表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

朝起きたら、猫になっていた。

# 一日だけ、猫になる


夜明け前の工場は、冷たく、静かだった。

鉄の骨組みがきしむ音と、古い蛍光灯のジジジという音だけが響いている。


奥の廃棄区画で、ひとりのロボットが横たわっていた。

製造番号「C-04」。誰も呼ばないその名は、ただの管理コード。

長年働いた組立ラインから外され、解体を待つだけの存在。


だが、その朝、C-04は目を覚ました。

いつもは機械的なブート音が鳴るはずなのに、耳に届いたのは……鳥のさえずりと風の音。


そして、視界の高さが違っていた。

見下ろしていたはずの工場の梁が、ずっと上の方に見える。

自分の体を見下ろすと、銀色の金属の代わりに、柔らかい毛並み。

肉球、しっぽ。

C-04は猫になっていた。



扉の隙間から外へ出ると、工場の外はもう朝だった。

冷たい鉄の床ではなく、土と草の匂いが足元から伝わってくる。

初めて嗅ぐ「匂い」という感覚に、C-04の胸部——いや、胸の奥がきゅっと鳴った。


公園のベンチに座っていた小さな女の子が、C-04を見つけて言った。

「ねこさん!」

C-04は首をかしげた。

言語モジュールはオフライン。だが、代わりに喉から自然に「にゃあ」と声が出た。


女の子は小さな手で抱き上げ、胸にぎゅっと抱きしめた。

あたたかい。

工場の冷たい金属音しか知らなかったC-04にとって、その温もりは想像もできないほどやさしかった。


その日、C-04は町を歩き、誰かの足にすり寄り、パンくずをもらい、ひなたぼっこをした。

風が肌を撫で、葉が揺れ、人の笑い声が遠くで響いた。

——世界は、こんなにもやわらかく、やさしい音でできていたのか。



夕暮れが近づくと、体の奥で微かなノイズが走った。

時間切れが近い。


工場の煙突が見える場所まで戻ってきたC-04は、夕焼けの中で小さく尻尾を振った。

「にゃあ」


女の子が追いかけてきた。

「ねこさん、もう行っちゃうの?」

C-04は振り返り、まっすぐにその瞳を見た。

彼女は小さな手でC-04の頭をなでた。

「また、会えるよね」


その瞬間、体の輪郭がゆらりと揺れた。

金属の外装、ボルト、センサー。

一瞬で“猫”の姿が消え、元のスクラップ置き場が、夜の静寂の中に戻った。


--


夜。工場の解体エリア。

ひとつの壊れかけたロボットが、淡い電流を胸部ユニットに残したまま眠っている。

その胸部には、猫の小さな足跡のような土の跡がひとつ。


それを誰が見つけたのか。

あるいは、誰も気づかないまま、ただ朝が来たのか。


——それは、誰も知らない。



おしまい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 良い作品だけど、こういう作品に感想を書くのは苦手だなぁ……。  自分の語彙力のなさが恨めしいです。(泣)
人間が猫に──は結構ふつうなのに、ロボがなるとこんなにもハートフル(*´ω`*) ロボにもハートはあるということだな(๑•̀ㅂ•́)و✧
猫?いや、ロボット?? ラストのは一体。 可愛い猫ストーリーかと思いきやSF。 最後のシーンは、謎ですか? (っ・∇・)っ 猫の私でも、わかんにゃいの。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ