第10話
「それは、おそらく天使族ですね。トーキさん」
帰宅した俺とリテは、先ほど会った謎の男について、ギムセックに聞いてみた。
「魔法都市『シュルクタット』に住むという少数種族です。私も会ったことはありませんが、非常に高度な魔法を操ることが出来るそうです」
ん?魔法都市シュルクタット? そんなところがあるのか。
「ギムセックさん、その魔法都市というのはどんなところですか?」
「ここから北西にずっと行った先にある、この大陸で最大の都市です。この村のあるアルトゥニア地方と、北方のノートゥニア地方の中間に位置しています。我々の使用している魔石は、全てその都市で作られているので、魔法都市と呼ばれているのです」
「へえ、魔石を作っている都市ですか。では魔石が新たに必要な場合は、そこに行って仕入れてくるのですか」
「いや。直接行ったことはありません。魔石は行商の魔石売りが数か月に1度やって来ますので。魔法都市のことも天使族についても、魔石売りから聞いた話です」
「あ、行かれたことはないんですね。すごく興味深いですけど、魔法都市って」
「そうですか。特に行く必要はないですからねぇ。かなりの遠方ですし」
ああ、そういうところがエルフは保守的なんだな。
必要がないから行かない。合理的ではあるんだけど。
「パルキストス様も、以前は魔法都市にいらしたという話ですので、何らかのご関係があるのでしょう。そのうち、お目覚めになりましたら尋ねてみましょう」
そのうち、ね。いつになるんだか。
エルフの人たちは、本当にみんな良い人で、悪意がなくて、親切なんだけど、このおおらかすぎる感じが地味につらい。
そして俺は、例によってめちゃくちゃ美味しい食事をありがたく頂戴し、部屋に戻る。
特別に疲れるようなことはしていないが、今日1日で受け取った情報量が多くて、じっとりと疲労を感じる。
学校で聞いた、この世界のこと。
この世界の人たちは、他人を傷つけるようなことが、全くないらしい。
戦争どころか、犯罪もない。
代わりに、娯楽となるものや、刺激も少ないし、社会の変化もほとんどないようだ。
悠久の寿命をもつ人々による、平和で退屈な世界。
その中で「人間」は、彼らに比べれば恐ろしいほどの速さで老いていくことになる。
リテもこの世界の中で、このまま「人間」のように老いていくのだろうか。
だとしたら、俺はどうすればいいのだろう?
ベッドに寝ころび、まとまらない思考を巡らせていると、ドアがノックされる。
「トーキ、起きてる?」
リテだ。
「起きてるよ」
俺がドアを開けると、彼女は柔らかい笑みで立っていた。
「入ってもいい?」
「うん、どうぞ」
ドアを大きく開くと、リテは大股で軽やかに歩いて部屋に入り、すとっとベッドの端に座る。
「あの人、天使族っていうんだね。魔法都市まで行けば、また会えるかな? お父さんはああ言ってたけど、私は行ってみたいな」
「パルキストスさんって人が目覚めれば、あの天使族の人についてもわかるんじゃないかな」
「そんなの、いつになるか分からないよ。みんな本当にのんびりだもの。パルキストス様が目覚めるまで待ってたら、私がおばあちゃんになっちゃうかも」
「いや、リテがそんなに早く老化するかは、わからなじゃない」
「わかるよ」
「え?」
「わかるの。トーキが来て、『人間』っていう種族のことを聞いて、はっきりわかったの。私って『人間』なんだって」
「それは…」
「私、自分の病気のこと、最初はただ大人になるのが早いんだって思ってた。成長は早いけど、成人したら結局は他のエルフと同じような寿命になるんだって。でも、この数年かな。ほんの少しずつだけど、自分が老いていってるのを感じてたの。私、まだ32歳なのにね」
リテは、落ち着いたトーンで喋りながら、ふわりと笑った。
俺は、静かに彼女を見つめる。
「それでも、周りは私のことを子供だって接してたし、私もエルフなんだからこんなに早く老いることなんてあるはずないって、自分の老化を見ないようにしてた。そんなときに、トーキが来た」
リテは、改めて顔を上げて俺の目を見る。
何のブレも無い、真っ直ぐな視線。
「始めは、『人間』っていう寿命の短い種族にびっくりしたけど、自分について考えれば考えるほど、私も『人間』なんじゃないかって思えたの」
話すリテの声は、平静そのものだ。
その声から感じる、確かな意思。
「感覚としてわかるの。私はこのまま老いていって、60歳を過ぎたころにはおばあちゃんになって、たぶん100歳を超えない頃には寿命が来る。昨日、このことに自分で気づいた時には、ちょっと泣いちゃった。私、お父さんとお母さんよりも、ずっと早く死ぬんだって」
リテは視線を落とす。ほんの少しだが、声がふるえる。
「でも、そんなこと言ったら、トーキだって同じくらいの寿命でしょう。100年の寿命が短すぎるなんて、トーキに言ったら失礼だよね。あ、そういえば、初めて会った時に言っちゃってたかも。ごめん、トーキ」
うん。短すぎて驚かれた気がする。
「私がみんなと違うってことは、ずっと思ってたことだったから、自分がエルフじゃなくて人間なんだって思ったら、すごくすっきりしたの。そうか、私は人間だったから、みんなと違うんだって」
リテは笑って俺を見る。
「お父さんとお母さんって、私と全然似てないでしょう。トーキは会ったことないけど、お姉ちゃんも私とは似てない。だから、私ってお父さんとお母さんの子供じゃないんじゃないかって、昔は思ってたの。私は二人の娘じゃなくて、どこかの別の種族からもらわれてきた子供なんだって。ずっとそんな風に疑ってて、何年か前についそのことを二人に言っちゃたことがあった。あの時、お父さんとお母さんは、泣きながら私を抱きしめてくれた。『リテは間違いなく自分たちの子供だ』って言って。本当にうれしかったなぁ。あんなに嬉しかったこと、他にはないよ。でも……」
微笑みをたたえているリテの目に、涙があふれだす。
ランプの明かりを受けて、光る涙が彼女の頬をつたう。
「でも…私はお父さんとお母さんの娘で、でも……、私は人間なんだ」
彼女のうるんだ瞳が、俺の前できらきらと光る。
「トーキ、この世界に来てくれてありがとう。それだけ、言いたかったの」
言い終えると、彼女は立ち上がり、俺の返答を待つ間もなく、出て行った。
俺は、リテの出て行った静かな部屋の中で立ち尽くす。
彼女のために、俺に出来ること。
俺がこの世界に来た理由。
俺はもどかしい気持ちを持て余し、ベッドに横になってつぶやく。
「魔法都市『シュルクタット』か…」
彼女も行ってみたいと言っていたその街。俺が召喚された理由も、そこにあるかもしれない。
……………………
それから数日は、大きな出来事もなく、特に変わらない日々だった。
俺はリテと一緒に学校に行き、授業を見学したり、時には参加したりする。
学校でシュルクタットについてレミストスクに聞いてみたが、彼女も行ったことはないそうだ。
リテも、シュルクタットに行ってみたいことや、自分自身について、語ることはなかった。
ただただ学校生活を楽しんでいるように見える。
俺も彼女と共に、学校に馴染むように過ごす。
そうして学校を終えて、帰ってきたら食事の準備。
基本的な魔法も覚えたので、多少の家事は手伝ったりもした。
ギムセックは、村長としての仕事がなければ(あまりなさそうだが)、自宅の傍の畑で野菜の世話をしている。妻のミルステーナは織物を織ったり、その布で洋服を作ったりするのが仕事ということだった。
なので、二人は基本的に家にいる。あくせく働かなくてはいけないほど、忙しい仕事は無いようだ。当然、俺が手伝う家事もそれほどない。
日々の時間の流れが、どんどんゆっくりになっていくような、のどかで平穏な生活。
これが、エルフのスタンダード。
そんな日々、学校に通う俺にひとつトピックがあった。
カルスティと仲良くなったことだ。
思春期男子エルフのカルスティ、どうもリテのことを意識しているように見えた彼。
不愛想で、親しみにくいかと思っていたが、喋ってみると案外、素直な青年だった。
きっかけは、学校の体育の授業。
体育、といってもレクリエーションのようなものだ。
身体を動かして、ひと汗かいて、みんなで楽しもう、という授業。
内容は、元の世界でいえばテニスの様な競技だった。
木でできたラケットで、ボールを打ち合う、単純な競技。
俺はレミストスクに言われて、カルスティと対戦することになった。
生徒の中で、男子はカルスティとトランシル(見た目7歳)だけだから、いつもカルスティの対戦相手に困っていたという。
という訳で、ほぼ男子高校生のカルスティと俺、34歳の対戦。
これが、意外と白熱した勝負になった。
カルスティは、学校では体力的に勝負になる相手がいなかったせいだろう、この競技で本気を出すのは初めてだった。
もしかしたら、対戦型のスポーツで全力を出したことも無いのかもしれない。
何しろ、この小さな村では、カルスティと同年代の男子はいない。
今までのスポーツの相手は、メートかリテ、あるいは教師レミストスクだった。
年下女子のメート、体格が圧倒的に劣るリテ、大人だがそれほど体力があるようには見えない女性レミストスク。
思春期男子が全力を出せる相手じゃない。
手加減して相手に合わせて、適当にやるのが習慣だったのかも。
一応、成人男性である俺との勝負で、彼は初めて全力でスポーツをやる楽しさを知ったのだった。
俺は体育会系ではないし、体力もある方ではないが、30歳を過ぎてから運動不足を自覚してジムに通っていた。インドア派ではあるが、体を動かすことは嫌いではない。
俺たちの戦いは、他の女子たちがちょっと引くくらい熱戦になり、勝負後には固い握手を交わした。
「カルスティ君、さすがに体力あるね~。最後の方はちょっとついていけなかったよ」
「いえ、トーキさんも動きが速くて。なかなかスマッシュが決まらなかったです」
「いやいや、やっぱり若いし。エルフって背も大きいしね」
「僕は、エルフの中では小さい方なんです。身体も細いし…」
「そうなのかい? でも、これからまだ大きくなるんじゃない?」
「どうでしょう? 年齢的には、うーん、まだ背は伸びるかな?」
人間の17歳くらいの感じだから、人によってはまだ伸びるかも。
エルフも同じならだけど。
仲良くなった彼とは、下校時に二人で話す機会もできた。
女子がいると硬かった彼の表情も、俺と二人きりだと自然な笑顔だ。
エルフの社会でも、男同士の方が話しやすいってことがあるんだな。
「トーキさんって、リテと一緒の家に住んでるんですよね?」
「そうだね。村長のギムセックさんのおかげだけれど」
「トーキさんが来てから、リテは少し明るくなったように思います。前はなんか話しかけづらかったし」
「そうなの?」
「うん。そもそも年下なのに、大人の見た目で、ちょっと怖いっていうか…。メートはずっと普通に接してるけど…。僕はどう接していいか分からなかったし…」
「ああ、それはまあ、しょうがないんじゃないかな…」
カルスティが、リテを意識しているように見えたのは、恋愛感情じゃなくて、成長が早すぎるリテに戸惑ってたのか。まあ、それも無理はない。
「メートがあんまり気にしないでリテと話してるのが、なんかすごいなって思ってました。誰にでもああなんですよね、メートって。トーキさんにも気軽に話しかけるし」
「ん?カルスティ君。メートのことはどう思ってる?」
「え!?どうって…? それは…。別に、もう妹みたいな感じだし…。可愛くなってきたなーとは思いますけど…」
「やっぱり、可愛いとは思ってるんだ」
「それは、まあ…。だって、可愛いじゃないですか…」
ふーん。なるほど。メートの方が気になってるのか。
人口の少ない村で、幼馴染で、ずっと一緒に育ったわけだしな。自然とそういう気持ちも起きるよな。
俺はついニヤニヤしながら純朴な思春期男子を眺めてしまう。
下校の一団は、いつも通りそれぞれの方角に別れて、最後はリテと二人になる。
「ねえ、カルスティと何話してたの?」
「え?それは秘密だよ」
「ふーん。どうせメートのことじゃないの?」
「あ、気付いてた?」
「やっぱり。そのくらいは分かるよ」
「ですよね…」
……………………
家に帰ると、ギムセックがちょうど出かけようとしているところだった。
「お父さん、どこか行くの?」
「ああ、魔石売りが来たらしいから、広場に行ってくるよ」
「魔石売り! 私も行く!」
ギムセックが言っていた魔石の行商人か。
俺も興味があったので、二人についていくことにする。
それにしても、リテがすごい勢いで魔石売りに食いついていたが、何かあるのだろうか。
広場に着くと、小さなテントを立てて、露店を開いている者がいる。
種族は魔族のようだ。
その周りには数人のエルフが集まって、並べられた魔石を吟味している。
「やあ、こんにちは。私はこの村の村長のギムセックです。初めて見るお顔ですね」
「どうも! 初めまして! あっしはドネルコっていうもんです! この辺りの村には初めてお邪魔しますんで、以後お見知りおきを!」
魔族の男は、大きく見えを切るようにお辞儀をして、豪快に挨拶する。
ギムセックは彼と握手し、商品を眺め出す。
店には色とりどりの魔石が並べられていた。
「魔石売りさんは、どちらから来られたんですか?」
皆が熱心に魔石を見ている中で、リテが訪ねる。
「あっしは、北の方から魔法都市『シュルクタット』を通って、ここまで南下して来たんでさぁ」
「やっぱり『シュルクタット』を通って来られたんですね」
「そりゃ、『シュルクタット』でないと商品を仕入れられませんから」
リテは頷いて、魔石売りの男に近づく。
そして、ギムセックには聞こえないように小声で尋ねる。
「ここから『シュルクタット』までの道筋を、教えてもらえない? お礼もするから」
「それは、構いやせんが…。お父様には内緒ですかい?」
勘のいい魔石売りの男も、小声で応える。
「うん。内緒なの、まだね。あと、旅に必要な物とかも教えてもらえると助かるんだけど」
「でしたら、今日の夜、そこの通りの宿屋に来てくだせぇ。あっしはそこに泊ってますんで」
「ありがとう。じゃあ後で行くわ」
リテは魔石売りの男と内緒の約束を取り付けた。
やっぱり、魔法都市『シュルクタット』に行くつもりなのか。
………………………
その後、魔石の買い付けを終えたギムセックと帰宅し、夕食を済ませる。
夜、それぞれの自室に戻った後、こっそりと抜け出すリテを、俺は捕まえた。
「魔石売りに会いに行くの?」
「トーキ。お父さんには黙ってて」
「言わないけど、俺も行くよ」
「ええ? ……しょうがないなぁ。静かにね」
一緒に行くと言われたリテは、心底、迷惑そうだった。
今、騒がれたら面倒だから、本当にしょうがなく一緒に行く、という雰囲気だ。
あれ?? うーん、俺の信頼度って、まだそんなものなの?
この間、二人で話した感じだと、俺も当然一緒に「シュルクタット」まで行くものだと思ってたけど。
何はともあれ、俺はリテと共に、こっそりと家を出た。
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