その5 禁忌
フリーディア・クロスは「魔を喰らう」のお話に出てくる生け贄になった娘の名前です。
正餐には客人も何人か出ていたために、マリオンはなるべくそれへまぎれるようにと昨日とはうって変わって地味なめだたない服装に着替え、ひっそりと席についた。
あまつさえ部屋を出るときには「隠形の魔法」までをゆるくかけてみたりした。
水浴びをしたおかげで、顔色はだいぶ戻っていたが、精神的なダメージはまだ少し残っている。
こんなときにニコニコ笑って誰かのたわいのない会話に混じるのは正直苦痛だった。
一言も発しなくても、とりあえず、時間どおりに卓の隅のほうにでも出てさえいれば誰からも文句はでまい。
おかげでマリオンはすっかり薄闇に溶け込み、正餐時には、リチャード以外の人間から声をかけられることはなかった。
しかし、その苦労もヘンリー叔父の勝負への執念には勝てなかったようだ。
デザートもすみ、みなが卓から引き上げようかという時になって、ヘンリーが昨日同様、いきなりマリオンを捕獲してしまったのだ。
「こんなところにいたのか。顔が見えなかったからすっかり約束を忘れるところだったよ」
後ろから叔父に急に抱きつかれてマリオンは閉口した。
忘れていてくれてよかったのに、ともいえずマリオンはなんとも複雑な微笑を浮かべた。
「さぁ雪辱戦だぞ!」
ヘンリーは嬉々としてそのままひきずるようにマリオンをレオナール卿の部屋へ連れて行った。
「上の空だな?マリオン。どうかしたか?顔色も良くないようだが」
気が付くと、おじい様が目を細めて値踏みするようにマリオンを見ていた。
「ちょっと昼間に本を読みすぎたみたいです」
マリオンがにこりと笑って見せたが、おじい様は不審そうに眉を上げた。
どうやら僕は自分で思ってたほど嘘をつくのがうまくないらしいや、とマリオンは胸の中でこっそりため息をつく。
リックにすらばれていたくらいだから、おじい様には完全にばれているだろうな。
「ねぇ、おじい様」
質問攻めにあうくらいなら、こちらから先手を打ったほうがいい。
「うちの家系ってどうして赤茶色と金色の髪の二種類しかないんですか?」
意外な質問におじい様ばかりか沈思黙考中だったヘンリーまでが顔を上げた。
「もっと灰色とか黒とか褐色とか微妙な色合いとかがあってもいいような気がするんですけど」
そうだな、とレオナール卿が孫の質問に笑みを浮かべた。
そういう卿は、今は白いが元は金色であった。
そばで唸っているヘンリー叔父もマリオンのと似た金色の髪を持っている。
「今まで黒髪、の人っていなかったのかしら?」
声がかすれないように注意を払いながら、一番気にしていることを訊いてみた。
「わしのじいさんのばあさんのじいさんのさらにその前の時代には、そういう者もいたらしいのだがな。最近はまったくおらんな。いるとすれば種が違う、つまりローセングレーン家の血筋ではないということになる」
「おじい様のおじい様、のおばあ様のおじい様のさらに前? 三百年から三百五十年くらい前かしら?」
マリオンが首をかしげながらつぶやき、ヘンリーが肩をすくめた。
「そりゃまたえらく時代がかった話だな」
「まぁそれくらい前の話だろうな」
おじい様がうなずく。
「つまりその間に何かあったんでしょうか?」
真剣な顔でたずねるマリオンに卿は、少し顔をしかめた。
孫が嫌なわけでも質問責めにあうのが嫌だったのでもない。
「何か」あった、その何か、について口に出すこと自体が嫌だったのだ。
だが、マリオンの瞳はまっすぐ卿の口元をみつめており、はぐらかすことができないような雰囲気だった。
これが、他の孫だったらいくらでもごまかし様があるのに、と今日ばかりは思わずにはいられない。
うっかりと口にだしてしまったことに卿は後悔していた。
「呪いがかけられたのだよ」
しかたなくため息混じりに卿が吐き出した答えにマリオンの目が大きく開かれた。
「呪い・・・・・・」
「はぁ? 魔法がらみ、ですか?」
はじかれたようにヘンリーが顔を上げて間抜けな声を出したが、その口調はどう聞いても面白がっているようでしかない。
卿は今度はあからさまにヘンリーに向かって顔をしかめて見せた。
「面白がるような話じゃない」
「いやいや、なかなか興味深いですよ、お父さん」
にやにやと笑いながらヘンリーが言い、卿はそれを無視してマリオンのほうへ向いた。
「お前はどう思う?」
「・・・・・・そうですね、。僕、前から変だとは思ってましたけど、そういう話だったんですね。それならなんとなくわかります」
「なんでだい?何がどうわかるんだ?」
ヘンリーが目をぱちくりしながら手にチェスの駒を持ったまま、マリオンのほうへ顔を向けた。
「だって、変だと思わないですか?ローセングレーン一族以外のおうちでは、金髪と黒髪が結婚したら生まれる子供たちの髪色にはいろんな色がでますよ?少なくとも赤茶色か金色、という二色ということはありえないでしょう?
だけどローセングレーン家では、二色だけです。おかしいじゃないですか? 赤茶色のローセングレーン家とブルネットの某家が結婚したら、ブルネットとはいかなくても濃茶系の髪色が生まれてもいいはずです。でも生まれるのは金色か赤茶色。ほんの少しも他の色合いが混じってない髪色ですよ?
みんな判で押したように一様に同じ色合いです。
たとえば、ブルネットのおうちに今まで一度も金髪の人がいたことがなくても、そういう子供が生まれることってめずらしくないですか?」
いつもは控えめで大人しいマリオンの珍しく熱心な口調に、ふむ、とレオナール卿がうなずき、ヘンリーがお手上げと言う顔をした。
「そうなのかい? 僕にはまるでわからんよ」
ヘンリーがぼやくように言い、卿は目を細めた。
「ではマリオン、何故その二色なのだと思う?」
たずねられたマリオンは、少し考えるそぶりを見せたが、すぐにゆるゆると首を横にふった。
「さぁ? その意味までは僕にはわかりません。でも、確かに魔法による縛りだ、ということだけはわかります。たぶん、色を指定したほうが魔法をかけやすかったのではないんでしょうか?」
マリオンの指摘に卿がうなずいた。
「そうだろうな。色の指定は必要だったはずだ。髪色に理由があったとすればそれはひとつしかない」
卿はそこで言葉を切った。
「黒髪の子供が生まれないように、だ」
あまりにも意外な卿の答えに、えっ?、とヘンリーとマリオンが思わず声を上げ顔を見合わせた。
「生まれちゃいけないんですか?」
「なんでそんな理由でまじないをかけられてるんですか?」
卿はため息をつき、いすに深くかけ直し、まるで物語を読むように話し始めた。
「三百年以上前だと思う。ローセングレーンの家にある娘がいた。その娘が一人の男と恋に落ちた。やがて二人は結婚し、娘は一人の男の子を産んだ」
ヘンリーとマリオンはチェスの手を止めて卿の話に聞き入った。
「父親である男は、やがてひっそりと姿を消した。娘は実家のローセングレーン本家へ戻り、その子供を育てた。その子供は長じると父親に似た黒髪のえらく見目のよい青年に育ったそうだ」
「黒髪の見目良い青年・・・・・・・」
マリオンがあの絵を思い出しつつ、小さくつぶやいた。
一方、ヘンリーはどうも別のことに思い当たったようでちらりと横目でマリオンの方を伺うように見たが、賢明にもそれは口にしなかった。
「その青年は、あまりにもいい男過ぎてな。周りが放っておかないというのか、悪いうわさが絶えなかったそうだ。その黒い瞳でのぞき込まれると男も女も例外なく・・・・・・いや、まぁもてたと、そういうことだ。」
聞き手に少年がいることを思って、卿は言葉を濁した。
だが、マリオンは意味がわかっていても気にする風もなく、続きをうながすようにうなずいて見せた。
卿は、後悔のため息をつきながらも話をやめられずにいた。
ある部分だけはどうしてもマリオンに聞かせたくない。どうにかしてそこだけはうまく伏せておかなければ。
「ある日、その男はある町の娘と駆け落ちして姿を消した」
「はぁ、なんだ。いかにも、なオチですね」
ヘンリーは自分でも知らぬうちに緊張して前に乗り出していた体を、どんと後ろに倒して深く息をついた。
「まだ落ちとらん」
そう言いつつも、卿はそこで少しためらった。
そこで落としておいたほうがよかっただろうか? だが、ヘンリーはともかくマリオンは納得すまい。
「何ヶ月かのち、騒ぎが起きた。娘がフォートワースからしばらく北へ行ったところの神殿の中で、殺されているのがわかったのだ。」
フォートワースの北にある神殿? と、何かに思い当たったようにマリオンの眉がかすかにひそめられた。
「殺されたことも問題だが、どうやら場所も悪かったらしい。その神殿には、性悪な人食い黒龍が封じられていて、その娘の血を吸って復活したのだ」
まさか?
マリオンの背を冷たい汗がつたい、膝に置いた手が硬く握られ少し震えた。
顔から一気に血の気が引いていくのが自分でもよくわかった。
まさか? あの話ではないだろうな?
おじい様の声が遠くに聞こえる。
「その黒龍は、何ヶ月にも渡りフォートワースの町を荒らし、人々を恐怖に陥れたが、やがて一人の聖者によってある森に封じられた」
「フリーディア・クロス・・・・・・」
マリオンの唇が声を出さずに、無意識にその名前をつづった。
「その男の子孫が僕ら、ですか?いや、でも子孫にはなりえないか?そこで彼がいなくなったのなら」
ヘンリーが陽気に笑ったが、卿は暗い顔で首を横に振った。
「いや、その男の子供ではないかと思われる者が何人もいたようだ。実際、その後もしばらくその男に似た子供たちが何人もローセングレーン家に生まれている」
なるほど? と、ヘンリーは笑いを引っ込めた。
「つまりはローセングレーン家の禁忌、というやつですかね?」
それを受けて重々しく卿もうなずいた。
「そう、先祖の誰かもそう考えたらしい。そこで二度と黒髪が生まれぬよう、魔術師に頼んだ者がいたのだろうと思う。それがうちの家系に二色しか生まれぬ理由だ、と言われている」
「はっは! そいつはかなりのへっぽこ魔術師だな」
そうだろ? とヘンリーが笑ってマリオンを見たが、彼の顔は引きつっており笑い返すことができなかった。
「わしはこの話を先代に聞いた。我が家の歴史の本自体には載っていない。あまりにも不名誉で先々代が関係書籍をすべて焼き払ったと聞いている。だからもうこの話を知っておるのは、今ではわしだけだ」
これで終わりだ。マリオンには気づかれなかっただろうか?
卿が深く息を吸い込み、終わりだと言おうとしたとき、チェステーブルがゆれ、がたんと大きな音がした。
ヘンリーが慌てて椅子から立ち上がる。
「マリオン!」
おじい様が後悔とともに大きな声でその名を呼んだ。
そのとき、マリオンは完全に気を失って椅子から滑り落ち、床に倒れこんでいた。




