迫る危機、迫る影
「エミナ、今暇?」
「うん、暇だけど?」
「購買ついてきて!早く行かないとパン消えちゃううんだよ~」
「はいはい、わかってるよ」
エミナは苦笑いを浮かべて立ち上がった。ルシルの隣を早足で歩きながら、学校の購買へ向かう。
「あ、人がすいてる!ラッキー!」
ルシルは一目散に駆け出した。そんな背を、エミナは楽しそうに見つめた。
(ホント、食い意地が張ってるんだから・・・)
エミナはそれと同時、ある事を思い出した。
(そういえば・・・食い意地張ってるって行ったら・・・あいつらもそうだった)
ふと思い出した顔を、思いっきり振り払った。
(わけわかんない・・・なんで今さら・・・っ)
出てくる思考を必死でどこかへ追いやる。これは思い出してはいけないこと。こんな事を思い出す権利など、自分はない。もう、忘れなければいけない過去なのだ。この過去に無視離れ続けて、この2年を過ごしてきた。苦痛のこの2年という短い歳月。
(まだ忘れられないの・・・っ?こんなこと、覚えてる権利なんて・・・私にありはしないのよっ!)
エミナは大きくため息をついた。
「どしたの?」
「わぁっ!?」
顔を上げると、両手にパンを持ったルシルがたっていた。
「ぶっくりしたぁ・・・」
「ごめん、でも・・・エミナがぼぉっとしてるから・・・」
「え?ぼーっとしてた?ごめん、ごめん・・・」
危なかった。変に考え込んではいけない。周りに不審を覚えさせてしまう。が、それはすでに現実に起こっていた。
「最近、元気ないよ?エミナ。何かあったの?」
「何も無いよ。全然平気。ちょっと寝不足なだけ」
「ホントにぃ?」
あくまで疑り深いルシル。そんなルシルに、エミナは必死の説得をした。
「変に考えないで?ホントに寝不足なの?ほら、課題多かったでしょ?なかなか終わらなくてさ~」
「そう・・・?ホントに平気?」
「ホントにホント!大丈夫!」
エミナがそこまで言って、ようやくルシルも納得した。
「何かあったら、ちゃんと言うんだよ?」
「うん。ありがとう、ルシル」
にっこりと微笑むと、ルシルの表情にも笑顔が戻った。そこでほっと一息ついた。危なかった。
(そう・・・考えちゃいけない。これはもう、ダメだ・・・)
自分に強くそう言い聞かせ、エミナはルシルと共に購買をあとにしようとして―――。
突如、異変が起きたのがわかった。
ぞくりと背中に走る悪寒。おかしい・・・今、何かがおかしかったっ!
「どうしたの?エミナ」
「・・・ルシル!あのさ―――っ」
そういった途端、突如地面が激しく揺れた。
「きゃああぁぁっ!?」
「落ち着いて、ルシル!」
悲鳴を上げるルシルをなだめながら、エミナはその場にしゃがみこむ。幸いすぐに収まった。
「な、何!?なんなの・・・っ!?」
ルシルが涙目で言った。エミナは気付かれないように奥歯をかみ締めた。
(まさか・・・こんなときに!?)
最悪の譲許を予測してしまった。それだけは会ってはならない。今は―――。
そう思った矢先、嫌なノイズの後に、校内全体へ向けて放送が流された。
『校内にいる生徒全員に告げます!ただいま、クロウの群れが発見されました!直ちにシェルターへ避難してください!繰り返します!』
「ク、クロウが来たの!?」
ルシルが恐怖で顔をゆがめた。エミナも違う意味で顔をゆがめる。最悪だ。
「・・・・・・ルシル、シェルターに行こう。立てる?」
「う、うん・・・」
ルシルを無理矢理でも立たせ、2人で駆け出した。シェルターは1階の奥にある。ここからならそう遠くは無い。とにかく今は、ルシルを守らなければならない。
「ルシル、がんばって!」
「うん!」
次第にルシルもついてきてくれるようになったことに安心する。そのままグラウンドを見渡せる場所を横切って、クラスを横切ればシェルターだ。
「がんばれ、ルシル―――」
後ろを走るルシルを振り返る瞬間、ちらりと視界に写りこんできたものだあった。一瞬であったものの、その正体はすぐにわかる。エミナは、絶句した。左手側に見えるのはグラウンド。だが問題はそこではない。グラウンド中央部分の、上部―――。
黒い翼の群れが、そこにいた。
「エミナ、どうし――――」
ルシルも同等に、いや、エミナ以上に絶句した。膝を震わせ、その場に膝をつく。もう足に力が入らなくなっている。
「何で、ここに・・・いるの?」
学校内は、安全のはずなのに・・・。進入圏から、離れているはずなのに。シェルターは、そこにあるのに?体が動かない。動けない。目の前には、すでにクロウの群れがいた。
「どう、し、よ・・・っ」
ルシルが青ざめた顔で、声を振り絞った。これには驚きすぎてエミナも声が出なかった。
(まさか・・・そんな・・・っ!姫様たちの水晶結界が、突破されたって言うの!?)
姫君の持つ特殊な力。結界を張り、この地をクロウから守ってくれるのに・・・。ここにクロウがいるということは、何らかの形で水晶結界が破られたということ。
(でも、結界を張る重要人は・・・ラウティリア様だったはず・・・。あの人に限って、そんなこと・・・)
いや、ここで悠長にしている暇は無かった。
「ルシル!お願い、立って!」
エミナの声は、すでにルシルに届かなくなっていた。ルシルはただ、呆然と目の前で起きている惨劇を見続けている。完全に放心状態だ。
「ルシルっ!」
エミナが再度叫んだ瞬間、置くの廊下のほうから大きな足音が響いてきた。驚いて振り返ると、そこには何人もの兵士がグラウンドに向けて走っていくところだった。
(防衛隊!きてくれたのね!!)
そのことに少しだけ安堵した。が、これもまた悠長にはしていられない。ここにいるわけにはいかないのだ。防衛隊に、顔を見られるわけにはいかない。
「ルシル、お願い!たって!逃げなきゃ!ねぇ、ルシル!!」
「どうした!?何があった!」
背後で誰かの声がした。その声に、エミナは動きと思考が全て停止した。青年の声だった。こちらを伺っている、けれどとても心配そうなその声色。懐かしい、その―――。動けない。言葉に止められてしまったように、体が動かない。こんな、ところで―――。
「おい、どうした!早くシェルターに批難するんだ!」
後ろから、その声の主が話しかけてきた。方に手を置かれビクッとした。その行動がおかしいと思われたのか、青年はエミナの正面に回りこんできた。
(ダメ・・・やめてっ!!)
心のそこから叫んでも、声にはならなかった。
「おい、どうした――――」
正面に回りこんできた青年が、こちらを向いた瞬間に、言葉を止めた。明らかなる、驚愕。金髪の青年は、驚いた表情を隠すことなく、その表情をエミナに見せていた。初対面なら露骨に失礼な態度。だが、それはきっとエミナだから許される。だって・・ここで出会うのが、初めてじゃないから。
青年とエミナは見つめあい、互いに声を失った―――。