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その4 惑う

 マリオンは午後も一人で過ごすつもりだ。

「じゃあ僕、またおじい様の書斎へいって残りの分、読んじゃうから」

 リチャードのほうへ向けて言いながらも、きちんとみなに聞こえるように計算している。

 リチャードは本物の物好きだなーと言いながらにやりと笑い、セドリックも微笑みながらうなずいた。

 彼とセディに手を振ってから一人、別棟へ歩き出した。もちろん誰もとがめだてする者はいない。

 うちの者や、使用人やお客人に見られないように細心の注意をはらいながら、地下室へ続く廊下へ向かう。

「さて、これからが大変なんだよね」

 頭の中で人形の大体のところの完成図は出来ている。

 何処にどんな魔法をほどこして、どんな風に動かせばより本物に近づくのか、というのも計算は出来ていた。

 だが、すべてがすべて、計算どおりにいくとは限らない。

 いろいろなことを試してみた経験上、マリオンには油断は禁物というのがわかっていた。

 自分の魔力を過信してはいけない、とも。

 何度も修正し、魔法をかけ直していくうちにすべてが台無しになることもあるのだ。

 地下室に戻り、中からしっかり鍵をかけ、ついでに魔法で結界もひく。

 これで中の音は外へ漏れることもなく、誰かが万が一、何かを取りにやってきたとしてもマリオンにはすぐわかることになる。

 心置きなく人形作りにとりかかれるように、準備はぬかりない。

「悪知恵だけは働くってやつかな」

 と、マリオンは苦笑した。

 とりあえず顔と胴体を作る。

 動かすのはそれからでいい。

 マリオンは壁にかけた骸骨の標本を、まず肉付けすることから始めた。

 骨は関節と関節を細い針金のようなもので留めてあるだけなので、そのままの状態では立つことはもちろん、椅子に座らせることもできそうにない。骨に肉、あるいは「肉のようなもの」をつけてやって固定しなくてはならないのだ。

 そのために、マリオンはとりあえず床に寝かせた状態の彼の骨をつなぎ直して身長を伸ばす。つなぎ直すだけでは修正できないところは魔法で少し補足してやる。

 肩と足の骨を継ぎ足して六フィート二インチ(約186cm)ほどになったところで、安定の魔法をかけ、全体を固定した。

 次に肉の変わりになる物を貼り付けていく。

 ここで使用するのは、ごく普通の何処にでもある綿わただ。

 本当に魔法の生人形いきにんぎょうとして作るのなら、ここには本来、本物の血と肉(人間のものとは限らない)を使用するところだが、今マリオンは、そこまでするつもりはない。

 魔法が解けて崩れたとき、その場に残っていてもおかしくないようなもの、というのが理想だった。

 その場に残るものが血と肉ではあまりにも生々しすぎる。

 まぁ象牙細工の骨がばらばらになって落ちているというのも、生々しいと言えば言えるのだろうが、片付けるのは血や肉よりよほど楽だろう。

 それに今回は触ったときに、温かみを感じたりしなくても別にかまわないのだ。

 ただし、彼は「美しく、魅惑的」でなければならない。

「難しいな」

 ぼやきながらマリオンは彼に肉の代わりになるもの、綿わたとそれを押さえるための包帯状の布、を慎重に巻きつけ始めた。

 全体に細身でいいのだが、それにしても六フィート二インチもある身体全体に綿と包帯を巻きつける手作業は意外と手間がかかる。

 表に出る手の指は丁寧に一本ずつ、靴に隠れる足はまとめて巻きつける。

 首は特にかくりと前にたれてしまわないように少しきつめに綿を巻きつけた。

 額ににじむ汗をぬぐいながら、マリオンは時折立ちあがって全体のバランスを眺めながら丁寧に作業を進めていった。

 やがて身体の巻きつけが終わり、顔にも薄く綿をつけ包帯を巻きつけようとして、マリオンは妙なことに気がついた。

「頭蓋骨だけ象牙じゃない?」

 頭の部分だけ手触りが異なっている。

「灯り!」

 マリオンの声とともにずっと彼のそばに漂っていた蒼白い灯りが、手元をさらに明るく照らし始めた。

 一所懸命、目を皿のようにして表面を見るが、やはりどうしても象牙細工には見えない。

「これだけは本物?」

 マリオンはそのまましばらく呆然として座り込んでいた。

 細い指が無意識になめらかな頭蓋骨の表面をなでる。

 一体、これは誰なんだ?

 何故こんな地下室の壁に彼(もしくは彼女)はかけられていたのか?

 しかも身体の分は作り物じゃないか。

 もしかしたら、とマリオンは手にしていた頭蓋骨をそっと床に置き立ち上がると、作業をしていた一番奥の部屋から通路に出た。

 最初のときと同じ、探索の呪文を唱える。

 ただし今度は頭蓋骨だけの探索を思い描いた。

 右手の指先から開放された光の糸が速度をあげ、各部屋中を駆け巡っていく。

 やがて光の糸はすぐ隣の小部屋へ入っていったきりになった。

 唇を噛み、マリオンが不安そうに表情を曇らせながら部屋へ入っていく。

「やはり・・・・・・」

 今回の探索で橙色に光っていたのは、部屋の隅に置かれた大きな衣装箱の中だった。

 うっすらと橙色の光が衣装箱の隙間から洩れている。

 その箱は金で象嵌細工を施された豪華な細工の物で、不似合いな大きな錠前が取り付けられている。

「開錠!」

 マリオンの呪文とともにがちゃりと大きな音をたてて錠前がはずれ、斜めに垂れ下がった。

 静かに蓋を開ける。

 中にはさらに小箱がいくつか入っていて、その中のひとつ、女性用の帽子が入っていると思しき箱から光は洩れていた。

 マリオンが固く閉じられた帽子箱の蓋を開けると、やはりそこには思い描いたような頭蓋骨が入っていた。

 無意識に止めていた息を長く吐き出し、箱の中からそれをゆっくりと取り出す。

「・・・・・・・象牙細工の頭蓋骨だ」

 予想通りだった。

 あの身体の分にぴったり合う頭蓋骨がここにある。

 だがそれはひび割れ、今にもばらばらになりそうな状態であちこちを金の針金でつなぎ留めてある。

「壊れかけてる・・・・・・。だから?だからあれ、本物を使ってる?」

 まさか、と思う。それでは逆ではないのか?

 棺へ入れるときに、頭蓋骨だけ見つからないから代わりに象牙細工の物を入れる、というのならわからないこともない。

 しかし、象牙細工の標本が壊れたから本物を使用する、などということがあるわけがない。

 では、もうひとつの考え方ではどうなのだろう。

 あの頭蓋骨を隠すために、象牙細工と対にしてひっそりと壁にかけておいたということは?

「誰が?」

 誰が何の目的であの頭蓋骨だけを、こんな地下室へ置いておこうと思ったのだろうか?

 確かに古そうな骨で、置かれていた年月は十年単位ではないであろうと思われた。

 この城がここへ出来てから百五十年ほどたっている。

「百年前の戦争のときの名残かしら?それともローセングレーン家のかたきのものとか?」

 だが、戦争のときのものだからと言って、頭蓋骨だけがここへ放置されていていいはずがない。

 また、例の歴史の本を読んだ限り、ローセングレーン家の敵というものも過去にいなかったわけではないが、ここへひっそりと頭蓋骨だけが置かれるいわれはない。

 それになぜ頭蓋骨だけなのだろう? 他の部分の骨は何処へ行ってしまったのか?

 全身が残っていたほうが、まだ謎は少なかったような気がする。

 しばらく悩んだ末にマリオンは、そのまま壊れかけた象牙の頭蓋骨を静かに元の場所に戻し、再び衣装箱の中へ封じこめた。

「どうしよう……。この頭蓋骨、使ってもいいのかな」

 作業していた部屋へ戻るとマリオンは、頭蓋骨を手にとった。

 たかが悪戯に、本物を使うというのはいかにも心苦しかった。

 だが、最初の予定ではたとえ全身本物だったとしても、僕は使用するつもりだったのではないのか?

 マリオンは右手の人差し指の第二関節を強く噛んだ。理性はもうこんなことは止めようと言っている。だが、何かが、どこか遠いところで、どうしても完成させろと執拗に囁いている。

 やめられない。

 やらなければならない。

 どうしても完成させたい。

 何故だろうと考えるいとまもない。

 まるで何かに魅入られたようにマリオンは、再び作業に没頭し始めた。


 ひととおりできたあたりで、ゆっくりと慎重に抱き上げて椅子に座らせてみる。

 まるでミイラのように全身に包帯を巻きつけた案山子が出来たようだ。

 マリオンは、深く息をつく。

 もうそれだけで時間は午後の大部分を費やしていた。

 ぼやぼやしているとまた夕食の時間に近くなってしまい、誰かが、多分リチャードあたりが、書斎のほうへ彼を迎えにいかないとも限らない。

 夜は夜で、ヘンリー叔父がチェスに誘って来るだろう。

 夕べは結局ほとんど寝ていないのだから、二晩続けて徹夜するわけにもいかない。

 と、なれば、もうあまり今日の分の時間はない。

 とりあえず表皮と肉を本物に近い形にさせなければならない。

 もう一度安定の魔法をかけると、彼は椅子にかけていた人形を抱き上げると静かに床に寝かせた。

 その前に立ち、軽く目を閉じると右手をかざす。

「我が血肉の如き、温かきその白き肌、その白きかんばせをこの人型へ蘇らせたまえ・・・・・・」

 魔法の呪文がマリオンの口から流れはじめた。

 その呪文とともに淡い赤味を帯びた光が人形の周りにまとわりつく。

 それはまるで綿と包帯が血を吸い上げているかのようだ。

 白かった包帯が薄い薔薇色に染まり、息づいているように柔らかに波打ち始めた。

 ただの白い包帯が人間の肌に徐々に変化を遂げていく。

 長い呪文が唱え終わってもほぼ半刻(1時間)ほど過ぎるまでしばらく魔法の赤い光は、人形の全身にまとわりついたままだった。

 マリオンはさっきまで人形が座っていた椅子に逆向きに腰をかけ、椅子の背に顎を乗せた姿勢でその様子をじっと見守っている。

「そういえば顔は、どうなるんだろう?もしかして生前の顔になるのかな?それとも作り手の僕に似てしまうのかな?」

 それが少し心配だった。

 実は今まで彼はこういうものを本格的に作ったことがなかった。

 だからこの魔法がどういう風に作用するのか、理論的には飲み込んでいるのだが、今ひとつわかっていない部分がある。

 あとであの絵のモデルの黒髪の彼の顔に似せるつもりではあったが、あまりにもほど遠い顔立ちだと変化させるのが難しくなるのではないかと危惧していた。

 やがて赤い光は薄れていき、あとには完璧に人間の肌色を持った人形が横たわっていた。

 マリオンはゆっくり椅子から立ち上がり、人形のそばへ寄ってみた。

 首から下は少し細身だが、生身に近い大人の人間の身体が出来上がっている。

 だが、もちろん呼吸はしていない。

 非常に人間に近い形ではあるが、あくまでもこれは「人形」なのだ。

 おそるおそるマリオンは彼を抱き起こし、顔を上に向かせた。

 髪の毛は当然、まだない。

 丸い頭皮の下に完全に人間の肌を持った白い顔がある。

 そこにあるのは目を閉じた状態の男の顔だった。

「よかった。うまくできてる」

 満足げに息をついてマリオンは笑みを浮かべながらその顔をじっと見つめた。

 細面の整った顔立ちの男の顔だった。

 作り手に似ていなくもないが、それよりももっと別に似ている人間がいることに気づいてマリオンは愕然とした。

「・・・・・・?!・・・・・・似てる?もしかしてこの顔は?」

 頭を支えているマリオンの手がわずかに震える。

 悲鳴をあげて人形を放り出したい気持ちをかろうじて押えた。

「・・・・・・君は誰?」

 そこで眠っている人形の顔は、あの黒髪の男の顔にとてもよく似ていた。


 正餐の着替えにそろそろ部屋へ戻ろうかと思っていた頃に、北棟へ戻ってきたマリオンの顔色にリチャードは、驚いた。

 マリオンは青ざめ、唇の果てまですっかり色を失っていた。

「なんだかすごく顔色悪いよ?大丈夫かい?」

 リチャードが小さな声で心配そうに聞いてきた。女の子たちは着替えのためにとっくに部屋に戻っている。

 遊戯室に残っていたのは、玉突きに夢中だったリチャードとセドリックだけだった。

「うん、大丈夫。ちょっと寝不足かも」

 マリオンは、無理に笑顔を見せた。

「たかが本読むのに、こん詰めすぎだって」

 リチャードが眉をひそめる。

 マリオンは両手で顔をこすったが、まだ頬にも唇にも赤味は戻らなかった。

「大丈夫だよ、これくらい。ご飯食べれば元に戻るよ、きっと」

 それにしてもさ、といいかけるリチャードをさえぎるようにマリオンは笑顔をむけた。

「早く着替えないと、今日はお客様たちもたくさん見えてるんでしょう?部屋へ戻ろうよ」

 だが、リチャードは笑顔にも納得したようではなかった。

「あんまり無理するなよ? なんならおじい様には僕が言っておいてあげるから、部屋で夕食取れば?」

「うん、ありがとう、リック。着替えてみて駄目そうだったらお願いするけど、たぶんちゃんと行けるよ」

 本当にありがとう、とさらに小さな声で付け加えてマリオンは目を伏せ、何か言いかけるリチャードを置いて自分の部屋へ向かった。

 北棟の自分の部屋にはもう荷物が運び込まれており、ベッドも綺麗に出来上がっている。

 ワードローブにかけられていた大量の衣服もすべてこちらの部屋に移動してあった。

 ベッドの上には昨日まで着ていた綿の普段着が洗濯され、きちんと畳まれて置かれている。

 気がつけば今日の分の普段着も、すっかり埃っぽくなっていた。

「お風呂、入りたいな」

 ぽつりと呟く。

 この城に浴場の設備はあるが、水を汲み、お湯を沸かすのは使用人たちだ。

 今の時間は忙しくてそんなことをしている暇はないだろう。

 しかし今マリオンは、無性に身体の内側まですべて綺麗な水で洗い流したいような気分だった。

「水浴びして来ようかな」

 だが、口にした言葉と裏腹に上着を脱いで椅子の背にかけると、彼はため息をついてがっくりとうなだれてベッドに座り込んだ。

 なんでこんなことになったんだろう。

 彼は一体何者なのか? マリオンの前に現れては謎を残し、解決するまもなく去っていく、あの黒髪の男。

 図書室であの図面を見つけたときから、まるであの男に操られるように事が進んでいないか?

「それとも単に偶然が続いただけ?」

 いやいやするようにマリオンは首を左右に振った。

 そんな偶然があるもんか。

「あるいはあの顔は、僕が最後にはこうしようと思い描いていたものが映されてしまっただけかしら?」

 それはないとはいえない。

 あの頭蓋骨までがあの男のものとは、にわかには信じられないことであった。

 それよりも魔法をかけるときに無意識に自分があの顔を思い描いていた、ということの方がよほど信じられる。

 そうであればたまたま偶然が続いたと言えなくもない。

「……早く仕度しなくちゃ」

 のろのろと立ち上がり、ため息とともに独り言を吐き出しながら、マリオンは水を浴びるために部屋を出た。


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