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第3話:ベルド市にて魔女と出会う

 翌日、太陽がちょうど沈んだ頃になって、私はようやくベルド市に到着した。街の入り口と思しき場所、街道と接する場所に立っている騎士はグラウ神殿の騎士ではなかった。聞くと街の有力者グラニカ商会というところの私兵とのことで、「なるほど確かにこの街のグラウ神殿は弱そうだ」と私は一つ安心する。


 ベルド市には街を囲う壁がなかった。ベルド市くらいの規模の街であれば、大概がゼタを警戒して頑丈な石壁を周囲に張り巡らせていたり、あるいは堀の一つもあったりする。


 そんなもの、ゼタには意味ないんだけどね――私は夜の街をブラブラと歩きながらそんなことを考える。ゼタは周囲から押し寄せてくるものではなく、()()()()ものだからだ。城壁などを作ってしまえば、逆に逃げ道を減らされるということに他ならない。しかし人は壁に囲まれることで安心もする。その心理は理解できる。


 待てよ? ということは、この街を造った人はゼタに詳しいのかも。私は屋台のいい匂いに引き寄せられつつ、そんなことを思う。街の人々の顔にも緊迫感は見えず、私のような風来坊を見ても特に警戒する素振(そぶ)りはなかった。逆に場違い感すら覚えてしまうほどだ。そもそも私は――。


「お嬢ちゃん、何か食っていかねぇかい」


 屋台のお兄さんが串に刺さった肉を見せながら声をかけてくる。銅貨一枚で一本。


「お願い。二本」

「まいど。お嬢ちゃん、旅してきたの? お父さんは?」

「一人旅だよ」


 私はぐいぐいくるお兄さんに若干引きながら、その串肉を受け取った。炭火で焼かれた実にジューシーな肉だった。近くに用意されていた丸太椅子に座り、それを瞬く間に平らげる。


「いい食いっぷりだな! ベルド市へようこそ!」


 お兄さんがわざわざ追加の串肉を二本持ってやってきた。


「おごりだ。楽しんでくれよ」

「どうして親切にする?」

「商売商売」


 お兄さんは笑う。いかついその顔が不器用に笑っている。


「この銅貨二枚分のサービスが、いずれ金貨一枚分くらいになって戻ってくるってもんさ」

「利子付きで払えってこと?」

「はっはっは! そんな馬鹿な事があるかい。押し売りじゃねぇよ」


 人の親切というものの()は聞いたことがある。だが、私は未体験だ。懐疑的にもなるというものだ。


「まぁ、食えよ。腹減ってるって顔してるぜ」

「お腹はとても空いている」


 私は串肉を受け取ってまた黙々と胃の中に押し込んだ。


「これでお嬢ちゃんの中には串肉奢ってもらえたって記憶が残っただろ。ベルドの人間は親切だって思っただろ。そしたらもしお嬢ちゃんが次の街に行ったら、その話をするかもしれねぇ。そうしたらそれを聞いた何人かがこの街に来るかもしれねぇだろ。そしたら俺の串も売れるってわけよ」

「へぇ。お兄さん色々考えてるんだね」

「考えてねぇみたいな顔してるけどな。っておい」


 お兄さんのセルフツッコミに、周囲の同業者さんたちが笑う。でも他人の笑い声はあまり得意じゃない。今まで私をバカにする笑い声しか聞いたことがなかったからだ。


 同業者さんたちも私にスープやパンを持ってきてくれた。何か、こう、餌付けでもされている気分になる。でも空腹は空腹だったので私は礼を言ってそれらを残らず平らげた。


「さすがにおなかいっぱい。ありがとう」


 幸せだった。動くのを躊躇(ちゅうちょ)するほど食べたのはいつぶりだっただろう。四歳で故郷を失ってから、一度もなかったかもしれない。


 その時、私の幸福感に水を差すように、私の危険感知センサーが働いた。荷物を(かつ)ぎ上げて腰の短剣を確かめる。屋台のお兄さんたちも一様に緊張した表情で前に出てくる。


「喧嘩?」


 串肉のお兄さんに尋ねる。通りの真ん中に人だかりができている。背の高くない私にはよく見えない。だが、何やら物々しい雰囲気になっているのは確かなようだった。まぁ、ゼタ騒ぎではないようだし、よそ者が首を突っ込む筋合いでもないか。


「あー、ありゃぁ、ちょっとまずいぜ」


 屋台のお兄さんが同業者たちと会話しているのが聞こえてくる。


「あいつらはよそもんかな。よりによって()()()にいちゃもんつけるたぁ」

「あの方?」

「ああ、お嬢ちゃんも知らないか。このベルド市にこの人ありと言われる偉大なる()()、メルタナーザ様だよ」

「魔女!?」


 魔法使いには何度か出会ったことはあるが、()()の称号を持つ人物を間近にするのは初めてだ。そういえばベルド市には魔女がいる、という噂もだいぶ昔に聞いた気がする。その時は聞き流してしまったと思うのだけれど。


 俄然興味を引かれた私は、荷物を屋台のお兄さんに預けるとその人だかりを押しのけて前に出た。小柄なのが幸いして、それほど苦もなく争いの当事者たちを目にすることができた。


 一人は暗黒の衣装をまとった妙齢の美しい女性。それに向かって露骨な敵意を向けているのが三人の男。装備はバラバラで、おそらくは私の()()()だろう。狩人が徒党を組むのは珍しいことじゃない。


「人様にぶつかっておいて謝罪の一つもなしかぁ?」


 男の一人が(わめ)いている。が、野次馬たちの声が大きくて総じてよく聞こえない。野次馬たちは必死に男たちに「やめておけ」と伝えているようでもある。それを聞いた女性は右手を振りながら、


「取って食ったりはしないよ」


 と、落ち着き払った声で言った。しかしそれが男たちのプライドを傷付けたようで、一人が剣を抜いた。


 どう考えても止めに入ったほうが人として正しい気はする。しかし野次馬たちはどちらかと言うと男たちの方を心配しているようでもある。どういうことなのか私にはまるでわからない。


「この子たちも新参だ。喧嘩を売る相手を間違えただけさ。お(とが)めなしで(ゆる)してやろうじゃないか」

「なんだと、この(アマ)ァ!」


 男が切りかかった。野次馬たちから悲鳴が上がる。


 が、男の剣は目に見えない障壁で弾かれていた。それどころか、その手にした剣がキラキラと砕けていた。


 その時、入り口に立っていた騎士と同じ鎧を着けた騎士が五名、姿を見せる。


「遅くなりました。申し訳ありません、メルタナーザ様」

「この街も広くなったし、あんたたちも忙しい。むしろ騒ぎを起こしてしまってすまなかったね」

「い、いえ、そのようなことは。この者たちは我々が厳しく言って聞かせますので」

「うん。でもひどい目にあわせてはいけないよ。この街に拷問は似合わない」

「はっ、それは承知しております」


 騎士が平身低頭しながら、メルタナーザという魔女に従っている。しかし、この人には高圧的なところも畏怖すべきものも特に見当たらなかった。ただ圧倒的な余裕を振りまいているだけ、にも見えた。もちろんさっきの防御障壁でわかった通り、その実力も確かであるに違いなかった。そもそも、私が戦っても勝てる気がしない相手だと認めざるを得ない気はする。


「おやおや」


 野次馬が三々五々散っていった中、取り残された私に気がつく魔女。


「ベルドの街へようこそ、()()()()()()

「えっ……!?」


 なんでこの人、私の名前を知っているの。私は荷物を持ってきてくれた屋台のお兄さんをぎこちなく振り返る。


「ああ、メルタナーザ様が知らないことなんてないんだよ。この街の数万人の名前すら全員覚えてるって言われてるし」

「いやいや、それにしたって初対面だし……」


 コソコソと会話する私たちを、メルタナーザさんはにこやかに見つめている。一切の敵意を感じない微笑みに、私の警戒心は必然的に溶けていく。


「こう見えても魔女だからねぇ、わたしは。そもそも精霊を手にした銀髪スミレ色の瞳の少女ときたら、世界に一人しかいない。()()()()()の話くらい、ちょっと聞き耳を立てればすぐに聞こえるさ」


 その言葉に私は筋肉を緊張させた。それを見てメルタナーザさんは微笑む。


「心配することはないよ。この街にグラウ神殿は手を出せない。あんたの期待通り、この街はあんたに優しいはずさ」


 メルタナーザさんは串肉のお兄さんに銅貨を渡して串肉を二本受け取った。


「食べるかい?」

「お腹いっぱい食べさせてもらった」

「うんうん、この街の連中は実に気のいいやつらなのさ」

「こんな街がこの世界にあるなんて思ってなくて。今もなんか裏があるんじゃないかって」

「ははは!」


 さっきまで私が座っていた丸太椅子に腰をおろしたメルタナーザさんは串肉を頬張りながら笑う。私はなんとなく立ったままだ。


 というか魔女と呼ばれるほどの人がこんな人の群れの中にフラフラと出歩いていることが驚きだったし、まして串肉なんていう庶民の味方の料理を美味しそうに頬張っていることも意外だった。


「裏がないと言ったら嘘になる。人間誰もが表と裏を持っている。世界も、運命も、何もかもが目に見える部分と、隠された部分を持っているものさ」

「世界や運命も?」

「そう。目に見える部分だけが真実なんかじゃないってこと」


 メルタナーザさんの暗黒の瞳に(とら)われて、私は身動きが取れなかった。


「ようやく来てくれて嬉しいよ、スカーレット。少なくともこの街はあんたの敵じゃない。それだけわかってもらえれば十分だ」

「メルタナーザさん……」


 私が呼びかけると、メルタナーザさんはようやく私から視線を外してくれた。


「明日、炭鉱へお行き。仕事の世話もできるだろう。ああ、今日の宿についても心配要らないよ」

「どうしてそこまで親切にしてくれるの」

「あんたを待っていたからさ」

「待っていた?」

「そう。わたしがこの街を作って五十年になるけど、あんたを迎えるためにこのベルドという街を造ったと言っても言い過ぎじゃあないのさ」

「え!? 五十年……!?」

「はは! まぁ、いいじゃないか。ゆえに、わたしは魔女なのだからね」


 私が口を開く前に、メルタナーザさんは右目を瞑った。


「どうあれ、さ」


 メルタナーザさんは目を細めて串肉を飲み込む。


()()は嫌でもあんたに噛み付いてくる。そしてこの街はあんたにとっての運命の街さ」

「何か起きるってこと?」

「未来は知らないほうが良いこともある。知ってしまった瞬間、運命は歪んでしまうかもしれないからねぇ。だからわたしはあんたに未来を教えない道を選ぶよ」


 メルタナーザさんは空を見上げながら言った。私もつられて空を見る。明るい星がいくつも見えた。夏の盛りの夜空は(にぎ)やかだ。音が鳴りそうなほどに星々は燦然(さんぜん)としていた。


「メルタナーザさん。あのね、わ、私がいるとゼタが湧くんだ」

「知っているよ、()()()()()だからねぇ」

「うっ……」

「だけどね、それもまた必然。あんたにとって必要なことなんだよ」

「そんな(はた)迷惑な……」


 私がぶちぶちと言っていると、メルタナーザさんは立ち上がる。そして串を「ごちそうさま」と言って屋台のお兄さんに渡した。お兄さんは「またな、お嬢ちゃん」と私に手を振ってくれた。


 横に並ぶとメルタナーザさんの長身がより引き立った。私と頭一つ分は違う。男性にしても背が高い方になるんじゃないかと思えた。


「炭鉱では、わたしと話をした、とだけ言えば良いよ」

「は、はぁ……」


 何もかもが上手く行き過ぎて怖い。私は若干の不安を覚える。


「あんたの人生、何もかも上手くいっていないんだろ、今のところ」

「は、ええ、まぁ、そうかも」


 グラウ神殿さえいなければとは思う。


「なら、たまには良いことが続いたってバチは当たらないだろうよ。そうだ、今日はあそこの宿を使うといいよ。いい部屋を確保してある」

「じ、時系列がメチャクチャな気が」

()()にとってはそんなものはどうだって良いことなのさ」


 そう言われてしまっては黙る他にない。魔女って凄い、と思うと同時に、恐ろしいとも感じた。


「さぁ、今日は疲れているだろう? ゆっくり休むといい。今夜は何も起きないことは、このわたしが保証する」


 メルタナーザさんはそう言って、私と宿の前まで歩く。


「明日のあんたの出会い、本当に大切にすることだねぇ」

「明日の出会い?」

「そうさ。明日は大切な日になるよ」


 メルタナーザさんはそう言うと、鼻歌混じりに立ち去った。

次回――


宿で久しぶりに熟睡し、目覚めると朝の通りには人影や鶏、酒場の屋根には猫が三匹――平和な眺めにほっとする。


馬車で炭鉱に到着すると、事務所で迎えたイヴァンさんは金塊を見て目を丸くする。「君は本当にゼタの狩人なのか」と驚かれつつ、契約書に署名を済ませたその時――


「ゼタが湧いた! 入り口だ!」


短剣を握り、私は外へと踏み出す――そして、強大なゼタが姿を現す。

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