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第3話

 どれくらい眠っただろうか。部屋の中にほんのり香ばしい匂いがして、俺は目が覚めた。

 何かの肉が焼けた匂い、そして種類は分からないが、何かのスパイスの香り。

 唐突に空腹を感じて、俺の脳はすぐさま覚醒する。


「腹減った…」

 独り言ちて起き上がり、部屋を出る。


 匂いがするのは、ギムセックたちと話したリビングの方だ。

 おずおずとその扉を開くと、料理の香りが一気に鼻孔に飛び込んできて、俺の食欲は急上昇する。


「ああ、トーキ様。ちょうどお呼びしようと思っていたところです。昼食の準備をしましたので、ぜひお召し上がりください」


 カラメル色に焼きあがった塊肉を載せた大皿を持って、ギムセックは明るく言う。

 テーブルの上には、鮮やかな野菜を盛りつけたサラダ(何の野菜かはわからないが)や、湯気を立てるスープが並ぶ。


「さあ、どうぞ!そちらにお座りくださいませ!今日はトーキ様のおかげでご馳走ですよ!」

 ギムセックに勧められて俺は席に着く。

 目の前に、両手で抱えるほどの大きさの、焼かれた塊肉が置かれる。何の肉なのか分からないが、とにかく匂いは美味そうだ。


「トリスタンがトーキ様を襲ったと思しき魔獣を狩ってきたんですよ。『バルヴォルク』という魔獣ですが、こいつの肉は大変な美味でして。ぜひトーキ様にお召し上がりいただきたくて、香草焼きにいたしました」


 俺を襲ったあの魔獣の肉かよ。確か、熊よりもでかいオオカミみたいなやつだったが、あれの肉、食べられるんだ。


「調理は、妻のミルステーナがいたしました」

 ギムセックの紹介で、キッチンから彼の妻が現れる。

「ミルステーナと申します。こんな格好で失礼いたします」


 とんでもない美人だった。180センチはありそうな長身で、ブロンドの長い髪、透き通るような白い肌。パリコレのモデルでもかなわないだろう、スーパー美女だ。


 調理中とあってエプロン姿だったミルステーナは、丁寧にお辞儀をしてこちらに挨拶をする。いや、こんな美女に挨拶される日が来るなんて思ってなかった。驚きのあまり一言も返せなかったが、彼女は柔らかく微笑んでキッチンに戻っていった。


 しかし、彼女がリテの母、ということか。全く似てないな。

 リテは父親のギムセックとも似ていない。

 両親ともかなりの長身、金髪よりも薄い髪色、そして尖ったエルフ耳だが、リテの身長は俺より低く、濃い茶色の髪で、普通の耳。


 それに見た目の年齢も、なんなら母親の方が若く見える。あんな超美人の母親で、自分の方が先に老けてるって、これは想像以上に辛い状況なんじゃないだろうか。


 そう思っていると、リテも食事の準備を手伝って、肉塊をのせた大皿を持ってキッチンから出てきた。俺は彼女に目をやるが、彼女はこちらに目線を合わせない。


 あれ、俺の方、見ないようにしてる?いや、食事の準備に集中しているだけか?

 わからないまま、彼女は皿を置いてまたキッチンへと戻る。


 一方、極めて上機嫌のギムセックは、ナイフを持ってにこやかに食卓に着いた。

「トーキ様、肉をお取り分けいたします。特にこのヒレの部分が絶品ですので」


 ナイフを入れると肉はホロホロと崩れ、あっという間に切り分けられていく。 

 見ているだけでも、柔らかいことが分かる。


 リテのことも気がかりだが、今は食欲の方が勝ってきた。

 取り皿にのせられた肉に、サラダ、スープとパン。

 温かい湯気が漂い、食欲はもうクライマックスだ。


「どうぞ!冷めないうちに」

 他の家族が食卓に揃うまで待つべきかと思ったが、ギムセックにうながされて俺は肉を頬張る。


 美味い!

 柔らかい、だけではなく程よい噛み応えもある。脂ののりもちょうどいい。こってりしてるのにしつこくない。それに、何か分からないがハーブの香り。ほんのり爽やかで、この肉の旨味が際立つ。これは、人生で食べた肉料理の中でもベストかも。


 スープやサラダも美味く、俺は夢中で食べた。

 食べている途中からギムセック夫婦やリテも食卓に加わったようだが、この料理に夢中の俺の目には、あまり入っていなかった。



 ………………………………………………



 信じられないくらい美味かった。

 人生最高の食事だと言っても過言ではない。

 異世界、最高。ブラボー。


 一通りの食事を終えて、呆然としてしまう俺。リテとミルステーナはキッチンで洗い物をしている。ギムセックと二人きりになり、彼は満足そうに語りかけてくる。


「ご満足いただけたようで良かったです。妻の料理は絶品だとうぬぼれてはおりましたが、トーキ様が別の世界から来られた方ということで、お口に合うか心配でした」

「めちゃくちゃ美味しかったです。本当に。元の世界の料理以上でした」

「ありがとうございます」


「さて、落ち着きましたところで、トーキ様にご報告いたします。魔法研究者のパルキストス様ですが、今朝の捜索で、森の中で気を失っておられるのを発見いたしました。治癒魔法の得意な者のところにお運びしましたが、まだ意識は取り戻しておられないとのことです。しかし、外傷はなく、治癒魔法も万全に施しましたので、そのうち目が覚めるのではと思います」


「ああ!そうですか。それは良かったです」

 召喚魔法を使ったらしいパルキストスが見つかったか。よし。これで俺が召喚された理由もわかるだろう。


「トーキ様は、このまま当家にご滞在いただいく、ということでよろしいでしょうか。必要なものがございましたら、全てこちらでご用意いたしますので」

「よろしいですか!ありがとうございます」


 うん。このままギムセックの家に滞在できるのか。それなら良かった。食事も美味いし、本当に助かる。


「滞在される間、トーキ様のいらしたという別の世界のお話などを伺えればと思います。それと、これは、まあ、ご相談なのですが…」

 ん?急に歯切れが悪いな。

「何でしょうか?」


「あの、お気づきかもしれませんが、リテのことでして。申し上げにくいのですが、娘は大変特殊な病気に罹っておりまして…」

「あ、先ほどリテさんに伺いました。成長がとても早いという」

「はい。そうなのです。滅多にない病気でして、治療法もわからず、難儀をしております」

「お気持ち、お察しします」


「それでですね、この病気の現在のリテの状態が、トーキ様の種族に似ているように思いまして、ご相談にのっていただければ、ということなのですが……」


 なるほど。確かにリテの特徴は、エルフというより人間に近い。

 成長速度もそうだし、外見も人間とあまり変わらない。

 おそらく、この世界のエルフは長身で薄い髪色、尖った耳なんかが特徴なんだろうが、彼女はそれを受け継いでいない。


 なぜこの世界で、エルフから人間の様な特徴を持った彼女が生まれたのか、それはまだ分からない。リテの話では、この世界には人間の様な種族はいないらしいしな。


 しかし、だからこそ唯一の人間として、俺に出来ることがあるのかも。

 俺を召喚したパルキストスの話を聞かないとまだわからないが、俺がこの世界に来た理由が見えてきそうだ。

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