第七話 エルフの少女
エリーはその日もいつものように薬草採集に来ていた。彼女の両親は里における薬師をしており、そこで使う薬草を採取しにくるのは娘である彼女の仕事だった。
いつも通りに外苑部の近くまで足を運び、手慣れた様子で薬草を採取していく。何百回と通った道、迷うことも怖いものもない。この辺りに住む野生生物は全て知っている。彼女自身、自衛用の魔法だって使える。
ただ、その日彼女が不幸だったのは、自然以外の脅威が迫っていたことだった。
エリーがいつものように薬草を採集し終わり、帰ろうとした時だった。目の前に三人の人間が立っていることにエリーは気づいた。薬草採集に夢中になっていたとはいえ、エリーはエルフである。魔法探知の技術も持っており、生物が近づけば気づかないはずがない。
にも関わらず、目の前の三人の人間には全く気づかなかった。皆、フード付きの黒いマントを羽織っており顔は見えない。
本能的な恐怖、警戒がエリーの心の中に湧き上がる。
最近、彼女の住む里を一人の人間が襲った。その人間はたった一人でエルフの戦士たちを薙ぎ払い、森を焼いた悪魔である。両親も周りのエルフたちも、その悪魔のことを悪く言った。エリーの知り合いの戦士も、その悪魔によって怪我をさせられた。だから、目の前に来た人間が自分を害そうとしていると判断する。
彼女は目の前の地面に風の魔法を突き立てる。暴風が吹き荒れ、足元にある草や土、石といったものを巻き上げる。三人相手に魔法戦を行うのは不利だ。物量であっという間にやられてしまう。だから、目眩しをして一直線に逃げる。エリーはそれを最善と判断して実行した。
彼女の判断は悪くない。遠距離ならともかく、魔法使いは近接戦において多人数相手に立ち回ることが難しい。だが、彼女にとって不幸だったのは、相手がエルフを狩ることに長けた熟練の狩人だったことだろう。
脇目も振らずに走って逃げるエリーの足に風の魔法の刃が突き刺さる。鋭い痛みを感じ、エリーはその場に倒れ込んでしまう。
エリーは反撃をしようと後ろを振り向き、手をかざすが、今度は風の魔法の刃が彼女の肩を切り裂いた。痛みに悲鳴をあげてその場に再び倒れる。
黒装束の男たちは無言でエリーに近づいてくる。最初の風の魔法は目潰しが目的であったが、黒装束たちに服の乱れは見て取れず、実力に大きな差があることは明白だった。
恐怖を感じる。恐ろしい。逃げたい。誰か助けて欲しい。さまざまな思いが錯綜する。体が震える。
いつの間にかエリーの目からは大粒の涙が流れていた。なんとか体を動かそうとしても、足は先ほどの攻撃のせいで動かせない。肩も切り裂かれており腕に力も入らない。
そんなエリーにゆっくりと近づいてくる黒装束の三人組。
「いや……いや……」
うわごとのようにそんな呟きがエリーの口から漏れる。ここ最近、この付近で発生している神隠しのことはエリーも知っていた。だが自分は大丈夫だと楽観していた。何百回と通った場所だ。何かあっても逃げ切れるとも思っていた。
その甘い見積もりが、今自分を追い詰めている。恐怖と絶望がエリーの心の中を覆う。
「いやだ……お父さん、お母さん……」
自分が最も信頼する二人の名前を呼ぶ。だが、その二人が助けてくれることはない。ここは外苑部付近であり、エリーは一人で来ていた。誰も助けてくれる人などいない。いるはずがなかった。
「助けて」
だからそのつぶやきは誰にも聞き遂げられないはずであった。哀れなエリーはそのまま三人の黒装束に捕まってしまうしかないはずであった。
だが、そう言ってぎゅっと目をつぶったエリーの目の前に風が吹く。それと同時に目の前で、大きな衝突音が聞こえた。たまらず目を開ける。そこには黒装束の三人組はいなかった。代わりに一人の男の背中があった。
その男はエリーの両親や周りの人が悪魔だと散々に悪く言っていた人物。エリーたちエルフの生活を散々に叩き壊した人物。綺麗な銀髪をしたメイド服姿の女性と共に里をまわり、傷ついた戦士たちに回復魔法をかけてまわっていた人物。
特徴的な黒髪に、人間特有の短い耳。貴族の指揮官服に身を包み、手には大ぶりな剣を持っている。
その男は不敵な笑みを浮かべ、今、蹴り飛ばした黒装束の三人組に目をむける。
「弱いものいじめとは中々趣味がいいじゃねえか。俺も好きだぜ。征服感がたまらねえよな。だがな」
そこで手に携えている剣を三人組に向ける。
「俺の領民は俺の持ち物だ。いじめる権利は俺だけが持っている。てめえらとは、この俺が遊んでやるよ」
そうアランは宣言した。