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魔物に抗うため、神から人類へ与えられた【クラス】。
それは種類によって人々に様々な恩恵をもたらした。
人々は幼い頃からよく聞かされるものだ。
強力なクラスの力で【英雄】と呼ばれるようになった人々の目覚ましい活躍を。
全てのものに与えられた、運で人生を覆せる最大の機会。
夢のような贈り物。
それがクラス……と、人々は信じている。
実際は身分や血統でもらえるスキルはほぼ決まっているという素晴らしさなんだけど。
人々は齢が十二になると、このクラスを授かるために教会で神の信託を受ける。
そして、今日はこの俺【ラスク・ルマーン】が信託を受ける日。
俺は侯爵家の長男!
……と言っても、俺は没落貴族の生まれで、跡継ぎのいなかったルマーン家に養子として拾われただけだ。
俺は歳の割には物覚えが早かったから、「賢い子」としてある程度大切にされた。
そう振る舞えたのは、俺にうっすらと『前世』の記憶があって、早くに物事の整理がついたからだと思う。
『前世』の俺については名前もどんな生活をしていたのかも知らないけど。
「来なさい、我が子よ」
「良い【クラス】が貰えると良いわね。結果が何であっても今夜は美味しいものを食べましょう」
父親はいつものように薄笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。
母親は優しく俺の手を引いた。
「それにしても、うちの子はどんなクラスになりたいのかしら?私は【コマンダー】なんて良いと思うわ。知識を得多分だけ強くなれるのは素敵よね」
「アタッカー系統も良いだろうな。最近どこへ行っても魔物に対処する力は求められる。でも暗黒系統のクラスと庶民の手垢のついたクラスは勘弁してほしいな。ハハハ」
俺の他には両親と司祭しかいない静謐な教会。
俺は神像の前に立ち、目を瞑って祈りを捧げた。
《あなたの適正クラスは【サポーター】です。ステータスを解放しました》
……げ。
いや、最悪ではない。適正があるだけで処分対象になるクラスとかもあるし。
世間一般でもそこまで低い評価ではないし、何処にでもいるようなクラスだ。
だが……
「ラスク、終わった?何になれたの?やっぱり理知的な顔をしているから【コマンダー】系かしら!」
「いや、私の家系は代々【ナイト】や【ソードマスター】が排出されている。養子ではあるがあるいは……」
この両親……
「俺は……【サポーター】でした」
「ああ……努力次第だろう。努力すれば庶民並みの人生は送れるさ」
「あ、あなた……どうするの?仮にも男爵家の子供というから引き取ったんじゃない!こんなの……」
クソみたいなクラス差別主義者だった!!
当然、彼らは侯爵という位を授けられた立場であるから、日常的に露骨なことは言わない。
しかし、その日の晩。俺の信託を記念するパーティーが行われた時。
冷えた視線や笑みの中で、唯一暖かい場所がある。
俺はその小さな背中を見つけると、抑えていた足取りが自然と早まった。
「お前の愛しの兄さんが帰ったぞ!」
俺が背後から抱きつくと、彼は振り向いて抱きつきかえしてくれた。
愛らしいパッチリとした橙色の瞳と目が合う。
ああ!!可愛い!!
「おかえり兄さん!何だった?何もらった?」
「俺はな、【サポーター】だったよ」
「ええ!!じゃあ俺が将来最強の【ナイト】になったら一緒に組もうよ!!」
「兄さんは嬉しくて泣いたよ!お前の尊さで泣いたのはこれで……」
「1192回目でしょ?でも今回も泣いてないよね!」
イッカ。俺の弟。幼いながらに母親に似た素晴らしい顔面だ。
性格は見た目以上に愛らしい。多分俺に似た。
そうして俺がイッカといちゃついていると、背後から大きな影が近付いてきた。
「こら、イッカを巻き込むんじゃない。将来イッカが良いクラスを貰った時に足を引っ張ることになるだろう」
父親は、俺からイッカを引き剥がすと、パーティーへ来た客たちへ彼を紹介しに行った。
明らかにもう俺を嫡子にする気がなさそうなんだけど。
よくない、イッカを混乱させていいのは俺だけだ。
……こうなるから良いクラスが欲しかった!!
「おやおや、ルマーン卿。この美人な息子さんを紹介してくれたということは、彼が後継ですかな?それでは最初に受け入れた……赤髪の彼はどうなさるんですか?今日の信託で芳しい結果を得られなかったとか?」
「ああ……それについてはおいおい検討するつもりだ。まだ彼らのどちらに資質があるか分からないのでな」
どっちが嫡子に向くか分かってない?なら俺も紹介しろよ!
俺にだって名を覚えてもらう資格はある!
確か父が話している相手は……
「初めましてシフォン伯爵様。ラスク・ルマーンでございます。本日はお越しいただき、心より嬉しく思います」
俺がそう声をかけると、豊満な体をした中年の紳士は俺に気づいて微笑む。
思っていた以上にジェントルマン。
父は少し戸惑っていたが、俺は臆せずハキハキと台詞を吐き出す。
「……おや、初めまして。ラスク君と言うのですかな?私は【ニーズフェッグ・シフォン】と申します。お話しできるのを楽しみにしておりましたぞ」
「まだ子どもに見えるかもしれませんが、わたくしがこの家の嫡子です。どうぞ、侮られませぬよう」
「なるほど、小さきご当主というわけですか。言葉遣いも流暢で将来が楽し……」
「ラスク」
俺はひょいと父に抱えられて部屋の端まで連れていかれる。
「初対面他人に向かって無責任なことを言うもんじゃない。大体、お前は【サポーター】としての能力をわきまえた上で物を言うことを覚えなさい。今日からでも他の子との差を埋めるために勉強したりして、嫡子を名乗るのは少なくとも成果が出た後にするんだ」
据わった目つきで父に諭されるが、俺は目を逸らした。
イッカだって無責任な期待を周囲に背負わされそうになってるんだ。
そう、兄として見過ごせなかっただけだ。
屋敷の離れへ帰った。
両親は会えば俺を子供として扱うが……共にいる必要がなくなれば、こうして他人のような生活だ。
いくら取り繕っても、夫婦に“実の息子”が生まれた時点で俺への熱はとっくに冷めていた。
色々と理由をつけられて別居を提案したので俺も承諾したが……正直本望だったのかもしれない。
イッカに会えない寂しさはあるが、俺がいて家庭の雰囲気がおかしくなるのもかえって負担だろう。
ああ、でもあの可愛い顔を一時間おきに眺めないと狂ってしまいそうだ。
俺は密かに絵の上手い使用人に描かせたイッカの肖像画を見ながら紅茶を飲んでいた。
「そういえば……スキルは何か手に入れてないかな。まあ滅多に貰えるものじゃないけど」
俺は今日信託を受けて開けるようになったステータス画面を表示する。
《ステータス》
適正クラス:サポーター
固有スキル:【性別転換】
他にも成長資質値とかいうのがあったが、魔力以外軒並み酷い数値だった。
それはそうとして……
「サポーターって言うほど悪いクラスか……って、スキルがある!?……【性別転換】?」
スキル。
基本的にはクラスに応じた行動をとることで獲得できる特殊能力。
稀に信託を受けるときに不明な基準で授かることもあるらしい。今回はそれだな。
そして……何があろうとも、どんな手札を使ってでも弟を楽に生かしてやる覚悟の俺だ!!
「使ってみるか…………【性別転換】!!」
ぐにゃりと歪む視界。これは……魔力で体が再構築されている?
俺別人になったりしない!?まだ鍛錬もしてない俺の魔力で足りるのかな!?
俺は不安になりながら待ったが……どうやら変化は終わったようだ。
俺はまず自分の手足を視界に入れてその違いに気づく。
少し小さく細くなった肢体。肌の質心なしか先ほどより滑らかで繊細になった気がする。
次に髪。何故だか知らないけど、先ほどまで肩にかかる程度だった髪の長さが腰程までに伸びている。
鏡を見れば……目が覚めるような赤髪の美少女。
「うわっ……俺……イッカほどじゃないけど可愛いな!?」
可愛い。可愛いし……なんだか体も軽い。あと太ももの存在感がある。
思考も冴えて、視界に入る全てを自分の思い通りにする方法が浮かんでくるようだ。
……それは嬉しいことなんだけど、デメリットは?
再びステータスを開いてみて驚愕する。
成長資質が軒並み跳ね上がっている。それこそ、英雄の卵と言われてもそりゃそうだと全力で肯定するくらいに。
それにも驚いたが……
《ステータス》
適正クラス:【オールラウンダー】
スキル【性別転換】
パッシブスキル:【変容】
適正クラスまでもが変わってる。
【オールラウンダー】なんてクラスも【変容】なんてスキルも聞いたことがない。
パッシブスキルなら意識して使うことはできないのか?
それで……俺は男に戻ることが出来るのか?!
女性では貴族の家の嫡子になるのが困難と聞く。
ただでさえ望み薄になってるのにさらにハンデを追加されたてたまるか!!
ひとまず元の姿に戻れるか試して……
「失礼してもよろしいでしょうか。夕食の支度が整いましたので、お運びいたしました。」
「【性別転換】!!」
「ありがとうマリー、またよろしく頼むよ」
使用人が出て行ったことを確認して安堵する。
危ない、危うく見られるところだった。
……好きなタイミングで男の体にも戻れるみたいだ。
ステータスは、男に戻ったらまた魔力以外軒並み底辺の成長資質に逆戻りか。
クラスも【サポーター】に戻っている。
一般的な家庭では、信託を受けた後は適正クラスやスキルも共有するらしいが……
多分、今の変化で起きた一連のことは伝えない方がいいな。
相手が家族だろうと何だろうと、合理的な理由もなく全部伝えるわけにはいかない。
俺はきっと両親の意に背くようなことをしようとしているのだから。
それにしても……【性別転換】で女性になると英雄級の成長資質が手に入るのか。
外出にも訓練場にも本館の書斎へ入るにも確認が必要で、正直最近向上心が落ちていたが……
英雄級の資質に見合った力を手に入れることが出来れば、こんな鬱屈とした環境から弟を解放することができるのでは?
あんな歪んだ両親の歪んだ教育を受け、弟が社会にぶち当たって苦しむ姿だけは見たくないと常々思っていた。
それを防ぐ力を得るため、俺は嫡子になることを望んでいたが……この力があれば別の方向からもアプローチ出来るのでは?
外部からの力があれば人目ばかりを気にする差別主義者は弱いに違いない。
俺は思い立ったら即行動するタイプの男だ。
自由に使える金も伝手もない今、この有り余る資質を成長させるためにすること……冒険者になろう!
最大の目標は結……弟と共に幸せな人生を送れる環境を手に入れること!
そのために必要なのは能力の成長、その次に軍資金調達。
この俺を地位を向上させる何かしら!!
確かギルドの登録は12歳から出来た筈だ。身分証も必要無しに登録できる。
直ぐにでも出発しよう!消灯時間になり、静まり返った頃。
扉の前には護衛がいたが、少し動く程度で不審がられたりしないだろう。
今まで使ったことのなかったお忍び用のマントを被る。
俺は建物の管理室に入って侵入者対策の魔道具を解除すると、部屋にある隠し通路から外へ抜け出した。
……外だ!!
今まで別に外への憧れもなく、1人で外出することなんてなかった。
だが……静かな夜、頬にあたる冷たい微風や、木々のさざめく音の無機質さが新鮮だ。
街へ降りる前に……
「【性別転換】」
フードを深く被ると、俺は屋敷の護衛にも気付かれないように慎重に敷地の外へと駆け出した。




