第5話
「はい、トーキ様。こちらを首にかけてください」
俺はリテと共に庭に出て、魔法を教わることとなった。リテから、赤、黄、白の三つの魔石を組み合わせたペンダントを渡される。
「光魔法は、先ほどお教えしましたので、次は力魔法にいたしましょうか。そちらの黄色い魔石を使います」
父親のギムセックがいなくなり、二人きりになるとリテの子供っぽさはスッとなくなった。
丁寧な口調ではあるのだが、なんだか事務的だな。まあ、会ったばかりだから仕方がないが、やや壁を感じる。
「力魔法は、物の重さを操作して、重いものを運んだり、大きなものでも素早く動かしたりできます。試しにそこの庭石でやってみましょうか」
リテはそう言って、両手で抱えるほどの大きさの石、というか岩に自分の魔石を当てる。
「キャルロルディ」
つぶやくと手に持った魔石がほんのり輝く。そして、リテはその数百キロはありそうな岩を両手で持ち上げて見せた。
「すごい!」
リテは、事も無げには岩を持ち運び、俺の前に置く。まるで発泡スチロールのようだ。
リテが手を離すと、岩は重さを取り戻したのか、地面に少し沈み込んだ。触ってみると、間違いなく硬い岩で、普通の力ではびくともしない。
「石が綿のように軽くなったとイメージしながら、『キャルロルディ』とつぶやいてください。どうぞ、トーキ様」
「わかった」
俺は、リテに言われた通りにイメージしながら、魔石を岩に当ててつぶやく。
「キャルロルディ」
魔石が輝く。
その瞬間、岩は重さを失い、魔石を当てていた軽い力でスッと動いた。
俺は、そのまま岩をつかんで持ち上げる。
「おお!これ、面白い!ほんとに発泡スチロールみたいだ!」
「発泡スチロールとは何ですか?トーキ様」
「いや、俺のいた世界にあった、軽い物質なんだけど。これは軽くなっても硬さや質感は岩のままだから、ちょっと不思議だな」
俺は面白くなって岩を持ち上げて歩き回った。
森の中でおんぶされたときに、トレスタンが使ったのもこの魔法だ。これ使い方によっちゃ、かなり便利だな。
重い物が軽くなるっていう単純な魔法だけど、実際に体験してみると、めちゃくちゃ楽しい。
はしゃいでいる俺をみて、リテもつられて笑っている。
「誰でも使える魔法で、そんなに喜んでもらえるとは思っていませんでした」
「いやあ、楽しいですよ、これ。これって、どんな大きなものでも軽くできるんですか?」
「そうですね、どこまでできるかはやったことがないですけど、馬車を軽くして速く走ったりは出来ます」
「馬車サイズでもできるんですね。それなら自動車はいらないな」
「自動車?」
「あ、俺の世界の移動のための道具です。ガソリンっていう燃料で動くんですけど、魔法の方がずっといいですね」
「ガソリンというのは?」
「石油からできる、燃える液体です。この世界には無いのかな。俺の世界だと、その石油を燃やすことでいろんなものを動かすエネルギーにしてるんです。でも石油には限りがあるし、空気も汚れるから。それに比べて、魔法はほぼ無限で、クリーンだし、最高ですね」
「燃える液体?!そんなのは聞いたことないです。多分この世界には無いんじゃないかな…。トーキ様の世界は本当に不思議ですね」
だから、魔法の方が不思議でしょ、と思いつつ、俺は持っていた岩を下ろす。
「この赤い魔石の、熱魔法っていうのもいいですか」
「はい。それでは、えーと、水を温めてみましょうか」
リテは、庭にあった木桶に、井戸から水を汲む。
水を汲むときにも当然のように力魔法「キャルロルディ」を使っていた。日常的に普通に使っているらしい。
その木桶を地面に置き、赤い魔石をかざしてリテがつぶやく。
「ハイネント」
数秒して、木桶の水から湯気が上がり始める。
「こんな感じです。どのくらいの熱さまで温めるかは、イメージの仕方で調整できますよ」
「なるほど…」
そして、リテはもう一度魔石をかざす。
「コルネント」
つぶやくと、湯気が消える。
「え!今、お湯になったのを冷ましたんですか?!」
「あ、はい。冷まさないとトーキ様がお湯にできませんし」
「温めるだけじゃなくて、冷やすこともできるんですね!」
「それはそうです。熱を操るのが熱魔法ですから」
そう言われれば、そうか。なんとなく、加熱と冷却は別の系統の魔法ってイメージだけど、熱を操作するって意味においては、同系統なんだ。
「ではトーキ様、やってみましょう」
「よし!」
俺は、水が温まってお風呂くらいになることをイメージする。
「えーと、ハイ…、なんだっけ?」
「ハイネントです」
「ハイネント!」
水から湯気が上がりだす。触ってみると、確かにお湯になっている。
「冷やすときはコルネントです。トーキ様」
「了解!コルネント」
湯気はあっという間に消える。さらに水は表面に氷が張り始め、やがては木桶全体が凍った。
「いいですね、トーキ様。凍らせるのをイメージされたんですね」
「はい!凍るほど冷やすのも簡単ですね。」
「トーキ様の呑み込みが早くて素晴らしいです。基本的な魔法としてはこんな感じですね。もっと熱くしたり、燃やしたりもできますが、とりあえず日常ではこのくらい覚えていただければ十分だと思います」
「もっと強力なのもあるんですね。うーん、魔法って言うと、炎や氷を出したりとかも、やってみたいな…」
「はあ?炎や氷をだす?ええと、対象を燃やす魔法はありますが、炎を出すというのは…」
「え?こう魔石からぶわーと炎を出したりとか、できないんですか?」
「そんなの、できるわけないじゃないですか。何を言ってるんですかトーキ様」
「いや、魔法って、ほら、そういう感じかなって…。俺が見たことのあるファンタジーだと、手から炎を出したり、氷を出したり、水を飛ばしたりとか、してたんだけど…」
「ええ?トーキ様、何をおっしゃってるんですか?手から炎や氷が出るわけないじゃないですか」
「…その通りです…」
めちゃ冷静に突っ込まれた。いや、魔法ってそういうものじゃないの?
いろんなファンタジーで、炎とか水とか、出してるじゃん。
「ふふっ。トーキ様って、ずいぶん想像力が豊かなんですね。手から氷か出るなんて、そんな魔法、考えたこともなかったです」
俺の言ってることが、じわじわ可笑しくなったのか、リテが笑い出す。
父親の前で見せる無邪気な表情とはまた違った、落ち着いた柔らかな笑顔。
俺は彼女から目を離せない。
なぜだろう。彼女がエルフだから?もしくは、エルフなのに人間の様だから?
それとも…。
見ていると、つられて俺も笑い出してしまう。
「いや、可笑しいですよね、手から色々出たら。ふふっ、あはっ、はっはっ…」
「あはっ、はははっ、ふふっ…」
なんだかツボに入ってしまい、それからしばらく二人の笑いはおさまらなかった。
「いや、俺がいた世界にある物語の中では、そういう魔法があったりするんですよ」
「トーキ様の世界の物語ですか。なんだかトーキ様の世界って、すごく楽しそうです」
「うーん、そんなことも無いですよ。こっちの世界の方がずっといいかも。便利な魔法もあるし」
「そうでしょうか。私は、実はちょっと退屈なんです。お父さんたちの前では、私は子供だから子供っぽく振舞ってるけど、本当は自分で考えて自分でいろいろやってみたいんです。でも、やっぱり子供だと思われてるので、出来ないことも多いし」
「そうなんですか」
「はい。私は、この村はとっても好きですけど、違う村や街にも行ってみたい。いろんな種族の人たちにも会ってみたいし、私にしか作れないものを作ってみたい」
「リテさんにしか作れないもの?」
「あ、それは…。うーん、恥ずかしいんですけど、私、絵を描くのが好きで、いろんなものを描いてみたいんです」
「へえ!絵を!いいですね。もしよかったら見せてもらえないですか?」
「ぜったいにイヤです」
笑顔で断られた。
「あ、すいません、トーキ様。でも、恥ずかしいので。両親にも見せたことないし。それに、この村人たちは、そういうのあんまり興味ないんです。みんな優しいけど、毎日を平穏に過ごすだけで満足って言うか。でも私は、新しいものを作ったり、旅に出て見たことのないものを見たり、自分の何かを表現したりとか、そういうのをいつも考えてしまうんです」
「それは、素敵なことじゃないですか!」
「ありがとうございます、トーキ様。でも、こんな風に考えることも、私の病気のせいかもしれないって言われたこともあります。普通のエルフはそんなこと考えないって」
そうか。エルフは寿命が長いが故に、変化なく平穏に過ごすようになるのかもな。
逆に彼女は、やっぱり人間っぽい。短い人生だからこそ、自分を表現したいって思うのだろうか。
「こんなことを話したの、トーキ様が初めてです。お父さんたちには内緒にしてくださいね」
そう言って彼女は笑う。
柔らかい笑顔は、子供のように無邪気で、大人のように意思の力にあふれていた。
………………………………
「こんにちは、リテちゃん、村長はいるかな?」
二人で魔法の練習をしているところに、声がかかる。
まだ見たことのないエルフの男が訪ねて来た。
「あ、こんにちは。お父さんですか?家にいますよ」
リテが応える。近隣の住人らしい。
「魔族が来たみたいだから。呼んでもらえるかい?」
「あ、そういえば今日でしたね。今、呼んできます!」
え?魔族って言った?
不穏な単語をあっけらかんと口にした男を残し、リテは家の中へギムセックを呼びに行った。




