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その3 兆し

次の日は朝から曇り、時折小雨の降る湿った一日となった。

外へ出ることもならず子供たちは自分の部屋からも追い出されて、北の棟の広い遊戯室へ閉じ込められるはめにおちいった。

今日から彼らの部屋も北の棟に移されてしまうのだ。

暗いし不便になるわ! とマデリーンが不満を述べたが、それに関しては誰もが同意見だった。

そのかわり明日からは自分の部屋で一日を過ごすことも出来る。どちらがいいか、と言うことに関しては意見の分かれるところだろう。

広い、といっても部屋の中に誰がいるかくらいは、もちろんわかる。

女の子たちは部屋の隅にかたまり、マデリーン、ジャニーン、ミレーユの三人はそれぞれ図書室からもってきた画集をながめている。

少し離れたところに座っているケイトリンとクリスチアーナはレース編みに夢中だ。時々クリスチアーナがケイトリンに編み方を教わっている声が聞こえる。

男の子達はといえば……。

「マリオンがいないわね」

ミレーユがマデリーンにそっと囁いた。

確かに部屋の反対側の隅で卓上の陣取りゲームに夢中になっているのは、リチャードとセドリックの二人だけだ。

「寝てるんじゃないの?まだ」

マデリーンが目も上げず冷たく言い放つ。

そうかしら? とミレーユが首をかしげた。

「朝ごはんにはちゃんとお席にいたわよ」

ジャニーンが無邪気に答え、ミレーユとマデリーンは顔を見合わせた。


そしてそのころマリオンは、城の地下室に入り込んで途方にくれていた。

この城の地下室は、中は小部屋に分かれているのだが、大きくいえば二つに仕切られている。

ひとつは普段使用する物を収容するためのもの。たとえば葡萄酒の樽や保存用の食料、季節の家具や食料品、日用品、雑貨品の類が大量に保存されている。

もうひとつは、普段は使用しないが大事な物、古くからある捨てられないが表にも出して置けないような物、価値はあるが数の多い古い装飾品、図書室からはみだした本などの保管庫だ。

マリオンは今、後者の保管庫地下室へもぐり込んでいる。朝食がすむと彼は皆と北棟へ行くふりをしてこっそり地下室へ降りてきていた。

入り口はそれぞれ別になっているため、葡萄酒を取りに降りて来た使用人にばったりと遭うこともない。

ここへ入るのは二度目なのだが、最初に入ったときはまだ小さかったのでよく覚えていない。

ただ、今回の目的に適いそうなものを見た覚えがあったので入ってみたのだ。もちろん地下室には鍵がかけられている。

しかし、彼にとってごく普通の地下室の鍵を開けることなど簡単なことだった。地下室の鍵は彼の魔法の前にあえなく屈服した。

と、そこまでは順調だったのだが、それからが大変だった。

無数の小部屋と無限にありそうな物、物、物。

「うーん。こんなにあるのかぁ。困ったな」

マリオンは、頭に手を当てて弱音を吐いた。思っていたよりもはるかに物が多い。

ガラクタに見えるものから明らかに価値ある美術品まで、ありとあらゆるものが無造作にしかも雑然と保管されている。

「探し物の呪文がきくかしら」

目的のもののイメージがはっきりしていない状態で、この混沌の中、探索の魔法がきくのかどうかわからない。

「とりあえず、かけるだけかけてみようかな」

自信なげに小さく呟くと、彼は探索の魔法の呪文を唱え始めた。

彼の思い描いたイメージは、骨格標本のような等身大の人間の骨。

小さい頃に見ただけだから、本物かどうかは自信がない。

だから大きさもどれくらいだったのかわからない。

もしかしたら複製品だったのかもしれない。だが、その印象は強烈だった。

「お前の体の中にも、私の中にもこんな風にたくさん骨があるのよ」

母、シルヴァーナがそう教えてくれた。

白い骨自体は怖くなかったが、ぽっかりと空いた黒々とした眼窩のほうが数倍恐ろしかった。

その空虚な穴と目を合わせないように注意しながら、こわごわとその乾いた表面に小さな手を伸ばし触ってみた。

「これは誰? お母様」

急に不安になってマリオンが母を見上げると、さぁ? とシルヴァーナはそれ以上何も言わず笑うだけだった。

その骨が墓に入れられることもなく、何故こんな地下室に放置されていたのか。

もしかしたら、ご先祖の誰かが作った本物そっくりの複製ということも充分考えられた。

元々、手仕事や冗談事の好きな一族なのだ。

呪文が終わるやいなや、マリオンの探索の魔法が効き始めた。

彼が戸口から地下室の中へむけて伸ばした右手の指先から、白い一本の細い光の糸がつむぎだされる。

その糸はものすごい速さで地下室の中を走り抜けた。

各部屋には扉はついていない。光の糸はその中を自由に通り抜け、ぐるぐると部屋中を巡り次の部屋へと向かう。

やがてその探索の糸は奥のほうのある特定の部屋の中へ消え、そのまま出てこなくなった。

代わりにその部屋には、橙色の小さな灯りが灯ったように見える。

マリオンの魔法の蒼白い灯りが何個か壁に取り付けられているものの、まだ地下室は薄暗く、その中で奥の部屋に灯る橙色の光はよくめだった。

「見つけたかな?」

マリオンは埃っぽい地下室を奥の部屋へ向かって歩き出した。


その骨は、奥の部屋のさらに奥まった部屋の入り口からのぞいただけでは見えない壁に、まるでひっそりと隠れるようにぶら下がっていた。

橙色の灯りがその髑髏の眼窩に宿り、不気味に光っている。

「本物、じゃないよね」

幼い頃見たときは、大男に思えたのだが、今見ると華奢な女性か子供、ちょうどマリオンくらいの大きさの骨格だった。

「僕くらいしかないな。もっと大きいと良かったけど」

マリオンはその骨格標本を壁からそっとおろすと、頭蓋骨に取り付けられた金具をつかみ、腕をいっぱいに伸ばし目と目が合う高さにして自分の身長と比べてみた。

「マデリーンより大きくないとかっこ悪いな」

自分で言ってマリオンは顔をしかめた。

彼は五フィート四インチ(162cm)しかないが、実はマデリーンは五フィート五インチある。

たぶん、あと一年もしたら何インチも伸びるのだろうが、今のところ癪に障ることにほとんどの同年代のいとこの方が自分より大きい。

お人形のように可愛らしくて華奢な女の子みたいな少年、と言われることにマリオンはもうすっかりうんざりしていた。

「私も大きいし、あなたのお父様も背が高かったのだから。男の子はもう少ししないと大きくならないのよ」

と、シルヴァーナに何度言われたかわからない。

確かにここへきて背の伸びる割合が急激に増えてはいるが、それでも癪に障ることにはなんら変わりはなかった。

「五インチくらいつなぎを入れて伸ばせばいいか」

渋い顔でひとりごち、乾いた腕の骨の表面をゆっくりなでる。

それはなめらかで感触としては骨そのもののような感じだが、微妙に人間の骨とは異なっている気がした。

「よく出来てるけど、もとは象牙みたいだな」

魔術師の師匠のところで細工物をするおかげで、象牙、べっ甲、金属、貴石などには詳しくなっている。

ご先祖の誰が一体なんの目的で作ったものやらわからないが、かなりよく出来ていると言えるだろう。

マリオンが習った人体の構成図と仔細な骨の一本一本まで寸分違わぬように思えた。

「とりあえず芯はこれでいいや」

あとは、「顔」を探さねばならない。

図面にあったような自動人形オートマタは、今のマリオンには作れない。

しっかりした図面を基に時間をかけてやれば出来ないこともないだろうが、その時間がないのだ。

園遊会が終わって自分がこの城から師匠の元へ戻るまでに、どうしても人形を完成させたかった。

しかもそれはちゃんと動いてしゃべってくれる、自動人形でなければならない。いや、歯車で動く自動人形と言うより、呪文で動く魔法人形と言うほうが正しいだろう。

それを作ろうとしている。

そのための土台を彼は捜していた。

肖像画がたくさん並べられている部屋へ彼は入ってみた。

自分の遠いご先祖様のおびただしい数の肖像画が小部屋中にあふれていた。

美しい女性も凛々しい武将も可愛らしい子供たちもいる。

端からゆっくりと眺めていく。

少女好みの美青年の顔が欲しいのだ。

だが、なかなか望みどおりのものが見当たらない。

美女も美しい少女もたくさん描かれていた。美少年も描かれている。

しかし、ちょうどいい年頃の美青年は見当たらない。

いらだちながらマリオンは絵の間を縫うように歩いた。

やがて、一枚の大きな絵の前でマリオンの足が止まった。

そこに描かれているのは、二十歳くらいのひとりの青年だった。

「……!……あの絵のひとだ」

その青年はあの自動人形の図面の裏に描かれた男と同じ顔をしていた。

青年は椅子の背に自堕落に寄りかかり、長い足を投げ出すようにして座っている。

少し顔をうつむけ、しかしその底のないような深い色の瞳は少し上目遣いにこちらを見ている。

物憂げで悩ましげ、退廃的な雰囲気、少し熱っぽい絡みつく視線。ほのかに笑みを浮かべた妖しげな口元。

少し長めの前髪と首筋でひとつに結んだ蒼に近い黒い髪は、柔らかにカールしている。

「いったい誰なんだろう?」

マリオンは首をひねった。

一族の中にこんな黒い瞳、黒い髪の人間がいただろうか? ローセングレーンの一族は、みな一様に赤茶色の髪か金色の髪をしている。

外から迎えた嫁や婿の髪の色が何色であろうと、不思議なことに遺伝子の法則を無視してローセングレーンの血が一滴でも入ったその子供たちはみな一様にその二つの色のどちらかになるのだ。

もしくは娘の誰かが結婚した別の一族の男だろうか?

だが、顔立ちはローセングレーン家の特徴を備えているようにも思えた。

今まで見た絵の中にもこんな青みがかった色合いの黒髪の男はいなかった。

マリオンは膝をついて仔細に絵を調べた。

何処を調べても画家のサインも題材の男の名前もなかった。

だが、代わりに絵の隅にルーン文字がかすかに読み取れた。

「ここ……に……黒き魔を封印……する?」

封印という言葉に反応して、マリオンが無意識に魔法の気配を探す。

過去になんらかの魔法がかけられていたのなら、わずかな気配くらいは残っているはずだ。

それはたとえ何百年立とうとも消えることはない。

だが、どこにもそれは感じられなかった。

魔法の欠片かけらも見当たらない。

「では、封印とはなんだ?」

マリオンの眉が寄せられた。

絵の中に画家が彼を描いて閉じ込めた、とそういう意味か。

それならなぜ、わざわざルーン文字で書きとめてあるのか。

その謎に誰が答えてくれるだろう?

見たところ、この絵はかなり古い。

たぶん、もう関係者の中で生きている者はいないだろう。

レオナール卿、あるいはその兄であっても、この絵自体を見たことすらない可能性がある。

謎は謎のまま終わってしまうのかもしれない。

マリオンはそのルーン文字をゆっくり指でなぞりながら、うーんと唸った。

やがてマリオンは目を上げて、そのまましばらく彼と見つめあった。

「君の顔を借りたいんだ。貸してくれる?」

マリオンが真面目な口調でそう訊ねると、黒い瞳と赤い口元がかすかに笑ったように見えた。



マリオンが地下室から引き上げたのは、もう昼に近い時間だった。

埃っぽくなった顔や手を綺麗に洗って、北の遊戯室へ向かう。

そのまま食堂へ行っても良かったのだが、どうせ「どこにいたのか?」と問われるなら、それは大人たちのいないところのほうが都合がよい。

口実はとうに考え付いていた。

「どこ行ってたんだい?」

案の定、リチャードが彼の姿を認めるやたずねてきた。

他の者たちも知らないふりをしてはいるものの、聞き耳を立てていることは間違いない。

「おじい様の書斎で本を読んでた」

いつもの図書室で、と言わなかったのは、女の子たちが暇つぶしの本を探しに行っている可能性が高かったからだ。

ちらりと目の隅で、彼女たちの手元に図書室から持ち出したと思しき画集があることを確認して、やっぱりね、とマリオンは胸をなでおろした。

おじい様の書斎には従兄弟たちでは、バージルとマリオンしか入ることは許されていない。リチャードもおじい様に頼めば許可が下りるだろうが、もとより本人に入る気はさらさらないらしい。

女の子たちはもちろん誰も入れなかった。

女だからだめだなんて失礼よね、とよくマデリーンが不満を言っているが、だからといって彼女にもそんなところへ入りこむつもりは毛頭ない。

おじい様とて女だからだめだとか、そういうつもりはない。

書斎にある本から学ぶことの出来る学問を必要としていない者が不用意に入り込むのを避けているに過ぎないのだ。

「おじい様の書斎? あんなとこで何の本?」

わざわざそんなところへ行かなくても、図書室にほとんどの本は揃っている。おじい様の書斎にある特別な本といえば……。

「ローセングレーン家の歴史」

マリオンの答えに、げーっとリチャードが心底嫌そうな声をあげた。

「お前って、物好きだよな」

「意外と面白いんだけどね」

ふふっとマリオンは小さく笑った。そう、これは嘘ではない。ちゃんとこの本は前に来たときに読み終わっている。

「マリオンって頭がよくって、すごいお勉強家なんだよね」

突然の声に驚いて振り向くと、セドリックがマリオンを見上げて微笑んでいた。

その無邪気なセドリックの微笑みに、いささか後ろめたくどぎまぎしながらマリオンは、

「やだなセディ、そんなことないよ」

と、答えるのが精一杯だった。

「だってうちの母様がよく言ってるよ。ちゃんと見習ってあなたもマリオンみたいにお勉強なさいって」

セドリックの声は小さいが、その中に感嘆と賞賛の気持ちが込められている。

思わぬところからの思わぬ内容に、マリオンは絶句した。

僕を見習う?

そんなことを一族の誰かが言ってるとは、考えたこともなかった。

再びセディがにっこり笑った。

「父様もよく言ってる。マリオンは物知りだからお前もいろいろ教わりなさいって」

呆然としているマリオンの背中をばんっと乱暴に叩くと、リチャードが明るく笑った。

「そしてここにマリオン信奉者がひとり生まれた、か? ろくでもないこと教えるなよ?」

「何だよ、それ!」

気を取り直し、顔を赤くしてマリオンが抗議しようとしていると、

「馬っ鹿じゃない?」

昼食に向かうために彼らの後ろの扉をあけながら、聞こえよがしに言い放つマデリーンの声が耳に届いた。

「うへー。相変わらずきつい女」

リチャードが首をすくめた。

「いいんだ、どうせ馬の骨だし……。馬鹿の片棒くらいはかついでるさ」

マリオンがつぶやくと、なにそれ?と二人がきょとんとした顔で聞き返したが、彼は笑ってなんでもないよとはぐらかした。


昼食は何事もなくすんだ。

大人たちは一層忙しく立ち働いている。

おじい様もそろそろ集まり始めた遠方からの客人の相手に忙しいようだ。

みんな子供たちにかまっている暇はない。

「園遊会なんて始まるまでは、つまらないのね」

初めてこのような集まりに参加するクリスチアーナがぽつりとつぶやいているのへ、

「あら、始まっても特に面白いとは思えないわよ」

と、ケイトリンがクールに応じている。

「素敵な方がいらっしゃるかしらね」

と、今度はミレーユが夢を見るように言い、マデリーンが冷笑を浮かべた。

「今回はおじい様の関係の方ばかりだわ。年齢がまるであわなくてよ」

出鼻をくじかれミレーユが少し恨めしそうにマデリーンを見た。

「でも、お孫さんと一緒にいらっしゃるかもしれないじゃない?」

「そうね、ブライトン家のご令嬢はいらっしゃるみたいだけど?」

マデリーンの嫌味のたっぷり入った答えに、ミレーユより先にリチャードが反応した。

「お?しめた! すこぶるつきの美少女がやってくる! 聞いたか?マリオン」

いきなりリチャードに話を振られたマリオンが、あやうく紅茶にむせそうになった。

「って言われても、僕、彼女の顔が全然思い出せないんだけど……」

「お前、どっか問題あるんじゃないか?あんな美少女が思い出せないなんて!」

興奮気味のリチャードに、マリオンは困ったような顔を向けた。

「問題あるのはリックじゃなくて? どこをどう見たらあれがすこぶるつきの美少女になるわけよ?」

テーブルの向こうからマデリーンが、珍しくマリオンではなくてリチャードに突っかかってきた。

リチャードが反論しようと口をあけたが、マデリーンの険のある顔つきにひるんでそのまま口を閉じた。言い返してもどうせ負けるに決まってるのだ。

「いいんだよ、僕の趣味なんだから」

と、口の中でごにょごにょとつぶやいてごまかす。

「あーあ、本当につまんないわね。いやになるわ」

意外なことに大きな声でミレーユがぼやいた。

マデリーンが、慰めるようにぽんぽんとミレーユの手を軽くたたいた。

ミレーユは本当につまらなそうな顔で、マデリーンのほうも見ず何も言わない。

気まずくしらけた空気があたりにただよった。

その場の雰囲気に耐えられなくなったように、みなは残りのお茶をそそくさと片付けると、それぞれ再び退屈な午後を過ごすために席を離れた。

ミレーユとマデリーンは何かこそこそとささやきを交わし、ケイトリンとクリスチアーナはそれぞれ自分のレース編みの出来上がりを見せあっている。

他の者も、けだるくのんびりと北棟へ向かって歩き始めていた。

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