第九章 死闘
真琴は階段を駆け上がり、神社の鳥居をくぐって境内に戻った。
「真琴、お帰り!」
「真琴二等兵、ただいま戻りました!」
真琴と弘が兵隊の仕草を真似て互いに敬礼をする。
「りさも俺も殺し屋になったしな! 真琴!」
「えっ、弘も殺し屋になったんけ」
「そうや、みんな殺し屋や」
「マジけ、餌食がおらへんやん。よっしゃ、ほな、線引こか」
「うん」
二人は足で地面に四角い線を引き始めた。
「何してるの?」
りさの問い掛けに真琴が答える。
「デスマッチや」
「デスマッチ?」
「そうや、殺し屋同士の死闘やし」
「……?」
りさが首を傾げる。
「みんな逃げてばっかりやったら、勝負がつかへんやろ」
「そうね」
「そやさかい、この線の外へ出られへん様にするねん」
「なるほど、この線の中だけで勝負するわけね」
「そうや、この線の外にビー玉が出たら負けやしな」
真琴は線を引き終えると、自分のビー玉を弾いて四角い線の中に転がした。
「よっしゃ、準備完了やし」
「次、私の番ね」
「そうや、りさの番やし」
「よし、じゃあ行くわよ。それっ!」
りさがビー玉を弾くと、ビー玉は弘のビー玉の横をスレスレで通り抜けて行った。
「あっ、外したか!」
「おおっ、危ねぇ! よし、今度は俺の番やし!」
弘がビー玉の前に立って、真琴とりさのビー玉の距離を確認する。
(真琴の方が近いな……)
「やっぱり止めとこ」
弘は真琴のビー玉の方に向かって一旦腰を落としたが、クルリと回って後ろにビー玉を弾いた。すると、ビー玉は線の近くに止まった。
「あれっ? 弘、何処にビー玉を弾いているの?」
りさの問い掛けに真琴が答える。
「背水の陣作戦や」
「えっ、何それ?」
「線ギリギリのところでビー玉を止めて身を守る戦法や」
「そうか、弘のビー玉を狙って外したら線の外に出ちゃうわけね」
「そう言うこっちゃ、弘の戦法はいつもガチガチに固いねん」
「あたり前やん、君子危うきに近寄らずや、次、真琴やし」
「うーん」
真琴は腕を組んでしばらく考え込むと、ビー玉を穴の方に転がした。すると、ビー玉はゆっくりと転がって穴の中に入った。
「あっ、真琴、千年籠り作戦やん」
弘が真琴のビー玉を指差す。
「えっ、また新しい戦法なの?」
りさが真琴に尋ねる。
「そうや、りさに言うのを忘れてたわ」
「何を?」
「殺し屋でもな、穴に入ったビー玉だけは殺せへんねん」
「えっ、そうなの?」
「そうやねん、人呼んで千年籠り作戦や」
「何よそれ、卑怯な作戦じゃん」
りさは真琴のビー玉をみつめて顔をしかめた。
「こらっ、弘と真琴! 正々堂々と勝負せんかい!」
「ええぞ、弘と真琴! この世は弱肉強食じゃ、勝ったらええんじゃ!」
竜の神様が二人に野次を飛ばすと、山の神様は二人に檄を飛ばした。
「竜の神様の言葉は正しいけど、山の神様の言葉は怪しいな……」
弘が真琴の耳元でささやく。
「んっ、何か言うたか弘?」
「えっ、何も言うてへんし、なあ、真琴」
「そうそう、山の神様の言葉が怪しいなんて誰も言うてへんし」
「何を言うとるのじゃ、わしの方が絶対に正しいんじゃ!」
「はっ?」
「弱肉強食はこの世の真理、ギャンブルに情けは無用じゃあ!」
「へぇ?」
「わしの三十円を竜の神様に取られるじゃろが」
「なんじゃそれ、私利私欲やん。あかん、この爺さんいかれとるわ」
真琴と弘が顔を見合わせて、肩をガクッと落とす。
「誰が爺さんじゃ! 神様と呼ばんかい!」
「もう、山の神様、ちゃんと応援してよね!」
「りさ、ちゃんと応援しておるぞ、二人にギャンブルの真髄を説教してやったのじゃ」
「子供にギャンブルの真髄を教えてどうするのよ」
りさも山の神様の言葉に呆れて肩をガクッと落とした。