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第13話 お嬢様、日常に戻る(そしてやっぱり次の冒険を見つける)

 王都中央冒険者ギルドに帰還したエレーヌ・ド・シャルムは、その足で(サムとミリアを引き連れて)真っ直ぐに受付カウンターへと向かった。そこには、山積みの書類と格闘する、お馴染みの新人受付官アルトの姿があった。

「アルト様!ただいま戻りましたわ!」

 エレーヌの元気な声に、アルトは顔を上げ、その無事な(ように見える)姿に心の底から安堵の息を漏らした。…が、それも束の間だった。

「聞いてくださいまし、アルト様!クヌート村では、それはそれはスリリングで、心温まる冒険がございましたの!オークさんたちのお宅は少々散らかっておりましたけれど、きっとわたくしがお掃除して差し上げれば、素敵なティーサロンになったはずですのに、皆様ったら少し乱暴でいらして……あと少しで、心ゆくまでお話し合いができたはずですのよ?」

 マシンガンのように(しかし優雅な口調で)繰り出されるエレーヌの冒険譚(という名の珍談)に、アルトの顔色はみるみるうちに青から白へ、そして最終的には諦観の境地へと達した。彼はそっと懐から胃薬の小瓶を取り出し、数錠を水なしで飲み下した。

「エレーヌ様……あなたのそのポジティブすぎるご報告を聞いていると、私の寿命だけでなく、胃壁そのものが異次元へと旅立ってしまいそうな気がいたします……」


 一方、討伐隊リーダーのヒルダからギルドマスター・バルトロへ提出された正式な報告書は、ギルド上層部を震撼させるには十分すぎる内容だった。

「記録係エレーヌ・ド・シャルム、オーク首領に対し、詳細不明、月光のごとき謎の剣技にてこれを一撃で撃退。本人、技の原理・詳細について記憶曖昧、夢の中の出来事と主張……だと?」

 バルトロは報告書を読み上げ、豪快に笑い飛ばした。

「がっはっは!やはりあの小娘、ただ者ではなかったわい!面白い、実に面白い! あの推薦状を送ってきた主に、一度ゆっくり話を聞かねばなるまいな!」

 しかし、その笑いとは裏腹に、バルトロの目にはエレーヌの未知なる力への警戒と、深い興味が宿っていた。ギルド内では、エレーヌの処遇について「特例でランクアップさせるべきだ」「いや、危険すぎるから監視下に置くべきだ」「いっそギルドの最終兵器として封印すべきでは?」などと、喧々囂々の議論が巻き起こった。


 当のエレーヌは、そんな騒動などどこ吹く風。ギルド内で「月光の聖女(ただし本人は夢の中と主張)」「寝ぼけ眼のオークスレイヤー」「ティーカップ・タイフーン」など、新たな二つ名で囁かれるようになっても、「まあ、皆様、わたくしにまた素敵なニックネームを付けてくださったのね!」と、どこまでもポジティブに喜んでいた。

 そして、クヌート村でのクエスト報酬で、念願だった王都一と名高いパティスリーの三段重ねアフタヌーンティーセットをギルドの談話室に持ち込み、サムとミリアを(半ば強引に)お茶会へと招待したのだった。

「ささ、サム様、ミリア様、遠慮なさらずに。このスコーンには、わたくし特製の薔薇のジャムがよく合いますのよ?」

 サムは山盛りのケーキを前に「お前の胃袋はどうなってんだ…」と呆れつつも、ミリアは「美味しいです、エレーヌさん!」と幸せそうに微笑んでいた。


 そんなある日、ギルドにシャルム伯爵家からの使者らしき人物がエレーヌを訪ねてきた、という噂がまことしやかに流れ始めた。エレーヌは一瞬、刺繍とダンスと退屈な社交に明け暮れた宮廷での窮屈な日々を思い出し、胸が小さく痛んだ。

(お父様もお母様も、きっとご心配なさっているでしょうね……でも……)

 彼女の脳裏に浮かんだのは、ギルドの喧騒、サムのぶっきらぼうな優しさ、ミリアの健気な笑顔、そして、初めて自分の力で(覚えていないけれど)誰かを守れたかもしれない、という淡い高揚感だった。

「わたくしの居場所は……今は、ここで見つけたものですわ」

 小さく、しかし確かな決意を胸に、エレーヌはギルドの仲間たちとの日常を選んだ。


 数日後、クヌート村解放のささやかな祝勝会が、ギルドの酒場で開かれた。

「では、我らが珍獣…もとい、期待の新人記録係、エレーヌ嬢の(よくわからないけど)大活躍と、討伐隊の無事な帰還に、乾杯!」

 ヒルダの音頭で、冒険者たちの騒がしい宴が始まる。エレーヌは、サムに勧められるまま、エールがなみなみと注がれたジョッキを恐る恐る手に取った。(もちろん、中身は果実水にすり替えられている)

「まあ!この泡、しゅわしゅわして面白い感触ですわね!」

 初めて体験する酒場の雰囲気に、エレーヌは目を輝かせ、サムやミリアとくだらない話でころころと笑い合った。それは、彼女が今まで知らなかった、自由で、少しだけ乱暴で、そして何よりも温かい時間だった。


 宴もたけなわの頃、エレーヌはふと、酒場の壁に無造作に貼られた一枚の古びた羊皮紙に目を留めた。そこには、力強い文字でこう書かれていた。

『高難易度依頼:黒曜火山ニ潜ム龍王ゴルゴナークス討伐。参加者求ム。報酬絶大ナリ』

「……ドラゴンさん、ですって」

 エレーヌの口から、ぽつりと呟きが漏れる。彼女の脳裏には、幼い頃に胸を躍らせて読んだ、勇敢な騎士が邪悪なドラゴンを討ち取り、囚われた姫を救い出す英雄譚の場面が鮮やかに蘇っていた。

 彼女は無意識のうちに、その依頼書をじっと見つめ、小さな拳をきゅっと握りしめた。その紫色の瞳には、いつもの天然でほわほわとした輝きとは違う、どこか遠くを見据えるような、強い決意の光が静かに灯っていた。


「あら、ドラゴンさん……。とても強そうですけれど……なんだか、胸がドキドキして、ワクワクいたしますわね!」

 その言葉を聞いたサムとミリアは、飲んでいたエールを同時に噴き出しそうになり、ヒルダは持っていたジョッキをテーブルに叩きつけた。

「おい記録係!まさかお前、次はその龍王とティーパーティーでも開くつもりじゃあるまいな!?」

 エレーヌはきょとんとした顔で仲間たちを見つめ、そして、いつものように天使のような(しかし周囲にとっては悪魔の囁きにも聞こえる)笑顔で答えた。

「まあ、ヒルダ様。それも素敵なアイデアですわね!」


 エレーヌ・ド・シャルムの、世間知らずでマイペースで、そしてとてつもなく規格外な冒険は、どうやらまだまだ始まったばかりのようだ。

 彼女の次なる冒険が、王都に、いや、この世界にどんな珍騒動と伝説(と胃痛)をもたらすのか――それはまた、別の物語である。

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