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第十二章 きつね銀行

 ――夕暮れ時。

 神社の木漏れ日は随分と傾いて、境内の木々は長い影を落とした。

 三人が地面に引いた最初の線の前に立っている。

「ほな、二回戦な」

「今度は俺が勝つしな」

「今度も私が勝つわよ」

 三人が奥の穴をめがけてビー玉を放り投げる。

「竜の神様、今度は誰に賭ける?」

「そうですな、今度は弘にしますかね」

「よし、それじゃあ、わしはもう一度、真琴じゃ」

 竜の神様と山の神様は敷石の上にまた三十円を並べて置いた。

 三人は何回もビー玉の勝負を繰り返した。

 勝負はビー玉のコツを得たりさが勝利を重ね、ギャンブルは竜の神様が圧勝して、山の神様は負けっぱなしだった。


 ――いつの間にか神社の木漏れ日は無くなって、境内の辺りが薄暗くなった。

「真琴、ご飯やで!」

 鳥居の外から女の声が聞こえる。

「あっ、真琴のお姉ちゃんや!」

 真琴と弘が振り返って鳥居の外を見る。

「真琴、飯やし帰るぞ!」

 今度は鳥居の外から男の声が聞こえた。

「あっ、お父ちゃんや!」

 真琴と弘は鳥居をくぐって神社の階段を急いでかけ下りた。

 階段の下には真琴の姉と父が立っている。

「お父ちゃん、いつ帰って来たん!」

「今、さっきや」

「そうなん、ちょっと待っててな、りさに帰るって言うて来るし」

「りさ? 女の子か?」

「うん、女の子や、竜の神様と山の神様もおるんやで、なあ、弘!」

「そうやで、おっちゃん、りさはきつねの神様の娘やねん!」

「きつねの神様の娘?」

「あはは、弘君、きつねに騙されたんと違う?」

 真琴の姉が口を押さえて笑う。

「うそ違うし、ほんまやし、一緒にビー玉遊びしてるねん!」

「弘の話は、ほんまやし!」

「そや、ほんまやし!」

 真琴と弘は半泣き顔で真琴の姉に答えた。

「分かった。ほな、りさちゃんに会いに行こか。一緒に遊んでくれたんやさかい、礼を言わんとな」

 真琴の父は両手を広げて二人の頭を撫でると、三人を引き連れて神社の階段を上がった。

「おっちゃんは、きつねの神様を信じるん?」

「ああ、おっちゃんも会いたいな、久しぶりに……たぶん見えへんけどな」

「えっ?」

 真琴の父が微笑んで弘の頭をまた撫ぜる。

 鳥居をくぐって神社の境内に入ると、真琴は父の手を引っ張った。

「お父ちゃん! こっち、こっち!」

「おっちゃん! こっちやで!」

 真琴の父は二人に両手を引っ張られて、ビー玉遊びの場所に連れて来られた。

「りさ、俺のお父ちゃん……」

「あれっ? りさ、おらへんやん?」

「ほんまや、山の神様と竜の神様もおらへんわ」

「おーい、りさ!」

「竜の神様! 山の神様! 何処に行ったん?」

 二人が辺りを見回すが誰も居ない。

「真琴、りさちゃん、おらへんやん」

「おらへんな……おかしいな……」

 真琴が泣きべそをかきながら姉の顔を見る。

「神様も家に帰らはったんやな……」

 真琴の父はそう言うと、地面に転がっているビー玉を三個拾った。

「真琴、神様の祠にお礼してから帰ろか、神様はもう帰らはったんや」

「そやな、おっちゃん、神様は祠に帰らはったんやな」

 弘は真琴の父の言葉に納得して頷いた。

「お父さんは優しいわね」

 真琴の姉が父の耳元でささやく。

「いや、ほんまに帰らはったんや」

「へっ?」

 真琴の姉がきょとんとした顔で父の言葉を聞く。

 真琴の父はきつねの神様の祠の前に立つと、ズボンのポケットから財布を取り出して賽銭箱に小銭を投げ入れた。

「きつねの神様、今日は息子達と遊んで頂きまして、ありがとう御座いました」

 真琴の父がきつねの神様に手を合わせてお祈りをする。

「君達もお祈りしなさい」

 真琴の父がそう言うと、二人は祠の前に並んだ。

「りさ、今日はありがとうな」

「りさ、また遊ぼな」

 二人が手を合わせてお祈りをする。

「よっしゃ、ほな、次は竜の神様と山の神様の祠に……んんっ?」

 真琴の父がそう言いかけた時、祠から妙な音が聞こえた。

 きつねの神様の祠が勝手にギギギィ~と開いて、突然、祠の中からりさが現れた。

「あっ! りさや! お父ちゃん! ほらっ! りさやし!」

 真琴がりさを指差しながら振り向いて父の顔を見る。

「これあげる!」 

 りさは賽銭箱に手を突っ込んで小銭を真琴と弘に渡した。

「バイバイ、真琴と弘、遊んでくれてありがとうね」

 りさはそう言うと、また祠の中にすーっと消えていった。

「あっ! りさ! これ、賽銭泥棒やん!」

 真琴がりさを呼んだが、りさはもう出て来なかった。

「何? 何? 今の何? お父さん見た?」

 真琴の姉がびっくりして父の顔を見上げる。

「何か出たか?」

「えっ、今、祠から女の子が出て来たやん! お父さん見えへんかったん?」

「ああ、俺には見えへんかったな」

「えっ、何で?」

「俺も見たかったな……きつねの神様」

 真琴の父が残念そうに呟く。

「真琴、掌を見せてくれるか」

 真琴が右手の掌を広げて父に見せる。

 真琴と弘の掌には十円玉が三枚載っている。

「あはは、ビー玉代か、きつねの神様は律儀やな」

 真琴の父は十円玉を見つめて笑った。

「真琴、その十円玉な、何銀行って書いてある?」

「えっ?」

 真琴が祠の小さな照明で十円玉に刻んである文字を読む。

「あっ! お父ちゃん、きつね銀行って書いてあるわ!」

「あはは、そうやろ、そうやろ」

 真琴の父は愉快げにゲラゲラと笑った。

「お父ちゃん、なんでこの十円玉にきつね銀行って書いてあるん?」

「その秘密を知りたいか?」 

「うん、知りたい!」

「おっちゃん、教えて!」

 真琴の父は屈みこんで二人の頭を撫でると、その秘密を静かに話し始めた。

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