第2話:ゼタとの遭遇戦
ハッと我に返ると、周囲はすっかり暗くなっていた。朝からずっと、街道を遥かに外れて歩き続けていて、さすがに疲労も溜まっていた。真夏の暑さもあり、日中は木陰を渡りながら歩いてきたが、それでも疲れを意識せざるを得ない。
街道を遠く離れて歩く理由というのが、今まさに目の前に現れた怪物である。
森の中、少し開けた場所でそいつらは待ち構えていた。
「今回は昆虫型か」
全部で三体――ゼタ特有の黒い霧をうっすらと纏っている。昆虫は基本的に巨大だが、私の周囲を囲んでいる三体のカマキリタイプはその二倍ほどは大きかった。頭までで成人男性くらいの高さがある。その両手のカマは見るからに鋭そうだ。大型のクマに遭遇するよりも、はるかに危険な手合いだということはわかっている。こいつらは人を殺すことに特化した化け物だからだ。
対する私の獲物は短剣一本。諸事情あって、まともな武器は買えないのだ。私は旅の道具を満載したリュックを地面に下ろすと、臨戦態勢を取った。
『ちょっとアンタ、コイツら相手に短剣一本って人生舐めてるよね』
しかし私の短剣はちょっと違う。喋るのだ。短剣曰く、「精霊」と呼ばれる存在らしいが、私にとってはうるさいことこの上ない変な武器にすぎない。
『あたしのお陰で今まで生き延びてこれたってのに!』
「かもね」
精霊の宿る武器は威力が上がる――。それが本当かウソかはともかく、耐久性は確実に普通じゃなかった。どんな固いゼタに叩きつけても、刃こぼれの一つもしないのだ。
「ゼタ、ゼタ、ゼタ。どこまで行ってもゼタと神殿はついてくる」
この三体のカマキリ型ゼタは別個体ではない。高度に制御された一個の個体だ。十二歳から始まり四年以上に渡るゼタ退治の経験からそのことを知っている。だから各個撃破は難しい。司令塔になっている一体を倒さないことには戦いは終わらない。
とはいえ、残り二体も無視はできない。そして私に増援なんてこない。私は今までずっと天涯孤独・孤立無援でやってきたのだ。そしてゼタは私にとって唯一の収入源でもある。ある意味、ゼタと共存していると言えなくもない。
カマキリの動きはむちゃくちゃ速い。油断すればカマで殺られる。だけど逆に言えばそれだけだ。それ以外のトリッキーな攻撃手段はない。そしてそんな戦いには、私はもう慣れている。
カマが打ち下ろされてくる直前に私は地面を蹴る。追って落ちてきたカマの先端をかわして、そのままその個体の胴体の下に滑り込む。カマキリは飛び退ろうとしたが、私の短剣が後ろ足を一本切断していた。司令塔以外のカマキリは、殺してしまったら即座に復活する可能性がある。まずはそれぞれにダメージを与えて様子を見るべきだ。
バランスを失ったカマキリを放っておいて、次の目標に向けて跳躍する。対空迎撃体勢に入ったその一体のカマの先端を短剣で弾き、その頭部につま先をめり込ませる。瞬間、三体目のカマが私を襲う。私は身をひねってその一撃を交わすが、風圧でわずかに肩を切られた。革の鎧を着てはいたが、今となってはヘタリ過ぎていて、ないよりはマシ程度の防御力しかない。
「いったいなぁ……!」
しかし深手ではない。痛みも戦いの興奮の中であれば無視できるレベルだ。
「なるほど」
私は呟き短剣を構え直す。三体のカマキリが一斉に羽ばたいた。そういやカマキリって飛べるんだっけ。
だが、ターゲットは絞れた。三体目だ。二体目を攻撃した時に横から割り込んできたが、その時の三体目の攻撃によって二体目にダメージが及んでいる。同士討ちをものともしないということは、この三体目が司令塔であり本体だ。
カマキリは一旦上空へ移動する。こうなると手が出ないが、いずれ降りてくるのは間違いない。その時にターゲットを仕留めればいい。だが、目まぐるしく位置を変えるカマキリを追い続けているうちに、どれがターゲットだかわからなくなる。
「しまったなぁ」
『どうすんのよ』
「全部斬る」
『さいですか。結局力押しですか』
「しかないっしょ」
私は短剣を握り直し、落下してくる三体のカマキリを全て視野に捉える。
一閃――。
先頭の一体の右のカマが切断される。続く攻撃で二体目の腹を大きく切り裂くことに成功する。しかし二体の動きは鈍らない。
となれば。
「お前が本体だぁっ!」
その瞬間、短剣が赤く鋭く輝いた。
そこに三体目のカマが打ち下ろされてくる。
私はそれ以上の速度で腹の下に入り込み、短剣をその長い腹部に突きたてた。悲鳴のような音を上げるカマキリは、滅多矢鱈とカマを振り回す。私は慎重にその軌道を読んで右、左、とカマを切り落とす。そして一瞬の間も置かずに、その細い頸部を払った。
三角形の頭部が飛び、その直後、カマキリは黒い霧と化して消えた。
「実質三体相手にしたってのに、戦利品がしょっぱいなぁ」
後に残されたのはつまめるほどの小さな金塊が一つ。鉄じゃなくてよかったと見るべきか。これでも数日は食いつなげるだろう。
舌打ちしながら座り込んだ私は以前に買ったこの辺りの地図を広げて、東の方角を見る。山はすっかり夜のシルエットになっている。
「あの山の向こうか。明日の夜には辿り着けるかな」
ベルド市という炭鉱で栄えている大きな街があるという話は、以前から聞いていた。それから何故か無性にその街へ行ってみたくなり、今に至っている。
「迷惑だと思うけど」
私がいる所にゼタは湧きやすいらしい。そもそも出自からしてゼタなしでは語れない私だ。
呪われた子――グラウ神殿からそう言われて生きてきた。私のいた街は、ゼタの群れによって全滅した。私がただ一人の生き残り。銀髪にスミレ色の瞳という珍しい容姿だったのも災いして、神殿からは「それこそが呪われた子の証」などとも言われた。
そして実際に、私がいるとゼタが湧く。ゼタは人々をただ襲い、殺して、消える。もちろん私がいなくてもゼタは湧く。けれど、私がいるところには必ず湧くのだ。明らかに異常な頻度で。だからどの街も、神殿が幅を利かせている限り、私に宿も提供しようとはしてくれなかった。石を投げられることも日常茶飯事だ。
だけど、ベルド市なら。そんな期待が私の中にあった。
私のようにゼタ狩りを専門とする狩人が数多く集まっているとも聞く。それはそれだけ普段からゼタが湧いているということでもあるし、あるいはそれであればゼタを呼んでしまう私がいたところで、人々の安全は確保できるのではないかという期待もある。そして何より、グラウ神殿の連中の手が及びにくいという噂もあった。
私は道すがら集めておいた枯れ枝を使って焚き火を用意した。この時に便利なのは短剣の精霊だ。彼女はなんと、ちょっとした火を起こせるのだ。もちろんブーブー文句は言われるが、知ったことではない。
あっという間に火を上げ始めた枯れ枝たちを見ながら、私は残り少なくなった干し肉を引っ張り出した。ベルド市で食料調達できなかったら詰み、かもしれない。
「それにしても」
最近よく見るあの白昼夢みたいなものは何なんだろう。
思い出そうとしてもなかなか思い出せないが、ここではない別の世界で何かが起きていて。そこの中心に私がいて。そしてそれは決して愉快な夢ではなかった。
夢、なんだろうか。
考えれば考えるほどわからなくなる。
「そういえば、夢でも敵をゼタと呼んでいた気がする」
干し肉を水で胃の中に流し込み、私は空を見る。木々に切り取られた空の色は濃紺。星の河が流れているあたりだけが仄白い。
「グラウ神殿、か」
あのいけ好かないグラウ神殿の力が及ばない街って、どんなだろう。美味しいものを食べられるだろうか。柔らかな布団で眠れるだろうか。石は投げられないだろうか。
いや、やめよう。下手に期待すると、そうじゃなかったときのダメージが大きい。
私は横になると周囲に何の気配もないことを確認して目を閉じた。
そうだ、ベルド市についたら、ぐっすり眠れる日が来るかもしれない。
お腹いっぱい食べて、快適な宿で昼まで泥のように眠る――。
それは夢のような生活だ。
「ま、そんなに上手くはいかないよね」
私はため息をつく。
そして明け方まで眠ることにした。
次回――
ついに辿り着いたベルド市。
城壁なき街、親切な人々、そして屋台の串肉。
「こんな街が、この世界に?」
呪われた子に初めて訪れる安らぎ……しかし。
現れるは、この街を築いたという“魔女”メルタナーザ。
彼女はなぜ私の名を知っているのか。
「ようやく来てくれて嬉しいよ、スカーレット」
街は敵か、味方か。
次回――第三話「ベルド市にて魔女と出会う」
運命は、まだ口を閉ざしたまま。




