち着いた?」
「うん。大丈夫」
ユフィは少しだけ鼻を啜った。思いっきり泣いたのは何年ぶりだろう。ここはユフィの通っていた高校の一室。そこでユフィ、ウィル、そしてユイルの3人で話し合いが始まった。
「にしても・・・言い方が悪いが、何で生きてるんだ?ユイル」
「本気で聞き方わるいな・・・」
多少呆れ顔になりながらも、ユイルは答えた。
「俺にもわからない」
「・・・はぁ?」
「え?わからないの?じゃあ今の今まで何してたの?」
「さぁ・・・?気がついたらあの崖の下にいたんだ。で、生きてるな~と思ったから、剣使って崖から上がったらアラ不思議。元の世界に戻ってました」
「そんな楽しい話じゃないだろっ!?」
なぜか楽しそうに語るユイルに思いっきり突っ込んだウィル。確かにまぁ、楽しい話ではないだろうに。
「じゃあ、この2年間の記憶とかないの?」
「あぁ。落ちたことは俺も覚えてるんだ。あのとき死ぬなぁとか思ったんだけど・・・。気がついたらまだあの崖の下にいてさ・・・。姫様たちの結界が見えたから、死んでないんじゃないかって思って、そうしたら案の定生きてたんだ」
「ふ、不思議・・・」
「だよな?」
ユイルは苦笑を漏らした。なぜそんな簡単に話せるのも不思議なのだが・・・。
「で?ユフィは聞いた話、いつのまにかオルメスやめてたんだって?何で?」
「な、何でって・・・っ!」
ユイルに唐突に聞かれて戸惑った。これは、本気で言うわけには・・・。
「ユフィはさ、お前が死んだと思ってたからな。お前を自分が殺したっていって、勝手に出ていった」
「・・・それホント?」
「だああぁぁっ!ウィルのばかあああぁぁ!!」
こんな状況で言う台詞じゃないだろうに!当のユフィは当然真っ赤。恥ずかしくて死にそうだ。が、言った本人のウィルは舌を出して楽しそうだった。
「ユフィ・・・」
「や、ちょ!た、確かにそうなんだけど・・・って、勝手に言っちゃったああぁ!何でこうなったの!?お前のせいだっ!!え!?何で!」
「落ち着けよ、ユフィ」
完全にパニック状態に陥ったユフィをとりあえずなだめる。10秒ほどたってやっとユフィが落ち着きを取り戻した。
「あんた、あとで覚えときなさい・・・っ」
「はいよー」
とりあえず勝手に返事を返す。するとユフィが、眼力で人を殺せる位の勢いで睨んできた。これにはちょっとだけひやっとした。
「ユフィ、そんな怖い顔しないの」
「だってぇ・・・」
「それと、ありがとう」
「・・・っ」
ユフィは真っ赤な顔をしたままそっぽを向いた。そんなユフィを、いとおしげに見つめる2つの視線。
「で、お前らこれからどうするつもりなんだ?」
「単に、俺は死んだことになってるから、とりあえずこのまま直で姫様たちの所に行っていいのか・・・」
「あ、ごめん。姫様たちには連絡つけた。ユイルが生きてたって」
「いや、早いな・・・」
「ちなみにだが、ユフィのこともすでに報告してある」
「・・・・・・アホっ!?」
ユイルは苦笑を漏らすだけで澄む。だが、ユフィはそうもいかなかった。
「ちょっと、ちょっと!何してんの!ダメじゃん!」
「何でだ?お前、まさかこの期に及んでまだここにいるとか言いやしないよな?」
「いや、そうじゃなくて・・・。だって、私・・・」
「さっきも言ったはずだ。俺だけじゃない、兵も、職員も、姫様も!みんなお前の帰りを待ってるんだ。隊長たちだってそうだっただろ?死に掛けてる衛兵を起こしたのはお前なんだぜ?」
ウィオールの言葉に、ユフィは黙った。確かにこの期に及んでここにいるとは言わない。だが、そう簡単に天空塔に帰れるとも思っていないのだ。みんながユフィの帰りを待っていようと、結局の話無断でこの2年間天空塔を後にしている。今さら戻って、そんな状態で―――。
「やり直し食らっても、お前ならすぐ上がってくるだろうしな」
「当たり前だよ。途端にオルメスからスタートとかは無いと―――」
「お話中失礼します、ウィオール様」
「どうした?」
突如ノックされたドア。そこから入ってきたのは小さなモニターを抱えた衛兵。
「さきほど、ラウティリア様から電話が入りました。すぐにウィオール様につなげて欲しいとのことです」
「そうか、わかった。つなげてもらえるか?」
ウィオールの言葉に、衛兵の青年はてきぱきと動く。そしてすべての準備が整ったであろう瞬間に、モニターが明るくなった。
『ウィオール?聞こえるかしら?』
「はい、聞こえているし見えていますよ」
『うまく接続してくれたみたいね』
モニター越しに微笑むラウティリア。その両隣には残る2人の姫君もいた。
「どうかなさったんですか?」
『あなたから連絡をうけたんだけど、どうにも自分たちの目で確かめないかぎり納得できなくて・・・とりあえずユイルは?』
「ここに」
ユイルはそういってウィオールの隣に並んだ。その瞬間、3人の姫君が驚愕の表情を浮かべた。
『あら・・・本当にユイルなの?別人じゃないわよね?』
「はい。ユイル・ファラジオ。ただいま生還いたしました。長らくご迷惑とご心配をおかけしました、姫様方」
『あら、ホントにユイルだ・・・』
『ユイル、元気そう、だね・・・?』
「はい。ご無沙汰しております、エルリオ様、サフィナ様、ラウティリア様」
『元気そうね、ユイル。2年越しだけど無事でよかったわ』
ラウティリアの言葉に、ユイルはにっこりと微笑んだ。
『さて・・・もう1つの本題。・・・ユフィ、出てらっしゃい』
「・・・・・・」
ユフィは少しだけ戸惑ってから、モニターの前に躍り出た。
「・・・ご無沙汰、しております。ラウティリア様・・・」
『あら、何でそんなことになってるのかしら?顔が怖いわよ?』
「いえ、そんな・・・」
ユフィはしどろもどろになりながら答えた。こんな形で相対するとは思っていなかったこともあり、そして今までが今までだったために余計に接しにくい。
『ユフィ、あなたまさかこの2年間のこと・・・かなり引きずっている?』
「う・・・っ」
『ふふっ。図星ね』
ラウティリアはにっこりと微笑んだ。2年前と一切変わることの無い、美しい、艶のある笑みだ。
『ねぇ、ユフィ?あなたはこの2年間で、何を思ってきたの?』
「え・・・?」
何、といわれても・・・。具体的に何を言えばいいのかわからない。
「あの・・・ラウティリア様?」
『・・・ウィオール、こっちからじゃ話しにくいわね?』
「え・・・?」
『ウィオール、ユイルとユフィを天空塔へ連れて来なさい。特別謁見室で待っているわ』
ユフィは耳を疑った。
「ちょ、待ってください!ラウティリア様―――」
『ユフィ、いいかしら?これは私からの命令よ』
その言葉にドキッとした。ラウティリア直々の、命令―――。
この世界に生きる者にとって、絶対的な存在が姫君だ。姫のことあらば、逆らえない。姫の命令は絶対だ。
『・・・返事は?』
「・・・・・・はい。あなた様の、仰せのままに」
『それでいいのよ。じゃあ、待っているわ』
そういって、ラウティリアは一方的に通話を閉ざした。その瞬間、ユフィが盛大にため息をついた。
「やばい・・・ラウティリア様怖い・・・」
「あの人は昔からあんなんだろ」
「変わらないね、ラウティリア様も」
「どうしよぉ・・・。もう何かそっち行きますってことになってるよ・・・」
ユフィは大きく肩を落とした。
「でも、何でユフィはそんなに戻る事を嫌がるんだ?」
「別に嫌とかそういうんじゃなくてだね・・・」
行くのが嫌なわけではない。ただ単に、後ろめたさを感じているのだ。
「私は、元オルメスの1人。そんな地位にいた人が勝手に出て行って勝手にただいまなんて・・・そう簡単には言えないよ。みんなにも迷惑かけてるだろうし、あわせる顔なんてない」
「だから、堂々としてればいいじゃないか」
「・・・話が通じてないよ?ウィル」
そういわれても困るものだ。それに、今の話を続けてどうやって堂々としろというのだろう。そうすると、隣でユイルが笑った。
「何で笑うの?ユイル」
「いや、ウィルは昔から文章表現力無いなぁと思って」
「な・・・っ!大きなお世話だっ!」
「でも、今のこと、ユフィにはちゃんと伝わってないようだけど?逆に誤解招いてるし」
「どういうこと?」
きっとウィオールの言ったことがユイルにはちゃんと伝わっているのだろう。どういうことか問うと、ユイルは微笑んだ。
「ウィルはちゃんとユフィの事を心配してくれてるってこと」
「・・・?」
「ユフィは心配しなくていいって言ってくれてるんだよ。みんながいつもついていったのは堂々としているユフィだった。変に心配しなくても、俺たちがついているし。ユフィはユフィらしく、素直に言葉に甘えなよ。みんなちゃんと待っていてくれたんだよ?ユフィのこと」
ユフィはしばし言葉をかみ締めて・・・そっとウィルを振り返った。
「・・・それホント?」
ユフィが聞くと、ウィルは何も答えなかった。代わりと言ってはなんだが、ユイルがずっと笑い続けていたし、ウィルの顔が・・・心なしか軽く赤かった。それだけで、よかった。
(悩まなくていいって言ってくれているんだね・・・)
「ありがと、ウィル」
「別に。ユイルが勝手に解釈しただけだと思うが?」
「なら変に隠すなよ、可愛くないな」
「大きなお世話だって言ってんだろうがっ!」
2人そろって軽い口論が始まった。こんな光景を見るのも、いつ振りだろう・・・。
(あの日は朝から忙しくて・・・話す暇さえなかったんだっけ?戦いに行ったら、ユイルが崖から落ちてさ・・・もう、私まで死のうかと思ったくらいだったよ・・・?)
そっと思い返してみると、胸にこみ上げる悲しみ。あの日の事を振り返ると、胸が苦しい。でも、また3人はこうしてそろうことができた。奇跡であろうと何であろうと関係ない。またここに、幼馴染3人が揃えたから――――。
「・・・どうした?ユフィ」
「え・・・?」
問い返した瞬間、頬を暖かいものが伝っていった。はっとして頬に手を当てると、小さな雫が乗っていた。
「わぁ・・・こんなことってあるんだ」
「いや、そうじゃなくて・・・。なんかあったか?」
「ううん。そんなんじゃない。そうじゃなくて・・・」
ユフィは両方の目元を拭った。しかしそれが逆効果だった。あふれ出てくるものが、だんだんと止まらなくなってきた。
「だってね・・・っ。もう、無理だと思ってたんだもんっ。こうして、私たちが揃うことは、もうないって・・・二度と私たちは会えないんだって、ずっと思ってた・・・っ。ユイルはいないし、ウィルに会いに行くことも、できなくて・・・っ!だから、こんな風に、またそろえたことが、嬉しくてさ・・・っ」
笑いながら涙を流すとはまた器用なことができたものだ、なんて事を思いながら言った。本当に、この2年間は―――寂しかった。
「新しい友達ができても、全然心の穴は、埋まらなかった・・・っ!私、やっぱりユイルとウィルと一緒がいいや・・・っ」
「ユフィ・・・」
「やぁ・・・ごめんよ」
ごしごしと目をこする。やっとのことで止まってきてくれた。そっと安堵の息をもらしたその瞬間―――頭と肩に、暖かいものが触れた。
そっと顔を上げてみると、2人と視線が合った。
「ばーか。それはこっちの台詞だ」
「長らく、1人にさせてごめんよ、ユフィ」
「・・・・・・うんっ!」
その言葉に、ユフィは笑顔を浮かべた。やっぱり、こいつらは変わらない・・・。
「ありがとう・・・ユイル、ウィル」
「気にするな」
「ユフィ、もう行ける?」
「・・・あっ!ちょっと待って!」
ユフィはここで大切な事を思い出した。
「忘れ物か?」
「ん~・・・。そんな感じ!お願い、正門で待っててくれない?」
「別に構わない。お前の準備が出来次第出発でいいな?」
「大丈夫!」
ユフィはそれだけ言うと部屋を走り去っていった。
「やれやれだな・・・」
「でも、ウィルすごい楽しそうだけど?」
「・・・・・・」
「ごめん、ごめん!」
物すごい形相で睨まれた。ちょっと背に冷や汗が通るほどだった。
「あのなぁ、ユイル。この2年間。俺を楽しくさせないようにしてたのはどこのどいつだ?」
「さぁ?誰だろうね?」
「・・・・・・」
「はい俺です!ごめんなさい!あとユフィ!変わりにごめんなさい!!」
さっきよりも恐ろしかった。ふざけが過ぎたかもしれない。ウィルは盛大にため息をついた。
「全く・・・多少は変わってくれてもいいものを・・・」
「変わったほうがよかったか?」
改めてユイルにそういわれたウィルは、しばし迷った。口走ったはいいが、それは―――。
「・・・いや、今のは俺の負けだな」
「じゃあお互い様だ」
ユイルはそういってウィルの肩をたたいた。
「変わっていい事もある。もちろん変わらなきゃいけないものも。でも、変わらずに永遠にそのままでいいことだって、あるよな?」
「・・・はいよ」
ウィルは苦笑を漏らした。そういえば、ユイルには口げんかで勝ったことが無いのだった。本当に、このあたりも昔のままだ。
「ま、いっか・・・」
それでもそれが・・・今この3人が変わらないことが、ウィルにとって何より嬉しいことなのだから。