再来の友
「お前・・・・・・なんで、ここに?」
青髪の青年、ウィオールはやっとのことで言葉をつむいだという感じだった。目の前で起こっている出来事に、やっと自分を取り戻したルシルが不審を抱いた。
「あの、エミナ・・・?」
「エミナ?」
ウィオールはその名前に不審を覚えた。
「あの、あなたは?」
「俺はウィオール。天空塔のオルメスの1人だ」
「嘘!あなたが!?」
ルシルはとてもホッとしたと同時、表情が歓喜に満ちていた。オルメスの1人なんて、あえるだけで康永なのだ。それは姫君にあうのと同じくらい名誉なこと。
「た。助けに来てくれたんですか!?」
「あぁ・・・。だが少し、その前に問いたい」
「はい、なんでしょう・・・?」
「この人は―――」
「やめて・・・」
「エミナ・・・?」
突然言葉を言ったエミナに、ルシルは不審を覚えた。エミナはうつういたまま、言葉をさえぎった。
「ごめん・・・ごめんね、ルシル。でも、それ以上は、もうダメ・・・」
「何言ってるの?」
「・・・・・・答えろ」
ウィオールは落ち着いた声をエミナに向けた。エミナの肩が微かに震えていた。ルシルは不審に思っているものの、声がかけられない。なぜかわからない。ウィオールは、エミナに何を言おうと―――。
「答えろ、お前の本名を」
「え・・・っ?」
ルシルは呆気に取られた。何を言っているのかわからないといったような戸惑いの表情を浮かべる。
「あの、ウィオール様?この人は―――」
「ルシル!」
「な・・・何?」
突然声を上げたエミナにルシルは動揺を隠すことなく問い返す。
「なんなの?何が起こってるの?」
ルシルの言葉に、エミナは答えない。しかし、もう一度口を開いたとき、その瞳には今までとは違う何かが宿っていた。
「ルシル、先にシェルターに行ってて」
「な、何言ってるの!?危ないよ!一緒に・・・」
「行きなさいっ!」
エミナの声にルシルはびくりとした。こんなにエミナが声を荒げたことが無かったから。いきなり命令的な口調になってしまったことに対して、腹が立つわけではない。ただ、不思議なのだ。
(何で・・・?)
エミナにこんな事を言われたのは初めて。けれど、今の言い方は・・・命令形だからではない。一緒に行きたいといえば、きっと口論にはなる。けれどその言葉すら出てこない。言い返せない。この言葉に、逆らうことができないのだ。常日頃から、何か物を言う立場の人間で無い限り、今のような言葉は出てこない。何よりも、エミナの言葉を、断れないわけが無いはずなのに。いいえといえない。素直に従わなければならない。そんな気がして―――。
「・・・・・・後から、絶対来てよ?」
「わかってる!」
ルシルは仕方が無く立ちあがるとシェルターへ向けて走った。途中何度か振り返ってみたものの、エミナはただこちらを見つめているだけだった。
ルシルが角を曲がり、無事シェルターの方向へ言った事を確認し、エミナはウィオールと相対した。互いに会話の無いこの状況。先にこの静寂を破ったのは、ウィオールだった。
「答えてくれ、お前は・・・」
「聞かなくても、わかるでしょ?」
エミナはちょっとだけ微笑んだ。変わりに、ウィオールには驚いたような、それでいてとても嬉しそうな曖昧な表情を浮かべた。そんなウィオールに、エミナは静かに言った。
「・・・2年ぶりだね、ウィル」
「・・・全く、どこで何をしているのかと思ったら・・・こんなところにいたのか。ずっと探させたな?・・・ユフィ」
エミナは――――ユフィと呼ばれたその少女は、優しく微笑んだ。
「2年間も、ずっとここに居たのか?」
「うん。ウィルは変わらないね。ずっとずっとオルメスのままなんだね」
「あぁ・・・。お前だって、本来はそうだっただろう?」
「そうだけど・・・でもまぁ、ね」
そっと微笑む少女。ユフィと呼ばれた黒髪の―――。彼女こそが、そうなのだ。
オルメスの中で最大の力を誇り、唯一の女剣士。オルメス第一賢者、ユフィ・アローネ
「・・・俺が言いたいことはわかってくれるよな?」
「わかるけど・・・私にはできないよ」
「なぜだ?」
ウィオールが少しだけ足を進める。ユフィは立ち止まったまま、ウィオールは正面から見つめて言った。
「私は、オルメスを裏切った。今さらどんな顔してあそこに行けって言うの?そんなの無理よ・・・」
「・・・今のオルメスは、お前も・・・ユイルもいなくなって、かなり戦力が落ちぶれた。俺だけじゃ足りない。お前の力が必要なんだ!ユフィ!」
「必要としてくれることは嬉しいよ?でも・・・私は―――」
「お前は、オルメスを裏切ってなんか無い!少なくとも、俺たちや天空塔で働く衛兵、職員、そして・・・姫様たちは、今でもお前の帰りを待ってるんだっ!」
その言葉にユフィは驚いた。
「今でも、待って――?」
「そうだ!姫様たちは、お前の事を探してる!お前が返って来る事を、この2年間ずっと信じ続けてるんだっ!その気持ちを知った以上、これに答えないほうが裏切りだぞ!ユフィ」
ユフィは決まり悪そうにウィオールから視線を外した。とても、迷っている表情だ。
(どうすればいいの・・・?でも、私は自分の意志でオルメスから去った。なのに・・・また戻って彼らの指揮を取る?そんなことできない・・・でも・・・っ)
浮かんだのはルシルや友達の顔。教師、職員、衛兵、姫君たち、そして――――。
――やらなきゃ、ユフィ。
「・・・っ!」
今の、声!聞き覚えがある。ずっとずっと聞きたかった声が、ふと脳裏を過ぎった。
(やらなきゃ・・・?)
「頼む、ユフィ!」
ウィオールはユフィの肩を掴んだ。翡翠の瞳がこちらを見つめる。
(こいつの目って・・・揺らぎがないよなぁ・・・)
誰かを守るため。それがオルメスの仕事だ。こいつは・・・この世界に生きる人を守るために今も戦前に赴く。そんなウィオールが、こちらに助けを求めるのだ。紛れも無い、ユフィ自身に。
(どうすればいい・・・?ユイル・・・)
心の中で問うても返って来るはずが無い。それでも聞きたかった。
「お前しか頼れない。お前が必要なんだ!!」
揺るがないウィオール。揺らぎ続けるユフィ。ユフィは唇をかみ締めた。
(・・・・・・・私だってっ!)
守りたい。この世界の人を。たとえ、それで罪人だと罵られようと、守りたいのだ。自分の手で!揺るぎたく、ない。
「・・・世界を守ろう」
「え・・・?」
「私たちの、口癖」
ユフィはにっこりと微笑んだ。すると、ウィオールの表情が軽くなった。
「ウィル、確か双剣だよね?片一方貸してくれる?」
「・・・あぁ。お前がちゃんと扱えるならな」
ウィオールはそういって片一方の剣をユフィに差し出した。ずしっとした重みが手を包む。懐かしい感覚だ。
「敵数は?」
「群れだから数え切れていないが、ざっと50」
「そう。見たところ、衛兵の数が70程度。実力的には不利かな」
「お前、見てたのか・・・?」
ユフィはにっこりと微笑んだ。さっきルシルといたときに通った護衛隊。昔ながらの癖で、つい数えてしまっていた。
「ま、私とウィルが入るから、勝てるかな?」
「・・・勝ってくれよ。今さら鈍ったは許さないぜ?」
「今の言葉を聞いて、どこ鈍ったか教えて欲しいわ」
ユフィの言葉にウィオールは微笑んだ。
「さ、行くぞ」
「了解」
2人はそろって駆け出した。グラウンドの方向、クロウの群れへ向けての決戦が始まる―