エピローグ
マデリーンの方は目が覚めたとき、ほとんど記憶がない、といったらしい。もちろん、気を失っていたのだからそうだろうと思う。
だが、ユーグのことは少しだけ覚えていて、バージルに
「あの方はどうなったの?」
とだけ言ったようだ。
バージルが、
「遠いところに行ってしまったよ」
と言うと、おとなしくうなずいて彼女なりに納得したようだと教えてくれた。
不思議なことに、なんとなくユーグが悪い奴でマリオンがそれを撃退した、ということだけはわかっているようだ。
「マリオンはどうなったの?ってすごく心配してたから、頭が痛いだけで他は大丈夫だって言っておいたよ」
とバージルは言ったが、そこはマリオンには納得がいかない。
自分を目の敵にしている彼女が「すごく心配してる」なんてことがあるはずがないのだから。
それでも、「謝らなくっちゃ・・・・・・」と思う。
彼女を危険な目に合わせてしまったことだけは謝らないと、どうしても自分が許せない。
うとうとと眠ったり起きたりを繰り返して、午後になるとマリオンの頭痛もだいぶおさまってきた。
この分なら夕方あたりからなんとか復活できそうだった。
夜になったらこっそり部屋を抜け出して、マデリーンの様子を誰かに聞いてもいいかもしれない。
妹のジャニーンはもちろん、仲のいいミレーユあたりがしょっちゅうマデリーンの部屋に顔を出しているに違いない。
マリオンのところへもサラが何度か来てくれた他に、二度ほどリックとセディがやって来て何かと世話を焼いてくれた。
バージルも一度来てしばらく横に座り、いろいろな報告をしてくれた。
「もう何も心配することはないよ。おじい様にもちゃんと話はしてあるからね。でも、おじい様は全部ご存知だったよ。黙っていてお前にすまないと言っていたけど」
「おじい様が?!」
マリオンが大きく目を見開く。こめかみがずきずきと傷んだ。
マリオンがその痛みに顔をしかめると、バージルが小さく微笑んだ。
「あとでゆっくりその話をお前としたいみたいだね。でも、まぁどっちにしても今は寝てるしかないんだから、深く考えるのはやめといたほうがいいよ」
「マデリーンは? 大丈夫?」
「大丈夫みたいだよ。熱も下がったみたいだし、全然変な影響は残ってないと思う。もうお前よりずっと落ち着いてるよ」
「そっか、よかった」
ほっと一息ついてぽふんと枕に頭を落とすと、バージルがにやりと笑った。
「マデリーンが後でたずねて来るかもしれないよ」
「な、なんで?」
慌てた様子のマリオンに、バージルはもう一度にやりと笑って見せた。
「さあね。礼でも言いたいんじゃないの」
まさか、と思う。責められこそすれ、礼を言われる筋合いは・・・・・・。
「あ、もしかして、あれが僕の仕業だって知らないんだよね」
「うーん、ま、そうだろうね。でも言わなくていいと思うけどね。いらぬ遺恨の種はまく必要はないさ」
「でも」
と、マリオンは唇をかんだ。それこそが謝りたいことなんだけど。
「あいつが悪い奴だって知っていたのに、放っておいた。そのせいで君がひどい目に遭った、ごめん、でいいんじゃないか?」
それは欺瞞だ。
マリオンは、自分が情けなくてまた泣きたくなってきた。
「自分で自分を追い込むのはやめろよ。反省はいっぱいすればいいさ。そしてもう二度と同じ過ちを繰り返さない。それでいいじゃないか」
「でも、謝りたいんだ、本当のことを言わなくちゃ、そんなの正当じゃないよ」
「でもね、マリオン、マデリーンにしてみればお前がそんなことを考えてたってことを知ること自体、傷つくことなんじゃないのかな? 理由は言わなくていい。ほんの悪戯で作ったんです、あんなことになるなんて思わなかった、ごめんなさい、だけでいいんじゃないの。まぁそれでも怒る奴は怒るだろうけど、仕方がないよね」
バージルの言葉にマリオンはためらいながら小さくうなずいた。
確かに、マデリーンが本当のことを知ったら傷つくに違いない。
バージルが去った後、しばらくはベッドの上で横になっていたが、新鮮な空気を吸いたくなってベッドを出ていつもの普段着に着替えると窓のそばに立った。
まだ少し頭痛が残っているが、そんなものは胸の痛みに比べればたいしたことがないように思われた。
窓の外にはあの時、ユーグが逃げ込もうとした森が見えている。
柔らかな青葉をつけ始めた美しい緑の輝きは、夜の森と違って心が和むものだった。
「ずっと悪い夢、見てたみたいだ」
ため息をついた。
とんとんと、軽い少しためらうようなノックの音が扉のほうからして、マリオンは思わず振り向いた。
「どうぞ?」
もしかしてと思っていたのだが、戸口から除いたのはやはりマデリーンだった。
「今、いい?」
いつもと口調が違う、少しおずおずとした小さな声だった。
「うん、いいよ。どうぞ」
マデリーンはマリオンの部屋に入ると扉を少し開けたままにして、マリオンの立つ窓のほうへ歩いてきた。
豪華な仕立てのかわいらしいフリルやレースのたくさんついた柔らかなガウンを着ている。
「緑が綺麗ね」
と、マデリーンにしては珍しいことを言った。
「マデリーン、僕ね」
マリオンの言葉が言い終わらないうちに、マデリーンがそれをさえぎった。
「ごめんなさい、マリオン。私を許して」
あまりにも意外な彼女の言葉にマリオンは返す言葉もない。
「え?」
「私、あなたにずいぶんひどいこと言ったわ。ごめんなさい。今までのこと許して欲しいの」
「あ、謝るのは、僕のほうなんだけど・・・・・・」
マリオンのしどろもどろの答えに、マデリーンははっきりと頭を振った。
「いいえ、私のほうなの。話を聞いてくれる?」
そう言われては、黙って話を聞くしかない。マリオンはうなずいた。
「ユーグはあなたが作ったのよね?」
いきなり言われてマリオンは仰天した。
「な、何故?」
「だってユーグが自分でそう言ったもの。自分はある魔術師の魔法で復活したんだって。私、最初それがあなたのことだって気がつかなかったわ。でもあの時、ユーグがあなたの事を知っていたし、あなたも彼のことを知っていたようだったから。そういえばあなたならできるかもしれないって思ったの」
ああ、とマリオンは嘆息した。全部ばれてる。
「ごめんね、マデリーン。今回のことは全部、僕のせいなんだ」
マデリーンは小さく微笑んだ。
「ううん、謝らなくていいの。・・・・・・私、短い間だったけど幸せだったから」
再び仰天するような答えに、今度こそマリオンは完全に沈黙した。
「私ね、ずっと思ってた。あなたやバージルみたいに生きていけたらいいのにって。好きなことができて好きなところへいけて、ずっとうらやましかった」
マデリーンは少し頬を染めながら、マリオンに微笑んで見せた。
「そういう意味では、ケイトリンもうらやましかったわ。レース編んでたでしょ?彼女。私もやってみたかったわ。でもうちのお母様は、ああいうことがお嫌いなの」
確かにキャサリン叔母は、そういうことは娘に絶対にさせない。貴族的な趣味の中に物を作るという行為が含まれていないと思っているようだ。
「退屈な毎日、綺麗だけど動きにくいドレス、歩きにくい華奢な靴。誰かがいないとどこにもいけず何にもできない私。全部嫌いだったわ」
てっきりそれを喜んでいるのかと思っていた。
「本当はシルヴァーナ伯母様は、私の憧れの人なの」
ちょっと照れくさそうにマデリーンが笑った。
「だからユーグが私の前に現れたとき、すごくときめいた。嬉しかった。もしかして伯母様みたいになれるかしらって。
だから、私、あの時ちょっとだけ幸せな気分だった。そのあとひどいことがあったって言われたけど、でもそれはそれなの」
そこまで言ってマデリーンは深く息を吸った。
「ほんとはね、ずっとあなたのことが好きだったの」
「えっ? は? なに?!」
頭の中が真っ白になる。今、何を言われたんだ?
「知らなかったでしょ?でも、そうなの。あなた、鈍いんだもの。全然気がついてくれなかった。だから・・・・・・、だいぶ意地悪しちゃった」
頬を上気させたまま、ぺろりと小さく舌を出してマデリーンが悪戯っぽく笑った。
なんてことだ。そういうわけで、僕はいつもマデリーンに突っかかられていたわけか?
「ばらしちゃおうかな?ケイトリンもあなたのこと好きなの。だから私、彼女とはずっと仲があまりよくないわ。恋敵だから」
マリオンのこめかみのずきずきが、いっそうひどくなった気がした。そんなばかな。
呆然としているマリオンを見て、マデリーンがちょっと悔しそうな顔をした。
「男の子って本当になぁんにも気がつかないのね?リックもミレーユがずっと思っているのに全然気がついてないみたいだし?」
「ミレーユ?!リック?え?ほんと?」
そういえば思い当たる。
ブライトン家の令嬢の話をリックがしたときに急に不機嫌になったのはミレーユだった。僕が彼女に興味がないと知ったとき、微笑んだのはマデリーンだった。
マデリーンを探しにバルコニーで声をかけたケイトリンは急に不機嫌になり、ミレーユと金髪が好きとか嫌いとかいう話で険悪な雰囲気になって・・・・・・。
急にマリオンは頭を抱えて座り込みたくなった。
その様子を見ていたマデリーンが、今度は少し寂しそうな顔になった。
「秋に婚約して、来年あたり私、結婚するの」
「ええ?誰と?」
「ペンドルトン侯爵さまの甥にあたる方よ」
ああ、あのおじい様のお友達か。でも彼の甥ごさんって、結構マデリーンとは年が離れていたような気がするけど・・・・・・。
「まだ早いんじゃないの?」
マリオンが小さい声で言うと、
「だって来年は十六だわ。おかしくないでしょ?」
と、マデリーンが微笑んだ。
「でも、好きなの?とか結婚したいの?とか聞かないでね?答えたくないから」
マリオンはうなずいた。
マデリーン自身がそんな風に思っているのではないということはわかりきっている。
「私、行かなくちゃ。ここにいるのがお母様にばれたら、あなたまで悪く言われてしまうわ」
マデリーンは寄りかかっていた窓枠から身体を引き剥がすと、扉のほうへ向かいかけた。
「ごめんね、マデリーン。いろんな意味で。僕のことも許してくれる?」
それを聞くと、マデリーンは足をとめ、急にくるっと振り向きマリオンのほうへ走り寄ってきた。
え?と思うまもなくマデリーンの白く華奢な手がマリオンの頬に当てられ、ふっくらとしたピンク色の唇が彼のそれに押しつけられた。
ひと時の静寂。
「もちろんよ。ありがとう、そしてさよなら、マリオン」
彼女は唇を離すと、あのユーグとの語らいのときよりも甘い声で別れの挨拶をして、そのままふわりと身体を翻し、走り去っていった。
「まいった・・・・・・」
扉がばたんと閉まる音に我に帰ったマリオンは、力が抜けてそのままずるずると壁ぞいに床に滑り落ちていった。
「かなわないなぁ、もう。全然太刀打ちできない」
魔族より手強いかもしれない。
それにしても僕のことを好きな女の子がいるなんて。なんだか嘘みたいだ。
僕はもっとみんなに嫌われているんだと思っていた。
「おかしいな、哀しくなんてないのに」
急に涙があふれてきてマリオンの頬をぬらしていく。
「もっと強くならなきゃね」
小さくつぶやくと、彼は上着の袖で涙をぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。
窓の向こうにはるかに広がる午後の日差しに輝く森をもう一度眺めて、息を深く吸う。
扉の向こうからじゃれあうリックとセディの声が遠く聞こえてきて、マリオンは小さく小さく微笑んだ。
<幕>
ありがとうございました。次の話も近々UPします。




