妹に婚約者を取られたので幸せになりました
「お姉様。お姉様はモーガン様に相応しくないと思うの!」
私の婚約者モーガン・イングラハム伯爵令息とピタッと寄りそう妹エロイーズが、堂々と言います。
二人はお似合いですね。
エロイーズの言葉に思わず納得してしまいました。
「……そうかもしれませんね」
「ろ、ローズマリー……」
私の名はローズマリー・フェッセンデン。
フェッセンデン侯爵家の血を引いてはおりますが、父は一代騎士ですしね。
平民一歩手前みたいなものです。
「モーガン様、説明を求めてよろしいですか?」
ビクッとするモーガン様。
あらあら、相変わらず小心者ですこと。
しかしモーガン様は顔はよろしいですけど、身長は高い方ではないです。
私よりも小柄なエロイーズの方が収まりがいいと、前から思っていたのですよ。
「ローズマリーには悪いと思っている。が、僕はエロイーズに恋してしまったんだ!」
「そうでしたか」
「わたしはモーガン様の妻になりたいの。お姉様は遠慮して!」
「よろしいですことよ」
「「えっ?」」
何をこの二人は素っ頓狂な顔を晒しているのでしょう?
まあエロイーズは昔から私のものを欲しがる性質でしたからね。
「ローズマリーは……僕のことを好いていたのだろう?」
「お慕い申しておりました」
「そう聞き分けのいいことでよいのか?」
あ、モーガン様は勘違いしていらっしゃるようですね。
イングラハム伯爵家の嫡男という立場は嫁ぐのにちょうどいいですし、モーガン様御自身も取り立てて我慢できないような嫌なところがないというだけです。
執着とかは特に、はい。
「イングラハム伯爵家の心情を考えますと、フェッセンデン本家との繋がりが欲しかったのだと思います。それならばモーガン様の婚約者は私でもエロイーズでも問題は生じないと愚考いたしました」
「え? ああ、うん」
そういう意味じゃなかったんだけどな、というモーガン様の呟きが聞こえます。
どういう意味だったでしょうか?
「お姉様はそれでいいの?」
「もちろんよろしいですわよ。父様も母様もいらっしゃらないでしょう? 私達だけで解決していい問題だからです」
勝ち誇ったような顔で私を見てくるエロイーズ。
もっと澄ました顔をしている方が可愛いですのに。
「エロイーズに一つ、言っておかねばならないことがあります」
「な、何かしら?」
「モーガン様だけを愛するのですよ。よそ見をしてはなりません」
「もちろんですわ!」
よし、問題はなさそうですね。
あとは私の身の振り方だけ……。
◇
「失敗しました」
モーガン様をエロイーズに譲ったとしても、私には適当な縁談が来ると思っていました。
甘かったです。
こんなことになるなら、モーガン様の婚約者のままの方がよかったなあ。
父様母様が呆れたように言います。
「これ以上ないいい話が来たじゃないか。何が不満なんだ」
「そうですよ。マリーは昔から怠け者なんですから」
母様、怠け者とはひどいです。
私は苦労が見えている道を歩きたくないだけなのです。
「嫌です。断ってはいただけませんか?」
「断れるわけないだろう」
「大体パーシヴァル殿下には既に婚約者がいらっしゃったではありませんか」
そう、私のところに真っ先に来た縁談は王家からでした。
何と王太子パーシヴァル殿下からです。
どうして?
聞いた時、思わずのけ反ってしまいましたよ。
「殿下の婚約者アデライン嬢は、お妃教育の厳しさに健康が持たないと辞退されたそうだ」
「ああ、残念なことです」
リッチフィールド公爵家のアデライン様は素敵な方ですが、身体がお弱いですからね。
私も身体が弱ければよかった。
王太子様なんて、そんな大変なところへ嫁ぐのは真っ平ごめんです。
「ローズマリーに話が来たのは、アデライン嬢直々の推薦だそうだ」
「げ」
「『げ』とは何ですか!」
ごめんなさいお母様。
つい本音が正しく発音されてしまいました。
アデライン様は何故か昔から私を評価してくださっているんですよね。
多分良かれと思って推薦してくださったのでしょうけれども。
「でもうちに話が来るなんておかしくないですか?」
父様が騎士団の副隊長の一人とはいえ、平民一歩手前の家ですよ?
他に相応しい方がいそうなものですが。
「身分については、ローズマリーを本家の養女とすれば問題ないという判断なのだろうな。来年建国一〇〇周年の大がかりな式典が行われるだろう?」
「はあ」
式典に何の関係が?
「外国の要人に王太子とその妃を披露する機会にするそうなんだ」
「えっ! つ、つまりお妃教育を実質半年で終えて結婚?」
「式典の日付はずらすことができないからそうなる。まあ結婚はともかく。妃教育を終えることが条件とされるのだろうな」
血の気が引いてしまう。
地獄と言われるお妃教育を半年で終えろだなんて。
冗談ではないです!
「ローズマリーならこなせると思われているのだろうな」
「むむむむムリに決まってます!」
「そうです! お姉様ばかりズルいです!」
「エロイーズ!」
あなたモーガン様だけを愛すると誓ったばかりではないですか!
いや、この際それはどうでもいいです。
私の代わりに重荷を背負ってくれるなら、よろしくお願いします!
「わたしもパーシヴァル殿下のお妃になりたいです!」
「エロイーズがやる気ですよ。ここはエロイーズを推し、私はモーガン様の元鞘に収まりましょう。イングラハム伯爵家との関係は問題ないと思います」
「王家直々にローズマリーを指名しているのだよ。そんなことは不可能だ」
やはりダメですか。
面倒なことには関わりたくないのですが。
「どうしてお姉様が……お姉様ばっかり……」
エロイーズがこれほど私の代わりに犠牲になってくれようとしているのに。
そうだわ!
「私とエロイーズと、二人でお妃教育を受ければいいではありませんか」
「何だと?」
王家としては式典に間に合いさえすれば、私でもエロイーズでもいいのでしょう。
ならば私とエロイーズ両方がお妃教育を受け、エロイーズがものになりそうなら私は身を引けばいいのです。
ナイスアイデア!
「……まあこの際だ。お妃教育初期なら候補が二人いても構うまい。どちらにしてもお妃教育を受けたほどの娘が嫁ぐとなれば、イングラハム伯爵家も文句は言うまいし」
「でしょう!」
「ローズマリー」
「はい?」
「我が国の威信がかかっているのですよ。手を抜いてはなりません」
「……はい」
母様には見透かされてしまっています。
王子の婚約者なんて責任の重いことは嫌だなあ。
どうなることやら。
◇
――――――――――王宮にて。エロイーズ視点。
お姉様は運がいいというか、とにかくズルいのですわ。
容姿でも成績でも魔法でも、わたしはお姉様に勝っていますわ。
負けているのは……背の高さくらい。
スラッとして目立つのは、まあ認めますわ。
だからでしょうか?
目をかけられるのは何故かいつもお姉様なのです。
でもわたしはやりましたわ!
お姉様とともにお妃教育を受けることになりましたわ!
これで王太子パーシヴァル殿下はわたしのものですわ!
……それにしてもパーシヴァル殿下以上の旦那様なんてこの世にいないでしょうに、どうもお姉様は消極的に思えます。
何故でしょう?
欲がないだけでは片付けられないような?
きっと自分に自信がないのですね。
身近にいるわたしと比べてしまっているのでしょう。
今日からお妃教育課程が開始します。
頑張らないと!
教育係の女官が言います。
「さて、今日はまずお二人の基礎力を見ます」
「はい!」「はい」
まあ、お姉様ったら覇気がないのですから。
そんなことではすぐ切り捨てられますよ。
ええと、今日は座学のテストですね。
国語、大陸共通語、算術、地理、国史、経済、動植物学、魔法学エトセトラ……。
む、難しくないです?
いえいえ、わたしはこれでも学院の成績優秀者。
平均点のお姉様とは違うのです!
「ひい、疲れました……」
「エロイーズ、王子妃たろうとする者が、そのような姿を見せてはいけませんよ」
「そ、そうでした」
お姉様のクセに偉そうな。
でも言われていることはもっともです。
この態度もまた採点されているのかもしれませんし。
あっ、女官が戻ってきました。
「二人とも不合格点です」
そ、そんな気はしていましたが。
「あの、エロイーズは一学年下ですので、まだ習っていない部分も多いのです」
「そ、そうですとも!」
「言い訳になりません。これは基礎です。半年後までにどれほどの知識を身に付けなければいけないか、あなた達はわかっていますか?」
ひー、当然とはいえ厳しい。
「特にローズマリー様。何ですかこの答案は!」
そうよね、わたしがお姉様より悪い点のわけはないもの。
「測ったようにどの科目も六〇点ではないですか! 手を抜いているのですか?」
「い、いえ、そんなことは。ついいつものクセなのです」
クセ? どういうこと?
「ローズマリー様、身分に応じた点数などこの場では必要ありません」
「身分に応じた点って……」
お姉様が仕方なさそうに説明する。
「……私達は一騎士の娘でしょう? 高位貴族の方々に恥をかかせるようなことはできませんから」
「身分の上の方の順位を押し上げるために、お姉様はテストで本気を出していらっしゃらなかったのですか?」
弱々しくお姉様が頷く。
ええ? そんなことをしていたの?
女官が言います。
「ローズマリー様は他の誰も正解を出せなかった問題でしばしば正答を導いていると、学院の教諭から報告を得ています。おそらく真の学力は学年でも断然トップだろうと」
「買い被りですわ」
そ、そんな!
お姉様はスタイルがいいだけの平凡令嬢だと思っていたのに。
「お疲れでしょう? お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「あっ、エロイーズ……」
ぐえええええええ、何なのこのお茶!
「キュア! 医師を呼んでください」
「治癒魔法で応急処置を行い、医師を呼ぶですか。はい、適切な判断ですね。合格です。でも毒ではないですから大丈夫ですよ。ただ苦いだけのお茶です」
「そうでしたか」
な、何ですの? 今のは。
「王子妃たるものは毒にも常に注意していなければなりませんからね」
「お姉様は予測していらしたの?」
「あり得るかな、とは」
「ええ?」
お姉様が成績優秀な上、ここまで隙のないレディだったとは。
わたしの優位とは幻想だったの?
ガラガラと自信が崩れる気持ちです。
「エロイーズ。経験のないことは仕方ありません。今覚えればよいのです」
「は、はい……」
「ローズマリー様はともかく、エロイーズ様は相当な努力が必要ですよ。明日から本格的にお妃教育に入ります」
「はい、よろしくお願いいたします」
「……」
どうしましょう。
わたしの精神的ヒットポイントはもうゼロです。
◇
――――――――――王宮にて。ローズマリー視点。
結局エロイーズは早々とお妃教育から落伍してしまいました。
『ふん、王太子パーシヴァル殿下はお姉様に譲ってあげるんですからね! わたしはモーガン様で我慢します!』
いいなあ。
王太子パーシヴァル殿下の妃よりは、モーガン様の妻の方が気楽そうなんですけれども。
我慢しなくていいから、私にモーガン様を譲ってくれないかしら?
と思っていた頃が私にもありました。
「マリー」
「パーシヴァル様」
私は正式にパーシヴァル様の婚約者となりました。
結婚を間近に控え、お妃教育もほぼ終了の運びとなっています。
「パーシヴァル様は夫として完璧ですよね」
「そうかい?」
そうかい、じゃありません。
イケメンですしお優しいですし細かいところに気が回りますし。
これまでパーシヴァル様をあまり知らなかったことを後悔しています。
事なかれ主義適当派の私だって、リターンが大きければ頑張りますよ。
パーシヴァル様を譲ってくださったアデライン様やエロイーズには感謝しかありません。
「私は運でパーシヴァル様の婚約者になったようなものですから、本当に申し訳ないです」
「ハハッ、マリーは運じゃないよ。運がいいのは僕の方」
「どういうことでしょう?」
「マリーが才女だということは、学院の講師陣では割と知られた事実だったんだ」
「そうだったんですか?」
私にとっては成績が平均的であることが重要だったので、やればできるということを隠す意図はありませんでした。
パーシヴァル様が御存じだとは知りませんでしたが。
もうこれからは全力で事に当たります。
パーシヴァル様に恥をかかせるわけにはまいりませんので。
「アデラインがどうやら体力的に僕の妃が務まりそうにないとわかった時、優秀だとされていた君の妹エロイーズ嬢に白羽の矢が立ったんだよ」
「妹は可愛いし目立ちますからね」
「ところが調べさせてみると、マリーの方が図抜けて優秀じゃないか。しかも控えめで、僕好みの美人で」
「び、美人?」
今日のパーシヴァル様は饒舌ですね。
どうしたんでしょう?
私は妹に比べれば地味顔ですよ。
「当時君はモーガン・イングラハム伯爵令息の婚約者だった。ところがジャストタイミングで婚約解消。少しでも早かったり遅かったりしたら、僕はマリーを得ることはできなかったよ。これが運でなくて何だろう?」
「あっ、パーシヴァル様。お酒を飲まれていますか?」
「少しね。お酒の力を借りないと君に愛を囁くことすらできない、臆病な男だから」
「あ、愛?」
何ということでしょう。
選択肢が私しかないので王太子妃に選ばれたと思っていましたのに。
完璧な気配りの王子様ですよ。
惚れちゃいますわー。
一生尽くさせてください。
「マリー、愛しているよ」
「私もです」
「今酒臭くてごめんね。ファーストキスは結婚式まで取っておこうか」
「いえ、それまで辛抱できません」
私の方からパーシヴァル様にキスをします。
「御馳走様」
「私の方こそですよ。今後ともよろしくお願いいたします」
アルコールの匂いのするファーストキス。
私は絶対に忘れないのです。
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