3.行き場のない思い
結論から言うと、父さんの話は冗談ではなかった。
年老いて小さくなっていく両親のそばで、いつまでも若いままの私は、他人の目を避けて生きるようになった。他人に会う可能性があるときは、いつもフード付きのマントを見にまとい、顔を隠すようにした。
言うまでもなく、他人と深くかかわることは避けるように心がけていた。
***
街はずれの教会で、いつも私は神に祈りをささげていた。
ある日、若い女性を連れた信者の中年女性が、教会に入るなり私に駆け寄ってきた。
「神父様、私の娘をお助け下さい!」
「……私にできることであれば、全力を尽くします」
私には不思議な能力がある。
相手の病気や怪我を自分の身に移すことで、他人を癒すことができるのだ。
時々、訪れる信者の病をこの身に移し、相手を癒すことで食べ物やお金を手に入れることもあった。しかし、「神父様のおかげで良くなった」と言い、お礼だと言って食事に誘われても、用事があると必ず断るようにしていた。誰かとともに何かを食べるという行為は、私にとって相手と親密になりすぎてしまうものだからだ。
……話がそれてしまった。話を戻し、私の特別な力について考える。
苦しみをこの身に移し、人を癒す力があることに気づいたのは、母さんが元気になって家事をするようになった頃だった。きっかけは、些細な出来事だった。
***
「痛っ」
「大丈夫? 母さん」
まだ小さい私は、台所に駆け付けた。
「大丈夫。ちょっと指にナイフをひっかけちゃっただけ」
母さんは笑って首をすくめた。
「見せて?」
私が母さんの指をそっとなでると、母さんの指から傷が消えた。
「え!? 私、確かに怪我をしたと思ったのだけれど……?」
不思議そうに指先をながめる母さん。
突然、私の指先に痛みが走った。小さな傷ができて、血がにじんでいる。
「どうしたの?」
母さんが私のほうに顔を向けた。
「何でもないよ、母さん。私、用事を思い出しました」
私は傷ついた指を隠して、母さんのいる台所から逃げ出した。
「……どういうこと?」
自分の部屋に入り、ドアのかぎをかけてから指の傷を見る。
「母さんの怪我が治って、私が怪我をした……? なんで?」
痛む指先を見つめ、私は一人で首をひねった。
***
私が若い女性のために祈ると、胸が苦しくなった。引き換えに、若い女性の顔色に赤みが差し、大きく上下していた肩はその動きが収まった。
「母さん、楽になったの! もう苦しくない!」
中年女性は目を見開いて、口元を押さえた。泣いているようだ。
「奇跡です! ありがとうございました!」
「……いえ」
嬉しそうに帰って行く家族を見送ると、私はその場に膝をついた。
引き受けた病は、息をするだけで死ぬほど苦しい。でも、私が死ぬことは無い。だから、痛みも苦しみも、たいしたことではない、と自分に言い聞かせる。
「体が重いですね……。これではまともに歩けません……」
這うようにしてたどり着いたベッドにもぐりこみ、ぼんやりと天井を見る。
「喉が渇きました……。でも、今は起き上がれません……」
諦めて目を瞑る。
水を飲まなくても、食事をしなくても、死ぬことは無い。ただ、ひたすらだるく、喉が焼けるように痛み、苦しくなるだけだ。もう、いいかげんなれている。
私はあきらめの中、小さくため息をついた。
少し眠って、体の中の痛みが多少楽になった。
よろよろと壁伝いに歩き、台所に行き水を飲む。
乾ききった体が、少し癒された気がする。私は、ふう、と深く息をついた。
***
数週間寝込んだが、だんだんと体調は回復してきた。
私は無くなった食料を買うために、街に行くことにした。
街で買い物をしていると、子どもの声が聞こえてきた。
「悪魔って、人の苦しみがご馳走なんだって。知ってた?」
男の子が、声を潜めて女の子に言っている。
「え? 何それ?」
女の子は不快そうに眉をひそめた。
「なんか、うちのじいちゃんが言ってた。悪魔は人の苦しみが大好きだから、苦しんでる人には悪魔が近づくんだって」
「やだあ、怖い」
子どもたちの話にハッとして、聞き耳を立てた。
「人間の絶望は、悪魔にとって甘美なお菓子のようなもの……」
古い記憶が少しだけよみがえった。
そうだ。私は父によって、悪魔に売られていたのだ。




