第八話 エルフの少女を救う悪魔
エリーがあっけに取られていると、その横にローズが降り立った。そしてローズはエリーを抱き抱えると、アランに一礼してその場を離れていく。それを見届けると、アランは目の前の黒装束三人組に目を向け直す。
三人組はアランの初撃の強力さから、アランを警戒して距離を保ってアランを見ている。
アランの最初の一撃を先頭で受けた人物の手がだらりと下がっている。アランの蹴りに耐えきれず骨が折れたのだろう。横に立った黒装束が回復魔法をかけている。そして残りの一人がこちらを油断なく見ながら剣を構えている。
「さーて。人の家の庭でピクニックたあ度胸のある奴らだな。いいか、よく聞けこそ泥ども! この俺こそが、元王国騎士団万騎長で、現フィッシャー領の領主、アラン・フィッシャーだ!」
アランのその名乗りに対して、黒装束三人は名乗らない。
「ほう。名乗り上げることもできんのか? まあ、こそ泥に相応しいとはいえ……失礼なのには間違いないな。元気に挨拶しましょうって子供の時にママに習わなかったのか?」
アランのその挑発にも黒装束の三人組は乗らない。ただ無言で武器を構えるのみだった。
アランはそれを見て、ため息を吐いた。話は通じないようだ。戦闘は避けられないだろう。
捕虜を取るのは力加減が面倒である。だが、捕虜を取らなければ、黒装束の元締めがわからない。面倒な戦闘になるなと思いながら剣を構えようとする。
だが、その瞬間、アランは魔法の発動を感じ反射的に一歩後退する。アランが立っていた場所に鋭い風の刃が命中するのはそれとほぼ同時だった。それは先ほどエリーを襲った風の刃とは比較にならないほど鋭い刃。地面が抉り取られており、アランといえども当たればタダでは済まない威力であることは明白だった。
この刃を放ったのは目の前の黒装束ではない。アランはそう判断して油断なくその後ろを見る。
そこには一人の男が立っていた。他の三人と同じように黒装束を身に纏っている。ただフードはかぶっておらず顔が見えた。その顔にアランは見覚えがある。
「おやおやおや。実にいいじゃないか。今の一撃をかわせるとは。流石はアラン元万騎長殿だな、噂通りの強者だな」
特徴的な細目に黒い髪。鼻が高くなく、東洋系の顔立ちである。線も細く、一見すれば最前線で剣を振るうタイプには見えない。
だが、この見た目に騙されてはいけないことをアランは知っていた。この男はアランと同じ魔法剣士である。それも、アランと競い合えるレベルの魔法剣士、二つの属性魔法を使うことができる、例外側の人間だった。
「久しぶりだな、ルッツ」
「おお、これは感動だ。私のことを覚えていてもらえるとは」
「当たり前だろうが、テメェにしてやられた戦いがいくつあると思ってやがる」
アランにとっては憎き仇敵であった。近年、隣国である帝国と王国との間では数々の戦闘が発生していた。騎士団にいた頃は、アランもその先頭に加わり、万騎長まで登り詰めたのだ。
そして、捕虜への尋問などから、アランが勝ちきれなかった全ての戦において、目の前の男が絡んでいることまで調べがついている。目の前の男はその剣術もさることながら、その知略と魔法、特に今披露した攻撃の風魔法ではなく、相手を洗脳する魔法によって、王国に対して様々な攻撃を行なってきた。
これで本人の実力が大したものでなければ、アランとしてもいくらかはやりやすかっただろう。それを期待し、アランは自身を先頭とした騎兵突撃により、ルッツの首級をあげようとしたこともある。だが結局、戦場においてアランが目の前の男と矛を直接交わらせても、この男を仕留め切ることはできなかった。
直接戦えば勝てるだろう。それがアランのルッツに対する評価だ。だがルッツは狡猾で逃げ足が早い。洗脳魔法で部下たちを肉壁にも使う。直接戦う場を用意することが難しかった。
「やれやれ因果なものだねぇ……君みたいな化け物を相手にせずに済むと思ってこんな僻地勤務を志願したのに、また君が私の目の前に立っている」
やれやれとルッツは頭を振る。
「お前にとっては不運だったようだが、俺にとっては幸運だ。見たところ護衛もほとんど連れてねぇ。お前は今この場でとっ捕まえて俺の領地に招待してやるよ」
「うふふふふ、こいつはこわいね……だが今回は手だれを連れてきていなくてね……最初の一撃に失敗した以上、ここは大人しく引かせてもらうとしよう」
その言葉を合図として、ルッツと三人の黒装束は逃走に入る。
「逃すか!」
アランはそれに対して素早く風の魔法で追撃をかける。その一撃は、ルッツの言葉に一瞬反応が遅れた回復魔法を使っていた黒装束を切り裂く。さらに、アランは追跡をしつつ、次々と攻撃を放つ。
アランは追撃が得意だった。それは魔法探知能力が高いエルフたちとの森の中のゲリラ戦を戦い抜き、圧勝したことからも明らかである。だが、結局アランはまたしてもルッツを仕留め切ることができなかった。黒装束の三人は仕留めた。だが、肝心のルッツは取り逃してしまった。
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アランは仕留めた黒装束の三人まとめて縛り上げ睨みつけていた。全員虫の息ではあるが生きている。捕虜として尋問をするためだ。自殺ができないように魔法によって身体の自由を極限まで縛り付けている。
ルッツを逃したのは業腹である。だが、この三人を見ればその原因ははっきりしていた。
「……こいつらから魔力の気配がしねえ……」
人間は誰しも魔法が使える。それは生まれながらにして誰しもが魔力を持っているからだ。アランはその探知がうまく、通常であれば土地勘のない森の中であろうが、追跡を始めた相手を逃すことがない。エルフたちとの戦いでもそうやって相手の居場所を的確に把握して、戦いを有利に進めていた。
だが、目の前の三人からは全く魔力を感じない。こんなことはありえないことである。先ほどから色々と探知方法を変えているが、いまだに目の前の三人の魔力を探知できていなかった。
そして、これを成している原因も特定はできていた。アランはひとりから黒装束を剥ぎ取る。すると、その人物からの魔力を探知できるようになった。
「魔力遮断の外套か。厄介極まるものだな」
魔力探知は戦闘における基本の技術である。五感では感じ取れない相手の動きを感じ取れる第六感ともいうべきものであり、近代の戦闘法には必ず組み込まれているものである。
また、熟練者は魔力探知により相手の動きを正確にトレースすることで、相手の次の動きを予測したり、反撃をしたりすることもする。この外套はそういった戦法を無効化するものであり、王国にとって、隣国の帝国が非常に厄介な装備を手に入れたことを意味していた。
「エルフの森で活動をしていたのも、この外套の力を試すためだろうな」
エルフは魔法探知能力が非常に高い。そのエルフが探知できないということは外套の力の証明になる。また、先代の甘い施策につけ込み、隣国からエルフを大量に拉致してくれば、それは大きな富を生む。今も昔もエルフの奴隷は好事家に高く売れるからだ。
「アラン様、ご無事ですか?」
襲われていたエルフを安全なところに届けただろうローズが声をかけてくる。
「当たり前だ。だが面倒ごとが増えそうだ。あのエルフの女は?」
「フレデリカ様が見てくださっています」
「そうか、ならエルフのことはエルフに任せよう」
そう言ってアランは剥ぎ取った黒装束をローズに手渡す。
「俺やエルフの魔力探知を逃れられる魔力遮断の外套だ。こいつが量産されているとなるとかなり厄介だ」
外套を受け取ったローズは、自分で着てみたり、アランに合わせてみたりして、しきりに頷いている。アランに合わせている時間が長かったようにも思うが、やがて納得したのか外套を丁寧に畳む。
「なるほど、確かに魔力が遮断されるのを感じますね。あと、アラン様には黒の外套もお似合いになると思います」
「捕虜は取れた。あまり期待はできないがこいつらとは話がしたい。縛り上げて、うちのゲストハウスに放り込んでおいてくれるか?」
ローズの後半の言葉は無視して、アランはローズに指示を出す。
「了解しました。どの程度ものを揃えておきますか?」
「こいつらの口が固かった時のことも考えて、一応フルセット用意しておけ。俺の腕も鈍っているかもしれないからな。三人もいるんだ、一通り試したい」
「承知しました」
ゲストハウスで何を行うのか。あえて語るまでもないだろう。初日にフレデリカを脅したアランだが、実際にそういった拷問に関する技術は一通り持っていた。
ローズは三人の黒装束をあっとういうまに簀巻きにしてしまう。そして、風の魔法で浮かせると、アランに一礼をして去っていく。
アランはそれを当たり前のように見届けると、フレデリカと助けたエルフの女がいる方に歩き出した。
アランは敵の首魁であるルッツを取り逃がしたことは失態だと思っていた。だが、全体を見れば悪くないところでもある。神隠し騒動の元凶は取り逃がしたが、その手品の種は抑えた可能性が高い。
また、これは王子から依頼されていた内容の大元である、帝国からの干渉に関する重要情報である。
「まあ、大戦略に関してはあの腹黒王子がなんとかするだろう」
アランはそう考え、今はこれ以上考えることを打ち切った。