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第11話

 俺とリテは、魔石売りドネルコが泊っているという宿屋の扉をくぐる。

 宿屋の1階は食堂になっており、いくつもテーブルが並ぶ。広い店内だが客は数人。カチャカチャと食器の音だけが響く中、隅の席でドネルコは酒を飲んでいた。


「やあ! お二人さん。待ってやした!」

 顔を赤らめて、陽気に声をかけてくるドネルコ。

 すでにかなり飲んでいるようだ。


 テーブルの上には、陶器で出来た大きなジョッキが置いてある。

 本当にでかいジョッキだ。3リットルくらいは入るんじゃないか?

 ドネルコも魔族なので、身体がでかい(2メートルは軽く超える)ためにバランス的に違和感がないが、俺が持ったらジョッキというより「樽」って感じだろう。


 そういえば、この世界に来てから、まだ酒は飲んだことがない。

 ギムセック家の食卓にも酒は出なった。

 俺はドネルコの飲むジョッキの中身が気になりながらも、リテと並んで席に着く。


「魔法都市『シュルクタット』に行きたいんでやしたね。エルフの方で『シュルクタット』まで行かれる方は珍しいですね」

「そうね。村でも『シュルクタット』まで行ったことがある人はいなくて。だからこうしてあなたにお話を伺いに来たんです」


「移動は、馬車ですかい? それとも徒歩? もしかして魔法ですかい?」

「魔法で行く方法があるの?」

「そりゃ、転移魔法が一番速いですよ。あれなら一瞬だ。というのは冗談で、パーティーを組んで飛行魔法で移動する連中を見たことがありやす」


「飛行魔法で? そんなことが出来るの?」

 リテが驚いて聞き返す。俺も内心驚く。空を飛んでいけるなら最高じゃん。


「物を軽くするのと、動かす力魔法の組み合わせで出来やす。かなり熟練が必要らしいですが。それに、空を飛ぶ魔獣が出る地域もあるんで、それに対処する人員もいりやす。最低でも4~5人のパーティーでないと危険です」

「そう……。それはちょっと無理ね。馬車も無いから、徒歩で行くとどのくらいかかるの?」

「徒歩なら、1ヶ月か…、いや、あんたの足じゃあ2ヶ月はかかりそうですね」

「2ヶ月……」

 リテは少し考え込む。徒歩で2ヶ月は、それなりに遠い。


 そして、ドネルコは地図を広げて見せてくれた。

 簡単な地図だが、この近隣の地域の村の位置、それらを繋ぐ道、途中の森や河川など、必要そうな情報はきちんと載っていて、精度も悪くなさそうだ。

 

「ここが今いる『テルノ村』。そして『シュルクタット』がここでさぁ」

 ドネルコが地図を指し示す。

 この村、「テルノ村」って言うのか。今まで村の名前を聞かなったな。

 ああ、そもそも村を出る人がほとんどいないから、村の名前って会話に出てこないのか。


「この街道を通るのが近いです。ここの魔族の村には宿屋がありやすから、ここで一泊して……。問題はこの辺りでして、村も無いので野宿になりやす。魔獣の危険があるのはこの辺りで……」


「うんうん。分かったけど、全部は覚えられない……。この地図を売ってもらうことは出来ないの?」

「あー、この地図は1枚だけなんで、売るのはちょっと……。『コルフィンク』は使えないんで?」

「『コルフィンク』って?」

「光魔法の一種でさあ。ご存じないんでしたら、特別にいっちょやってみせやすよ。えーと、紙はあったはず……」


 ドネルコは彼の荷物の中から、紙の束を取り出す。

 その1枚を開くと、それは地図と同じくらいの大きさの白紙だった。


「いいですかい? 『コルフィンク』」

 地図に光魔法の白い魔石を掲げてつぶやいた。


 魔石が光り、地図を照らす。

 しかし、何かが起きた様子はない。

「え? どういうこと?」

「へへ。これからです!」


 ドネルコは次に白紙に向けて魔石を掲げ、同じようにつぶやく。

「コルフィンク」


 再び魔石が光り、その光が数秒、白紙に照射される。

 一瞬、眩しさで目がくらむ。


 次の瞬間、見ると白紙に地図が複写されている。

 え、これ、コピーじゃん。

「どうです、複写の魔法、『コルフィンク』です。便利なもんでしょう」


 リテも初めて見た魔法だったようだ。元の地図と、複写された地図を見比べて驚いている。

 多少の荒さはあるが、ほぼ完全に地図をコピーしていた。


 光魔法でこんなことも出来るのか。

 俺たちは驚きつつも、これで詳細な地図を手に入れた。



 ………………………………



 リテがドネルコから旅の道筋について詳細に聞いた後、俺も彼に質問してみる。

「人間」についてだ。


「ドネルコさん、俺たちは『人間』っていう種族なんだけど、こういう種族は他には見たことないですか?」

「『人間』ですかい。聞いたことがありやせんねぇ。あっしは、この大陸の最北からこの村まで、ほとんどの場所で商売をして来やしたが、お二人さんみたいな種族は初めてですね」

 やっぱり。「人間」を見たことはないか。


「ちなみに、エルフから俺たち『人間』の様な特徴の子供が生まれる病気についても聞いたことはないかい? 寿命が短くなる病気とか」

「『人間』の特徴の子供ですか……。そうですね~、ちょっと違うかもしれやせんが、何百年かに一人、もともとの種族の特徴を受け継がない子供が生まれるっていう話は聞いたことがありやす」

「そういう子供がどうなったかは分かりますか?」

「いや~、そこまでは……。ちょっと分からないですねぇ」


 やはり、「人間」についての情報はないか。

 しかし、もともとの種族の特徴を受け継がない子供、というのはリテも当てはまる。

 リテと同じ病気のことだろうか?


「まあ、分からないならしょうがないよ、トーキ。これまでも何人も魔石売りの人たちに私の病気のことを聞いたけど、結局、詳しく知ってる人はいなかったもの」

 リテは案外、さばさばしたものだった。

 過去にも何度も聞いて、誰も知らなかったのだから、もうほとんど諦めているのだろう。



 ……………………



 ドネルコから必要な情報を聞き、俺たち二人は夜の村を帰宅の途に就く。


「リテ、やっぱり『シュルクタット』に行くんだね」

「うん。行く。いろいろ準備は必要だけど、それが整ったら」

「ギムセックさんやミルステーナさんには話さなくていいの?」

「もちろん話すけど、もちょっと準備してからかな。お母さんはたぶん大丈夫だけど、お父さんは何て言うかな……」

「反対されるんじゃない?」

「うーん、お父さんは私のこと、まだ子供だと思ってるしなー。どうやって話そうかな……」

「お母さんは大丈夫なの?」

「お母さんは、私がもう大人だって気づいてるよ。ちゃんと話せば反対しないと思う」


 父親の方が、娘を子供扱いして、手元に置いておきたい、みたいなのエルフでもあるのか。

 まあ、ギムセックはリテのことを溺愛してそうだしな。


 ちなみに、リテは俺のこと、どう思っているのだろうか。

 嫌われてはいない、というのは分かる。

 喋っていて、仲良くなったとは思う。

 しかし、それ以上どう思われているのかは、いまいち分からないんだよな……。


 でも、こうして異世界に来て、彼女に出会って、一緒に行かないという選択肢は、俺にはないな。

 やっぱり俺は、リテを助けたい。

 彼女を守りたい。

 この気持ちは、揺るぎそうにない。


 俺は、これまでの人生で自分の気持ちを、人に対してストレートに伝えたことは、ほとんどない。親に対しても、兄貴に対しても、昔付き合っていた彼女にもそうだった。


 でも、ここは異世界だ。

 元の世界とは違うし、昔の俺でもない。

 うん。言いたいことは、言おう。


「リテ! 君が『シュルクタット』行くなら、俺も一緒に行くよ。俺は君を助けたいんだ!」


 リテは、目を見開いてこちらを見る。

 暗い路地でも、彼女の表情ははっきり見て取れた。


 大きな丸い瞳でこちらを見た後、眉をしかめて彼女は言う。

「ええ!? なんで??」


 お、おおう……えー? なんでって……? ダメですか……?

「トーキはパルキストス様が目覚めるのを待ってればいいじゃん。お父さんが面倒見てくれるから大丈夫だよ? わざわざ私と一緒に来なくても……」


「いや、そんな遠くまでの旅、危険もあるだろうし、君を守ってあげたいんだけど……」

「危険? 何言ってるの、私、大人だよ。ちゃんと準備したら平気に決まってるよ」

「え、でも、魔獣も出るらしいし、危なくないの?」

「いやだなあ、魔獣なんて魔法があれば全然平気だよ。確かに、お金の問題はあるから、その辺はちゃんと準備するつもりだけど。お金はトーキには準備できないでしょう?」


 ああー、この世界のお金は、まあ、準備できない……。その通りなんだけど……。

 え? そういう問題なの?


「トーキまで私を子供扱いしてるの? トーキの世界なら、私は間違いなく大人なのに」

「ええと、本当に危険はないの? だって魔獣だよ? 徒歩で2ヶ月だよ?」


「魔獣なんて平気だって。ああ、トーキは魔獣のことよく知らないよね。魔獣は大きくて強く見えるけど、それでも魔法の方がずっとずっと強いんだよ。ドネルコさんから対処法も聞いたし、魔獣にやられる人なんて、もう何百年も出てないよ」


「そう……、なんだ……」

「徒歩で2ヶ月は、思ってたより遠いけど、今は天気も安定した季節だし、道筋もわかってる。危険なんてないよ」


 リテは諭すように俺に言う。

 そうか。俺は異世界の旅ってことで、危険だと思い込んでいた。

 しかし、よく考えてみろ、この世界について。


 魔獣が大きいとはいえ、獣は獣。俺が異世界に来た時、トレスタンが魔法で瞬殺していた。

 熱魔法で焼き尽くすことも、力魔法で吹き飛ばすことも、やろうと思えば簡単なのだ。魔法が使えれば魔獣といっても敵じゃない。


 それに、この世界に犯罪はない。襲われたり盗まれたりする心配はないんだ。


 異世界の旅は危険っていう思い込みがあったけど、この世界ではそうでもない。

 途中の路銀さえあれば、女性一人でも旅ができる。

 犯罪の可能性がないなら、もう日本よりも安全かもしれない。


「まあ、トーキがどうしてもついて行きたいっていうなら、一緒に来てもいいけど」

 リテは、子供を見るような目で俺を見る。


「あ、うん……。どうしても……、行きたいかな……」

「しょうがないな」

 軽い溜息をつき、リテはそう言った。




 ……………………….



 それからのリテは、空いた時間があれば部屋に籠るようになった。

 いったい何をしているのか、と聞いてみれば、刺繡だった。

 以前に広場に立った(いち)でも見たが、刺繍はエルフの主要な手工芸品なのだ。


 リテは、自分で作った刺繡の入ったハンカチを、次の市で売って旅の資金にするつもりらしい。 

 彼女の作る刺繍は、デザインや色の使い方が大胆で、他のエルフが作る伝統的な刺繍よりも人気があるそうだった。そこは人間的な発想やセンスが生きているのだろう。


 そんなわけで、リテは日々刺繍作りに励んでいて、俺と話す時間は少なくなった。

 学校の登下校などで二人になっても、旅の準備について考え込んでいるのか、あまり話しかけてはこない。


 しかし、時々意味深な視線を俺に送って来る。

 笑顔はなく、真っ直ぐ見てくる強い視線。


 俺は、最初こそは何だと思ったが、すぐにその視線の意味に気付いた。


 リテは旅のために資金を稼ごうとしている。

 俺は、その旅に同行しようとしている。


 そして、俺は金を持っていなかった。


 要するに、「トーキはお金、どうするの?」ということなのだ。


 お金を稼ぐには働くしかない。一応は村の客人である俺に向かって、「働け」とは言いづらいので、リテは言葉にはしない。

 しかし、間違いなくそう思っている。


 私が旅のためにこんなに一生懸命に準備しているのに、一緒に行くと言っておきながら何もしないの? というプレッシャーをガシガシ感じる。


 分かっている。分かっているんだ。

 でも、そもそもこの村で仕事、というか求人募集なんてないのだ。


 異世界だと、冒険者とか、ギルドとかよくあるけど、そういうのはこの村にはない。

 この村の産業は、農業と手工業くらいだ。それも、人手は足りている。


 ギムセックやレミストスクにも仕事をしたい、と言ってみたが、難しい顔をして悩んだ後、「トーキさんが働く必要はないですよ」と言われただけだった。


 リテの旅に一緒に行きたいといっても、金がないんじゃ非常にマズイ。

 まさか路銀をリテに出してもらう訳にもいかない。


 ギムセックにお願いして借りるか? とも思ったが、娘の旅立ち自体に反対しそうなギムセックに相談することもできない。


 思いあぐねた俺は、この村で唯一の同性の友達となったカルスティに、「働きたいんだけど働き口がないんだよね」と愚痴った。


「トーキさん、仕事探してるんですか? 別に働かなくても大丈夫なのに。真面目なんですね」

 事情を知らないカルスティは、俺の言葉に素直に感心してくれる。

 真面目なわけではないので、ちょっと申し訳ない。


「だったらウチで働いてみます? トーキさんだったら、もしかしてウチの仕事向いてるかも」

「え?」



 ……………………



 放課後、俺はカルスティと共に彼の家に行く。

 そこは、この村でただ一つのパン屋だった。


 小さな店構えだが、棚に大小様々なパンが並ぶ。

 見ると、クッキーやスコーン、パウンドケーキのようなお菓子もある。

 甘くて、香ばしい匂いが充満する店内。

 生真面目な顔をしたエルフの男がパンを並べている。


「ただいまー。あ、父さん。こちらトーキさん。あの召喚された『人間』っていう種族の」

「おかえ…ええ? ああ、これはどうも。いつも息子がお世話になってます」


 その男、カルスティの父はグローグと名乗り、突然の訪問にも、丁寧に挨拶をしてくれた。


「父さん、トーキさんが仕事を探してるんだって。だからウチを手伝ってもらったら良いかと思うんだけど、どうかな?」

「いや、そんな。村のお客さんを働かせる訳にはいかないよ。トーキさんのことは息子から聞いておりますが、わざわざ仕事をされなくても……」


「すいません、俺が働きたいんです。少しでも出来ることがあれば、お手伝いさせてください」

「ほら、トーキさんもこう言ってるし。それに、ウチの仕事って村のみんなは苦手な人が多いけど、トーキさんにはきっと向いてるから」

「うーん、そう言うのなら、お願いしてみるか……」


 カルスティの説得で、俺はこのお店で働けることになった。

 しかしカルスティは、どうして俺がパン屋に向いていると思うのだろうか。

 俺は、パンなんて焼いたことがないけども……。

 意外な展開に戸惑いつつも、俺はカルスティ共にパン屋の調理場に入る。



毎週月曜日、朝6:00更新です。

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