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第8話

 窓から朝の陽光が差す教室で、静まる生徒たち。

 眼鏡を光らせる女教師、レミストスクが皆を見回して、授業が始まる。


「それではまず、この世界には大きく分けて5種類の「人」がいます。トランシル、答えられますか?」

「はーい。魔族、ドワーフ族、ホビット族、それから、えーと獣人族と、あ、ぼくたちエルフ族です!」

 元気よく答えるトランシル。22歳ということだが、俺からの見た目は小学校1年生って感じだ。


「そうですね。この他にも少数の種族もいますが、人口のほとんどは、この5種族です。この中で、ホビット族と獣人族は主に北方のノートゥニア地方に住んでいます。私たちが住んでいるこのアルトゥニア地方に住むのがエルフ族、魔族、ドワーフ族です」


 おお。いろいろ情報が出てくるけど、みんなノートとかとってないし、教科書みたいなものも無い。覚えられるかな。

 まあ、分からなくなったらまた後でリテに聞こう。


「それではメート、エルフ族、魔族、ドワーフ族のそれぞれの特徴を言えますか?」

「はい。エルフ族は一番長生きで、織物や小さな工芸品を作るのが得意です。魔族はエルフの次に寿命が長くて、力が強い。森で狩りをしたり、山菜を採ったりしてます。それで、ドワーフ族はエルフや魔族よりは短命で、背は低くて、でも家を建てたり家具を作ったり、大きなものを作るのが得意です」


「はい。いいですね。アルトゥニア地方では、この三種族がそれぞれの得意な技能を生かして暮らしています。みなさんも大人になれば他の種族といろいろな関りを持つことがあります。お互いの種族の特性をよく知って、仲良くしていくんですよ」


「「「「「はーい」」」」」


「では、カルスティ。三種族の代表者による三種族会議について、説明できますか?」

「はい。このアルトゥニア地方の各種族、各村の代表者が月に1度集まって開かれる会議です。エルフ族の7つの村、魔族の5つの村、ドワーフ族の3つの村のそれぞれの代表者が集まります。会議では村同士の交易や市の開催について話し合います」

「そうです。ちなみに、この村の代表はリテのお父さんのギムセックさんね」


 へぇ。そういう会議で物事を決めているのか。けっこう民主的な感じだ。こういう世界だと王様がいて、国を治めているのが定番だけど、そうじゃないのかな?


「すいません、その三種族会議というもので、この地方の物事を決めているのは分かりましたが、それ以外にこの辺りを支配している国とかはないのでしょうか?」

 俺は思わず質問してみた。


「支配? 国?とはどういうことでしょうか、トーキさん」

 ええ? 国って通じないかな?


「ええと、何て言うかな?たくさんの村の上位の機関っていうか。政治形態というか。王様がいて、各村に法律を定めたり、税金を取ったりするような…」

「ああ、おとぎ話にはでてきますね、王様。トーキさんの世界では王様が実在するのですか? そのようなものは物語の中だけのものだと思っていました」


「ええ?」

「この世界には、そのような政治形態はありません。人々の暮らしに必要な決め事は、各村で決めますし、村同士や種族同士の決め事が必要な時は三種族会議で決めます。このアルトゥニア地方はそうですし、北のノートゥニア地方も同じような仕組みだと思います」


「それで、争いになったりしないのですか?」

「争い? どうしてですか? 話し合いですから争うというのは、ちょっと分からないのですが…」

「えっと、それぞれの利益とか、食い違いとかで、話し合いがまとまらない、なんてことは…」

「ああ、意見の食い違いが出ることもあります。しかし、同じ「人」同士。話し合いで互いが理解し合えないことは、ありませんでしょう?」


 ええー? 話し合いで理解し合えないのが人間ってものかと思ってたけど。そういえば、「人間」ではないんだよな。ここの人たちは。


「それでは、「人」同士が傷つけあったり、騙したり、相手を貶めたり、なんてことはこの世界には無いのですか?」

「それこそ、おとぎ話ですね。そんな「人」が、いるはずないでしょう」


「もしかして、犯罪の様な、他人を傷つけたりして自分が利益を得る、なんてことも、この世界には無い…?」

「他人を傷つけるだなんて、そのような行為をする「人」を見たことも聞いたこともありません」


「……!そうですか……。それは、素晴らしいですね…」

「普通のことかと思いますが、もしかしてトーキさんのいた世界では、「人」同士が争ったり、傷つけたりすることがあったのですか?」


「ええ。それはもう、たくさんありますね……」

「なんて……! そんな世界が……! ちょっと信じられません…」


 この教室にいる全員、マジでドン引きしている。絶句って感じ。

 いやいや、こっちの方がびっくりだよ。


 人が人を傷つけることが、全くない世界。戦争も犯罪もない。話し合いで全てが理解し合える世界。そんなのある? パラダイスすぎない?

 本当に理想郷なのか、ここは。



 …………………………



「トーキ、大変な世界から来たのね」

 休み時間。リテは驚きと同情が入り混じった目で俺を見てくる。

 確かに、この世界に比べればハードな世界だったけど。同情はやめてくれない?


「すご~い、トーキさん。その「犯罪」って何なんですか~?」

 メートも興味津々で聞いてきた。

 いや、犯罪の概念がないほど穢れのない人に、犯罪を教えたくはないが。


「法律っていう決まりを破って、他の人からお金を盗ったり、人を傷つけたりすることだよ…」

「ええ~!信じらんない~!そんな世界にいたんですか~トーキさん!」

 うん。俺も信じられないよ。こんな平和な世界があるなんて。


「もしかして、トーキもその犯罪?とかで酷い目にあったことあるの?」

「いや、そんなに酷い犯罪に合ったことはないよ。ああ、でも残業代が出なかったり、有給がもらえなかったりは、あったなぁ。仕事で罵倒されるのも、言葉の暴力だよな、今思えば…」


「残業代? 有給って?」

「えーと、仕事をしたらもらえるはずのものが、もらえないってこと」


「え? そんなことあるんだ? 大変だったね、トーキ…」

 そんなこと、あったんだよな。ブラック企業って言ってね、大変だったよ。

 分かってもらえないだろうから、言えないけど。


 俺たちが話しているところを、遠くから見ている視線がある。

 カルスティだ。

 本人は気づかれないように見てるつもりだろうけど、バレバレだな。

 なんだろう、女子と楽しそうに話している俺に対する嫉妬だろうか。


「あー、カルスティ。もしかしてあなたもトーキさんの話を聞きたいんじゃない?」

 メートがカルスティの視線に気がついた。

「ほら、こっちに来て一緒に話そうよ。そんなところから見てないで」

 メートはカルスティに手を振って呼びかける。やっぱりこの子、グイグイ来る。


「いーよ、俺は。別に異世界の話なんかに興味ないし」

 うん。強がってるのが思春期っぽい。エルフも思春期あるのかな。

 彼は、56歳とか言ってたけど、人間なら17歳くらいの感じだ。


「変なの、カルスティ。こっちに来ればいいのに。最近なんかあいつ不愛想だよね。そう思わない、リテ」

「そうだよね。なんか特に私には当たりが強い気がするし…」


 そうか、彼はリテのことが好きだったりするのかな?

 同年代は少ないし、リテはどうみても可愛いからな。

 いや、でも今のリテって、彼よりかなり年上の見た目だから、うーん、年上好き?

 あのくらいの年の男子なら、年上のお姉さんにあこがれるのはわかる。

 いやいや、リテの実年齢は、彼より年下だ。

 とすると、ややこしいな…。


 なんて考えていると、レミストスクが教室に戻ってきた。

「2時間目は魔法です」



 ………………………



「みなさん、調理室に移動しましょう」

 え?なんで、魔法の授業で調理室?


 レミストスクの言葉で、全員教室を出て、隣の部屋に入る。

 俺もついていくと、その部屋には肉や野菜が準備されていた。

「食材はこちらにありますので、皆さん魔法を使ってシチューを作ってみましょう。基本魔法の組み合わせで出来ますからね」


 まさかの調理実習。魔法クッキングの時間だ…。

「はーい、じゃああたし野菜切る!」


 メートが元気よく言って、緑色の見たことのない根菜を取る。

「物を切る魔法は、双子ちゃんにはまだ早いからね。二人は見ててね」

 双子のトランシルとクランシルが見ている前で、メートはまな板に野菜を載せる。

 その野菜に手を当てて「カルティクス」とつぶやくと、メートの指にはめられた黄色い指輪の魔石が光る。

 手を離すと、その野菜は1センチ角くらいのサイの目状に切れて崩れた。


「物を切る魔法、カルティクスだよ。力魔法の一種なの」

 リテが教えてくれる。


「それじゃ、俺が肉を切るよ」

 仏頂面のカルスティも普通に調理に参加する。

「私、切れた材料を炒めるから」

 リテが鍋を取る。

 自然と役割分担が決まって、調理が進む。


 考えたら、この子達みんな同じ村で育った幼馴染なんだよな。

 特に相談しなくてもチームワークがとれているのも納得。


 リテは食材の入った鍋を、加熱の熱魔法「ハイネント」で熱し、同時に離れたものを動かす力魔法「コルティレン」で鍋の中身をかき混ぜて炒めていた。

 なるほど、複数魔法を同時に使うこともできるのか。


「トーキもやってみる?ちょっとコツがいるけど、慣れれば簡単だから」

 リテから鍋を渡される。

「お、おう!」

 ちょっと戸惑いつつも、俺は鍋を持つ。


「『ハイネント』は、食材じゃなくて鍋を熱くするイメージね。その方が美味しくできるから」

「わかった」

 俺は、熱くなった鍋で食材を炒めることをイメージする。

「ハイネント、コルティレン」

 鍋の中でじゅうじゅうと音を立て、肉や野菜が回る。


 うん、これは難しいかと思ったが、そうでもない。

 普通に調理することをイメージすればいいだけだ。

 一人暮らし歴もそこそこ長いし、自炊もちょくちょくやってるから、イメージは簡単だ。


「へえ~! トーキさんって魔法上手ですね! すごーい!魔法のない世界から来たって聞いてたけど、本当ですかぁ?」

 メートが無邪気に俺にまとわりついてくる。


 エルフの中学生女子(実年齢は45歳だが)に、きゃぴきゃぴ話しかけられて、正直、悪い気はしない。

「魔法がないのは本当だよ。初めてこの世界の魔法に触れたから。面白いね、魔法って」

「え~! 初めてでそんなに魔法が出来るんですね~! すごいな~。あたし、お料理は苦手だから尊敬しちゃうな~」

「メートさんも野菜切ってたじゃない」

「メートでいいですよぉ。あたしは切るだけで、炒めたりとかは難しいなぁ~」

「料理は元いた世界でもやってたからね。魔法は使ってなかったけど」

「そうなんですね~。あたしもお料理できるようになりたいなぁ~」


 は! リテが冷たい視線で俺を見ている。

「トーキ、話に夢中で焦がさないでね」

「ああ、うん。気を付けるよ…」


 若い女の子と話すことなんて、ぜんぜんない人生だったから、メートと話していてかなり顔が緩んでいた気がする。

 でも、あれ? リテの方がメートよりずっと若いんだよな。

 リテは、見た目が大人なためか、学校では上級生みたいな印象だ。


「だいぶ炒まったみたい。後は水を入れて煮込むだけね」

 リテが鍋に水を入れてくれる。

 弱火でゆっくりかき混ぜながら煮込むことをイメージすると、その通りになる。

 魔法クッキング、超便利じゃん。


 コトコトと煮込まれる鍋。部屋には、肉や野菜と異世界の香草の合わさった複雑な香りが満ちる。

  


「トーキの世界だと、どうやってシチューとか作ってたの?」

「包丁で野菜や肉を切って、火が出る機械で鍋をあっためて作るんだよ」

「火が出る機械? そんなのがあるんだ」

「うん。ガスっていう燃える気体で火が出る仕組み。あ、それ以外にもIHって、電気であっためる機械もあるな」


「へえ、すごいな。見てみたい」

「そうだね、この世界では再現できないかな…。でも、魔法の方がすごいし便利かもね」

「そうなのかな。だけど、包丁で切るのは面倒かも。一応、家にも刃物があるけど、ほとんど使わないし」

「あはは。そうだね。魔法で切れる方が楽だよ」


 シチューを煮込みながら、リテととりとめのない会話をする。

 他の生徒たちも、それぞれに雑談している。授業中とは思えない、のんびり感。

 リテとの会話は、お互いの話すテンポ感が心地よくて、なんだか落ち着く。


「そろそろ良いころ合いですね。お昼はこのシチューをみんなで食べましょう」

 レミストスクが声をかけ、そのままの流れで昼食の準備が始まる。

 授業の開始、終わりのチャイムや、挨拶とかもない。


 学校でのレミストスクは、やや硬い雰囲気もあるが、取り立てて俺のことを警戒している感じはしない。

 昨日、初めて会った時に厳しい顔で見られたのは何だったんだろうか。

 今日の彼女は、普通の先生でしかないが……。



 …………………………



 調理室の大きなテーブルを囲んで、全員が席に着く。

 準備が出来たら、各々がばらばらに食べ始めた。「いただきます」とかを言うことも無かった。


 なんか、自由すぎてちょっとムズムズする。

 せめて一斉に食べ始める合図とかが欲しくなる。元の世界の「学校」っていう文化に馴染みすぎているせいだろうか。


「トーキさん、『人間』という種族の特徴について、伺ってもよいでしょうか?」

 食べながらレミストスクが訪ねる。

 ああ、また寿命の短さに驚かれる流れだろうか。


「ええと、皆さんエルフと比べると、かなり寿命の短い種族です。あまり驚かないでいただきたいのですが、長くてもおおよそ100年くらいで寿命を迎えます。私は34歳で、エルフの皆さんよりずっと早く成長して成人しています」

 全員に驚きが走ったことが感じられる。うん、やっぱりね。


「そうなのですね。もう少し詳しいお話を、後でお願いしてもよいでしょうか。みんなの前で話すようなことでもありませんので……」

「あ、はい。後ほどでも……」

 なんだろうか。みんなの前で話しにくいことって?

 まあ、確かに人の寿命についてのこととか、子供の前で話すのも何か。

 双子の二人なんて、俺のこと変わった生き物を見るような目で見てるしな。


 ちなみに、みんなで作ったシチューもとても美味しかった

 使った野菜は、人参ともジャガイモとも違う謎の野菜だが、煮込むとむっちりした歯ごたえで食べ応えがある。肉も柔らかくて旨味が強い。


 そして、食事を終えると、しばらく休憩タイムということだ。

 みんな外に出て、鬼ごっこのような遊びを始める。


 一番小さい生徒が、小学校1年生くらいなので、その子たちに合わせた遊びのようだ。

 無邪気に走っているリテを見るのも新鮮だ。まあ、見た目成人女性の全力疾走を見る機会はそうそうないからな。

 さすがに俺は、そこに参加するのははばかられると思っていると、レミストスクに呼び出された。



 …………………………



「すいません、トーキさん。お呼びだてして」

「いいえ。何でも聞いてください」

「その、トーキさんの種族と、リテさんの病気についてなのですが…」


 そうか、そうきたか。彼女も「人間」の特徴とリテの病気が似ていることに気付いたのか。

 まあ、気付くよな。


「リテの病気の状態と、人間の特徴はとても似ていると俺も思います。でも、実際それがどんな関係なのかは、俺にも分かりません」

「やはり、そうですか…」

「特に、寿命がどうなるのか、エルフとしてはそこが大きな問題になるかと思いますが、俺にもなんとも言えなくてですね…」

「はい。わかりました。もともと『人間』はこの世界には存在しない種族ですから、リテさんの病気とは直接関係はないのではないかと思いますが…。ただ、彼女のように大変早く成長するというのは、どんな感じなのか、伺いたいのです」


「うーん、どんな感じと言われると…。私たちの種族はこの成長スピードが普通なので…」

「リテさんは自分の不安をあまり喋ってはくれないのですが、彼女の中でみんなと違う自分に対する葛藤があるのは分かるのです。しかし、私にはどうしても彼女ほど早く自分が変わっていくという感覚はわかりませんでした。なんとか、彼女を少しでも理解するためのきっかけが欲しいのです」


 レミストスクは真っ直ぐなな眼差しで俺を見る。

 彼女が病気のリテに対して、少しでも力になりたいという思い、しかしそれが出来ない苦悩が、深く入った眉間のシワに凝縮されているようだった。


 そうか……。レミストスクはそんなにリテのことを心配しているのか。

 昨日、レミストスクを初めて訪ねた時の、彼女の厳しい顔は、俺のことを警戒していたのではなくて、リテのことを真剣に悩んでいたからなのだろう。


 エルフって、単純に人間よりも長寿っていうだけで、それ以外の違いについては深く考えていなかった。だけど、思っていた以上に人間とエルフには違いがある。

 そもそも、成長速度がこれだけ違うだけでも、分かりあうのは難しい。


 でも、「人」同士なら話し合って理解できないことはないっていうのが、この世界だ。

 俺は人間とエルフについて、もっと話し合う必要があるな。リテのためにも。



毎週月曜日、朝6:00更新です。

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