第9話
「リテさんが初めて学校に来た時、彼女は20歳でした。今のトランシルとクランシルの双子よりも若い年齢ですが、彼女はすでに成人の見た目だったのです」
校庭で遊ぶ子供たちの声が、遠く聞こえる教室に二人。
レミストスクは、これまでの学校でのリテについて、俺に語ってくれる。
「私は、信じられませんでした。エルフの20歳は、普通であれば読み書きも難しいほど幼いのに、彼女はまるで大人でしたので。入学したときすでに、基本的な読み書きも計算も、魔法もほとんどできたのです。その時に30歳を超えていたメートよりも、ずっと年上に見えました」
エルフの20歳は、人間で言えば6~7歳くらいか。小学校1年生だ。
小学校に成人女性が入学してきたら、そりゃ驚く。
「彼女は、みんなに合わせて幼く振舞っているようでしたが、勉強も進んでいましたし、心の中もすでに大人なのでは、と思わせることも多かったのです」
「ある時、学校での授業時間中に、村に急激な嵐が来て下校できなくなることがありました。雷が鳴って近隣にも落雷し、雨も風も吹き荒れて、嵐が去るまでみんなで学校にとどまることになりました」
「その時は、一番年上だったカルスティでも50歳くらいの時で、みんな不安そうでした。雷の音にみんなうずくまって怯えていたんです。しかし彼女だけは落ち着いていて、年上のはずのメートやカルスティの背を撫でていたのを覚えています」
「しかも、彼女はみんなが落ち着くと、一人窓際で嵐の様子を絵に描いていたのです。こんな光景はめったに見られないからと言って。彼女だけは嵐の中でとても楽しそうでした」
ああ、それは俺もなんかわかるな。台風とかが来た時に、妙に楽しくなってしまうんだよな。普段とは違う学校の様子とか、非日常感みたいなので、わくわくしてしまうのはわかる。
「彼女は、その時に描いた絵を私にだけ見せてくれました。嵐が吹き荒れて木々が波打って、その間に稲妻がきらめいている絵でした。絵を描く授業はありますが、これまでにあんなに力強い絵を描いた生徒はいません。この子は、成長が早いだけではなく、他の子とは違う感性を持っているんだと、その時に気付きました」
「彼女は、そもそもこの村では異質な存在なので、自分自身を出来るだけ目立たないようにしているのですが、時々そんな独特の感性を見せます。他の街や村、違った種族たちにも興味があるようですし、学校の図書室にある物語も全て読んでいるのです」
レミストスクは、その図書室を案内してくれた。
正直言って、「図書室」と呼ぶにはあまりにも貧弱な蔵書だった。
物置の様な小さな部屋に、1メートルほどの幅の本棚が2つあるだけ。
これを図書室と呼ぶのは無理がないか? この世界は本が貴重なのだろうか。
「ここにある本はこれだけですか? 私の感覚からすると、ずいぶん少ないように思うのですが……」
「少ない、でしょうか。なるほど、トーキさんの世界とはやはり違いますね。本、特に物語などの実用的ではない書物は、なくても困りませんし、そんなにたくさん必要はないと思っていますが」
「え? それは、みなさん退屈ではないのでしょうか? 娯楽として本を読んだりはしませんか?」
「本を読むことが娯楽ですか…。そういう方はあまりいないと思います。私も、教師という立場なので、一応これらの本を読みましたが…。あくまで知識を得る一端として読んだだけです。しかし、確かにリテさんはここにある本を楽しそうに何度も読んでいました」
エルフという種族は、本をあまり読まないのか。娯楽はこの世界にはあまりなさそうだけど。そいう世界で、リテも退屈だと言っていた気がする。
「リテの病気とは違うかもしれませんが、私の世界の種族『人間』は、本を読んだり、見知らぬ物事に興味を持ったりすることは普通のことです。エルフの皆さんはそんな好奇心はあまりないのでしょうか?」
「そうですね。物語などもあるにはありますが、昔からの伝説の様なもので、特別な興味を持つ人は少ないと思います。私もそうですが、ほとんど村を出ることもありませんし、日々を平穏に過ごし、変わらない日常を愛するのが、多くのエルフです」
「リテは絵を描くのが好きだと言っていましたが、そういう趣味を持つエルフも、もしかしてあまりいないのですか?」
「私の知る中では、いませんね。ただ、極まれに村の外の世界に興味を持つ者は現れます。でも、そういう人は、やがて旅立って行くのです」
「なるほど。そうなのですね」
エルフという種族は、本当に平和的で穏やかな人々だけれど、その分、変化や刺激は望んでいないのだろう。そんな村に馴染めない者は、村を出て行く。そして、変わらない人々が残る。
「レミストスクさん。私から見ると、この世界はとても平和で、信じられないほど安定した世界です。だからこそ皆さんは、世界の変化や、刺激を求めていない、ということでしょうか。しかし、私たち『人間』は、世界に常に新しいものや、興味を求めていて、自分でも表現することもよくあります」
レミストスクは、目を見開いて俺を見る。
「人間」の特性に驚いているのだろうか。
「ここまで、お聞きした感じでは、リテの状態は『人間』だとすると、普通のように思います。もちろん、『人間』にもいろんな『人間』がいますが、リテのように嵐を楽しんだり、絵を描いたり、本をたくさん読んだりするのは珍しいことではないですね」
「トーキさん、とても参考になりました。私は、この村の教師として300年以上、たくさんの子供たちに触れてきました。しかし、そのような性格の子供はおりませんでした。リテさんを除いて」
「私たちエルフは、確かに何千年もの間、ほとんど変わらない暮らしを続けておりますし、これからも変わる必要はないと思っていました。ですから、リテさんの感性は、理解に苦しむものでもありました。しかし、トーキさんの言う『人間』では、それが当たり前なのでしたら、心配しすぎることも無いのかもしれないですね。」
「ありがとうございます。トーキさん。少し気持ちが楽になりました。トーキさんがこの村に召喚されて、とても良かった。お話しできて嬉しく思います」
「こちらこそ、お話しできて良かったです。俺自身、どうしてこの村に召喚されたのか、まだ分からないので。少しでもお役に立てれば嬉しいですね」
「ずっと変化のなかったこの村に、リテさんの様な子供が生まれてきたこと。そして、それに合わせてトーキさんが召喚されました。『人間』のような特徴を持つリテさんと、『人間』としてのトーキさん、お二人はきっとこの世界にとって必要な役割があるのだと思います」
「そうですね。私にもなぜこの世界に召喚されたのかは、まだ分かりませんが」
これから、どんなことになるとしてもリテを助けたい。
その気持ちがはっきりと固まるのを、俺は感じていた。
…………………………
「先生! トランシルが校庭で転んで、ケガしちゃった! 治癒魔法、お願いします!」
メートが教室に駆け込んできた。
「まあ! 大丈夫ですか? 今行きます!」
レミストスクは、席を立つ。
「すいません、トーキさん。学校で治癒魔法を使えるのは私だけですので。またいずれお話しましょう」
彼女は駆けていく。
俺も彼女の後について校庭に出る。
地面に転んで泣いている小さなトランシル。膝を擦りむいている。
駆け寄ったレミストスクは、右手にはめられた緑色の魔石の指輪をかざす。
「クルストリーン」
宝石が輝く。
レミストスクがハンカチを取り出して傷口の血をふき取ると、そこにもう傷はなかった。
これが治癒魔法! 小さな擦り傷くらいなら、一瞬で治る。
傷が治ったトランシルは、もうはしゃいで走り出している。
学校のような、子供のいる場面では本当に便利だ。
「ちょっとトランシル! またころんじゃうよ!」
双子のクランシルが叫んで追いかける。
「はーい。みなさん。そろそろ午後の授業を始めますよ!」
レミストスクは手をたたいて、全員を集める。
平和な学校の風景。
「レミストスク先生とどんなお話ししてたの?」
「リテの昔の話を聞いたよ。嵐の日にみんなを励ましてた、とか」
「ええ~!恥ずかしいな。先生、なんでそんなこと喋っちゃうかな。え?他には?」
「図書室の本を全部読んじゃった、とか。この世界の人はあまり本を読まないんだってね」
「そうなの。みんな、なんで本を読まないのかな? 面白いのに」
「俺の世界だと、もっとたくさん本があるし、読む人も多いよ」
「そうなんだ! いいな~」
「それに、漫画って言って絵を組み合わせた物語や、映画や、アニメっていう動く映像の物語もあるよ」
「え!? 絵のある物語?動く映像って?」
「えーと、漫画っていうのは全部のお話を絵とセリフで表現してるんだ。それで…」
「お話を絵で表現してるの!? そんなの見たことないな。うわ、見たいな」
「うーん、この世界には無いのかな。俺も描けないし」
「そうかぁ。でもすごいね。絵でお話を表現するなんて!」
リテも絵を描いているらしいから、興味津々だな。
何とかこの世界に漫画を持ってきたいけど、無理なんだろうか。
「はい! 授業を始めますよ!」
レミストスクの声で、俺の思考は打ち切られる。
「午後は算数です」
意外と普通なのが来た。異世界の算数を拝見しよう。
………………………
算数の授業は、至極普通だった。
レミストスクからそれぞれの年齢に合った問題用紙が配られて、それを解く。
分からない問題があれば、個別にレミストスクが教える。
生徒の年齢がバラバラなので、これが一番合理的な指導方法だろう。
配られた問題の内容は、ほとんどが単純な四則演算だ。
年齢があがったら桁数が多くなるだけ。
数学、ではなく算数。もちろん因数分解などは出てこない。
そして、生徒の中で一番難しい問題を解いていたのは、リテだった。
最年長のカルスティよりも明らかに難しい問題だ。
しかも、それでも彼女は一番に解き終わり、残り時間を退屈そうに過ごす。
桁数が多くてもただの四則演算。大人の彼女には簡単すぎる。
この世界では、難しい数学などは必要ないんだろう。
魔法さえできれば、たいがいは何とかなる世界だ。
だから学校で教えることもない。
学校の中では、リテは自分の能力を発揮するチャンスが無い。
彼女はエルフの年齢的には子供扱いだが、能力的には大人と言っていい。
頭も良いし、好奇心も強い。でもそんなことは、ここでは必要とされない。
彼女の出来ることも、やりたいことも、十分にはできない。
このままだと、ただただ退屈なまま、彼女はみんなよりも早く老いていく。
エルフの成人は60歳。その年まで「人間」の老化速度で、この退屈な学校に通い続けるのだとしたら……。
学校の先生も、生徒たちも、みんな優しく、いじめも無い。
人を傷つけたり、騙したりすることの全くない、平和で優しい世界。
そんな世界であるのに、彼女にとっては、この上なく残酷な世界なのだ。
誰も悪くないのに、一見して、どこにも不幸はないように見えるのに。
早く問題を解き終わって退屈をしているリテが、授業を見学している俺に笑いかけてくる。他の生徒は問題を解いているので、声は出せない。
俺が、彼女の退屈を埋めることが出来るだろうか?
分からないままに、授業の時間は過ぎていく。
…………………………
放課後。俺と生徒たち5人は、連れ立って下校する。
家の方向は、途中まで全員同じらしい。
「学校はどうだった? トーキ」
「面白かったよ。先生とも話せたし、この世界についても分かってきたし」
「トーキさん、魔法も上手だし~、計算も出来るし~、すごいですぅ」
俺と、両側にリテ、メートが並んで歩く。
算数の授業では、俺も少しだけ問題を解いたのだ。
「きゃはははー。こっちこっち!」
「待ってよー、トランシル~」
俺たちの前には、双子のクランシルとトランシルが追いかけっこをしている。
カルスティは黙って後ろをついてくる。
どうも彼とはまだ壁があるなあ。まあ、思春期男子ならこんなものだろうか。
そんな平和な下校中の一団の、向かい側から歩いて来る男が見えた。
真っ直ぐこちらに向かって来る。
「あれ~。見たことなない人。種族もちょっと分からないかも~」
メートが言う通り、エルフでも魔族でもない見た目だ。
誰もメートに応えないあたり、誰の知り合いでもないようだ。
魔族並みに高身長で、がっしりしているが、肌は白い。
ウェーブのかかった髪も白く、腰のあたりまで伸ばしている。
顔つきは、ギリシャ彫刻のように彫りが深く、精悍だ。
俺たちとの距離が5メートルほどになったところで、その男は立ち止まる。
まっすぐこちらを見ている。
視線は微動だにしない。
立ちはだかる男に、俺たちも立ち止まらざるを得ない。
はしゃいでいた双子さえも、その奇妙な男を黙って見上げる。
何者か分からない男の出現に、俺の警戒心は高まる。
いや、この世界では人が傷つけられるような危険はないはずだ。
そうは思うが、心の緊張は解けない。
「パルキストスはいるか?」
その男は問いかけて来た。低い声。平坦な喋り口調。
「パルキストス様は魔法実験で意識を失われて、まだ目覚めてらっしゃらないそうですが…」
戸惑いつつリテが応える。
「そうか。人間の娘よ」
男は、何の感情も無いような声で返す。
人間? リテに対して人間の娘って言った?
なぜだ? この世界には人間は俺しかいないはずじゃ?
どうして人間を知っている?
「お前が召喚された人間だな」
さらにその男は、俺を見て言った。
「ちょっと! なぜ俺が人間だと知ってるんです?! 何なんですかあなたは?!」
「お前が知る必要はない。パルキストスが目覚めてないのなら、来るのは早かったということか」
まるでAIが喋っているかのように機械的な調子で、男は言う。
「そんなに訝しまなくともよい。私は様子を見に来ただけだ」
そう言うと、男は右手を上げる。
指には紫色の魔石が嵌った指輪。
そして、何の詠唱も無く、魔石が光る。
通常の魔法の発動ではない、強力な光。
あまりに強い光に、目がくらみ、男の姿も見えなくなる。
「何だ?! なにが起こってるんだ?!」
俺は叫ぶ。もう目を開けてもいられない。
顔を背け、腕で目を隠して光を避ける。
数秒の静寂。
俺が恐る恐る目を開き、前を見た時には、男は消えていた。
「何だったんだ? 今の男……」
見渡してみても誰もいない。
足音も聞こえなかった。素早く逃げた、という気配もなかった。
最初からそこには誰もいなかったように、男は消えた。
「転移魔法だ」
「え?」
後方から言ったカルスティを、皆が振り返る。
「紫色の魔石だった。紫の魔石は空間を操るから、一瞬で遠くまで移動したりできる転移魔法が使えるって。昔、聞いたことがあるよ」
そうなのか。さすが、一応は最年長なだけある。
「へ~。カルスティ、よく知ってるね。じゃ、あの人が何の種族かも分かる?」
メートが聞く。
「いや、僕も見たことない種族だった。きっとどこかの少数種族なんだろうけど…」
「そっか~。何だったんだろうね~? パルキストス様のお知り合いかな~?」
単純な知り合いって訳ではなさそうだ。
「人間」を知っていた。それに、俺が召喚されたことも知っていた。
リテも困惑した顔で立ちすくんでいる。
そういえば、あの男はリテを見て「人間」と言っていた。
リテの病気についても知っているのか?
訳の分からないまま、俺たちは再び歩き始める。
みんな今見た謎の男について話していたが、結局何も分からないので、やがて話題は日常の雑談に戻っていく。
そんな中、リテだけは無言だった。
カルスティ、双子たち、メートがそれぞれの家の方角に別れていく。
やがては俺とリテの二人だけになる。
家ももうすぐのところまで近づいた時、リテは静かに言った。
「ねえトーキ。私ってやっぱり、『人間』なんだね」
俺は何も返せなかった。
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