少女エミナ
がばっと起き上がった。その瞬間、強い朝日が顔にさし、思わず顔をゆがめた。全身汗だく。
「・・・ヤな夢見たなぁ・・・」
そういって、エミナはため息をついた。ここ最近、頻繁にあの夢を見るようになった。何とも忌々しい夢である。
「っと・・・こんなことしてる場合じゃないか。したくしなきゃ」
まだ眠たい目をこすりながら、エミナは蒲団から這い出した。指定された制服に着替え、階段を下りる。1階にあるリビングのドアを開けると、そこには誰もいない。
「・・・当たり前か」
エミナは1人暮らし。これでも立派な17歳。ぼさぼさになった長い髪を綺麗にとかし、束ねる。鏡を見て身だしなみをチェック。・・・問題なし。
リビングで簡単に朝食を作り、そそくさと食べ終える。いつもどおり、家を出る時間になって出発。かなりの日常茶飯事だ。
「今日は温かいなぁ・・・」
快適な温度に保たれているあたりは、清清しかった。途中まで通学は1人。だいたい決まった場所で、あえる。少し進んだ先の角を曲がった先に。
「おはよう、エミナ。今日も時間ピッタリだね」
「おはよう、ルシル。今日も早かったね」
親友のルシル。活気の溢れた笑顔をこちらに向けてきた。
「今日は温かいねぇ・・・」
「やっぱり?私も思ったよ」
エミナとルシルの交わす会話は、他愛のないこと。けれど、エミナにとっては、2年前まで普通ではなかったこの光景。今ではとてもなれたが、初めはとても新鮮だったことを今でも覚えている。
この世界、ハウル・クライアントは特別な世界だった。
この地にはこの世界を定め、人々を幸せに導くとされている、3人の姫様がいた。この世界の最高権力者である姫君たちは、この世界を守るべき使命にあった。この世界は永木に渡り、クロウの侵略に悩まされていた。
我ら人間の最大の敵、それがこのハウル・クライアントを支配したがっている、魔界の悪魔、クロウ。クロウの襲撃から我ら一般人を守ってくれているのが姫君だ。
姫君はこの世界に、3人の力を合わせて大きな水晶結界を張り巡らせた。
姫君のおかげで、クロウは簡単にこの世界に手は出せないようになっていた。だからこそ、我ら一般市民は今日もこうして安全に学校へ通えているのだ。しかし、クロウの侵略は完全に免れているわけでは無い。姫気味たちの力にも限界はあり、世界の約10分の1程度、すでにクロウに支配されていた。その支配地から、クロウの魔の手が伸びることもあった。クロウの狙いはこの世界の完全侵略。そのために今1番、彼らにとって邪魔なのは姫君だ。姫君は結界をはることができるほど、強力な人材だが、それを外してしまえばただの女性に過ぎない。
だからこそ、姫君を守るために、この地には天空塔と言う、姫君の住まう塔がある。そして姫君を直接守るべき存在。姫君が直々に選ぶ、自分たちの騎士。それらをそうじて、我らは『オルメス』と呼ぶ。別名、『ハウルの第5賢者』と呼ばれ、選ばれた者しかつくことのできない、とても名誉な組織。それがオルメス。その名の通り5人の賢者と呼ばれる者が、姫君を守っている。が、2年前。突如としてこのハウル・クライアント全体を揺るがす事件が起こった。
オルメスの1人が、クロウとの戦いで命を落とした。
かつてない激戦の中で、彼は命を落とした。
その時点でオルメスが4人。そして、命を落としてしまった青年の幼馴染でありながら、オルメスの中で最大の戦力を持っていた異例の少女が、突然オルメスを去ったのだ。オルメスはこの時点で3人。オルメスの中で特に力を持っていた3人の仲で、2人が消えた。これは、ハウル。クライアント至上最大の事件とも言えた。少女は自らオルメスと言う名の名誉を切り捨てたも同然。普通ならありえないことだったのだろう。去り際に、少女はこういったそうだ。
――私は彼を見殺しにした。私にはもう・・・ここにいる資格がないわ。
それ以来、少女は忽然と姿を消し、二度と天空塔へ現れることは無かったという。
それが2年前。そして今。このハウル・クライアントは、未曾有の危機に直面している。
「エミナ?どうかした?」
「え?ううん、なんでもないよ」
なにやら突然しゃべらなくなったエミナに、不審を覚えたルシルだが、言うも通りの笑顔で返されたため、それ以上は何も追求してこなかった。次第に学校が見えてくる。2人の通うごく普通の高校。ここでエミナはごく普通の高校生として生活している。何ひとつ不自由は無い。この世界もまだ姫君たに守られ続けているのだから心配はいらない。それでも、なぜか胸にぽっかりと開いてしまった穴は、誰も埋めることはできなかった―――。