第6話
「今日は魔族の来る日だったか。トーキ様のことがあったからすっかり忘れていたよ」
「もう広場に市が立ってますよ。今回はなかなか盛大です」
「遅くなってしまって申し訳ない。すぐに行きますから」
家かから出てきたギムセックは、訪問してきた男と話している。
間違いなく、魔族と言っているな。しかし、危なそうな雰囲気は全然ないみたいだ。
ギムセックの様子は変わらず朗らかだ。
俺は傍らにいるリテに小声で尋ねる。
「魔族って、どんな奴らなんですか?危なくないんですか?」
「危なく?何言ってるんですトーキ様。それはちょっと失礼ですよ。奴らとか。そういう言い方は良くないと思います」
「いや、でも魔族って…。敵対しているわけではないんですか?」
「ちょっとトーキ様。そんなことあるはずないじゃないですか!トーキ様は魔族をご存じないとは思いますけど、でも知らない種族に対してそういう偏見を持つのは良くないです」
割と真剣に怒られた。
魔族に対する認識がけっこう違うらしい。魔族って悪い奴らじゃないのか?
「魔族は向こうの山を越えたあたり集落に住んでいて、月に一度私たちの村に交易に来るんです。魔族とエルフ、お互いにいろんな特産品を持ち寄って市が立つんですよ」
「そんな友好的な関係なんですね。すいません、知らなくて…」
「いえ!市は珍しいものもたくさんあって楽しいですよ!トーキ様も行きましょう!」
俺はリテの案内で、魔族の市に向かうことになった。
正直、魔族っていう響きには、まだ不安があるが、楽しそうに市に向かうリテについて歩いていると期待が膨らんでくる。
………………………………
家から5分ほど歩くと、露店の立ち並ぶ広場へと出る。
カーキ色の布で仕切られた簡易な店が、ぎっしりと並んでいる。
背の高いエルフたちで賑わう中に、さらに身長の高い一団がいる。
間違いなく2メートル以上はあるだろう男たち。背が高いだけでなく、広い肩幅、しっかりした足腰で、全身に強靭な筋肉が備わっているのがうかがえる。
そして、肌の色。紫がかった薄いブルー。
間違いなく、彼らが魔族だろう。
「それじゃあ、お父さんは魔族の長に挨拶してくるから。リテはトーキ様をしっかりご案内しなさい」
「はーい。じゃ、トーキ様、いきましょう」
露店は、エルフの店と、魔族の店が半々くらい。
エルフの店では、繊細な模様の織物や、レース、刺繍、それらを使った服や小物などを売っている。対して魔族たちは、ハムやソーセージ、キノコや山菜など主に扱っているようだ。
「トーキ様、あれ食べましょう!美味しいですよ!」
リテは、ソーセージを焼いている魔族の露店を指さす。
煙の上がる店先に香ばしい匂いが漂って、見るだけでも美味そうで、うん、これは間違いなく美味いやつだ
「トーキ様、お金は持ってないですよね。私が払うから一緒に食べましょう!」
いい年して、年下の(実は子供の)女性におごってもらうことに、若干の抵抗を感じたが、当然お金は持っていないので、いただくことになった。
リテは串に刺さったソーセージを2本買い、1本を渡してくれる。
「魔獣の肉のソーセージです。熱いから気を付けてください」
焼けたソーセージは、まだ脂がじゅうじゅうと音を立てている。
俺は、リテと二人、ふーふーとソーセージに息を吹いてから、かぶりつく。
熱っ!でも美味っ!焼けた皮がめちゃ香ばしい!
肉汁が口の中でほとばしる。
ぶりっとした歯ごたえの肉が口の中ではじける。
噛むごとにあふれる旨味、飲み込んだ時の充実感。
「美味いですね!これ!」
「でしょう!」
俺はリテと笑い合う。
雑踏中で、二人で立ったまま食べるソーセージ。
リテと出会ってまだ1日も経っていないのに、昔から何度もこうして笑いあったような気がしてくる。
「美味しそうに食べるねぇ、お二人さん。そんな風に食べてもらえると、こっちも嬉しいよ!ほら、これおまけ!」
「いいんですか?ありがとう、おじさん!」
「いいの、いいの!ほら、焼きたてだから熱いよ」
ソーセージ屋の魔族の男が、角切りにしたベーコンの様な肉の串焼きを渡してくれる。
見上げるほど巨体で、屈強な筋肉を持った男だが、話してみれば優しさが滲み出ている。
薄紫の頑健な顔を、くしゃっとさせる笑い顔に俺は、魔族が危ないとか思ってすいません、と心の中で謝罪した。
そのベーコンの様な肉も、たまらなく美味かった。何の肉かはわからないが。
その後もリテと様々な露店を見てまわる。
露店の魔族たちは、誰も親切で、気さくに話すことが出来た。
「魔族の皆さんで、とってもいい人ばかりだね。さっきは危ないとか言って申し訳ないよ」
「そうでしょうトーキ様。魔族はエルフよりも力が強くて狩りも上手だから、森の獲物をたくさん獲って来れる、エルフは魔族よりも器用で、織物なんかを上手く作れる。それぞれを交換したりして、お互いに補い合ってるんです」
「なるほどね」
「はい。学校の先生の受け売りですけど」
「そういえば、リテさんは学校に行ってるんですよね?」
「そうですよ。今日はお休みですけど、明日は朝から学校です」
「学校ではどんなことを習うんですか?」
「うーん、いろいろです。読み書きや計算とか、運動もあるし、魔法とかこの社会の仕組みとか」
この社会の仕組みか。それは知っておきたいかな。この世界って、俺が知ってるファンタジー的な異世界とはやっぱり違うからな。
「魔法や、この社会の仕組みについては、俺も勉強したいですね」
「それじゃ、明日、一緒に学校行ってみますか?」
「え?いいんですか?」
「たぶん大丈夫たと思います」
「そんな部外者がいきなり行ってもいいんですか?」
「平気ですよ。みんな、そんなに一生懸命勉強してるわけじゃないし」
あ、そうなんだ。けっこうゆるい雰囲気なのかな。
「後でお父さんにも話してみますね」
リテは気軽にそう言った。
異世界の学校か。どんな感じだろう?
「学校では、リテさんって何年生になるんですか?」
「何年生?どいう意味ですか?」
「えっと、何年学校に通ってるか、みたいなことかな」
「えーと、それなら、20歳のころからだから、12年ですね」
12年。人間なら小、中、高、終わるくらいだ。
「ちなみに、何歳くらいまで学校に通う必要あるんですか?」
「普通は成人までなので、60歳までです」
「……長くないですか?」
「長いです……。これは、私が病気だからかもしれないんですけど、みんなすごくのんびりしてるなって感じちゃうんです。はっきり言って、私には学校で習う勉強のペースが凄く遅いんです」
リテは、うつむいて地面を見る。
少しの間、話しづらそうに考え込んだが、すぐに気を取り直すように顔を上げる。
「みんなのんびりしてるから、トーキ様が見に来られてもたぶん大丈夫です。同じような内容の授業を何回もやるし。それじゃ明日、一緒に学校へ行きましょう」
努めて明るく言って、リテは歩き出す。
俺は一歩遅れて、彼女を追った。
………………………………
魔族の市はもう終盤なのか、周囲は最後の買い物と、店じまいのための準備に慌ただしさを増していた。道行く人々も増えている。
先を歩くリテとの間にも、行きかう人々が通る。
魔族もエルフも、皆身長が高い。
この市の中で、たぶんリテは一番背が低いだろう。二番目は俺だが。
俺たち二人は、大人の中を歩く小さな子供の様なものだ。
一瞬、気を抜いただけだったが、雑踏の波にもまれてリテの姿を見失う。
「リテ!」
声を上げたが、もう届いてはいなかった。
俺は巨人たちの間をかき分けてリテを追う。
しかし、見つからない。
周りは見知らぬ外国人の様な見た目のエルフと、異形の魔族たちばかり。
俺の身長は彼らの胸のあたりまでしかない。
目線の高い彼らから、俺はほとんど目に入っていない。
親切な人々だということは分かってはいるが、やはり俺とは違う異世界人。
俺にとって、異質な人々。
誰一人、この背の低い男のことを見てもいない。
雑踏の中、ぽつんと一人、取り残された俺。
唐突に、強烈な不安感が訪れる。
見知らぬ大人たちの中に迷い込んだ小さな子供のように。
圧倒的な孤独感。
足が自然と震えだす。
泣きそうになるのを必死でこらえる。
俺はいい年したおっさんだ、こんなことで泣くな、と思うが、不安感は消えない。
その場でうずくまりたい、膝が折れそうになった瞬間、俺の肩を叩く手があった。
「トーキ!」
振り返ると、リテが息を弾ませて見つめていた。
「良かった!急にいなくなったからびっくりしましたよ。もう、みんな大きいんだから気を付けてください」
「リテ!」
彼女は俺の手を取る。
「はぐれないでくださいね」
そのまま、手を繋いで人ごみの中を歩いた。
彼女の手は、意外とひんやりしていて、力強い。
「手を放しても、もう大丈夫だよ、リテさん」
「いえ!人が増えてきましたので。私たち、小さいんですから」
彼女は俺の手を握る力を弱めない。
「トーキ様はこの世界のこともまだ詳しくないんですし、ちゃんと私についてきてくださいね」
「ああ、そうだね。でも、これじゃあどっちが子供かわからないな」
「ふふっ、そうですね」
「そういえばさっき、俺のことトーキって呼んだ?」
「あ、すいません。トーキ様。夢中だったので…」
「いや、いいんだ。というか、様付けで呼ばれるのは、むしろ落ち着かなかったんだ。これからもトーキって呼んでいいよ。それに敬語も必要ない」
「いいんですか?でもまあ、トーキ様も見た目は大人だけど、子供みたいですし、年齢もそんなに変わらないですもんね」
様を付けられるほど、俺はえらくもなんともないからな。
「それじゃあ、トーキ。私のこともリテって呼んで」
「うん。リテ。これからもよろしく」
背の高い人々の波の中を、小さな俺たちは肩を寄せるように並んで歩いた。
さっき一人になった時に感じた、この世界の不安感は消え去って、見知らぬ異世界人の人混みさえも温かく感じられた。
…………………………………
俺たちは、魔族の長との話を終えたギムセックと合流する。
「リテ、ちゃんとトーキ様をご案内できたかい?」
「もちろんよ、お父さん。ね、トーキ」
「こら。トーキ様に失礼だろう」
「いや、いいんです。ギムセックさんも俺のことを様付けはしないでください。俺の方がずっと年下なんですし」
「よろしいんですか?確かに、まあトーキ様の方が年齢で言えば下ですが。うーん、そうですね。ではトーキさん、とお呼びしてよいでしょうか」
「はい!それでお願いします」
「それでトーキさん、市はどうでしたか?」
「とても楽しかったですよ!魔族の食べ物も美味しかったですし、エルフの皆さん織物や刺繍なんかも繊細で素敵ですね!」
「それは良かったです。今回の市は盛大で、エルフの村としても良い取引ができました」
「お父さん、トーキったら人混みで迷子になりかけたんだよ。私たちってみんなより小さいから、気を付けないといけないんだから」
「そうか、トーキさんとずいぶん仲良くなったみたいだな」
ギムセックは、わずかに驚いたような表情をした後、嬉しそうにリテの頭を撫でた。
「それで、お父さん。明日、トーキも一緒に学校に行ってもいい?この世界のことを知りたいんだって」
「トーキさんも学校に?そうなんですか、トーキさん」
「はい。こちらの世界について分からないことばかりですので。よろしいですかね」
「もちろん!大丈夫だと思いますよ!」
「良かったね。トーキ」
俺たちは市を後にして帰路に就く。ギムセックは魔族から肉や山菜など、両手に一杯の荷物を持ち帰る。俺は手伝いましょうか、と声をかけようとしてやめる。当然のようにギムセックは魔法を使い、何の苦も無く大きな荷物を運んでいたからだ。まったく、便利なものだ。
……………………………
「そうだ、トーキさんが明日、学校に行かれるなら、レミストスクさんに挨拶しておくか。彼女の家はすぐそこだからね」
「レミストスクさん?」
「学校の先生だよ。トーキ」
ギムセックに連れられて、学校の先生だというレミストスクの家に寄り道をする。
色とりどりの花の鉢植えが窓際に飾られた、こじんまりとした一軒家だった。
ギムセックは荷物を置き、ドアをノックする。
「こんにちは、レミストスクさん。ギムセックです!」
声をかけ、しばらく待つとドアが開き、眼鏡をかけて淡いピンク色のワンピースを着たエルフの女性が現れた。
「レミストスクさん、すいません、急に。いつもリテがお世話になってます。昨夜からうちにお客様が来られてまして。トーキさんという方なんですが、パルキストス様の魔法実験で召喚されたようでして。なんでも別の世界から来られたそうです。それで、こちらの世界について知りたいから学校に行ってみたい、ということなんですが」
ギムセックが俺のことを説明してくれているが、情報量、多いなぁ。
まあ、説明の通りではあるんだけど。
レミストスクは眼鏡を光らせて鋭い目つきで俺を見る。
エルフである彼女は、もちろん俺よりも高身長。艶のある金髪を編み込みにしている美人だ。
美人教師の眼鏡エルフに上から見つめられて、俺はややたじろぐ。
彼女はわずかに眉間にシワを寄せて、ニコリともしない。
「召喚魔法で来られた方がいるということは、噂になってましたから知っております。そちらのお方ですね。授業をご見学されたいということでしたら、ご自由にどうぞ」
レミストスクは表情を変えず、硬い声色でギムセックに応える。
ううっ。ご自由に、とは言っているが、なんだかあまり歓迎している風ではないな。
「すいません。お邪魔じゃないですかね?」
俺は彼女に会釈をして問いかける。
「いえ。構いませんよ。ええと、トーキさんですね。すいませんが、どちらのご種族のかたでしょうか?」
「あ、人間ていう、こちらの世界にはいない種族ですので」
「人間…。そうですか。わかりました」
彼女はそう言って、ほんの少しだが溜息をついた。
なんか、明らかに不機嫌だな。眉間のシワもさらに深くなったようだし。
そんな彼女の様子を、ギムセックやリテはあまり気にしていないようだった。
明日はよろしくお願いします、とかいった挨拶をして、レミストスクの家を後にする。
俺がこの世界に来てから、これまでに出会った人々は基本的に皆、親切だった。歓迎ムードだったと言っていい。
しかし、ここにきてそうでもない対応が来たか。
不安はあるが、むしろこれまでが順調すぎたともいえる。
何しろ、異世界から来た訳の分からない人間だ。
軋轢があるのが当然だし、それを乗り越えていくのも異世界ものの面白さだろう。
よし!と俺は心の中で気を取り直し、明日に備える。
次回、第7話は2/16(月)朝 6:00 更新です。




