第6話:運命の武器とのニアミス
【タイトル】
第6話:運命の武器とのニアミス
【公開状態】
公開済
【作成日時】
2023-12-02 16:15:27(+09:00)
【公開日時】
2023-12-02 16:15:27(+09:00)
【更新日時】
2023-12-02 16:15:27(+09:00)
【文字数】
3,924文字
【本文(207行)】
広場についた頃には空はだいぶ暗くなっていた。が、町中はむしろ「ここから本番だ」と言わんばかりに活気があり、暗闇を見つけるのに一苦労するほどに明るかった。
「すごい街だね」
「そうなの?」
ジルは私の左手を握っている。手を繋いでいる、ということだ。なぜだか手のひらに汗をひどくかいているのがわかったが、ジルは手を離してくれなかった。少し居心地が悪い。
「あのさ、ジル」
「うん?」
「無警戒過ぎない?」
「キミに対して?」
「そ」
私が言うと、ジルは声を上げて笑う。すれ違う通行人が「ああ、ジルちゃん、ひさしぶり」などと声をかけていく。どうやら彼女もかなりの有名人のようだ。それはそうか。メルタナーザさんに育てられたというのだから。
「キミに対して警戒心なんて持つわけがないよ」
「なんで? こんな風来坊がひょっこりやってきて」
「確かにキミは喧嘩に負けた野良猫みたいな汚さだよね」
「唐突にひどい!」
間髪入れずアスタが『きったなーい。あんたきったなーいね!』などを揶揄してくるのがいつも以上に刺さった。
「でもねー、その汚さは置いといて。アタシ、キミにドキドキしてる」
「ドキドキ?」
「なんだろ、胸がきゅーっとなるような、思わずキミを強く抱きしめたくなるような、そんな感じ」
奇遇なことにそれは私もだった。ジルは立ち止まると私を見つめて言った。
「一目惚れしたのかも」
「えっと……女同士で?」
「悪いことかな」
「グラウ神殿ならそれは」
「神殿どーでもいいし?」
「ラメルは?」
「ええっと……その、婚約者だし、っていうか、実質……夫だけど」
「じゃぁ、だめじゃん」
なんだろう、明らかにしょんぼりしている私がいた。私が何をがっかりしているのか、今ひとつ理解できない。
「出会った順番なのかもしれないけど、なんかなぁ。キミとは他人って感じがしないんだよぉ」
「でも、私は」
「呪われた子でしょ。私でも知ってるよ。それにメルタナーザ師匠から聞いてたのもあるかな」
「何を?」
「あんたには巡り合うべき人がいる……ってね。それはラメルのことだと思っていたけど、もしかすると違ったのかも」
「ラメルがかわいそうだよ、そんなの」
「うん。そう、なんだけど……」
私はジルに引っ張られるがままに商店街を歩く。数え切れないほどの店が立ち並ぶこのあたり一帯が、ベルド市で最も賑やかな場所だということだった。
「あ! 武具屋だ!」
私は屋外に展示されている甲冑のレプリカを発見してジルの手を引っ張った。
「ここはグラニカ商会のベギエ武具店。輸入品を多く扱っていることで有名だよ。アタシはあんまり詳しくないけど」
「入ってみていい?」
「うん」
私はドアを押し開いて店内に入る。店内は明るく、そこらの飲食店以上に清潔感があった。外観以上に広く感じる店内に所狭しと武器や防具が置かれている。一際目を引いたのが入り口のすぐ傍にあった重甲冑だった。全体に黒い甲冑で、肩部が大きく作られていた。左手の手甲は盾の代わりとなるような張り出しがあり頑丈そうだ。腰部装甲も幾重にも重ねられており、その下にはどこか重たそうな藍色のロングスカートがあった――ジルに解説文を読んでもらったが、要は恐ろしく頑丈なスカートだ。黒いブーツも実用性と装飾性を兼ね備えたデザインをしているのがわかる。
「すっごい鎧」
「ああ、これはルウダ――ずーっと遠くの街から運ばれてきたものだね」
「金貨二百五十枚……」
「わぁぉ、凄い値段」
周囲を見れば金貨十枚程度の鎧となると革鎧くらいしかなかった。それも粗悪品とまでは言わないが、使い捨て用のような感じのものばかりだ。しかも鎧というのは維持費もかかる。戦えば傷つくし、戦わなくても劣化する。ベストな状態を維持しようとすれば、それだけ金食い虫と化す――というのは以前出会った狩人から聞いた話だ。
『ねぇ、壁の! 壁の大剣見て!』
アスタが興奮気味に言った。私は言われるがままに壁にかかっている何本もの大剣を見る。刃渡り二メートルに及ぶその大剣は、私には長すぎる。
『あの一番上の奴は? なんかすごく気になる!』
「少し短いやつか」
それでも刃の部分だけでも私の身長よりも長い。そして珍しいことに鍔がなかった。柄から刃まで一直線のシルエットだ。
「いらっしゃいませ、ジルお嬢様と、ええと」
立派な身なりの店員がやってきた。
「こんにちは、ベギエさん。こっちはスカーレット。今日から炭鉱で狩人として働くことになったんだよ」
「それはそれは。珍しい髪と目をしていたもので」
「ベギエさん。スカーレットは何も悪いことしないからね」
機先を制するジル。たったそれだけのことなのに、私の胸が詰まる。
「失礼しました。お嬢様がそうおっしゃられるのなら。それでスカーレットさん。何か見てみたい品はございますか」
「あそこの大剣を持ってみていい?」
私が壁の、さっきアスタが言っていた少し短めの大剣を指差すと、ベギエさん――おそらく店主――が驚いたような表情を見せる。
「重い武器ですが」
「平気。とにかく持ってみたい」
「承知しました」
ベギエさんは店内にいた若い店員に命じてその武器を持ってこさせた。私はすぐにそれを抜いて「おお」と歓声を上げる。アスタが素早く乗り移ったこともあり、重さはほとんど感じなかった。
「すごい」
まるで昔から持っていた武器であるかのように手に馴染む。どんな動きでもイメージできる。
「おじさん、これいくら?」
「ええと、その、金貨二百枚」
「あの鎧と合わせて四百五十枚……!?」
「ひえー、おっきな家が建つよ!」
ジルが私の思いを代弁する。
「おじさん、どのくらい取り置ける?」
「そうですねぇ、剣はともかく鎧は二ヶ――」
「三ヶ月!」
私は思い切って言った。ベギエさんは目を丸くする。
「三ヶ月、取り置いて! この剣と、あそこの鎧!」
「三ヶ月で四百五十枚用意するっていうのかい!?」
ベギエさんは目を丸くした。思わず素の口調が出てしまったようだ。
「今日一日で八枚。三ヶ月びっしり働けばむしろお釣りが出る」
「む、無茶だよぉ、スカーレット」
「そりゃ、ゼタが出てこなければどうしようもないけど」
私がいるところにはゼタが湧く。その心配はむしろ要らないし、仮にゼタが湧かないならそれはそれでいいのだ。
「というわけだから、おじさん、三ヶ月!」
「取り置き手数料――」
「剣、売れないでしょ」
「うっ……?」
「だって、鍔がないもん。長さも大剣としては中途半端。そして金貨二百枚。他の大剣の倍近い」
「なかなかの慧眼ですね、スカーレットさん」
「だから、剣とセットで買うから、手数料ナシで」
私の鬼気迫る表情に臆したのか、ベギエさんは一歩退く。
「わ、わかりました。三ヶ月待ちます」
ベギエさんはそう言うと、「交渉中」の札を鎧に掛けた。剣にも同じ札を掛けて再び壁の定位置に収めた。
「ベギエさん、どーもねー」
「ジルお嬢様、お気をつけて」
グラニカ商会の系列店という割に、炭鉱関係者のジルに友好的だったな。私はそんなことを思う。
「ラメルはグラニカ商会の御曹司だったからねぇ」
「え?」
「ラメルが本来の跡取りだったの。色々あってラメルが家出して、今は弟のキーズが跡を継いだっていうわけ」
「そういえばさっき、ウチの親父がって言ってたっけ。本当の父親だったんだ?」
「そうそう」
ジルはおかしそうに笑う。その軽やかな声に、私は心の底から癒される気がした。こんな朗らかな声が私に向けて発されていると思うだけで、私は正直言って胸が詰まる。
「炭鉱とグラニカ商会ってそこまで仲悪いわけじゃないんだ?」
「兄弟喧嘩みたいなものだねって師匠は言ってる。師匠がこの街を作った時に一番協力したのが先々代の当主。ラメルのおじいちゃんだね。だから炭鉱の経営権なんて、本当は狙ってないと思うよ、お義父さんは」
「老人の暇つぶし?」
「も、あるだろうね」
ジルはまた笑った。
「師匠のことが好きだったんだよ、お義父さん。そのせいで結婚がものすごく遅れて、ラメルなんて五十歳のときの子どもだからね」
「なんとまぁ」
魔女に恋してしまったのか。
「隠居して師匠と関わる機会が減ってしまったから、師匠に叱ってもらうために悪さしてるんだと思うんだよね」
「拗らせてるなぁ」
「そう思う? うん、アタシもそう思う」
ジルは難しい顔をしてそう言ったかと思うと、またコロコロとした声で笑った。
「さてと、腹ごしらえの前に」
ジルは私の左腕に自分の右腕を絡めて、力いっぱいに引き寄せた。不意を打たれた私はその柔らかな胸にダイブする形となる。あまりの格差に私が震えていると、ジルはあろうことか通りの真ん中で私を抱きしめた。
「へぐ、ふごご」
「さぁて、お姉ちゃんと一緒にお風呂屋さんにいきましょーねー」
「お、お風呂屋さん?」
解放された私が問い返す。
「えと、お風呂って、なに?」
「おっきな水浴び場」
お風呂……聞いたことはあったかもしれないが、見たことはない。水浴び場ならまだわかるが、大きなというのがよくわからない。
「そっかぁ、スカーレットはお風呂初体験かぁ。そっかそっかぁ」
嫌な予感がして立ち止まる私を、ジルは信じられない力でズリズリと引き摺っていく。
ほどなくして、私たちは一件の大きな建物に到着する。奥まった場所にある雅でとても大きな建物だ。大きな煙突からは湯気が絶え間なく出ているのが夜目にもわかる。しかも周囲は香草の香りで満ちていた。なんとなく癒やされる空気だ。グラウ神殿が炊いている香木の臭いとは全然違う。
「ここ?」
「うん。さぁ、行くよ。スカーレットをきれいきれいにしてあげまちゅからね」
「私は赤ちゃんじゃないよ」
「赤ちゃんはもっときれいだもんね」
そ、そうじゃない。
私は反論も許されぬまま、その建物の中に引っ張り込まれた。
にぎわう街の片隅、初めて足を踏み入れる公衆浴場。
そこに待っていたのは――大量の湯気と、裸、裸、裸!
カルチャーショックの渦に飲み込まれるスカーレット。
「洗う? 茹だる? 恥ずかしい!」
そんな彼女を引っ張るのは、悪戯っぽく微笑むジル。
次回、第七話――
「初めての公衆浴場体験で私はある意味のぼせあがる」
羞恥と熱気と、そしてほんのり甘い罠。