奇跡の訪れ
「よかった・・・思ったより被害は無かったんだね」
「あぁ。衛兵の負傷者も最低限だろう。助かったよ、ユフィ」
「そんな、お礼なんていわないで、ウィル」
ユフィは照れたように微笑んだ。
「でも、すごい・・・。正直もっと鈍ってると思ってた。体は覚えてたんだね・・・」
「あぁ。昔と変わらず、お前は強いな?」
「いやいや、ウィルだってすごい強くなってるよ。2年も会わないと違うね」
ユフィの言葉が純粋に嬉しかった。すると後ろから声をかけられた。
「ウィオール様!」
「どうした?」
「たった今入った情報です!実は・・・」
衛兵の言葉が一瞬つまった。何事かと思うと、衛兵は信じられないことを言った。
「さきほど払ったクロウの群れのほかに、あと一体のクロウらしきものの反応を確認したため気をつけろと、ラウティリア様から連絡が!」
「何だとっ!?」
その言葉に、思わず耳を疑った。まさか、まだクロウがいるというのか?思いもよらない一言に場が緊迫する。この世を守る姫、ラウティリア。あの人の通告は、外れない。だからこそ、尋常じゃない緊迫感がある。
(どこにいるの・・・っ!?)
辺りにはいない。身を隠しているのか・・・。だがどこに!?
「くそ・・・っ!どこだ!?」
場の空気が重い。だが―――。
(・・・・・・確かに、何かいるわ)
微かな気配を、ユフィは感じ取っていた。ここには、何かがいると。
(どこだろう・・・)
ユフィはあたりを見回した。大体の予想さえつけばいいのだが―――。
グラウンド中央に対し、一瞬だけ背を向けたその一瞬――――。
「・・・ユフィッ!!」
ウィオールの声に反応して、咄嗟に背後を振り返った。
(嘘・・・っ!)
一瞬の警戒の怠り。それが最悪の事態を招いた。ちょうどユフィの背後。そこに、黒い日取るの影が跳びかかってきた。剣は下げている。咄嗟のことに誰も動けない。体を捩るのが精一杯だ。
(まずい・・・っ!)
これ以上回避はできない。誰も、ユフィを守れない。ユフィが大きく目を見開いた。助からない。攻撃を受ける覚悟をした、その瞬間―――――。
「大丈夫だ」
そんな声が聞こえたかと思われた次の瞬間、ユフィの前にふわりと影が舞い降りた。それだけではない。影が見えたその瞬間に、ユフィは何かに引き寄せられた。暖かい、そしてどこか懐かしい者に。
―――え?
視界が一瞬だけさえぎられたものの、すぐに晴れる。すると、驚きの光景を見た。
ユフィに迫っていたはずのクロウが、いつの間にか消えていた。
「え・・・?」
驚いた声を上げた瞬間に、ふわりと漂ってきた何かの香。とても、懐かしい香がした。ユフィは今、誰かに守られた。しかも、その腕の中で。誰かと思い顔を上げてみた瞬間に、呼吸が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
(・・・嘘でしょ?)
心でしかいえない。言葉に出せないほど胸が苦しい。見上げたそこには、優しい笑みを浮かべた長髪の青年。薄紫の髪をたなびかせ、しっかりとユフィを守っていた。一切言葉を交わすことは無い。いや、交わせないのだ。
「お、前・・・?」
遠くでウィオールが驚いていた。声がとてもかすれている。が、それもちゃんと耳には入ってこない。今ここで起きていることが、現実であると誰も受け入れられていないから。夢だとしか思えない。
だってそう・・・ユフィを守っている青年は、絶対今、この世に存在していないはずの人間なのだから――――。
「あなた、は・・・」
やっとのことで言葉を言う。そんなありきたりた言葉しか出てこない。もしかしたら自分はクロウにやられたのかもしれない。死んだのかも・・・。だったら、会えるよね?
「どうした?」
「・・・っ!!」
突然かけられた声に胸が高鳴った。その瞬間――――ぶわっと涙が溢れてきた。もう、忘れようと思っていたのに・・・。
「あなたは、誰!?何で・・・なんで、あの人と同じ声なの・・・?顔もそっくりなの?」言葉が嗚咽となって出てくる。こんなことして欲しくない。諦めていたのだから。ここにいるはずがないのに――――。
――どうして、目の前で今ユフィを守ってくれた人が・・・ユイルなのだろう?
「何で・・・なんであなたがここにいるのっ?」
涙目でユフィは訴えた。夢なら覚めて欲しい。こんな夢いらない。もう・・・だってユイルは・・・っ!
「俺が・・・誰に見える?」
「え・・・?」
「ねぇ、答えてよ、ユフィ・・・」
「・・やめてよっ!」
その声で、呼ばないで欲しい・・・。その声で呼んでくれるのは、ユイルだけなのに!
「やめてよ・・・ユイルの声で、私を呼んじゃダメ!お願い・・・もうやめてよ・・・っ」
「ユフィ・・・」
「わからないのっ!?」
ユフィはもう堪えられなかった。相手の胸倉を掴み、厳しい口調で言った。
「ユイルは死んだのよ!?2年前のクロウの戦いで、崖から落ちて死んだの!それを私もウィルも見てるわっ!今さら、ユイルが返って来るはずがないのっ!お願いだから、これ以上はもうやめて・・・っ」
嗚咽が抑えられない。どうして今日はこんなに苦しいのだろう。夢も見た。これも夢だというのだろうか?何で、自分だけこんなに苦しまなければならないのか?2年間もずっと、この痛みを抱えて生きてきた。悲しくても泣かなかった。ユイルはもういない、そう自分に言い聞かせ続けてきたのに、今さらまた・・・どうしてこんな形で思い出させるのだろう?お願いだから、もうやめて・・・っ
「顔を、あげてくれないか?」
唐突に言われたその言葉に、素直になれなかった。それでも、知らない相手なら・・・もしもそうであったなら、それは失礼なことかもしれない。だからこそ・・嫌でもしなければならない。ユフィはそっと顔を上げた。その瞳と、なるべくあわせないように。
「・・・・・・答えて、あなたは誰?」
そう問うと、青年はそっとユフィを軽く離した。でも、その手だけは離さなかった。
「ユフィ・アローネ、だよね?」
「・・・えぇ。それがどうかしたの?」
「変わらないね、ずっと・・・」
その言葉に、絶句にも似た、悲鳴めいたかすれた声が出る。そんな事を言われると思っていなかったから。
「ねぇ、こっちにきなよ、ウィル」
「・・・っ!」
ウィオールも驚いた声を上げた。それは―――。
「何で、それを知ってるの・・・?『ウィル』は、私たち幼馴染しか呼び合わない名前なのに・・・」
ユフィはウィオールのことをウィルと呼ぶ。それは小さなころから一緒だった、幼馴染だからこそ呼べる名前なのだ。ほかの誰が誰であろうと、ウィオールをウィルと呼ぶのは、ユフィとユイルだけだったはず・・・。すると青年はにっこりと微笑んだ。
「その気持ちはわかってる。信じられないのはわかってる。でも・・・信じてくれないか?ユフィ。俺がウィルって呼ぶのは・・・ユフィとウィルの・・・幼馴染だからなんだって」
「・・・だって、だって・・・ユイルは、死んだじゃない・・・。崖から堕ちた。私もウィルも見たのよ?何で、ここにいられるの・・・?ユイルは、死んでなかったの・・・?」
堪えていたものが再びあふれ出す。目頭が熱くなり、ぽろぽろと涙がこぼれだす。嘘だ、そんなことがあるわけ―――。
涙を流し始めたユフィの目元に、青年はそっと手をやる。優しい手つきで、その涙を拭ってくれた。
「・・・約束、覚えてる?」
『約束・・・?』
ユフィとウィルは同時に声を上げた。青年はにっこりと微笑んだ。
「この世界に生きる人々を救おう」
その言葉に、2人ははっとした。2人の脳裏には同じ情景が繰り広げられているはずだ。夕焼けのとき、ユフィの家の前で3人で誓った約束があった。子どものときからオルメスを夢見てきた3人が、かわした約束―――。
「誰かが苦しむことが無いように・・・」
「1人でも多くの人を救いたい・・・」
「自分たちを待ってくれる人がいるのなら」
『自分の命が尽きるまで、この世界を救い続けよう』
3人の呼吸が会った。声がとても綺麗に重なる。ただ他人に、ここまですることはない。何よりもあの日の約束を、覚えていることが何より物証拠。ユフィは顔をゆがめた。ウィルも泣き笑いみたいな表情になる。
「・・・・・・本当に、ユイルなの・・・?」
声が震えて仕方が無い。涙も嗚咽も止まらない。本当は信じられない。でも―――。
「・・・ただいま、ユフィ、ウィル」
にっこりと微笑んだ彼の顔は、ここにいる2人が誰よりも見てきた。忘れるわけが無い。片時も忘れられなかったその眩しい笑顔は、変わらなかった。
気がつけば、ユフィはユイルの胸で声を上げて泣いた。そんなユフィを必死になだめるユイル。そんなユイルの背を思いっきりたたくウィル。その瞳は、多少潤んでいた。
奇跡とはまさにこのこと。
決してもう、元には戻らないと思っていた。
バラバラになったはずの3人が、心も体もまた1つに戻った瞬間。
これこそまさに、本当に奇跡が起こりえた瞬間だった――――。