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第7話

「それはそうと、ねえトーキ。帰ったらお風呂入ったら? 昨日から入ってないでしょう。それに、言いにくいけど、トーキのその服、なんだっけ、スウェットっていうんだっけ。ちょっとみすぼらしいから…」

「こら!リテ! いくらなんでも失礼だろう。すいません、トーキさん」

「いや、いいんです。リテの言う通りなので…」


 (いち)からの帰り道。

 俺は改めて自分の衣服を見直す。

 そうだ。部屋着のスウェットのままなのだ。

 しかも、その格好で森の中で寝ていたから、泥で汚れている。

 足元は、さすがにスリッパでは歩けなかったので、ギムセックからサンダルを借りた。

 サイズがかなり大きいが、まあサンダルだから歩けなくはない。


「トーキ。服だけど、お母さんがお父さんの服を、トーキ用に直してくれてるから。多分、帰るころにはできてると思う」

「そうなんだ。それはありがたいよ」

 俺のサイズの男物の服は、ギムセック家には無いだろうと思っていたが、わざわざ服を直してくれているのか。何から何まで、お世話になりっぱなしだな。


 帰宅すると、リテは真っ先に俺を風呂場に案内してくれた。

「水は張ってあるから、あっためるのは自分でやってみてね。さっき教えた熱魔法の要領だから」

「了解!」

 なるほど、風呂を沸かすのも魔法ね。


「それから、これはちょっとイメージが難しいんだけど…」

 そう言ってリテが手を伸ばした先には、水道の蛇口がついている。

 この世界に水道があるのか?


「この管は井戸に繋がってて、離れたものを動かす魔法を使って水をだすの」

 リテは蛇口をひねり、「コルティレン」とつぶやく。


 蛇口からは水があふれだす。


「井戸の水がこの管を通って、ここから出てくるイメージ。できるかなぁ」

 俺は、リテがやったように蛇口をひねり、水道から水が出てくることをイメージする。


「コルティレン」

 無事、蛇口からは水があふれてきた。


「すごい、トーキ。私、これ苦手だったんだよね。管から水が出るイメージがしにくくって」

 リテが素直に褒めてくれる。悪い気はしない。


 おそらくは、「水道」っていうものを知っているから、蛇口をひねって水が出る、という現象をすぐにイメージできたのだろう。

 元の世界の経験が役に立つこともあるんだな。


「あとは大丈夫ね。着替えはそこに置いておくから」

 リテは出て行って、俺は異世界の風呂を堪能する。

 といっても普通の風呂だが、魔法で好きに温度調節できるのは、なかなか良い。



 ……………………………



 俺は、風呂につかりながらこの世界の魔法について整理してみた。 

 魔石と呼ばれる石に魔力が込められていて、そのエネルギーで発動する。発動には、使用者のイメージと、魔法名の詠唱が必要。

 魔石の種類によって、発動できる魔法が異なる。今、俺の手にあるのは四種類。


 赤の魔石、熱魔法、熱を操る。冷却もここに含まれる。

 白の魔石、光魔法、ランプを点けたり。

 黄の魔石、力魔法、物を軽くする。遠くのものを動かす。水道もこれ。

 青の魔石、精神魔法、通訳の魔法。これは比較的レアらしい。


 魔法の発動は、今のところ難しくはない。これまで目にした基本的な魔法は、誰でも使えるらしい。魔法がもう生活に密着している感じだな。元の世界での電気やガスを使う感覚に近い感じだ。


 この他の魔法についてはまだ分からないが、魔法ではできないことは、はっきりしてるようだ。

 手から炎をだすとか、水を出すとか(リテに笑われた)


 おそらく、この世界の魔法は、何か対象に効果を与える(温度を変えたり、重さを変えたり)もので、物自体を生み出すことは出来ないのかもな。手から水が出る、みたいな。

 つまり、無から有を生む、というのは魔法でも不可能、ということだろう。



 …………………………



 俺が風呂から上がると、着替えが用意されていた。もちろん下着まで。

 助かるけど、マジで申し訳ない気持ちだ。


 この世界の布地は、工業製品ではないのだろう、すこし荒い風合いだが、手触りは悪くない。袖を通してみると、サイズもちょうどよく、着心地が良かった。


 元がギムセックのものを、俺用に直したとしたら、かなりサイズを変える必要があるだろう。それほど時間はなかったと思うが、サイズ直しも魔法なのだろうか。いや、単純に手作業のレベルが高い、という気もする。


 着替えた俺がリビングに行くと、夕食の準備をしているところだった。

「あ、トーキさん。お風呂はどうでしたか? 夕食は魔族から仕入れた食材で作ってますので、楽しみにしてください」

 ギムセックが食器を並べながら、笑顔で話しかけてくる。

「ええと、何かお手伝いしましょうか?」

「いや、いいですよトーキさん。もうすぐできますから、そちらにかけてお待ちください」


 俺は食卓につく。

 しかし、何て言うか、あまりにも親切すぎない?


 ギムセックは村長として、村の客人をもてなしているのかもしれないが、昨日、異世界から来たなんて言う訳の分からない男に、どうしてここまで親切なんだろうか。


 さっき会った学校の先生のように、少しは警戒の目を向けてきた方が、まだ自然なんじゃないかと思える。

 大丈夫かな? 俺、太らせて食べられたりしない?


 なんていう俺の不安は全く気にせずに、ギムセックは満面の笑みで料理を運んでくる。

 魔族から仕入れたハムと、山菜を使ったものだそうだ。

 彼の笑みからは、裏があるような気配は全然感じない。

 心底、俺をもてなすことを楽しんでいるようだった。


「そういえば、ギムセックさん。俺を召喚した魔法実験をされていたという、魔法の研究者の人はまだ目を覚ましていなんでしょうか?」

「ああ、パルキストス様ですね。いや、まだ意識は無いようです。どうでしょうねぇ、そのうち目覚められるかと思うのですが」


 なんだか、おおらかというか、ざっくりしてるというか。

 そのうちって、どのくらいなんだろうか。

 寿命1000年のエルフのいう「そのうち」だからなぁ。


「いや、詳しい理由もわからず、ずっとギムセックさんのお宅でお世話になるのも、申し訳ないと思いまして……」

「そんな! ご遠慮なさらずに! リテとも仲良くしていただいてますし、当家は全く構いませんよ。とりあえず5年くらいはごゆっくりしていただいて、それでもパルキストス様が目覚めなければ、その時お考えになれば良いのでは?」


 とりあえず5年! やっぱりエルフの時間感覚か…! おおらかすぎるなぁ……。

 そうですか。まあ、何かやるべきことがわかってる訳じゃあないしな。

 あせってもしょうがないし…。


「ありがとうございます。そういうことでしたら、お世話になります…」

「はい! どうぞご遠慮なくお過ごしください」


「お父さん、トーキがちょっと困ってるよ。エルフの5年と、トーキの種族、えっと人間だっけ。その人間の5年は違うんだから」

 俺が微妙な顔をしていることに気付いたのか、リテがギムセックにつっこんでくれた。


「ん、ああ、そうか。そうだな……。そうですね、トーキさん、失礼しました」

「いやいや、失礼だなんて。そんなことはないです」

 リテにたしなめられて、ギムセックは微妙な表情をして目を落とす。


 今リテは、何気なくエルフと人間の時間感覚の違いを言っていたが、自分もエルフではなく、人間並みの寿命かもしれないと、分かっているのだろうか。


 ギムセックは、今のリテの言葉に、明らかに少し動揺した。彼はリテの寿命が短いかもしれないと心配しているのだろう。

 しかし、リテの言い方は明るいものだった。

 彼女も、自分の病気が人間に似ていることには気づいていそうだが、寿命のことまでは気づいてないのか?


 さすがに直接は聞けない。

 俺は、もやもやと考えながら、食事を続ける。

 料理は相変わらず、すこぶる美味だった。



 ………………………………



 翌朝。

 部屋のドアがノックされる。

「トーキ、起きてる?朝ごはんできたよ」

「起きてるよ、今行く」


 俺はベッドから起き上がる。実際、たぶん1時間くらい前から目は覚めていた。

「たぶん」というのは、この世界には時計がないからだ。

 昨日の夜、学校に行くのは明日の何時なのかを聞いたら、変な顔をされたのだ。


「何時って、何?」

 あー、そっか。確かに、この家のどこにも時計がないなとは思ったけども。

 

 話してみて分かったのは、この世界にはそもそも、細かい時間の概念すらないということだ。


 学校は、なんとなく朝になったら行く。それ以上、詳細な時間設定はない。

 生活においても、明るくなったら朝、なんとなく太陽が上まで来たらお昼、暗くなったら夜、以上。


 それで不便はないのだろうか、と思ったが、全然問題ないらしい。

 そんな細かいタイムスケジュールで動いている人なんていない。

 さすが、1000年生きるエルフ。1日24時間なんて細かい区切りはいらないのだ。

 ざっくり、朝、昼、晩で十分、ということらしい。


 朝食はいたってシンプルだった。

 焼きたてのパン、なにかのミルク(少なくとも牛乳とはちょっと違う味だった)、何かの果物のジャム。欲しかったら、昨夜のスープの残りがあるから自分であっためて(魔法で)、と言われる。

 魔法がもう電子レンジみたいな感覚になってるな。


 食事をとっているギムセックも、その妻ミルステーナも、朝はのんびりしたものだ。

 何時には出かけなければならない、といった用事はなく、それぞれゆったり食事をとっている。

 ギムセックは村長ということだったが、こんなにのんびりでいいんだろうか。


「ギムセックさんは、この村の村長と言われましたけど、村長の仕事というのは、どんなものですか?」

「そうですねぇ、トーキさんのようにお客様があればおもてなししたり、昨日のように魔族が来たら挨拶をしたり、あとは村人に何か困ったことがあれば相談にのったり。たまに他の種族の代表との話し合いに参加したりですかな」


 実にふわっとしてる。村長と言っても、日本みたいな行政の長の役職とか、政治的な仕事ではなさそうだ。ただ単に村の代表って感じ。そもそも、この世界の行政とか国とかはどうなってるんだろう? その辺、学校でいろいろ聞いてみたいな。


 俺はのんびりと食事をし、のんびりと支度をしたリテに「そろそろ行こっか」と言われて学校に向かう。

 天気は良い。暑くもなく寒くもなく、そよ風が気持ち良い。

 舗装されていない土の道を歩くのも楽しい。

 リテと二人、歩きながら道端の見慣れない花の名前を教えてもらう。

 彼女は植物の名前に詳しかった。もちろん、俺の知っている名前は一つもなかったが、異世界の小さな雑草にも、ちゃんと名前がついていることが新鮮だった。



 ……………………



 学校、という言葉から、俺は大きな建物を想像していたが、着いてみるとそこは公民館や集会所と言った程度の大きさの平屋だった。


「学校の生徒って全部で何人いるの?」

「私を入れて5人。後で紹介するね」

 全校生徒5人かぁ。なんか過疎地域の小学校みたいだな。

 でもこの村の人口も、詳しく分からないが多くはなさそうだから、そんなものか。


 俺はリテに連れられて教室に入る。

 日本の学校の教室より、少し狭い部屋に分厚い木板の大きな机が並ぶ。

 3人の生徒がすでに席に座っていた。


「あ、リテ。おはよう~。その人がうわさの異世界人さん?」

「おはよう、メート。そう、トーキっていうの」


 俺のことは村の噂でもう知っているのか。

 見た目は14~15歳くらいに見える女の子が、真っ先に手を振ってきた。

 栗色の髪を三つ編みにして、丸い大きな瞳には、まだあどけなさがある。


「彼女はメート。45歳で、一番年が近い友達なの」

 45歳かぁ。年齢の感覚がちょっとおかしくなるな。

 そして、立ち上がって近づいて来た彼女を、俺は見上げる。170センチ以上はある。

 ぱっと見、中学生くらいだと思った女の子が、俺より身長が高いと、ちょっとビビる。


「はじめまして!トーキさん」

「は、はじめまして…」


 ちょっとはにかみながら、彼女は右手を差し出す。

 あ、握手の習慣はあるのね。

 俺は彼女の手を握り返すが、やはり俺よりも大きな手だった。


「トーキさんって、人間?っていう種族なんでしょう? あたし、初めてですぅ」

「うん、この世界にはいない種族だからね…」

「どうして学校に来たんですか? もう大人なのに~。だって私のお父さんよりずっと年上に見えますよ~」

「いや、この世界のことがまだ分からないから、いろいろ知りたくて」

「そうなんですかぁ~」


 明るい子だな。でも割とグイグイ来る。こういう若い子のノリにはちょっとついていけないかも。

「えっと、席はどこに座ればいいのかな?」

 とりあえず、席について落ち着きたい。

「特に決まってないから。トーキは見学だし、とりあえず後ろの方に座ろっか」


 俺はリテについて教室の後ろの席に座る。

 すると、俺の前に座っていた二人の子供が、振り向いてくる。


「こんにちは~。トランシルです」

「クランシル…です」


 見た目、7歳くらいか?完全に子供だ。

「双子のトランシルとクランシル。22歳だよ。トランシルが男の子で、クランシルが女の子ね」

 リテが教えてくれたが、「よろしく」と言う前に、双子はもう前を向いている。

 自己紹介、それだけか~。本当に、見知らぬ大人に戸惑っている子供って感じだ。


「あともう一人、カルスティっていう男の子がいるけど、今日はまだ来てないみたい」

「カルスティ?」

「うん。56歳だから、学校では最年長なの。あ、来た」


 背の高い、短髪のエルフの男子がドアを開けて入ってくる。17~18歳くらいの見た目だ。 

 トリスタンやギムセックもイケメンだが、若いエルフはさらにかっこいいな。日本に来たら間違いなくアイドルになれる。

 そんな彼は、部屋に入るとこちらへ鋭い視線を向けてくる。

 なんだ? 睨むように見ているのはリテなのか、俺なのかは分からない。

 そして、挨拶もせずに俺たちから一番離れた席に座る。


「ごめんねトーキ。あいつ、最近ちょっと態度が悪いんだよね」

 小声であやまるリテ。

 なんだろう、思春期の男子特有の、大人に対する敵対感みたいなものだろうか。


 何はともあれ、これで教室に生徒全員がそろった。

 授業開始の時間が決まっている訳ではないので、そのままみんな雑談をしたり、だらだらして過ごす。

 ゆるいなぁ。異世界の学校。


 そうこうしているうちに、昨日あいさつした教師、レミストスクがツカツカと入って来る。


「みなさん、おはようございます。今日は魔鉱歴5238年ミルレスタ月28日。ホームルームを始めます」

 おお? 魔鉱歴ってなんだ? 月も謎の呼び方。こういうの、異世界っぽいなぁ。


「みなさんも村の噂で聞いているかもしれませんが、一昨日の夜、パルキストス様の魔法実験がありました。その際に、異世界、つまりこの世界とは別の世界から、召喚された方がいらっしゃいます。これは、大変に珍しい魔法の実験です。この村をはじめ、近隣でもこの千年、このような魔法は使われた記録はありません」


 そうなんだ。召喚魔法ってそんなに珍しいのね。

「パルキストス様は実験の影響でまだ眠ったままですので、詳細は分かりませんが、異世界から来られた方は、村長のお宅に滞在されています。その方が、私たちの世界についてお知りになりたいと、今日は見学に来られています。トーキさん、よろしいですか」


 几帳面な口調で俺を紹介するレミストスク。

 彼女の合図を受けて俺は立ち上がる。


「そちらのトーキさんです。トーキさんは『人間』という種族だそうです。この世界のことはまだ詳しくないでしょうから、みなさん親切にしてくださいね」

 みんなが振り返って俺を見る中、「よろしくお願いします」と小さく言って、頭を下げる。


 教室には軽い拍手が起きる。

 なんか、照れ臭いな。こういう雰囲気。


「それでは、トーキさんはこの世界のしくみをお知りになりたいということでしたので、今日は社会から始めましょう!」


 時間割は特に決まっていない。教師レミストスクのその日の采配で決まるとのことだ。

 とにもかくにも、授業が始まる。


毎週月曜日、朝6:00更新です。

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