巫女様としか呼ばれなかった少女は、護衛騎士に救い出される。
「巫女様、お祈りの時間にございます」
「巫女様、お食事の時間にございます」
「巫女様、お勉強の時間にございます」
10歳の少女は、巫女の力を持っているとして、神殿に連れてこられた。
家族とも離れて、1人大人たちに混ざって神に仕えている。
「巫女様、本日は雨にございますので、1日中お祈りをよろしくお願いします」
祈りの間にて、ぽつんと少女は佇む。
のろのろとしゃがみ込むと、両手を合わせて目を閉じる。
神殿の大人たちは、それに神聖さを感じて、ほうと息を吐く。
それから、少女は1人で祈り続けるのだった。
「本日より、巫女様の護衛にあたります。カーターと申します、よろしくお願いいたします」
神殿に連れてこられて以来、神殿以外の人間をはじめて見た少女は、ぺこりと頭を下げた。
が、護衛騎士の方がギョッとした。
「み、巫女様、顔色が悪いです…!具合が悪いのですか?」
「え…?」
「本日の予定は、お休みの方がよろしいのではないですか?」
「予定…」
少女はぼそぼそ呟くだけで、目が虚ろだった。
護衛騎士は訝しげに見ながら、今日の予定を尋ねた。
「本日の予定は、どのようなスケジュールかお伺いしてもよろしいですか?」
「知らないです…」
「知らない?」
「その時間になったら、連れて行かれるから…」
「それまではどうされているのですか?」
「この部屋、出られない、です…」
「この窓もない部屋をですか…?」
「巫女は、人目に触れると、神聖さが落ちる?って言われました」
本人の言葉とは思えない口ぶりに、護衛騎士は悍ましさすら感じて、少女の前に膝をついた。
「申し訳ありませんが、巫女様。抱き抱えさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「私、嫌って言えないよ、ここじゃ」
「…では、失礼します」
護衛騎士は軽すぎる少女を抱き抱えて、独房のような部屋を出た。
少女は、家を出て以来のぬくもりにホッとして、眠気に襲われていた。
この神殿に来てから、あまりよく眠れていなかった。
うつらうつらとした意識の中、護衛騎士のお兄さんと神殿の大人が揉めているのを聞いた。
「あなたっ、巫女様に触れるなんて!今すぐ離しなさい!」
「その方は神聖な方なのですよっ!」
「彼女はまだこどもですよ!あんな部屋に閉じ込めているなんてどうかしています!」
「いいから、離しなさい!」
「神の怒りを買いますよっ!」
「いいえ、彼女はこちらで預かります。こんなに痩せ細って顔色が悪い。あなたたちこそ、彼女に何をしているんだ!」
何を揉めているかわからなかった少女は、神殿の大人より今日はじめて会った護衛騎士の方が安心できるという理由だけで、彼の服を掴んで眠りに落ちるのだった。
次に少女が目を覚ますと、今までいた部屋とは真逆の華美で大きい部屋にいた。
その部屋の真ん中の、少女が10人寝れそうなベッドの上だった。
「…ここ、どこ?」
「目覚められましたか」
そこには今朝会った護衛騎士がいて、心配そうに少女の顔を覗き込んでいた。
「申し訳ありませんでした。僕の独断で、王宮にお連れしました。ここは安全なので、ゆっくりしてくださいね」
「おうきゅう?」
「ええ、私の所属が近衛騎士ですので、ここが一番いいかと」
説明されてもわからず、少女は首を傾げるだけだった。
「巫女様は、栄養失調でした。それから日光不足と過労と寝不足だと医者が申しておりました。ですので、陛下の命でこちらで保護することとなりました。あなたが成人するまで、神殿が手出しできないのでどうか安心してください」
「…私、ここでお祈りするの?」
「いいえ、お祈りはもうしなくて大丈夫ですよ」
「…お勉強は?」
「今は体調が回復する方が先です」
「……?」
少女の視点の合わないものの見方に、護衛騎士は顔を固くしながら、失礼しますと言って少女の手を握った。
「神殿が王家を嫌っているために、護衛の配置が遅くなり、そのために巫女様の状況確認が遅くなったこと、本当に申し訳ありませんでした」
「…お兄さんが、悪くないよ。私が、ちゃんと祈らなかったから、また怒られちゃったの、かな」
「違いますよ。神殿の人間は巫女様を神格化して、あなたの世話をろくにしていなかったのです。巫女は神に近い存在だから、人間と同じように扱うのは冒涜だと訳のわからないことを言っていましたので」
「……私、人間じゃないって、言われた。ばけものだったのかな」
「いいえ!あなた様は、人間のひとりの少女にございますよ!」
護衛騎士がそこまで言うと、少女とようやく目が合った。
田舎から無理矢理連れてきて、家族と離ればなれにされたこの少女は、神殿で一体どんなふうに過ごしてきたのかと思うと、護衛騎士は歯がゆい気持ちだった。
自分がもっと早く任務に着いていればと、悔やむ思いばかりだ。
「神殿に、いつ戻らないと、いけないですか…?」
「あなた様が大人になって、それでも神に仕えたいと思ったら、です」
「早く戻らないと、怒られちゃうよ…?」
「いいえ、怒られませんよ。たしかに巫女様が祈れば国が安定するだけの力がありますが、あなた様はまだこどもです。働くには早すぎます」
「…?」
「つまりですね、大きくなるまでは祈らずにここにいてください。僕が必ずお守りしますので」
『ここにいてください』と、神殿でも言われたけれど、同じ言葉なのに安心感が違くて、少女は無意識に護衛騎士の手を握り返していた。
「お祈り、しなくていいの…?」
「はい」
「朝も、夜中も?」
「はい。夜はゆっくり眠って、朝は太陽を浴びて、たくさんご飯を食べてください」
「お腹いっぱい、食べてもいい…?」
「もちろんにございます」
「あのね、お兄さん…」
「はい」
少女は言い淀んだが、護衛騎士は脅かすことなく優しく微笑んで、少女の言葉を待った。
「…あのね、私、『巫女様』じゃないの。ミノリって言うの、ちゃんと名前、あるの」
少女のか細い声の告白に、護衛騎士の方が泣いてしまいそうだった。
「ミノリ様というのですね、素敵なお名前ですね」
少女は連れてこられて以来、はじめて名前を呼ばれて、その目からポタポタと涙を零した。
「ミノリ、ミノリがいい、の…!」
「ええ、ミノリ様はミノリ様ですよ」
「巫女様って、呼ばないでっ…」
「はい、ミノリ様」
ミノリは護衛騎士の腕の中で泣き疲れて眠るまで、ずっと泣き続けるのだった。
数ヶ月神殿にいた時間は、彼女にとって良い時間ではなかった。
それを洗い流すように泣く少女に、護衛騎士は胸を痛めるのだった。
「カーターさん!こっちこっち!」
「ミノリ様、木の上は危ないですって!」
すっかり元の元気さと快活さを取り戻したミノリは、庭を駆け回れるほどになっていた。
「田舎にいた時は、木登りはふつうだったよ?」
「僕の心臓が持ちませんって。ほら、降りてきてください」
「だって、午後はお勉強なんでしょう?」
ミノリはよくわかっていないが、平民だけれど妃教育を受けていた。
巫女の力は求心力がある。
陛下は、妃教育がうまくいったら神殿には戻さず、どこかの貴族の養子にして次代の王妃なり、それなりの地位にするなりするのも悪くないと考えている。
結局は、大人の企みに巻き込まれているミノリを自分はどこまで守れるのだろうかと、彼女の護衛騎士は頭が痛いままだった。
それでも、虚ろだった少女が、今は笑っていることが嬉しいのも事実だ。
「勉強が嫌なら、馬に乗って遠乗りでもしますか?」
護衛騎士の仕事は、かつて心を失いかけたミノリの心を守ることだと思っている。
「きゃははっ、カーターさんいけないんだ〜!」
ミノリは楽しそうに笑うと、木の枝の上で立ち上がった。
「カーターさん、降りるからキャッチしてね!」
「ええっ!?」
「いくよー!」
そう言って、全幅の信頼で飛び降りてくるミノリを護衛騎士はしっかり抱き止めた。
「もう、危ないじゃないですか!」
「カーターさんがいるから平気だもん」
ミノリは護衛騎士の首に抱きつくと、お腹がすいたと笑った。
「ご飯にしましょうか」
「うん!騎士団の食堂でおばちゃんにご飯作ってもらおう!」
「そうしましょうか」
「それで、午後はちゃんと授業受けるよ!」
ミノリを抱えたまま歩く護衛騎士は、首を傾げた。
「だって、カーターさんが一緒にいてくれるなら、なんでもいいもん!」
そう言って笑顔を見せるミノリを、護衛騎士は今は笑って抱き締めるのだった。
了
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